33-2 乙女14歳、紅き瞳の挑戦者(チャレンジャー)

「玲也さんの……お爺さんがですか」

「そうだ。猛獣軍団の人質に取られたようでな……」


 ――時は少し遡る。シーラに玲也が襲撃された一部始終をレクターは傍観していた後、リンの部屋へと直接姿を現して剣策の危機を知らせた。玲也へ傷を負わせた負い目だけでなく、彼の祖父まで巻き込まれていた事を負い目と感じていたのだろう。彼女がその場で項垂れるように倒れてしまったところ、


「どうした? そこまで打ちひしがれるだけで終わりか」

「お、終わるも何も……貴方は一体何をさせるつもりで」

「俺からは何も指図はしない。ただ……既に分かっているだろう」


 レクターからの叱咤に対して、少し懐疑的な様子でリンは接したものの――現状に甘んじているならば、自分が玲也たちの足手まといになりかねない事は受け止めていた。実際レクターが自分の胸の内を読むように、自分が如何なる行動に出るべきかを促している。それも彼が指図をする訳でもなく彼女の心のままに動くことを促した結果、


「……玲也さんをこれ以上危険な目に合わせる訳には、何としてでも」

「ならどうしたい。俺に出来る事なら力を貸してもいい」

「レクターさん……私がやろうとしている事はその……」


 リンがこの状況を打破しようと静かに立ち上がった。ただ彼女が心の赴くままに動く事に対して、色々と犯しかねないリスクが伴うと躊躇があった。モジモジしたままの彼女へとレクターは背を向け、


「だが、そうでもしないと先に進めない。だから頼んでいるのだろう」

「……私もエージェントの端くれ。玲也さんを守るためでしたら当然ですが」

「それだけではない気もするが……それ以上は聞かないでおく」


 リンの背中は微かに震え、自然とあふれ出る涙を拭おうとしていた。声を押し殺しても同じ部屋にいたレクターからすれば、彼女の胸の内は聞かずとも察しがつくものでもあり、


「ここから出る訳にもいかないのでしたら、その……」

「俺の事は気にしないでくれ。ただ」

「出来る限り早く済ませます、私の方も色々準備が要りますので」


 レクターが背を向けている傍ら、リンは既にキャロットスカートを下ろして半裸になりつつあった。彼女は鎖帷子状態の肌着に袖を通しつつある、彼女が壁を乗り越えて一歩を歩みだすため、死地へ赴くしかないのだと。彼女が気付いていたか否か、レクターは静かに頭を上げて


(リンの心に従ったまでだが、俺がリンを死なせる真似をしているようなものだ。好きでやっている訳ではないが、さて……)


 一抹の懸念がレクターの脳裏をよぎった。彼は確かにリンへ命じてはいないものの彼女の決死行を幇助している事に変わりはないのである。せめての罪滅ぼしとして彼女が引き起こした行動の責任を自分がとると共に、説明の必要性があると見なしていたようであり、


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「つまり君の話を聞いておるとじゃな……その」

「リンちゃんが玲也ちゃんの身代わりとなって!」

「姉さん、本当に死ぬ覚悟で……何を考えているんですか、貴方は!!」

「リンが望んだ事……と言いたいが、後ろ指さされても仕方ない」


 レクターから事の一部始終を説明されたのち、ブレーンと才人が揃って青ざめた顔をしており、イチは頭に血が上ったように彼の胸倉を何度も叩き続ける。イチが憤ることも当然であるとレクターは抵抗することもせず、


「仕方ないってあんた! リンがどうなってもいいと!!」

「本当に殺すような真似をされて、誰が喜ぶとでも思いまして!!」

「……今更リンを庇って何様のつもりだ!!」

「い、今更……ってあの」

「それは、ですわね……」


 逆にニアとエクスが揃って自分のやり方を非難した時には、すぐさま二人を黙らせかねない怒声を飛ばして委縮させる――二人が顔を見合わせ、先程までの威勢が二人から失われていたが、二人の間に思い当たる事があったのは言うまでもなく、


『玲也君、お爺さんではなくリン君なら事情も違うのではないかな?』

「それはもう、俺は直ぐにでも助けに……って今何を言いました、将軍!?」

「エ、エスニック君、本気で言っているのかね君は!」

「さっき言ったはずだわ! まだ左肩が完治していないのよ!?」


 ただエスニックだけは動じようともせず、玲也が引き起こそうとする行動を先読みしており当の本人を驚愕させる。ブレーンとジョイが反対していたものの、


「あのお爺さんと血が繋がっていても、責任を取る意味ではないのですけどね」

「そ、そうじゃて! 玲也君があのお爺さんと関係ない事は分かってな……」

「でもリンの事となれば話は違いますよ……いてて」


 軋む音が聞こえる左肩を押さえ、苦痛に喘ぎながらも玲也はベッドから起き上がった。すぐさま椅子に掛けられていた上着を着用した後に、バツが悪そうにしている二人の顔を向き


「何があってもリンを助けるつもりだが……お前たちの事をとやかく言うつもりはない」

「それって玲也様、私たちにお咎めはなしと……」

「あのねぇ、あんたはどうしてこうも優しいのよ! 酷い事言ったのよ!?」

「それをわかってくれれば今は良いんだ!」


 リンを死地へ追い込んだ一件で、一抹の責任があるとしり込みするニアやエクスへ玲也は不問に処した。ニアとすれば自分たちへ甘すぎると相変わらず突っかかるものの、彼女の言い分を玲也は肯定して、


「俺もお前から逃げたことで責任はある。今更だが謝らせてくれ」

「えっ、えぇとその……何でいきなり持ち出すのよ!」

「ちょっとよくわかりませんが……一体何をされまして!?」

「あんたに言っても無駄かもしれないけど、後でちゃんと説明するから!!」


 玲也として、ニアの気持ちを受け止められなかった事を詫びるが――エクスが蚊帳の外であり、彼女が憤ろうとしているところをイチがどうにか宥めており、ニアも気が引けるところもあってか、一応穏便な態度を取っていた。


「ぶつかる事はまだまだあるかもしれないが……お前は今のままが良い。そこは自信を持ってくれ」

「あ、あんたにそう自信を持てって言われると、その」

「ニアさんもそうでしたら、私もそうですわよね玲也様!?」

「あ、あぁ……二人が誰だろうとどうだろうと、それはな」


 ニアとして面と向かって今の自分が肯定されてしまったならば、彼女の胸の内で燻る焦りや不安が川の流れで洗い清められていく様子である。恥じらいながらしおらしく首を縦に頷いていたものの――エクスが何か焦りを感じたのか、少し図々しく自分を売り込んでいる。彼女の妙な気迫に圧されるようにして、二人を見限ることはないと口にしたがすぐ両頬を叩いて、


「リンだってそうだ……レクターさん!」

「お前がその気なら俺は止めん……それとだな」


 3人から1人が欠けては意味がない――玲也の顔つきに闘志が戻りつつあったと見做し、レクターはホルスターに収納されたドラゴノガンの一丁を玲也に託す。彼が駆使するビーム拳銃の片割れを受け取った事へ、まじまじと見つめた後、


「それって玲也ちゃん、まさかその……」

「……姉さんを救うための戦いですよ。できれば僕が助けに行きたいですが」

「俺は訓練しか受けてないからな……だがそうは言ってられん」


 ポリスターと異なり、殺傷能力が実際にあるドラゴノガンを手にすることを才人は思わず恐れをなしていた。イチが言う通り生身で殺し合いをした経験もなく、プレイヤーとして白兵戦を想定した訓練を受けていたに過ぎない。それもあり、彼もドラゴノガンへ僅かな恐れが生じていたが、


「お前の言う通りだが……万が一の時は俺を撃つためにも与えた」

「そう、そのために……って、ちょっとあんたって何言って!」

「俺がリンをけしかけたことに変わりはない。その責任を取る覚悟はある」


 レクターとして、最悪取り返しのつかなくなった事態を想定して、自分を始末するようにと玲也へ生殺与奪を委ねていた。彼として一度死んだ身であり、自分が死のうとも減るものはなく、このような形で落とし前をつけさせることは安っぽいと見なしてはいたものの、


「分かりました……ですがそうならないようにすぐ行きましょう」

『そうだね。直ぐ電装できるのはニア君だから……』

「ちょっと将軍!? ブレストですと一方的ですけど、その」

『いや、プレイヤースーツなら多少は耐えられるからね』


 すぐさまエスニックは玲也が出ることを承諾しており、死地へ赴く白兵戦へのリスクが高いことも想定はしていた。左肩を負傷しているハンデを補う意味合いもあり、プレイヤースーツで白兵戦に赴くことを促した。その為にブレストを電装してスーツを展開する必要があるとのことで、


「そうですね……ここでくたばりたくないですから、備えがあるのに越した事ないですからね」

『それとコンパチ君も連れて行くんだ、良いかな?』

「だ、大丈夫ですよ! 玲也ちゃんの為ですし!!」

「すまん! 俺たちは必ず帰るから安心してくれ!!」


 そうこうしている間に、リンの身の危険もある――エスニックから早々に電装すべきと促され、玲也は不利な状況で戦う事へハンデを補う事よりも、自分自身の決意を信じた上で動くべきだと悟り行動は早かった。自分たちを勢いよく横切る玲也は、直ぐに左手でサムアップを示しており、何も言わずニアがサムアップを返していた。ぶつかる時はぶつかれど、二人の間ではしっかりと意思が疎通されている様子である。

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