32-5 シーラの罠!玲也危うし‼︎

「悪いが俺はお前にペースを合わせるつもりはないぞ」

「だ、大丈夫です……お爺さん、こそ、無理されて、いないですか?」

「これがいつもの俺のペースだ。最近の若い者にしては多少骨があるとしてもまだまだだな」

「ま、まだですよ! 俺がこんなところで!!」


 玲也自身、最初老人の醸し出す気迫に威圧されていたものの微かに打ち解けつつあった。それも自分が彼と似たような鍛錬を重ねていたと打ち明けてから、彼が少し強引に老人の鍛錬へ同行した事による。

 だが、同じ鍛錬を重ねていたとしても老人の走るペースは玲也を凌いでいた。息が切れ切れになりながらも老人のペースに合わせようとする彼であったものの、お年寄りの彼に対してまだ若い自分が負けるわけにはいかないとの意地にも突き動かされている。彼らしからぬ大人げない面を見せており、老人が彼へ挑発を交わしたことで更にヒートアップし、どうにか追いつくも、


「そんなペースで急に走るとは、先を読めていないな」

「俺は今ムシャクシャしていて走っていたい気分ですよ。お爺さんにもありますよね?」


 それでも老人は玲也が、自分に対して無茶して張り合おうとすること後先を考えていないと冷徹に評する。彼からすれば図星であったものの、どこか意地が悪く、受け止めきれなかった様子で、感情が考える事を許してくれないと開き直ろうとしている。


「そう感情で衝動的に突き動かされていては、勝てる勝負も負けて死ぬだけだ」

「……結構過激な事をおっしゃいますね、お爺さん」

「ただ剣をがむしゃらに振るうだけでは勝てぬ。その先を見据えて策を一手一手打つ事を忘れない事が戦いだ」

「それはよくわか……っているつもりです」


 続いて老人は、感情に身を任せ後先も考えずに動くことは己の破滅に繋がるのだと指摘する。それも勝負に敗れて死ぬだけとの過激な言動へ驚かされるものの、剣と策をもって戦いを制すとの言葉には頷かされるものがあり、バツが悪そうな顔をしながらも、素直に受け入れていた。このような戦いの心構えを口にする老親は、場数を踏んでいるのではないかと態度を少し改めようとしていた所、


「だから俺の名は剣策、羽鳥剣策として戦いに身を投じてきたつもりだ」

「羽鳥……剣策ですか」

「そうだ。お前の名前はまだ聞いていなかったが?」

「玲也です。俺もまた戦いに赴く男……のつもりですます」


 羽鳥という自分と同じ姓を持つ老人――剣策に対してして、無意識に玲也は動揺しつつあった。その為名前を聞き返された時には同じ姓を口にすることはせず、ただ同じ戦いに身を投じる男であるとは付け足していた。この小柄な13歳の少年が戦いを潜り抜けている事など、事情を知らない人間でない限りは、信じてもらえないようなことであるが、


「戦う男の面構えとしては迷いがあるように見えるがな」

「……はい?」

「戦いに赴く男なら何故こうも迷う。迷いは形のない怪物だと戦いに生きる者なら当たり前の心構えだろう」


 ところが剣策は玲也の話を受け止めたうえで、同じ戦士として顔つきが冷徹になり切れていないのだと苦言を呈する。苗字が同じとはいえども、赤の他人らしき人物に戦いの心構えを説かれるとは思っていなかった様子であり、


「……俺が戦っている事について何も言わないのですか?」

「赤の他人がどこで戦おうとも、別に俺の知った事ではない。ただ戦いに赴くなら迷いを捨てるべきだ」


 剣策として戦いに身を投じる事への是非より、戦いへ赴くものとしての心構えをただ鋭く説く。まるで今の玲也がニア達の関係に苦慮している様子を、初対面の彼から既に見透かされていると感じつつあったが、


「お爺さん、何を分かったつもりで物を言っているのですか」

「お前の顔に書いている。戦いに愛も情もいらん。気迫と執念を持てば良い」

「……愛も情もただのまやかし、お爺さんは言いたいのですか」

「当たり前だ。青臭いヒューマニズムで戦えんわ」


 剣策は玲也の葛藤を鋭く言い当てたが、彼自身は友情と愛情の狭間で苦しむこと自体がナンセンスだと突き放しており、玲也からしてみれば、全く望まない答えを示す。少し声を荒げて反論するものの、彼は孫同然の少年が主張する精神論が、藁を掴むような無意味に等しい事と一蹴する。マルチブル・コントロールなりワイズナー現象なりを把握している筈がない事情があれど、玲也は自然と自分の拳が少し震え始めていたが。


「……俺も若い頃は、心の拠り所として愛や情に縋った事もある。若いうちは確かに無理かもしれないな」

「その言い方ですと、お爺さんは何かあったのですか」

「簡単に話してやろう。俺がお前と同じ年の頃には、直向きに強くなろう、勝とうとがむしゃらになっていてな……」


 歯をかみしめながら怒りを抑えようとする玲也を見ると、剣策としてまだ年端もいかない子供に自分の持論を突きつける事は時期尚早だと捉えたのだろうか。自然自身の過去を触れ始めていた――玲也と同じ13、14の年の頃は、あらゆる武術を身に着けようと躍起になるにつれて、ただ腕っぷしの強さに頼る猪突猛進、一本調子な強さだけでは大成しないと悟った。知勇をもって戦いを制するのだと追い求め始めた年の頃であり、


「その結果俺は邪道と見なされて追放もされてな」

「腕を極めることは孤独である事は分かります、避けて通れないと」

「恨みを買われて大勢で襲われたりもしてな、返り討ちで度を過ぎてあの世にも送ってやったわ」

「……勝たなければ意味がないと捉えているのでしたら、俺も否定はしないです」

「ほぉ、ブタバコにぶち込められたこともある俺だぞ」


 剣策が武道の道を究めようとする矢先で、やるかやられるかの真剣勝負に生き様を見出すようとなった。その為に死角のない強さを身に着けていった結果、同門だろうと師だろうとも疎まれるようになり、一方的な私闘を申し込まれて受けて立つにつれて道を踏み外して今に至ったのだと。だが、玲也は目の前の老人が人を殺めて服役していたこともあるような男だと、臆することは何故かなかった。既に自分もバグロイヤーの兵士を数えきれないほど手にかけていたからかもしれないが、


「俺のような男など世間からつまはじきにされる宿命だ。嫁いだ女も早々に俺を見限ったなら、縋る愛もない」

「左様ですか……それで今まで一人で生きてこられたと」

「ただ、“あの男”は筋が良くてな……俺も一時は後を継がせようと期待を寄せていたが、もういないわ」


 この世間で邪険にされていく剣策へと、憩いの場を献身しようとする女はいなかったのだ。彼も風を切るように一匹狼として戦士の道を歩んだのかと尋ねた所、老いながらもぎらついた彼の瞳へかすかに穏やかな光が宿り、


「いないとなりましたら……不幸な目に」

「それならばまだやむを得ん。あいつは俺を駆け落ちして家を出ていった有様だ」

「駆け落ち……俺にはよくわかりませんが、息子さんの方にも何かあったのではと」

「譲れないものがあったとあの男はそう言ったがな! それで俺が教えた戦いの術をな……!!」


 “あの男“とは剣策からすれば、おそらく息子になる人物を指すのだろう。彼が駆け落ちして、後を継ぐこともなく出ていった結末からして裏切られたように見なしていた。自然と彼の口ぶりが怒りにはやるようになっていたものの、愛や情が一種の幻想にすぎないと彼が一蹴する背景として、その男に裏切られた事への裏返しではないかと玲也は察しようとした所、


「あの男は俺の戦いは継がんと扱き下ろした! ゲーム機ごときに命を懸けると言い出したんだ!!」

「ゲーム機……まさか!!」


 同時に玲也の目が一瞬点となる――それだけの衝撃を味あわされたともいえた。ゲーム機ごときに命をかけると聴きなれない例えだったものの、ゲーマーとしての道を歩んだ“羽鳥“という事が玲也の知る限り一人しかいないのだ。


「お爺さん、教えてください! 貴方の息子さんの名前は……」

「何だ……宙に浮いてるようだな」

「宙に浮いて……何!?」


 気が動転して、胸の内を抑えきれないまま玲也は剣策へ直ぐに尋ねた。もし彼の息子が羽鳥秀斗との名前ならば、この男・羽鳥剣策こそ――血のつながりを認めざるを得ない残酷な真実が待ち構えているような気がしたのだ。

 しかし、思わず剣策の首元を掴もうと一歩踏み出そうとする玲也の足元を目掛け、4本の短剣がアスファルトに突き刺さる。短剣が放たれた軌道からして直ぐ剣策が顔を挙げれば、羽が付いた軍帽を着用した士官服姿の彼女の姿があった――宙に舞うと共に、黒緑の髪が風になびかせながら。


「……貴方が羽鳥玲也。天羽院からの情報とも一致するわ」

「羽鳥玲也……まさかと思うが!」

「お前が誰か知らないが、バグロイヤーだな……!!」


 彼女から羽鳥玲也だと断言された時、剣策の目もかすかに見開いた。しかし玲也は彼の教学よりも、バグロイヤーの刺客が自分を玲也だと確信して突き止めた事の方が脅威であったのは言うまでもない。


「……シーラ・ベルサーチャー、ガレリオに代わって貴方を討ちに来たわ」

「ガレリオ……俺のコピーだとかほざく畜生か!」

「……ガレリオを悪く言うなら死んでもらうわ!」


 今までハードウェーザーのプレイヤーとして死にもの狂いの戦いを繰り広げていたものの、このような生身の自分を狙わんとする刺客が現れた事は初めての事態となる。シーラ相手にポリスターを置いてきてしまった状況故、不利な状況に追いやられていたが、かといって逃れる事は容易ではない。すかさずポリスターを収納しているホルスターベルトの左ポケットに手を添えて、


「逃げますよお爺さん! ろくでもない奴に違いありません!!」


 すかさず玲也は金と銀の将棋の駒らしき小物“ショーピース”を取り出し、煙幕弾のように地面へと叩きつけていった。すると金色と銀色の煙が爆発を起こすように巻き上がっており、シーラの視界をかく乱するその隙に剣策を逃がそうと試みており、


「まさかバグロイヤーと戦ってたとは……」

「お爺さん、何か言いましたか!? 今話をしている場合では」

「二手に分かれたほうが良い。少なからずどちらかは助かる」

「それではお爺さんが……いや、どちらかは逃げ切れる可能性がある訳ですね」


 剣策が感慨深く玲也の戦いを認めようとかすかに声にだしていたものの、必死で逃げるさ中で玲也がまともに聞き取れてはいなかった。すると剣策は本心よりシーラから逃れる術を提案した。どちらかだけは助かる可能性はあるは、裏を返せばどちらかを見捨てる意味にもなりかねないのだが、玲也は自然と了承しており、巻き起こる煙の中では二手に分かれてシーラの追撃を撒こうと試みる。


「……羽鳥玲也がいる限り、ガレリオが悩み苦しみ続けるから! ガレリオに何を言われようとも!!」

「やはり顔を知れてる俺か!!」


 だがしかし、シーラは迷うことなく玲也を目掛けて追い続けていく。それもガレリオが彼を超えようと躍起になるあまり、先を見る視野が狭まっておりバグロイヤーの大将軍として正しい采配を振るえない事を危惧した為でもあった。

 そしてハドロイドと生身のプレイヤーとの間では身体能力の差がどうしても生じる。玲也を追うシーラの影はどんどん迫りつつあり、苦し紛れにショーピースの弾丸を手裏剣のように彼は投げつける。それぞれ直線、曲線の軌道を描きながらもシーラを追尾するものの、彼女が振るう短剣を前にことごとく切り落とされていく。


「それよりも早く連絡を……お爺さんに気を取られていなければ!!」

 

 ダメもとでショーピースを煙幕弾のように叩きつけた時、玲也は剣策に出会う前に連絡をつけるべきだったと後悔の念があった。その為に煙幕弾を放ったうえで時間を稼ぎつつ、スマホをポケットから取り出そうと試みた瞬間、煙をかき消すようにして銃声が鳴り響き


「……うあっ!!」

「……何故ガレリオ様が羽鳥玲也に勝てないか、こうしてみると分からないわね」


 その時、凶弾が自分の左肩へとめり込むように着弾した。今まで味わうこともなかった激痛に表情をあえぎながら、思わず取り出したスマホをその場で落としてしまう。さらに彼は足元をすくわれるように後方へと体が吸い込まれるように落とされていく。そして煙を割るようにして現れたシーラが玲也の呆気なさをあざ笑いながらも、引導を渡すために引き金に向けて彼女のか細い指が力を加えようとした瞬間、


「……何? どうして手が」


 どこからともなく放たれた棒状の暗器がシーラの手甲に直撃する。突然襲い来る痛みへ思わずシーラがあたりを見回すと、黒袴の男が潜り込むように懐に入り、勢いよく回し蹴りを浴びせれば、彼女の手から銃が宙へと弾き飛ばされていった。


「……貴方は一体どうして?」

「生憎、羽鳥玲也は俺の孫のようでな。ひ弱いかもしれないが一方的にやられる事も良い気はしない」

「……貴方は私を前に死なないとでも?」


 ハドロイドを前に、たとえ武道家だろうとも老いた剣策に勝算があるかは定かではない。けれども彼は怯える気配を全く見せず、互角に渡り合おうとする。

 だが、帯に絡めた木刀を手に取り直ぐ突きを浴びせた結果、胸に受けたシーラの体が多少のけぞったものの、ハドロイドの体に致命傷を浴びせるには至らず、竹刀は先端から受けた彼女の体に耐えきれずにへし折れた。それでももう一方の鞘に仕込ませた木刀を引き抜いて、力いっぱい彼女の右肩めがけて振り下ろせば


「……同じ手を使うとなれば悪あがきもいい所で……!?」

「こうも簡単に騙されたか。つまらないものだな」


 一度振るった木刀がシーラの判断を鈍らせるための罠――彼女は想定もしていなかった事が思わぬ命取りにつながる。右肩めがけて振り下ろした木刀は彼女の体を前にあっけなく砕けたように見えたものの。あくまで鞘が割れたに過ぎなかった。打ち付けた衝撃で弾みを効かせるように剣を奮った瞬間。シーラは片膝をつくと共に、右肩をつないでいた関節から火花が生じ、


「……真剣を持っていたなんて、そんな!」

「お前はよく知らないと思うが、俺は“まとも“ではないからな」


 剣策は木刀を模して真剣を仕込ませていた。その為に自分の右腕がこうも切り落とされて、シーラが痛みにうめきたい声を必死で押さえる。劣勢に立たされようとも、睨みを効かせて威嚇しようとしていたものの、剣策には全くと言ってよいほど効果がなかった。彼女の右手を足蹴にして、手放した拳銃を左手で拾い、


「……まさか、これまでで」

「これで楽にして……」


 剣策が拳銃を突き付けた途端、シーラは一瞬覚悟を決めるように目を閉じたものの――今度は逆に剣策が前のめりになって倒れる。彼女の視線には剣策を後方から仕留めたと思われる二人の姿が、それも玲也とさほど変わらない体つきをした少年たちの姿であり、


「……まさか殺しましたか?」

「いや、まだ息の根は止めてないですよ」

「羽鳥玲也の身内だから、まだまだ利用できると思ってね」


 剣策の後ろ首には何やら針が突き刺っており、息の根を止めていないとの言動から、一時的に気絶させたのだとシーラは二人の取った行動を察した。眼鏡をかけた少年が手傷を負った自分の元へと肩を課そうと歩み寄ると、


「……一体何のつもりで生かしたと」

「シーラ様でも僕たちが助けましたからね、レーブン様が言うのでしたらまだしも」

「そいつには恨みはないけど……ビトロさんの仇を取る為なんだよ!」


 シーラとして自分が助けられることも、彼を始末しなかった事へも不服な様子が見え隠れする。だが二人は猛獣軍団の一員として、命令の権限はレーブンにあるのだと何処か下に見なしている様子もある。だがそれ以上に彼らがとる行動原理は、ビトロという非合法のエージェントだった男の弔いを挑むことにあったようだ。

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