19-4 愛は傷あと

『ちゃんと話がしたい。場所は何処でも構わない』


 才人宛にラインでメッセージを送信した――簡潔ながら、自分なりの決意を込めて。彼自身が背中を押されながらも決断したのは自分であるとして、打ち明けなければならないと決意した事に迷いはない。ただ、肝心の相手からは何の返事もない。思い切って発信しても、音声案内で電話に出ることが出来ないと断られるだけ。ならば逆に、こちらから才人の家へと向かうが、


「玲也様、油断は禁物ですわ。あの殿方が何をしでかすかわかりませんのよ?」


 玲也の護衛役として、彼を連れて転送した――と言えば表向きの体裁は良いだろう。当の本人の決意と別に、実際は抜け駆け同然にエクスが少し強引に連れてきた節もある。この状況をチャンスだと見ていたのか、彼女はこの場でパートナーを守らんと妙に意気込んでいる様子だが、


「それはないと言い切れないがな……あいつも傷ついている事を考えてくれ」

「ですが……もし、他にも玲也様に何かありましたら……」

「……」


 エクスが自分を守ろうとする姿勢は有難いと前置きを入れつつ、才人からの怒りをこの身で受け止める覚悟がなければ意味がないと説明する。彼女が少し不満げにふくれっ面を作りながらも納得しようと尋ねたところ


「……多分ないと思いたいが、その時は頼む」

「勿論ですわ、私の玲也様ですもの」

「あ、あぁ……」


 一応それ以外の有事の時は頼むと、フォローを加えるとエクスは猫が甘えるように肩を寄せてきた。玲也としては今から自分がすべきことに対し、彼女が分かっているのかと少し懸念もあったが、


「才人の家はもう近くだが……急ぐぞ」


 だが、今考える優先順位は低い――よって二人とも先を急ぐことにした。才人の家は自宅からそう遠くない距離であり、3階建てかつ屋上付きの住宅をちょっとした庭園ともいえる庭に囲まれている。その隣に2、3台は入るガレージが備えられており、早い話彼の家は羽鳥家より裕福な様子が察せられると、


「まぁ、大きいですわね……私の屋敷に比べますと大したことありませんが」

「それが今関係あるか……灯りどころかカーテンも開いていないとなればな」


 才人の家へたどり着くも、玲也は直ぐに違和感に直面した――夕暮れ時を考えると夏でも明かりがついていないままカーテンで覆われている。まるで家族が親戚の結婚式に向かいだした時点で時が止まったかのようで、才人が帰った痕跡があるかどうかも定かではない。


「貴方達、南出さんとこ知ってるの?」

「えぇ、才人の友人ですが……」

「あぁーあの子、さっき確かパトカーに乗せられたのを見たわ」


 その折、向かいの一軒家からマイバッグを片手にした女性が現れた。玲也達の存在に気付いて話しかける彼女の様子から、少なからず南出家との面識はあると彼は断定した。それだけでなく、才人は一応この間までは健在で家にいた事も確信しており、


「パトカーって……まさかあの方は!?」

「安直に決めつけるな……すみません、こいつが余計な事を言いまして」

「私もよく分からないけど、あの件で呼ばれたのかしら_ あの子だけ偶々修学旅行に行ってて難を逃れたそうだけど……」


 早とちりとしても少し失礼な事をエクスが口にした時、玲也が彼女を少し黙らせた。気を取り直して女性との話を再開すれば、近所の人間として彼女は複雑そうな顔を浮かべていた所、


「自分だけ助かりましても、辛い事もありますよ……」

「そうねぇ……あの子の友達なら警察に向かってあげた方が話も早いと思うわ」

「分かりました。確か陶沖の警察署は大通りに差し掛かった場所ですね」


 愁いを帯びた玲也に対し、彼女が才人の不幸へも理解を示す様子はせめてもの救いだった。彼女が自転車に乗り。買い物へ出かけて通り過ぎた後に向かいの家の門灯が点く。夜が更けないうちにこの問題を片付けなければならないと判断を下し、


「玲也様、とにかくその警察署の方へ行きましょう。厄介な事はさっさと終わらせるべきでしてよ」

「確かに厄介になるかもしれないとなればな……早く片付ける事に越した事はない」

「ただ、私としましては今警察の関りになる事はまずいですかね」

「……一体、誰でして? 私たちに水を差されるつもりとはいい度胸で」


 玲也たちが行動を起こそうとした直後、二人の背後から呼び声がした。二人とも何度か聞いた事のあるその穏やかな物腰ながら、どこか冷たく慇懃無礼な印象を与えるその男。二人が振り返れば白のスーツ姿に紫の長髪を棚引かせる長身の男がいた。振り向いた途端に玲也が目を見開き、


「……天羽院! どうしてここに!!」

「バグロイヤーの人間として、私たちを欺いていた事は既にバレてましてよ! 覚悟なさい!!」

「おやおや、私を見て何を言うかと思いましたら……」


 眼鏡越しに冷たい眼差しを持つこの男こそ天羽院その人だ。玲也が驚愕と疑惑の入り混じった視線を向けていた頃、エクスはスポンサーの立場で自分たちを利用していた天羽院に対し、屈辱を覚えていたのだろう。すぐさま彼の身柄を拘束しようと飛びかかるも――天羽院は自分の身体を素通りし、勢い余ったエクスが前のめりによろけた。余裕を見せんとばかりに、天羽院が彼女へ嘲笑を浴びせており、


「ホログラムか!?」

「似たようなものですね。ただ今ここにいます二人にしか見えませんから」

「……証拠を記録する事が出来ない訳か」


 彼の言う通り今の天羽院は本人ではない。まるでどこからかの映像が自分たちの目の前に映し出されているに過ぎなかった。この状況を一種の幻や悪い夢とも置き換えることが出来るかもしれないが、玲也は冷静さを保とうとして、何故か自然と天羽院の話を肯定していた。


「その上で現れたのなら、俺にも聞きたいことがあります」

「私がバグロイヤーの手先になったとかでしたら、ちょうど教えてあげようと思いましてね?」

「でしたら早くなさい! 私たちには時間がないのでしてよ!!」

「はいはい、早く聞きたいのでしたら教えてあげますかね……」

 

 天羽院が自分たちの前にこうして現れる事に対し、そもそもバグロイヤーへ内通を働きかけていた背景までさかのぼる、突き止めなければならないと彼は踏まえた。この質問を投げかけるや否や彼の口元が緩み、笑いをこらえきれない様子でいたところ、

 

「早い話、“私たち“の主張が認められませんでしたからですよ! 分からせてやる為に旗揚げをしただけですよ」

「そ、それだけでして……!?」

「それだけって軽いですねー、私たちはお互いのより良い関係を考えていただけですよ?」


 ――一応は、天羽院がバグロイヤーを選んだ理由を漠然と察した。電次元の使節として彼らは自分たちの主張が通らなかった。その苛立ちや妬みが原動力となって、バグロイヤーを立ち上げて蜂起した理由になるのだろうと。


「単なるエゴじゃないですか! 自分の思い通りにならなかっただけでこんな戦争を起こすとか馬鹿げてます……!!」


 だが、彼の利己的な承認欲求が満たされなかった事で電次元だけでなくこの太陽系を、さらにこの地球を戦火に晒して良い理由にはならない。冷静に構えようとしていた玲也だろうとも、流石に耐えきれず戦争に踏み切った動機がエゴだと断じる。


「それを言ったら君も! お父さんを捜し出すとかの個人の事情で戦っているのでは! ?」

「確かにそれは俺個人の事情です! ですがそれと別です!!」

「そうでして! バグロイヤーと戦う事が、プレイヤーの使命と玲也様は分かってまして!!」


 玲也もまた彼が父を探すために戦っている――動機と同じ個人的なものではないかと突っ込まれると、彼は少し歯切れが悪くなった。個人的な理由と別にプレイヤーの一人としての務めを果たしているのだと、エクスの援護射撃に助けられつつ、自分が戦う理由を正当化しようとしている節もあったが、


「おっと、言っておきますが私たちの主張ですから私一人ではないんですよ?」

「その通りだぞ、玲也」


 玲也が少し苦しい様子を露呈した時こそ、相手からすれば好機だった――天羽院がその口ぶりと共に自分の同志の事を触れた。その同志らしき人物は、おそらく彼と同じように特殊なホログラムで瞬時に姿を現したが。


「……その声は!」

「れ、玲也様。まさかと思いますが」


 その男は自分の名前を既に知っていた――さらに言えば無精ひげと天然ながら無造作なくせ毛のこの男を目にした瞬間、エクスが狼狽している。玲也に至ってはそれ以上の動揺が襲い掛かる。体中が震えあがり、血の気が一気に抜けたように顔が青ざめていく。その上で見間違いだと思い込ませるように目を何度かこするものの、目の前の光景が変わる事はなく、


「父さん……父さんだ! 全然変わってない!!」

「俺を覚えてくれていたか。俺もお前を忘れる事もなかったが……立派に成長したな」


 玲也が父さんと我を忘れて叫んだ――今、彼の胸の内をかきたていくこの人物こそ羽鳥秀斗。彼からすれば、ゲーマーとしての師であり、越えるために決着を付けなければならない目標として誓いを立てた男。それが玲也の父その人なのだ。


「でも何故! どうしてバグロイヤーなんかに!?」


 本来ならば目の前の父がホログラムであろうとも、健在と知ることが出来ただけでも息子として喜べだであろう。しかし、その父が天羽院の同志としてバグロイヤーに身を置いているのである。それゆえに素直に喜ぶことはとても出来ずに思わず尋ねたら、


「それは私と彼の志が同じだった為だ。今のままでは理想の関係は生まれない」

「その気もないのでしたら、当然私たちが行動を起こさないといけません。そう言う事ですよ?」

「な、何故……貴方達の理想が、戦争に巻き込んでいるのでしてよ!!」

「そうだ! それでいいのか、父さん!」


 秀斗と天羽院がまるで共同体として望んでいる目的だ――電次元から地球まで戦火を広げている事について、玲也自身納得がいかない、もしくは理解が追い付かない様子で困惑した表情を浮かべている。今の彼に対して完全に優位に立てたと確信し、天羽院は余裕をもって手を差し伸べると、


「それもありまして、私は玲也君に期待をかけてましたから……秀斗の息子ですからね」

「あなた! 玲也様はお父様の息子として見られる事を嫌ってましてよ!!」

「だからと言って秀斗に刃を向ける今の方が、彼にとって辛いとは思いませんか?」


 羽鳥玲也としてのプライドを揺さぶりつつ、天羽院はそのプライドを捨ててバグロイヤーに降れば良いと促す。親の七光りとして見られる事を嫌う息子としての意地も、父親と再会して手を取り合う喜びを前には容易く砕けるだろうと見ていた。玲也自身歯を食いしばり、今の現実が悪夢であってほしいと目を閉じて佇む。


「ごめんなさい、私と玲也様もお父様への想いがあるのは分かります。ですが……」


 エクスはこの状況へ困惑しながらも、ここで玲也の背中を押せば、彼が自分の信念を裏切る結果にもなると捉えていた。自分の志と玲也の願いが相反する事に対して、板挟みになるエクスの前に彼が手を払う。ただ無意識に彼女を自分が守るような姿勢を取りながら二人のホログラムに向けて顔を上げると、


「……俺は父さんに会うために探していない! 父さんを超える為決着をつける為だ!!」

「玲也、お前は何を言うつもりだ?」

「まさか、玲也様!?」


 悠然と構える秀斗に対して、天羽院の顔へ微かに迷いが走った。玲也もまた自分が取ろうとしている決断に対し、迷いが払拭しきれない心境だったであろう。エクスも彼がどのような決断を下したか察し、慌てて彼を止めようとしたが、


「敵同士で会う事を考えたくはなかったし、出来れば避けたかった」

「敵か……俺の元に来る気はないとでも」

「俺がこの手で決着をつける……父さんを前にただ超えるだけだ!!」


 父を捜し出す――玲也の目的は確かに果たされた。だがそこから先にあろう父との決着がこのような形になるとは、当の本人が望んでいた筈はない。だが、決着をつけることが出来る場である事に変わりはなく、敬愛する父であろうとも勝負を挑まなければならなかった。地球を戦火に巻き込むバグロイヤーに降る事、今の彼として譲歩できる筈もないからだ。


「玲也君、その選択は本気でして!?」

「辛いといえば辛い。だが、プレイヤーとしてみんなを裏切る方がもっと辛い!!」

「……決着をつける覚悟なら仕方あるまい。遠慮なくお前に引導を渡してやる」


 秀斗もまた忽然とした態度を示した――自分を越えようとする息子に対し、父親として返り討ちにしてやるとの結論を下した。天羽院を他所に、躊躇いもなく決断している様子は自分が良く知る父親の姿だったが、父親から直々に自分を仕留めてやると宣告された事は、息子としては胸が痛む思いであり、


「ま、まぁ……それでしたら近いうちに叶えさせてあげますよ、良いですね?」

「俺はいつでも構わない。戦場に出る準備はしておこう」

「との事でしたら、まぁ私はどちらでも構わないのですがね……」


 親子の間で決闘の約束が交わされた時、天羽院は一応動揺を抑えつつ話を畳みだす。話がまとまった後、二人のホログラム映像が消え去った時、玲也は思わずその場で崩れ落ちるように項垂れる。


「玲也様、確かに私でも力になれないとは申しました! ですがいくら何でも……」

「俺はお前も、ニアもリンも……沢山の想いも背負って戦っている。俺の私情でそれを裏切りたくはないだけだ!」

「無理をなされないでくださいまし! お父様を誇りに思われるのでしたら……」

「俺は父さんを超える事が目標だ! それが殺し合いの場だろうと泣き言は言わん!!」


 玲也の心境を案じエクスが思いとどまるように忠告するものの、彼自身、この場で思いとどまってはいけないと頑なに拒む。同じ父を誇りに持ち、超える事を望む者としても、その為に血にまみえる覚悟も辞さなければならない所は二人の間で異なるスタンスだが――彼自身震えが止まらず、口調もいつもより荒々しくなっていた。自分自身余裕がない様子を示しているようなものだが、

 

『才人との話はもう終わった!?』

『ガードベルトが狙われてます。アンドリューさんはリキャスト相手にしてます!』


 その折、ポリスターにニアとリンからのメッセージが届いた――二人の話からするとガードベルトがバグロイヤーの攻撃にさらされているとの内容である。真っ先にドラグーンから動くとなればイーテストの筈だが、リキャスト自らがまるで先を読んでいたかのように。


「アンドリューさんがゼルガと……手が離せないとなれば」

「その代わりに玲也様のつもりかもしれませんが……よくも今、そんなことが言えますわね!!」


 不殺だろうとも戦闘能力を奪うことへはリキャストは容赦ない。ドラグーンにとって、今フェニックスの二の舞となれば、総攻撃の計画に狂いが生じるのは言うまでもない――既にウィストとヴィータストがガードベルトの防衛へ出ているが、地球を覆う規模の防衛対象となれば玲也を借り出す流れとなりつつあったのだ。

 以上の経緯に対し、エクスは思わず腹を立てた。ニアとリンが今の状況を把握していない為無理もないが、実の親子同士が刃を交える苦渋の決断を玲也が下したばかりである。その彼がとても出撃できる状況でないと判断し、早速事情を説明しようとするも、


『了解した、直ぐに向かう!』

「ちょ、ちょっと玲也様! そこでまた無理をされるのは……」

「状況が変わったのなら、私情が通る筈もない……まだ決着をつけるとは限らない筈だ」


 エクスの懸念に反して、玲也は全て丸く収まったような様子で返事を送った。エクスが止めようとするも、先ほどより玲也自身が落ち着いた様子だが――彼自身、内心では自分の下した決断を恐れており、直ぐに来て欲しくないと本音が入り混じっているようであった。


「……でしたらクロストで電装してくださいまし。玲也様の胸の内を今知るのは私だけでして」

「今日の俺は散々お前を困らせてばかりだが……すまん」


 覚悟を決めた玲也の胸の内は、苛烈な激情と繊細な葛藤の間で揺れ動いている――その様子を垣間見えたエクスは、玲也を支えられるのは自分だと決意して一歩踏み込む。強引すぎるところはあれど一途に献身する彼女の想いに支えられながら戦いへと飛び込んでいく。


「できれば忘れたい……憎い敵に、憎い敵に父さんがいる事を!」


 ――とばせこの悲しさを、とばせこの苦しさを、とばせこの愛を。今、父への慕情が深い傷あととなって胸に刻み込まれようとしている。その上でも戦わなければならないのだと、玲也は向かい風を突っ切るようにただ駆けていった。

 


『こっちも聞きたいことがあるから、電話してくれない?』



 その直後ポリスターではなく、彼のスマホが微かに震え一件のメッセージが届いた。ひと段落ついたことで相手に余裕がようやく出たと思われるが、今の玲也たちが逆に本来の目的を見失う程余裕がない状況だった事を彼が知る筈もない。

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