19-2 スフィンスト、戦闘開始……だが!?

「スフィンスト・マトリクサー・ゴー!!」


 ――とある荒れ地にて生成された水色のフレームへと、装甲が被さると共にカラフルなカラーリングを帯びていく。彼女が叫ぶ通り、スフィンストとの名を持つハードウェーザーであったものの、バグロイヤーの尖兵として立ちはだかった時から姿かたちに手を加えられていた。

 頭部がスカイブルーに苦みがかかった鉄色が混じり、天を衝くかのようならせん状の姿と化した。両足のドリルが据え置きと思われる中、両手も一回り大型化した結果手甲の丸鋸と共に存在を激しく主張しており、


「あ、あの! 僕頑張ります!! 姉さんにまかせっきりには!!」

「緊張しすぎだよイッチー、一応僕も初めてだけどね……」


 スフィンストのコクピットにはイチの姿があったが、緊張してカチコチとなっている彼へシャルは解きほぐすような言葉をかける。同時に目の前へと生成されつつある、スカーレット色のフレームを凝視しつつ、


「相手も初めてだしね、僕も勝ちた……」


 シミュレーターバトルにて、手を加えたスフィンストで挑む事は初めてであるだ――シャルからすればハンデのようだが、相手もまた新たに手を加えたハードウェーザーで色むならば対等な条件だと見なしていたはずだった。

 しかし実際は、電装されるや否や深紅のトレーラーらしき機体は立て続けにミサイルを放ち続けた。山なりに軌道を描いて飛ぶいくつもの弾頭が立て続けに着弾すれば、スフィンストの身動きが取れないまま、


「こういう時にね! 直ぐ飛べないって辛いね!!」

「ど、どうしましょう! 電次元ジャンプしたほうが……」

「ただ避けるだけで使うのは勿体ないよ! ちょっと勢いが落ちてきたし」


 立て続けにミサイルの雨を浴びせられる中、シャルはスフィンストが陸戦主体で直ぐに飛べない点を少し嘆く。イチが触れる通り電次元ジャンプを駆使すれば窮地を脱する事も出来るとの事だが、シャルは冷静さを欠いていなかった。

 胸部に設けられたフレイム・ソードガンを駆使してミサイルを迎撃するもの、何発かは本体へと被弾しつつある。開幕早々の先制攻撃に圧倒されていたようだが――攻撃の手が弱まると共に、トレーラーは左右に分割されるように開くと共に、制空権を得ようと飛び上がっていた。両腰のハードポイントに設けられたフレイム・レールガンが上空の相手目掛けて着弾するも、


「上手く決まったら、ワンキルだったけどね!」

「ワンキル? マニュアルで載ってなかったですけど」

「何でもないよ! ただシーカーの方も手加えたみたいだね!!」

「カーゴ・シーカー……飛べないとちょっとキツいですね……」


 レールガンが被弾し、エンジンの一部から煙を上げていながらも、上空へと飛び上がれば両舷から展開されたビーム砲ジャッジメント・ランチャーによる対地攻撃が開始されていた。カーゴ・シーカーに制空権を取られれば不利といえたが、


「イッチー、キャタピラの方頼むよ」

「は、はい!!」

「いくよ! セパレート・キャタピラ!!」


 イチに託すと共に、シャルがスタートと十字キーの下を押し込む。すると腹部に内蔵されたロックが解除され、下半身が前のめりに倒れると共に、スフィンストの上半身が上空へと浮上する。ヴィータストと似通う分離機構を備え、重厚な両足を拘束具のようにパージされると共に空中へ飛びあがり、


「イッチー、変形させたら後はこっちに集中して!!」

「は、はい! すみません!!」

「とにかく、アレを落とさないと……射程は届いてるから行くよ!」


 取り残されたスフィンストの下半身だが、両足が収納され、前方に倒れ込むと共に、腰と両太腿が後方へと折れ曲がっていく。スフィンスト・キャタピラとしてドリル戦車さながらの形態と化すが、実践経験もないイチ故か変形させるまでの操縦も若干手間取っている。

 最もシャルとしては想定範囲内の事だとして、上空のカーゴ・シーカーを潰す事を最優先みなしていた。ジャッジメント・ランチャーの死角へと潜り込もうとしつつ、切り札の一撃を射程範囲に収めた瞬間、


「ヘッドチャージ……ゴー!!」


 螺旋を描く造詣が特徴的なスフィンストの頭部だが、実際螺旋を描くように回転しだして質量弾としてカーゴ・シーカーの腹へと抉るように着弾する。スフィンストの頭部ボタン・シーカーと称される小型メカ、頭部としてはダミーの存在であるがゆえに放たれた秘策だが、


「うわぁぁぁぁっ!!」

『新兵器で意表を突く……まま、良くも悪くもベタだけど』

『これでリタイアな訳ないだろ!!』


 カーゴ・シーカーが直撃を受けたと共に、本体が姿を露わにした。ちょうど上半身だけのスフィンストとは対等のサイズとなる程で、全ハードウェーザー中最も小柄な機体となればザービストの他には存在しない。左腕に接続された巨大な鉄球をマニュピレーター代わりとして、豪快にスフィンストへ殴りつければ、後方へとよろけてしまう。

 

『まま俺らも手加えたからね。ザービスト・ザビタンってね』


 ムウが触れる通りイタリア代表のザービストもまた手を加えられた。小柄ながらリニアッグによる電磁射出装置により、白兵戦を中心に爆発的な攻撃力を持つ事がザービストの特色。ザビタンとして新たに設けられた巨大鉄球ティンプラードは豪快な威力を見せつけており、


『そっちがドリルなら、こっちもなぁ!!』

「激突! ドリル対ドリルってもんだけどね……負けないよ!!」


 すかさずティンプラードをパージして、ザービストは左右の重心バランスをとる。今度は右手にしたドリルランサー“ジャンバード”を突き出した瞬間、スフィンストはドリルを左手で受け止める――ハードポイントに設けられた丸鋸“フレイム・バズソー”が螺旋を描くように回転しながら、同じ螺旋を描きながら風穴を開けんとするジャンパードのダメージを抑え込もうとしていたが、


「真空ハリケーン・ウェーブってね!!」

『……!!』


 攻撃面ではザービストは全ハードウェーザーの上位に位置するものの、破壊力と機動力を代償に装甲はダントツで脆い。ザービストが一方的に攻撃する状況を打破する必要があると、すかさずスフィンストが右手を突き出す。指先に内蔵された五門の超音波砲が至近距離で炸裂した途端、咄嗟にスフィンストが後退する。装甲の強化は施されてないか微々たるものとシャルは踏まえた上で、


「真空ハリケーン……そんな技でしたっけ」

「そんなことより、もう潜らせてるみたいだから頼むよ!!」

「頼むっておびき寄せることで……」

「そうだよ! バンのことだし、絶対追ってくるからさ!!」


 ザービストから引き離す事が出来たとして、スフィンストは地上すれすれのところまで急降下を試みる。ザービスト自体飛行能力を備えていない事もあり、あくまでリニアッグを駆使してのホバリングが関の山。先に地上戦へと持ち込みたいのは自分よりバンの方だとシャルが賭けた上での行動であり、


『待ちやがれ! 背中向けて無事な訳!!』

『バン君落ち着いて、絶対訳アリだからさ』


 実際シャルの思惑通り、バンが血気に逸る形で追撃を試みていたが――ムウは直ぐ彼を窘めた直後、目の前の地表が急速に盛り上がり――両膝から突出していた二本のドリルパーツは、おびき寄せられたザービストをめがけて撃ちだされた。


『これを狙って……っと!』

『直ぐティンプラードを! 頼むよ!!』

『言われなくてもなぁ!!』


 “ニードリッパー“と称される両膝のドリルは柄をワイヤーで結ばれていたが故、有線式で遠隔操作がされているかのように、ザービストを執拗に追う。だが機動性に秀でる上、一発でも被弾したら致命傷になりかねないザービストはバンの技量も相まって懸命に避ける。ムウは同時にスフィンストへ反撃の術を伝えており、


「だ、ダメです! 全然当たってないです!!」

「まだ当たらなくていいよ! レールガンが当たればいいんだしさ!!」

「りょ、了解で……うわっ!!」


 ザービストの機動性を前に、ニードリッパーが掠める気配もない。少々焦るイチに対して、シャルとしてスパイラル・チェイサーと同じ要領で、ワイヤーを乱舞させて相手を牽制させたうえで、砲撃で一撃を叩きこむことを狙いとしていた。徐々に地中から再度キャタピラが姿を現していくと共に、レールガンを浴びせる事を狙っていたものの――胴体から正面を打ち込むようティンプラードが直撃する。重心のバランスをとるためにパージしたと思われた鉄球が、それもザービストから距離があるにも関わらず自分めがけてクリーンヒットを決めており、


「嘘! あんなところからどうやって!!」

『リニアッグにもちょっと手を加えた……とでも言っておこうかな?』

「あれで離れたパーツも操れる……マジ!?」


 ムウが少しだけ種明かしした通り、電磁射出装置から撃ちだされるエネルギーに対し幅と軌道を柔軟に調整する術が新たに追加された。よってパージしたティンプラードに向けて、チェーン状にエネルギーを照射する事で、まるでカウンター・クラッシュのような運用が可能となっており、


『そうだね……ってのは置いといて、チェックメイトかな』

「……えっ」


 リニアッグによる種明かしをムウが説明し終えた時、既にスフィンストへ肉薄した状態――ティンプラードを直撃して怯んだと共に、キャタピラの制御に遅れが情した結果、ザービストはスフィンストの元へ迫ったのであり、


『バン君、あとお願い』

『当り前だ! ノヴァード、シュートでな……!!』


 引導を渡さんとして、ザービストの両肩へ設けられた小型ロケット弾ポッド“ノヴァード”が一斉に火を噴いた。至近距離での運用に限られるものの、その後直ぐにザービストを勝者とするアナウンスが流れた時点で、切り札としての威力も証明されたようなものだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「フェニックスがこれだから、俺らも慣らさないとって思ったけどね」

「ったく大したことないな。アンドリューじゃないとな」


 フェニックス・フォートレスがゼルガを前に中破して修理を余儀なくされている――その関係上、自分たちが最前線から遠ざかり、手を加えたばかりのザービストを実戦で慣らす機会が乏しい事を危惧していた。その為に、スフィンストと相手にスパーリングがてらの勝負を繰り広げたものの、その後バンが歯ごたえのない相手だと辛辣な評価を下しており、


「なんだよ! そこまでボロボロだったって事!?」

「ご、ごめんなさい……僕がまだ慣れてないばかりに」

「まぁしょうがねぇ。スフィンストにあっからよ?」

「ハンデ……そうだったのですか?」


 バンの苦言にシャルが反発する傍ら、イチが自分の責任だと悔いている。アンドリューは彼の肩を励ますように叩き、イチが鳴れていない事以外の問題もあると評しており、


「シャル、ヴィータストと勝手が違うんだぜ?」

「それくらいわかってるよ! 空飛ぶことも今一つなのも……」

「それだけじゃねぇ、思いっきりスフィンストにも手加えたんだろ?」


 空戦・砲撃戦主体のヴィータストに対し、陸戦・白兵戦主体のスフィンストは扱いが大きく異なる。それだけでなくスフィンストが新たに手を加える必要があった点をアンドリューは指摘する。それもバグロイヤーの尖兵として立ちはだかった前科がある故、電装マシン戦隊のイメージを考慮するにあたって、シャルが新たに手を加えた結果、彼女もまた慣れるまでの時間を要する事となり、


「まぁ、ザービストに手ぇ加えるのは訳が違うんだよ。腕だけじゃなくてよ」

「そうだね。今までのノウハウがないと、改善の見直しも立てにくいからね」

「その癖、良く勝てるって言ってたよな!?」

「だ、だってバンの事だったし……」


 アンドリューの指摘にムウも納得を示していた。シャルはスフィンストを一度も実戦で運用した事がなく、それと関係なしに手を加えた事情については然程問題と捉えていない。どちらかとなれば、バンが根に持っているように勝負前にシャルが彼らへ簡単に勝てると豪語した様子の方が問題のようで、


「な、何か大丈夫でしょうか……僕もまだ全然ですし」

「それでも戦うって決めたのはお前だろ?」

「……」


 イチが自分の腕も含めて、今後に不安を隠せずにはいられなかった所、アンドリューが真顔で彼自身がこの道を選んだのだと言い聞かせる。一瞬威圧されたように押し黙ったものの、直ぐにその頭をゴツゴツとした手で撫でられ、


「姉さんだけに苦労を掛けない、本来のハドロイドとしての使命を果たす……俺は嫌いじゃねぇからよ」

「あ、ありがとうございます! 僕だって姉さんだけを戦わせたくないですから!!」

「その為にゃ、慣れて経験積めってこった。生きて帰りゃ一歩一歩無駄じゃねぇしな!」


 イチが少なからず恐怖を抱えていたものの、姉を助けようと戦いの道を選んだことに揺るぎはない。アンドリューは彼の信念を否定せず、その信念に見合うだけの腕と経験を身に着けるよう暖かい声をかけていると、


「でも玲也君みたいにはいかないのかな。ブレスト、クロスト、ネクストも動かせてるし」

「おいおい、俺じゃなく玲也……?」


 シャルが3機を動かす玲也を例に出す。イーテストが3形態に換装するだけあってアンドリューは自分を手本としないのかと突っ込もうとしたものの、


「そういや、あいつまだ来てねぇのか? おめぇら呼びに行ったんじゃ」


 アンドリューが思い出したように、今日のトレーニングへ玲也が姿を見せていない様子に気づく。直ぐにニア達へと振り向くや否や、


「れ、玲也様はここの所連日続けて働いてましたし」

「そうそう、流石に酷使するのもかわいそうだなーって」

「酷使? 可哀そう? 急にわけわかんねぇ事言いやがって」


 エクスはまだしも、ニアまで何か白々しい様子でアンドリューへ玲也は出せないのだと遠回しに伝える。最も彼からすればいきなりボイコットされた事も含めて、今一つ理解が出来ず、


「わ、訳わかんないはあんまりじゃないかな?」

「ほらリンさんも何とか言ったら」

「え、えーと。あのその……」

「シャル、一応おめぇに聞くけどよ……?」


 エクスによって、リンも無理やり巻き込まれるものの、彼女はぎこちない様子で答えをはぐらしている。しびれを切らしたようにシャルへ尋ねたところ


「あ、あの。僕たちに何かしない?」

「おめぇらに何かしてどうするんだよ。俺は玲也に用があっからよ」

「シャルさん、言ってはいけません事! 玲也様が才人さんの件で……あっ」

「「……」」


 シャルが目を逸らして彼女も話をはぐらかそうとしているようだが、アンドリューは彼女の両肩へと力を加えていた。圧力を加えられ、冷や汗を流している彼女だが、エクスは口を割ってはならないのだと主張するものの――二人が呆れたような顔でエクスを見つめていたのは言うまでもなかった。

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