第19話「憎い敵に父の影を見た!」

19-1 斗いはただ苦く、ただ果てしなく

「おい、まだ2日しか経ってないんじゃ……」

「……はい?」

「いや、そこは“はい?”じゃないでしょ!?」


 ――2年1組の教室に足を踏み入れた朝。何人かの生徒が自分たちの元へと駆け寄り、他の生徒たちも自分たちの方へ顔を向けている訳であり、


「ほら、その……羽鳥君も、シャルちゃんも、その」

「あー、そのことなら大丈夫だよ、グランパ、グランマは博多じゃなく鹿児島の方にだったし」

「あ、あぁ……博多の親戚も腕を怪我した程度でな」


 揃って登校したシャルが、すぐさま問いかける同級生と話を合わせながら、玲也の背中を少しつねる。すると彼も何らか思い出したように親戚の話を口にするが、


(慌しくてすっかり忘れていた。母さんが咄嗟に俺達の為に誤魔化してくれていた)


――玲也の親戚が博多に住んでいるはずもなく、シャルの両親も日本へ旅行に出ていた話も嘘に等しい。これもフォーマッツが放たれて急遽修学旅行から出撃へと向かうにあたり、その場から離れる理由を設ける必要があった為。身内が巻き込まれた為、安否を確認する必要があるとの建前を理央が機転を利かせて学校側へと伝えていた為である。

 フォーマッツ関連の騒動を解決した後、彼らは日常へと戻るにあたり大事には至らなかったと周囲に説明すると、


「そうなんだ……でも、二人とも無事でよかったね」

「金谷や久保とかも親戚や爺ちゃんが亡くなったとかだしさ」

「……あのフォーマッツのせいか」


 二人の事情に対して、概ねの生徒たちが納得を示していたが、自分たちと異なり本当に身内が犠牲になった同級生がいると知らされる事は心に来た。バグロイヤーの脅威が既に日本へ及び、面識のある相手にも犠牲が及んでいる事を知れば、思わず玲也は拳を握りしめていると、


「あれ? こういう時に絶対僕や玲也君の事でやってきそうだけど?」

「もしかして……一文字君?」

「何で俺に聞くんだよ。南出の奴も……あっ、席つかねぇと」

「南出……まさか?」


 シャルがこの場で真っ先に現れる人物がこの場にいない点から、思わず尋ねようとしたが二人とも話をはぐらしていた。予鈴が鳴った時に話をはぐらかすようにそそくさと退散するものの、南出との苗字を出しかけていた事から、


「確か言ってたよね……博多に家族そろって親戚の結婚式って」

「……もしかしたら久保と金谷と、いやそれ以上の!!」

「グモーニン……ミナサン、席ついてくだ……?」


 旅行当日の朝、シャルは彼の言動をフィードバックさせた途端玲也の額から変な冷や汗が垂れた。予鈴の直後としてジーンが教室に現れる。相変わらずの口調だが意気消沈している様子もあり、


「ちょっと、一体何話してたのさ?」

「あ、あぁ…嫌な予感でしかなくて、本当なくてほしいが」

「羽鳥クン、シャルクン! ご家族の方無事ダッタデスカ?」

「あ、先生。まぁ僕たちの方はそこまで問題じゃなかったし」


 先に登校して席についてきたニア達に対しても、玲也は不穏な予感を隠し切れず思わず声にしてしまう。二人が現れた様子に対して、ジーンは安堵したように声を漏らすものの、


「改めて言わないとイケマセンネ……久保クンの祖父母も、金谷クンの親戚の方もデスガ……」


 普段良くも悪くもフリーダムな言動で、授業だろうと平然と振り回すジーンだったものの、教え子を襲った不幸に対しては、辛辣で重々しい顔つきで事実を告げざるを得なかった。そして、


「南出クンの所も同じデス……家族そろって南出クンのいない間……」

「……!!」

 

 ――出来る事ならばと、薄い紙一枚のように薄っぺらい希望へと手を伸ばしたい。そのような彼の心境を現実は容赦なく打ち砕かれていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……元気そうじゃないか、ステファ……」

「玲也だー!!」


 ――その後、ウェリントンの特別病棟にて。戸を開けばベッドで上半身を起こしているステファーの姿があった。彼女のどこか間延びしている返事と共に、ロスティの死を彼女なりに乗り切ったかのように穏やかな様子に戻りつつあった。そんな彼女の様子に、玲也は微かに笑みがこぼれるもの、


「……貴方は会って早々いきなり何をなさって!!」

「エクスちゃん落ち着いて! ステファーさんは療養している身ですから」

「ステファー、玲也と会いたかったのー、元気になったらまた会えるけど寂しかったのー」

「だったら早くベッドに入って寝てくださいませ! どうして玲也様にはこう……」


 ステファーは勢いよくベッドから飛び出して、玲也の頭を自分の胸元へ引き寄せるように抱きかかえた。この光景で真っ先に悲鳴を上げたのがやはりエクスだであり、リンが彼女を必死で宥めるが、無自覚か否か、ステファーが玲也を想う言葉が彼女の嫉妬という心の油田に火をつけている為効果があるとは言えなかった。


「……お前、その年でこの様子だとそのうちトムも青ざめるぞ」

「玲也ちゃんは自分から距離を詰めようとしない所がいいのよ~」

「ラディさんも、ジョイさんもどさくさに紛れて何を言っているのですか!……ステファー、俺がそこまで惚れられる理由はないぞ」


 一方のラディは冷静に、ジョイはこの状況を楽しんでいる。当の玲也はいきなり迫られても困ると、ステファーを宥めようとしたが、


「玲也が死んだら駄目って言ってくれたからー、だからステファー生きてるのー……ダメ?」

「確かにお前に死なれたら困ると俺は言ったが、その意味ではな……」

「ほら見なさい! これでも黙ってろと……」


 ただ、玲也の判断は裏目に出た。ステファーが少し姿勢を低くして、当の本人を上目遣いで見ている。おそらく天然かと思われるが、彼女のあざとさを目にすれば、エクスがリンに押さえられながら怒りを震え上がらせている。


「そりゃそう……」

「あたりめぇだ! 俺がいる限りステファーは誰にも渡さねぇからな」

「えっ、まぁ……アランさんが言うならそうですよね……」


 ステファーが玲也にアプローチ仕掛ける様子に対し、流石に見るに堪えない異議を唱えようとする声が上がったが、隣の大柄な男の主張にかき消されていった。ステファーの兄貴としてアランが妹を渡せないとの言い分は最もだと理解しつつ、隣に座っていた彼は妙に肩を落としていた。


「ちょっとシーン? あんたがちゃんとしてないから、ステファーが玲也と引っ付こうとしてるのよ!!」

「ニア、それ俺が言おうとしてたし……」


 項垂れているシーンに対し、ニアは少し呆れたように彼が頼りないと𠮟りつける。本来パートナーとしてステファーの事に気を配らなければならないのがこの男であり、本人もそれを自覚していた故にこの状況に歯がゆさを感じている……のだが、


「別に構わないでしょ! 玲也ももう少しちゃんとしなさい!!」

「そうだよ! なんであんたって人がステファーといい雰囲気になってるんだよ!!」

「……あんたねぇ」


 玲也に対して、しっかりしろとニアは檄を飛ばす。だがこれにシーンが便乗するように同じように突っ込む様子に対し、当の彼女は余計呆れたのは言うまでもない。


「アランの横の奴誰だ? 見た記憶はあるが・……」

「……とりあえずステファーのパートナーと覚えてください。シーンが余計落ち込むと思いますから」

「……分かった」


 ラディが見覚えのない相手がいると尋ねてきたが、おそらくシーン以外の人物の何物でもない。彼に対して、半分案の定の展開だろうと、玲也は冷静に察して頷き、彼の機嫌をさらに損ねる恐れがあるとの事から小声でそっと教えた。

 

「それよりも、お前も決心はついたか?」

「えぇまぁ、正直ステファー俺が止めても聞かないと思いますんで」

「アラにいのお陰もあるよー、ステファーが玲也と一緒に頑張るって決めたんだから―」


 気を取り直しつつ、ラディがアランに対して意思確認をかわす。彼はバツが悪そうな表情ながら、ラディの意向に応える事、ただステファーが玲也に惹かれているとはいえ、彼女自身の意志で戦い続ける事へは肯定的に捉えようとしていた。


「まぁ、ステファーが戦うなら俺もその気ですよ。電装マシン戦隊でも同じ地球を守る存在ですからね」

「……なら俺は何も言わない。妹さんともども今は療養しとけ」

「そうそう! 将軍も粋な計らいをしてくれたんだし、貴方が落ち着いてから戻ってくれて構わない筈よ!!」


 ステファー共々アランがドラグーン・フォートレスに籍を置く事を決意した事に対し、ラディは微かに口元が緩み暫くの療養を促した。

 ウェリントンの病室にて、ステファーが療養している理由はエスニックから無断出撃に対しての処罰の意味も表向きではあった。だがあくまで心身ともども彼女を休ませるとの真意がある――ジョイはそれを察しているからこそ弾んでいた。


「まぁ、一応あんたも同じドラグーンの仲間になんしさ、もっとしっかりね」

「しっかりとか言い方引っかかるけど……そういえば、確かシャルって子は一緒じゃないのか?」

「シャルはちょっと特訓を受けている最中だ。実戦に向けて慣らさないといけないからな」

「早く慣らすって今更?」


 シャルが不在の理由について、シーンは今更彼女が実戦に慣れる必要があるのかと首をかしげた。最もニアからの目配せに玲也はすぐ首を縦に振っており、彼に対して敢えて詳細をぼかしている様子だった。


「シャルもお友達―、だったらステファー嬉しいなー」

「多分シャルならステファーと仲良くなれると思う。俺も同じ仲間としてやはり力を合わせたい」


 ステファーなりに、ドラグーンの仲間として溶け込もうとする意志はあった。玲也はそれを感った上で手を差し伸べた。ただ、彼女がいる場所と異なる向きに何故か手を差し伸べており、


「シーン、俺が気に食わないなら構わない。ただ俺としてはやはり同じ仲間としてだな」

「一応俺だって、バグロイヤーと戦わなきゃって事ぐらい分かってるよ」

「有難う。いろいろあると思うが俺の方からも宜しく頼む」

「……まぁな」


 ステファーが玲也に惹かれている件もあり、シーンとしては彼らに対して何か思う所もあるであろう。わだかまりが少なからずある彼に対し、自分には遺恨などないと言わんばかりに玲也は手を差し伸べた。彼を前に少しバツが悪い様子ながら手を取り合えば、


「うわー、シーンと玲也仲良しだー」

「いや、別に俺はそこまで思ってないんだ……いたっ!」

「あんた、もう少しそこは空気を読みなさいって!」


 手を取り合った玲也とシーン以上に、ステファーが二人の様子を喜んでいたようである。仲睦まじい様子にステファーが自分事のように喜ぶものの、気恥ずかしさがあっての事からか、シーンは否定した所、分かっていない応対だとニアに足を踏んづけられた。


「ロスにいがもういないけど、ステファーみんなと一緒なら多分大丈夫だよー」

「ロスにい……」

「あの、ステファーさん? 出来ればその話は……」

「い、いや。別に俺はそこまで気にしていないから構わないが」


 ステファーは玲也たちの事情を把握しないまま、その言葉を口にしたのだろう――玲也の表情に一瞬憂いが走り、リンも彼の葛藤を察した上で彼女に話を慎むよう口に出しかけた。最も彼は当のステファーが事情を知らない為、無理強いは良くないのだとリンを止めた所、


「正直俺だって父さん、母さん、マリーゼが無事でいてほしいけどぉ……いて!」

「だから、あんたはどうして余計な一言が多いのよ!」

「またあんたって人は! 俺だって家族を残してここで戦ってるんだ、心配して何が悪いんだよ!!」


 ステファーの話からシーンが電次元で眠りについている家族の事を思い出し口にしたが――タイミングが悪いともいえよう。またもニアが不機嫌そうに彼の足を思いっきり踏んづけた。そのように当たられる事へ納得がいかないと、シーンが少し声を荒げるが、


「あのシーンさん、ニアちゃんに家族の話はしない方が良いです……」

「……玲也、お前たちさっきから様子がおかしいが?」

「あのですね、玲也様はちょっと知り合いの殿方が……」

「俺たちは必死に頑張っているつもりですが、それでも守れない時があると考えるとですね……」


 リンがシーンを落ち着かせていた所、ラディが彼らの様子がおかしいと察し彼らに事情を尋ねようと動いた。エクスが遠回しに事情を説明しようとしていたが、明らかにバレてもおかしくないと玲也はあっさり言い放って病室から外に出る・どこか憂いを背負った彼の後ろ姿にニアとリンが少し複雑そうな様子で見送っていた所、


「博多ではもっと多くの犠牲者がいる……ステファーのように、いやそれ以上の人だって」


 自販機の隣に設置されたコーヒーサーバーから出てきたカップを玲也が手にし、その中に注ぎ込まれたホットコーヒーを喉に流し込む。口元に広がる苦みと共にフォーマッツの直撃を受けた博多の惨状が脳裏によぎる。


「才人だってそうだ……なのに俺は何もできないどころか、プレイヤーとして戦っている事も秘密にしているのか!」


 苦々しい思いと共に、混み上がる怒りや虚しさに駆られるよう飲み干した紙コップをその手で握りつぶした。彼が抱えこむ負の感情は、バグロイヤーの非道に対するものだけではない。正体不明のプレイヤーとして世間で活躍しながら、自分の友を救えないどころか偽り続けている自身への不甲斐なさにも起因していた。


「流石に辛いよ……父さん」


 “バグロイヤーとの戦禍が親しい人をも巻き込む。激化していく戦いの中で玲也の心は徐々にすり減らされつつあった。それでもなお戦い続ける彼の心の支え――乗り越えるべき父を救い出すという父への想いだった。だが広がる戦禍は遂に……この物語は若き獅子・羽鳥玲也が父へ追いつき追い越すとの誓いを果たさんと、抗いつつも一途に突き進む闘いの記録である。”

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る