7-2 斗い戻る南十字の隻腕

「随分大人数ですね……」


 ニュージーランドのウェリントン――この特別病棟の最上階に玲也たちは足を踏み入れていた。ニュージーランドの代表プレイヤーとなるベルがそこで療養とリハビリを続けており、エスニック自らが彼女のプレイヤー復帰に伴う面会へと向かう最中であり。


「はは、まぁ玲也君のお母さんには別の用事があるとはいえ、10人近くでいきなり訪れることになるとはね」


 エスニックが苦笑しながら語る通り、玲也たち4人とシャル、アンドリュー、リタの他フラッグ隊のルリーや理央と合わせて10人の大所帯。見舞いに向かう事となればにぎやかすぎる陣容となる訳だが、


「エスニックさん、私はこの部屋でしたっけ?」

「そうです、もう既に先客もいますのでお願いします」

「ふふ、シャルちゃんのご両親にお会いするのは初めてね。だから緊張するわー」

「はは、流石玲也君のお母さんだ。アンドリュー君あとは代わりに頼めないか」


 口ではそう言う理央であったが、彼女の顔はむしろリラックスしている様子すら漂っている、エスニックもまた同じ様子で顔をほころばせながら評していたが、


「シャルー、緊張してるのか―?」

「そ、そんなことないよ! 僕全然怖くないんだから!!」

「……私はちょっと怖いですよ」


 一方別の部屋へ既にシャルの両親が到着していることから、娘の彼女は少し背筋がこわばる。緊張するシャルをリタが少しからかう傍ら、ルリーもまた何かベルへ面会を交わすことに心の準備ができていない様子もあったが、


「ルリーも大げさだなー、あいつそう根には持たないと思うけどなー」

「リタさん、ルリーさんとそのベルさんに何かあったのですか」

「まぁ、それは近いうちにわからぁ……ベル、俺だ」

『アンドリューさんですね、どうぞ入ってください』


 ――ベルが入院している病室へ一同が到着した。アンドリューがさっそく通話用のインターホンを押すと彼女の声が直ぐに帰ってきた。声の様子だと穏やかそうでリンを少し大人にしたような、思慮深く奥ゆかしい印象もあった。また声の様子から既に全快したかの様子であり、アンドリューもロックが解除されるや否やさっそうと足を踏み入れた。


「お久しぶりです、長い間離れてしまいまして本当申し訳ないです」

「かまわねぇ、おめぇは休んでいる間十分戦ったろ? 」

「おぉー、ジャレ夫久しぶりだなー」

「……どもです」


 そして病室のベッドに彼女の姿があった。白緑の三つ編と、丸みを帯びたレンズの入った眼鏡をかけている外見にたがわず、落ち着いた物腰でアンドリューと会話を交わす――彼女がベル・ジンジャー、ニュージーランド代表のプレイヤーとなる。


「ベル、前よりも元気そうじゃん」

「ありがと、まぁジャレ君がそばにいたお陰もあったかな」

「自分は……パートナーとして当然です」

「おー、ジャレ夫は相変わらずウブだなー」


 シャルからの安心の声にベルも笑いながら答える。そして彼女のもとで椅子に座りながら見守っていた彼――アポロキャップを着用しているこの男、ジャレ君なりジャレ夫なりと周囲から呼ばれているが、本名はジャレコフ・ルトラン。パートナーと彼が自負する通り首元にタグがつけられている。


「確か新しいプレイヤーが貴方だったかしら? えーと……」

「は、はい。俺がその羽鳥玲也です。まだ1か月ほどしか経っていない新入りですが……いて」

「馬鹿、気付け……」


 ベルが自分へ興味を向けたので、玲也は少し照れながら左手を差し伸べて握手をかわそうとする。だがこれに気付いたアンドリューが彼の後ろ首をつねり、左手を下げさせようとする。


「ありがとうございます。でも玲君も右腕を痛めているようですから私に気を遣わないでください」

「玲君……ってええ?」


 アンドリューの行動がよく分からない様子の玲也だが、ベルにはそれが自分への心遣いだとよく分かっていた。

 自分が玲君と呼ばれる事へ若干戸惑いがあったものの、既に大丈夫だと先に右手を出してきた為、彼もそれにこたえて握手を交わすと……肘よりも長く伸びた白のロンググローブ越しに違和感を覚え、先ほどの疑問がちっぽけなものと化した。左手から彼女の温もりが伝わらないのだ。彼は思わず違和感に気付いたとともに直ぐ察して平静を装うのだが、


「うん、ジャレコフだからジャレ君だし、玲也だから玲君だけど駄目かな」

「あ、いえ。その呼び方でしたら別に構わないですけど」


 ベルには玲也が自分の秘密もとい、長らく戦線を離れていた原因に気付いていたことは分かっていた。最もその話をより彼の呼び方の方に話の焦点は動いており、彼女なりの親しみとしてクスクス笑いながら語っていたが、


「玲也様ったら……一体あの方に何があったというのかしら」

「ちょっと、あんたその話は今やめなさいよ」

「……」

「ほら、彼怒ってるじゃん……ちょっとシャレにならないんじゃ」


 ただベルの事情が良く分かっていないだけでなく、彼女が玲也と仲睦まじい様子から、エクスが不満げに漏らす。ニアが彼女を窘めるていた所、彼女と別にジャレコフの視線もエクスへと移った。彼が少し目つきが鋭い様子になりニアの言う通り、彼女の問いが地雷であると言いたげな様子でもあった。


「大丈夫だって、ジャレ君……玲君が気付いていると思うけど、右がもう私の腕じゃないの」

「「……」」

「エクス、これは謝れ」

「……も、申し訳ございません」


 ケロリと笑いながらベルは自分の右腕の秘密を明かした。その様子を知らなかったのは玲也たち4人であり、リアクションに戸惑う中彼はエクスに謝るように促す。さすがの彼女も今回すぐに謝ったこともあるが、全然ベルは気にしなくていいよと微笑みながら返した。


「ベル君は4か月前の戦闘で右腕を失うほどの大怪我を負った」

「はい……傷ついた私のためボックストが私を庇ってくれました。本当に私は何と言えばよいのか」


 エスニックも少し遅れて病室へ足を踏み入れる。またルリーが今回同行していた原因は彼女自身がベルの腕を奪った責任がある故。被弾した彼女のスパイ・シーズをバグロックが撃墜せんとした所、ボックストが間に入って彼女を庇った結果、その際にデリトロス・ブレイカーがコクピットを突き破ってしまったのだ。


「全然気にしてないですよ。あの時私ももう少しうまく動けばよかったと思いましたから」

「け、けれども……義手では色々と日常にも支障が来るのでは、これから先もですが……」

「確かに自分の腕通りに動かせるようになるまでは少し時間がかかりました。ですが……ジャレ君がいますから……」

「……すみません」


 既に済んだ話だとベルはルリーに対して自分が既に元気だとアピールをしてみせた。その際にジャレコフがパートナーとして顔を赤らめながら傍にいることも触れると、彼は帽子で目元を隠す――まるで照れを隠す意味もあったようで。二人の強固な関係を目のあたりにしてニア達はなぜか顔を赤くしていたようだが、


「ですが、もう少し時間がかかるかもしれません。プレイヤーとなりますとコントローラーを捌くのにそれ以上の腕が問われます」

「やはり……本当に私が」

「まぁ落ち着けルリー。おめぇも好きでやってねぇし、ベルは大丈夫だって言ってんだろ」


 けれども、日常の生活に支障がない程度までは義手を使いこなせるようになれども、プレイヤーとしてはより高度な技術が求められる。まだそこまでの域にベルが達していない様子から、ルリーがまた謝ろうとするも、アンドリューがそこまで気に病むなと励ます。


「ただベル君が復帰したい信念に変わりはなかった。そこでシャル君を彼女のサポートに回ってほしいと私たちは考えたのだよ」

「……そうなると、僕がボックストのサブプレイヤーって事なの?」

「まぁそういうこった。玲也の腕はもうじき良くなりゃおめぇはそこでお払い箱」

「アンドリュー! そういう言い方はないと思うよ僕は!」


 アンドリューの例えにシャルが思わず頬を膨らませる。も周囲は彼女のそのリアクションを予想していたうえで微笑みを返していたが、


「もしかしたらシャルちゃん、私のボックストを動かすのは無理なのかな?」

「そんなことないよ! クロストを動かせた僕だからボックストだってできるはずだよ!!」

「ふふ、流石シャルちゃん。だから信じてる」

「……へへ」

 

 その中でベルが少しわざとらしく挑発した。これに触発されたかのようにシャルが自分の腕をアピールすると、すぐさまベルは彼女を信頼して頭をそっと左手でなでており、少し子供のように扱われているかもしれないが、彼女は特に反発することもなく屈託のない笑いを浮かべていた。


「しかし、シャルちゃんとベルさんは仲が良いですね」

「まぁ、元々シャルの面倒を見てたのベルだったからなー」


 じゃれあう二人が仲の良い姉妹だとリンが述べる所、リタが二人について語る。もともとベルが最初の第二世代ハードウェーザーのプレイヤーだったそうだが、同時期にオンラインゲームをクリアしたのがシャルであったという。最も当時シャルが年齢制限に引っかかった矢先、彼女に自分たちの手伝いをさせたいと頼んだ相手がベルであった。


「あぁ、それがそのベルさんにシャルが懐いている理由なのね」

「そうだなー、まぁあいつらにとって姉妹みたいなもんなら、あたいはジャレ夫が弟のようなもんとみてるなー」

「……そういう事です」


 同時にニュージーランド代表は自分からすれば直接の後輩であり、弟や妹のような存在だとリタは例える。それと共にジャレコフへ抱きよるようにして頭をなでていたが、元々慣れていないスキンシップだからか少し強面っぽい顔が赤らめていた。


「じゃあ、そのジャレコフさんが玲也さんの兄さん替わりになるのでしょうか?」

「いーや、あいつはがきっちょかなー、そうがきっちょ」

「……」


 リンが少し天然じみた事を尋ねれば、リタはあっさり一蹴される。がきっちょと呼ばれることには既に慣れていた玲也だったが、ジャレコフと引き合いに出される形でがきっちょと言われるには少し何とも言い難い表情を浮かべている。


「ちょっとリタさん! そう断言しなくてもいいじゃないですかー!!」

「ニアさん! ここは病室ですから! 静かになさったらどうでして!?」

「……貴方こそ騒いでいるような気がしますが」


 その彼を横目にニアはリタの答えに対して笑いを必死に抑えていた。エクスが一見最もな事で彼女をしかりつけているが、玲也を馬鹿にされて自分事のように顔を赤くしているのであり、周囲の迷惑を考えているかになれば大分怪しかった。実際ルリーに突っ込まれているが、、


「まぁ聞け。おめぇらが戦いたいと望んでも、俺らだけで話を決めるわけにはいかねぇがな」

「そういう事だ。シャル君、ベル君もちょっと一緒に来てもらえるとありがたいが……大丈夫かい」

「はい、別に日常の方に支障はありませんので」


 エスニックはベルを少し案じた目線を送るが、彼女はにこやかに笑いながらベッドから立ちあがった。リハビリを続けていた中で、彼女は義手以外は至って健康な様子であり、


「それは何よりだ。君のお父さんもちゃんと来てくださっているからちょうどよい」

「お父さんが……はい、わかりました!」

「まぁちょっくら俺も話あってくらぁ。リタ、ルリー玲也たちちょっと頼むわ」


 父がこの話し合いの場に就いている事を娘としてベルは少し驚くとともに嬉しかったのか声も弾む。シャルとともに戦うことについて親たちと話し合いの場に向かった後、患者のいない病室に玲也たちが残されていたが、


「……リン、君はエージェントの生まれとの事で間違いないか?」

「え……は、はい。どうしてそのことを」

「確かジャレだっけ? ちょっとリンに何聞くつもりなの?」


 寡黙そうだったジャレコフが先に口を開く――彼はリンに関心があるそうだが触れる話が話だけに、彼女が少し物怖じしながら答えており、ニアの視線が少し厳つくなる。


「いや警戒させて済まない……ただ君の身内にイチというエージェントがいた筈だ」

「イチ……!? まさかあまなた弟がどこにいるのかわかるのですか!?」

「リン落ち着け―、ジャレ夫はお前らよりだいぶ前にハドロイドになっちまってるからなー」

「す、済まない……君の期待には応えられないと思う」


 ジャレコフの触れた内容へ思わずリンが動揺するが、リタが間に入って宥めた。彼自身リンとイチの間で何があったかを把握していたかどうかは分からない。ただそれでも彼は頭を下げており、


「自分は非合法のエージェントとして、そのイチと何度か戦った事がある……その事をただ謝りたかった」

「非合法のエージェント……? リンが合法のエージェントみたいな言い方ですが」

「はい、私たちのような国から承認を得る人たちが合法になりますが……あの、その」


 ジャレコフがかつてエージェントとしてリンたちと敵対していた過去を明かす。そのエージェントの違いについて玲也が疑問を感じたので、彼女が説明を始めようとするが――その理由がデリケートな内容も含むのもあり途中で彼女が言葉を詰まらせる。


「……自分が物心ついた時、既に商品として買われていた」

「……すみません」

「いや、慣れているから大丈夫だ。自分のような子供は組織に買われて非合法のエージェントに仕立てられる」


 ジャレコフは自分から生い立ちを語り、身寄りのない彼らは非合法のエージェントとして要人の暗殺や破壊活動に従事しなければ、明日の暮らしも保証されないような極貧で劣悪な環境で育った。さらに言えば彼がハドロイドにされたのも、その組織が莫大な報酬を目当てに彼を売り飛ばしたものだった。


「……あんた、それでよく耐えてきたわね。逃げようとは全然思わなかったの?」

「逃げたところで帰る宛がなく、捕まったら最期。あの時の自分はただ生き抜くことが精一杯の反抗だった」

「……たとえ多くの相手を手にかけようとも、生き延びなければならない理由があったのですね」

「あの時はそうだ。ただ生き延びること自体が自分の生きる理由でその先は何も考えていなかった」


 ジャレコフの置かれた境遇に、同じような孤児だったニアは少し批判をかますが、玲也自身そうせざるを得ない状況に何となく理解を示していた。最も彼はあの時の自分がそうせざるを得ないと感覚が麻痺していたにすぎず、過去の過ちが正当化されてはいけないとも釘をさす。


「最もその環境で許されるとは思っていない。ただ君の弟と刃を交えた過去をまず謝りたかった」

「そ、それはもう仕方のない話で構いません! ジャレコフさんも今バグロイヤーを相手に戦う仲間ですよ!!」

「仲間……最も自分の罪はこれで消えたとは思っていないが、その言葉だけでも嬉しい」

「もうジャレ夫は生真面目すぎるんだよー、ベルと一緒に本当よくやってるけどなー」


 再度頭を下げるジャレコフに対し、リタは過去の過ちは十分水に流せる話だと許す姿勢だった。最も彼は一瞬安堵した表情を見せるも、その彼女の優しさに甘えてはいけないと再度険しい表情に戻る。そんな生真面目で固い彼を、スキンシップがてらに彼女が茶化しながら称賛していたのだが。


「ベルは薄汚れた自分に対しても手を差し伸べてくれた、ハドロイドにまでなった自分を同じ人として見てくれていたからだ。だから……」


 ジャレコフは少し顔を赤らめながら、そこにいないベルが自分にとってどれ程素晴らしい相手だったか述べる。ただ彼自身両手を目にやりながら少し言葉に詰まる。


「最も、自分が希望を見出しても、自分のこの手が延々と戦いを欲している事に変わりはない。生きるために何人も手にかけて、浴びた血が自分の心に棲みついてしまうとな……」


 ジャレコフは玲也に顔を向けながら自分のジレンマを打ち明ける――彼自身ベルとともに生きる事を新たな希望と見定めていたが、エージェントの頃から何人もの相手を仕留めてきた。その過去がしみ込んだように、自分の心に殺人鬼が棲みついて離れないようだと自虐を交えていた。


「ちょっと待ってくださいまし! あなたは玲也様がそうなるとおっしゃりたいのですか!?」

「いや、自分は君の事を……」

「少し良いですか、これは俺の問題ですから」


 ジャレコフの言いたげなことにエクスが真っ先に反論する――彼の真意を聞こうとする前に早合点していた様子もあった所、玲也が代わりに彼と話しべきことがあると立ち上がった時、、


「……俺も手にかけてはいけない相手を仕留めてしまった事がありました。その苦しみに対して俺は戦い続けるため、彼女も敵同然にみなしてしまったことがありまして」

「……ほぉ」

「そういう事よ、まったくあの時のあんたときたらねぇ」


 ――玲也はジャレコフの陥るジレンマに思い当たる節があると苦い経験を語る。その経験の内容はニアにとって特に忘れがたいもので拳を少し震わせながらも、憎まれ口をわざと叩きその時の怒りや憎しみを発散させる。


「まぁ、ポーの事を忘れないようにするっていうからさ! もう一度あたしは玲也を信頼してるのよ!!

「もちろん、一番玲也様を信じているのはこの私ですが」

「……今、話の骨折るのやめて? それよりあんたよあんた!」


 その後素直になれずとも、その遺恨は払拭したものだとニアなりに語る。エクスに途中話を折られるが、彼女へ突っ込みを入れつつもジャレコフの方に顔を向けた。


「あんた、ベルさんの事が大事って言っておきながら戦いから離れられないっていうけど、じゃあベルさんは無理やり戦わされてるって事?」

「……それはない! ベルは自分の意志で、自分にできることを探そうとして戦っている!」

「だったら、別にそう考える必要ないじゃない! あんたはそのベルさんと一緒に戦っていると考えられないの!?」

「そ、それは……」


 ニアに論破されたようにジャレコフの表情が少し呆然としたものになった。そんなやり取りにリタが目を細めながら彼女の肩をポンポンと叩く。


「ニアー、お前いいこと言ったぞー。そうやって何のために戦うか強く持っといたほうがいいぞージャレ夫」

「……自分が言おうとしながら逆に言われてしまうとは、けれども彼女の言う通りです」

「まー、ニアの奴もあのがきっちょと一緒に戦ってるもんだなー。ジャレ夫とベルみたいになー」

「べ、別に玲也の為だとかそこまで考えてませんから!!」


 リタから突っ込まれるとニアは素直になれないようで玲也との件について否定する。その様子を彼女は面白がっているようなのはともかく、ジャレコフもまた笑みを少しこぼしていた。


「一応先輩として君に言えたらと思ったがこの有様だ。シャルもそうだが玲也もまだ自分より若い。戦いで道を踏み外さないでほしい……」

「何のため、何故戦うかで自分をしっかり持てですね……シャルも多分それは分かっていると思います」

「……君も既に分かっている筈だ。少なからず自分は記名を見ていてそう感じた」

「ありがとうございます……」


 ジャレコフと玲也が握手を交わす。ハドロイドであっても、血に塗られたような過去があろうとも、ニア達と同じように彼の手には熱がこもっていると気づいて玲也は少し安心した様子でもあった。決して彼も自虐するような戦いに憑りつかれている薄汚れた者ではないと。


『ベル……そのいいか?』

「ベルは今別の部屋にいますが……何方ですか!?」

『……何!? アトラスの後始末でこれだ!』

『まま、もし良かったらいいかな? 俺たちも色々確認したいことあるし』

「は、はぁ……」


 その折インターホンが鳴り響くとともにドアの窓越しに男二人の影が見えた。ルリーの応対からベルが不在だと知れば、男の様子が変わり急に荒々しくなる。だがもう一方の男の落ち着いた態度ともども玲也たちにとって既に覚えのある相手だ。


「……その様子だとお二人はおそらくして」

「当たり前だけど、俺たちだってもう分かってたかな?」


 ルリーが一応彼らを信じてロックを解除した時に男二人――イタリア代表だ。バンが腕を組みながら顔を横に向けているのに対し、ムウは気さくな様子であり、


「バンにムウー。おめぇらも見舞いに来たってのか―、律儀だなー」

「……俺は別に好きで来たんじゃないからな!」

「まま、バン君嘘つくの下手のを認めなさい。それよりあのシャルの件は本当だったのかな?」

「こういう時、将軍やアンドリューがいたらなー……」


 素直になれないバンだが、手に花束とラッピングされた箱を持っている限り、どう見てもシラを切りとおせないものであった。彼を茶化しつつムウはフェニックス・フォートレスの代理として話の本題に踏み込もうとしていた――バンと異なり御すのに手がかかる相手だと、余裕を保つ口ぶりながら、彼女の表情が少し怪訝なものになった。


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