6-4 炎の中のシャル
「玲也ちゃん、玲也ちゃんそこにいるわよね!?」
その翌朝早々に事件は起こった。玲也の自室に向けて甲高い声と共に激しいノック音が鳴り響く。オートロックとのこともあり中から開けてもらわなければならない故、本人の反応がない限りはなすすべがないようであり。
「ジョイさん、とりあえずこのくらいのオートロックでしたら大丈夫です!」
「開いたわね……玲也ちゃん!」
ノックを続けている人物は軍医のジョイだ。男ながら甲高い女のような叫び声をあげながら呼ぶ彼をリンがなだめつつ、タグを駆使して玲也の部屋のロックを解除した。二人がすぐさま暗い彼の部屋に乗り込む。
「んん、何だ……今が何時だと」
「あぁよかったわ玲也ちゃんいたのね! けどここにいるのに何でかしら?」
「……ジョイさん? ここにいるのにと言われましても、俺は色々とやることが残っていましたから、今日は泊まろうと思いまして」
自分の部屋で玲也は布団に入って就寝している状態であった。ジョイの甲高い声で眠たげな表情で目を覚ますが、彼からの問いに対しては寝ぼけている様子もあったのだが、。
「いやそうじゃないんですよ……クロストが出撃してるらしいんですよ!」
「クロストが……はぁ!?」
自分がいないところでクロストが勝手に出撃している――この状況が信じがたく玲也の眠気も吹っ飛んでいった。真偽を疑うとともにブリッジから通話機のブザーが鳴り響いたので、すかさず手に取ると。
「玲也です、俺は今起きたところです、事情を聴いて俺も何が何だかわからないです!!」
『おぉまだここにいるんじゃな! また君が無茶したと思ったのじゃが』
『今、玲也君が出撃したとアラート・ルームからカタパルトのプログラムが勝手に動いているようだ! テッド君に調査させているのだが……』
「俺は全然知らないですよ……まさか!!」
エスニックとブレーンから事情を聴き、玲也はこの事態への経緯なり犯人なりを察した。ブリッジの様子からすると、テッドがプログラムを解除しようとするも手こずっているらしい。玲也自身で止める事は無理に等しいと判断したとき、机の裏側からポリスター・ガンを手に取った。
「バッテリーが……おかしい、昨日の時点では充電されていたはずだが」
「玲也さん……も、もしかしたらこれで……」
「早く使わなければ間に合わない、やむを得ないことだ……!」
画面に表示されたバッテリーが半分ほどまで減っていることに疑問を感じた。しかし今の玲也にその原因を考える余裕はなくすかさずポリスター・ガンを自分に向けて発砲した。寝間着姿の彼が瞬時にその場から消え、ポリスター・ガンが床に落ちる。
「リンちゃん! もしかして玲也ちゃんはポリスターでそのままコクピットにって……何をやってるの?」
「え……いえ、何でもないです!」
目の前で消失した玲也の様子に狼狽しつつ彼の行動を把握しようとしていたジョイだが、リンは彼のノートパソコンを起動させてデータをアクセスしていた。彼、いや電送マシン戦隊の面々に与えられるノートパソコンへはセキュリティ対策が施されている筈だが、リンは首元のタグを起動させてそのロックを難なく解除していき、とあるデータにアクセスした。
(やっぱり……! 玲也さんちゃんと考えています!)
「何やってんだー? がきっちょのパソコンに如何わしいものがあったとかかー?」
「リタ……さん?」
アクセスしたデータを見てリンの表情に安どと喜びが走る。しかしすぐさま自分の肩をリタがつかむ。彼女自身いつものような飄々とした様子を漂わせていたものの、肩をつかんだ左手は明らかに強い力が入っており、その意味に感づいたようにリンもまた恐る恐る振り向いた。
「おめぇら、何かコソコソやってただろー? シャルだけじゃここまで大事にならないし、テッドがここまで手こずるならなと思ってなー」
「あ、あのですね、これはですね……」
「えぇ、あのその、これってリンちゃん!? まさかリンちゃんが!?」
「後で色々わかるかもしれないけどー、とりあえずこっちにこーい」
リタは異様ににこやかな表情だった分、リン自身余計恐れを抱かざるを得なかった。実際彼女が強く腕をつかんで自分を連行していく様子から猶更の事であった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「か、間一髪だがどういうこと……うっ」
その頃玲也はクロストのコクピットに自身を転送させた。最もその直後に電次元ジャンプが行われたらしく、二度自身に衝撃が襲い掛かり少し戻しそうになるほど酔っている。それもあり、プレイヤー用の椅子が展開されたので。彼が直ぐ座るや否や拘束用のベルトで体をロックした。拘束しない限り、従来の無重力空間に身を任せることは危険と判断したからだ。
「エクス、シャル! 勝手に出撃とはどういう了見だ!!」
「申し訳ございません玲也様、ですが本来でしたらあなたが今出撃される予定でしたのよ」
「俺が出撃……聞いていないぞ!」
「それはですね……」
エクスとシャルが本来の予定、つまり玲也が腕を痛めなかった場合に参加する予定だった作戦について説明された。ディエストとの共同による三番隊の本拠地ソロ攻略作戦。先鋒として遠方から一撃を叩き込んで三番隊を浮足立たせる役を、クロストが受け持つことになっていたのである。
「このバスター・スナイパーをここで使う流れか」
とある小惑星の上にクロストが電装された訳だが、彼の背中にパンツァー形態のクロストより長い全長を誇る大型ビーム砲が供えられている。これこそがバスター・スナイパーであり玲也がダブルストのような中遠距離の攻撃手段を充実させる必要を感じた事で、シャルが組んだ追加武装になるが。
「へへ、そういう事。シミュレーターで僕も慣らしといたからね。大丈夫だよ!」
「お前……いややめろ! 実戦とシミュレーターは違うことぐらいお前ならわかるはずだ」
今のシャルはピンク色のプレイヤースーツに身を包んでいる。ブルマー調のデザインはホットパンツ姿が多い彼女なので、活発そうなイメージに変わりはない。ただピンク色の髪は腰までまっすぐに伸びており、普段の彼女より幾分か女らしく大人びてもいる様子だった。玲也が一瞬雰囲気が違う彼女に見とれていたが、すぐ我に買えり
「大丈夫大丈夫、カプリアにはもうクロストが出るってちゃんと伝えてるから」
「そういう問題ではない、分かっている筈だろう!」
それゆえにシャルは自信にあふれているのかもしれないが、実戦を一応知るものとして玲也からすれば不安であり止めなければならない。だが、
「玲也様、今から何もしないで引き返せばそれこそ笑いものですわ!」
「そうだよ……そうでもしないと、責任が取れないじゃないか」
「お前たち……」
最もエクスがコントローラーのほぼ全権をシャルに掌握させるかのように、コントローラーを玲也へは渡していない。彼のプレイヤーとしての誇りを重んじている故か、彼女にしては珍しく今の彼にも対して忽然とした態度をとり続ける。シャルにとって普段犬猿の仲のはずだが。互いに同じ目標のため力を合わせている様子へ今は少し頼もしいとも思えていた。
『あのなぁ……もう大体分かってるぞ、おめぇら!!』
「アンドリュー! リンちゃんあっさりばれちゃったんだ、うぅ……」
『ご、ごめんなさい……』
『馬鹿なことはやめろー、今ならメルのアレぐらいで済ませてやるからなー』
――けれども、当たり前だがアンドリューとリタからすぐ引き返せとの通信が下る。モニターには連行されたリンの後ろで彼らが腕を組みながら構えている。2人ともこの無断出撃の割には表情が穏やかそうな様子ではあったものの、彼らの後ろに控えるリンの震えようからして、ただごとではない様子はあった。
「アンドリューさんすみません! 二人がコントローラーを渡す気配がなく……」
「もう……射撃の方が僕は得意なんだから!!」
「あ、おい待て! 勝手に動くのは!!」
シャルがしびれを切らせた様子でL2とAボタンを同時押しした。既に照準は定まっておりソロの防御施設めがけて緑色の光が太く、一直線に向けて放たれた。標的へ向けて放ったトライ・シーカーのカメラ越しに防御施設の一角が直撃を受けて崩落する様子が表示された。
「へっへー、どんなもんだ! 僕を舐めたら駄目だよ!」
「あの状況で当てたのか……俺でも初めてなら」
玲也は内心驚きもあった。実戦は初めてのはずながらシャルはシミュレーターの時とほぼ同じ感覚でスナイパーのビームを標的に命中させたからだ。自分のことやアンドリュー達とのやり取りで苛立ち集中力を少し欠いていたと思われる彼女だったが、実際の所、ゲーム感覚で見事に射抜いており。
「全く玲也様でないのが残念ですが……私たちがやれることをお分かりになられまして、アンドリューさん?」
『ほぉ……随分と自信満々だがまぁ』
「やめろシャル! それは匹夫の勇だ!!」
エクスから自信ありげな挑発を受けた時、アンドリューは半分呆れながらも彼らに対しての怒りを解くようにリタと顔を合わせた。シャルがクロストを前方に進軍させており玲也は早く引き返せと言わんばかりに警告し続けていたのだが
『……よーし、わーった。じゃあおめぇやってみろ』
「……えぇ、アンドリュー? 本気で言ってんの?」
『おめぇ、自分から勝手に出といて今更何言ってやがる』
アンドリューはこの状況にもかかわらず自然と笑いだした。その上で少し突き放したかのようにシャルへ任せる事を決意したのだ。玲也自身、自分の運命を実戦は初めての彼女へ託すことへ正気かと疑うはまだしも、その本人でさえキョトンとした表情になる程だった。
『いや、カプリアのところが数多くて手こずってるらしいからな』
『だから手の空いてるあたいらがいくんだなー』
「えぇっと……アンドリューじゃなきゃダメなの? フェニックスの方空いてるじゃん」
『あたいらとビャッコの間で話が通ってたんだー。いきなり頼んじゃあいつらに失礼だろー』
「じゃ、じゃあウィスト! コイとサン空いてるはず」
『シャル!』
急にシャルが狼狽し始めていた。それにもかかわらず彼女はスナイパーユニットを連射し続けて遠方からの砲撃支援の役割は果たしている。その上で急に未練がましい態度をとるようになる彼女へアンドリューが一喝した。
『おめぇが玲也の代わりで出撃したんなら、その時点で今おめぇが羽鳥玲也なんだ……それをわかって出たはずだろ!』
『あたいら言っとくけど、シャルが代わりに出てることは伝えてないからなー』
「……」
『どうしたおめぇ、玲也の汚名返上を代わりにやろうとしてたんだろ? だったら片が付くまで持ち場を離れちゃどうなるかわかるよな……おい、何とか言え。だんまりしても駄目だ』
シャルが急に押し黙り、無言でコントローラーを動かすことに専念していた。だが気のせいか彼女のコントローラーさばきは少し精彩を欠きつつもある。
「すみません、アンドリューさん! 俺がやはりメインで動かします!」
「そ、そうですわ! 玲也様でしたらきっと……」
『おめぇ、2,3日は大人しくしてろって診断されてたろ』
「そ、そんなことは……っ!」
流石にシャルにいきなり自分の代わりを託すことは危険だと玲也が名乗りでるも、右手を握りしめるとともに手首へ激痛が走る、そんな彼の様子にアンドリューは一旦冷徹に却下するのだったが、
『アンドリュー、そろそろだなー』
『わーった。一応聞いとくけどな玲也……おめぇは無断で出撃するつもりはなく、シャルたちを止めようとしたんだよな?』
「はい! コクピットに乗り移ってでも止めようとしたのですが」
『……そうか、なら大丈夫だ』
改めてアンドリュー無断出撃の事情を玲也に問いただす。彼自身そのつもりは一切ないと主張しており、リンの方にも確認を取った上でアンドリューは判断を下した――問題ないと。
『今のおめぇは腕を痛めただけだ。それさえ片付けば俺は出ても構わねぇって考えてたがな』
「けどアンドリューさん! 俺は今コントローラーを動かせない身ですよ!!」
『なら、おめぇが今まで戦ってきたことは意味ねぇって訳か? プレイヤーとしてはおめぇのほうがシャルより先輩だろ』
「……わかりました、エクス!」
玲也自身突如左手で自分の頬を軽く叩いたうえで、ベルトを外しプレイヤーパネルへ両足を置く。そして、エクスによって天井から放られたコントローラーを彼が掴む。ただ左手でつかみ損ねたものを急遽右手で掴みなおした時激痛が体中の神経に走る。最も彼自身歯を食いしばりながら彼女たちに気付かれないようにしていた。
「ここは玲也様が動かされるのですね!」
「いや違う……シャル! 前方から迫っている!」
「分かってるよ……あの空飛ぶ奴め!!」
コントローラーを握りながらも玲也は自ら操縦することをしなかった。それどころかシャルに操縦させようと促し、彼女は少しとげとげしくも口を動かし始めた。
「エクス、バリアー張っちゃうよ!」
「いわれなくても分かってますわよ! これで阻めばですね……」
「違うよ! そんなバレバレの手じゃないよ! 上空に張っちゃって!」
「上空でして……?」
クロストの遠方からの砲撃におびき寄せられたようにバグアッパーが数機向かいつつあったが、シャルは口を動かしながら迎撃対応を始める。最も彼女自身の発想はエクスの予想とは異なるものであった。
「バグアッパーを通り過ぎるようにね! 敵に出し抜いたと思わせるように!」
「……シャルさん、一体何を考えてらして!? バリアーでしたら私たちの前方に張るのがベストですのに!」
「……俺には分かったからここはシャルを信じてくれ」
「玲也様がそう仰いますのでしたら……」
今一つ把握しかねる内容にエクスは最初不満げだったが、玲也からの頼みもあったので彼女の言う通りトライ・シーカー、バグアッパーの上空に飛ばしたうえでゼット・フィールドを展開させた。頭部のアンテナから放射される二筋のエネルギー波が命中するや否や三角形のフィールドが二重に重ねられるよう、膜が生成されていく。
「シャル、あそこに撃て!」
「エクスはシーカーを頼む!後ろをその後すぐ開いといて!」
「もう、お二人とも命令が多すぎますわよ!」
「ゴタゴタ言わないの!」
エクスが少しふくれっ面を作りながらもそれぞれのシーカーを操作した。バスター・スナイパーが真上のゼット・フィールドに向けて射出するも――前方の三角形上の膜は、遮り切る事が出来ず、破られる事を許してしまう。
しかし、フィールドを貫通させることが二人の狙いでもあった。貫いたとはいえ出力は減衰しており、後方のゼット・フィールドの膜は放射状にはじき返すだけの強固さを発揮していた。直線状の光がまるで矢のように天から解き放たれ、一斉に後方のバグアッパーへ照射されて串刺しにされた後に砕け散る。
「さ、流石ですわね……私もその方法が良いと存じてましたが」
「エクス、少しはシャルを見直したか」
「……そうですわね、玲也様ほどではありませんがほんの少しだけ」
「シャルはもともと俺の好敵手だ。プレイヤーとしての腕は俺と五分五分でも頷ける」
「へへー……上からまた来た!!」
このシャルの奇策に対して、エクスが既に知っていたように虚勢を張る。ただ玲也はやんわりと彼女の腕を称賛する対応に留めた。エクスは一応塩らしくなりつつも、シャルの認めており、これに彼女は上機嫌となって調子を取り戻し始めている。
(シャルは俺よりも据わっているかもしれない、だからプレイヤーとして自信をつけさせるような対応をとってあいつをその気にさせることだ……)
自らコントローラーを動かす事なく勝つ術として、シャルのプレイヤーとしての腕を信じた上で、シャルの実力を引き出させるような役回りに徹することを選んだ。シャルとエクスの相性が良くないのなら、自分がシャルに同調させてエクスを納得させる。
またシャルが自分と互角のプレイヤーであると二人に思わせるため、玲也は彼女の考える作戦を想定したうえで会話を合わせ、さらにあえて彼女の読みと異なることを言っては、彼女の読みを知って納得する芝居もとっていた。調子に乗せすぎると危険かもしれないが、彼女の場合ある程度その気にさせた方が安心できると見たうえでの行動だ。
「玲也様、やはり大したことはありませんようね……」
「あぁ……ただ見た事もないバグロイドが!」
「まぁ、もうそろそろ片づけないとね……」
見慣れぬ機体に警戒を覚える玲也であったが、炎上しながら堕ち行く2機に対してエクスとシャルがそれぞれ取るに足らない相手とみなしていた。
実際1機がそのまま地面に叩きつけられてこちらが手を出すまでもなく粉みじんに砕け散る。もう1機もまたバグアッパーから地上すれすれで分離したことからか、クロストの目の前で横転した後動きを止めた。先端が突き出ながらも、両手足が収納されたフォルムはまるでトレーラーのようにも見えるその機体は炎上したまま動こうとはしないかにみえた時だ。
「も、燃えてる……燃えてる……‼」
「どうしましたのシャルさん! 早く撃たないのでしたら……きゃあ!」
「まだ生きてたか……シャル! 早く撃て!!」
「こ、転がりながら燃えてる、燃えてるんだ……動くなら中にまだ人が!」
突如シャルが怯えつつあった。手負いの相手に今更ためらう理由がないとエクスが促すものの、目の前の機体が背中に備えたミサイルポッドをクロストに向けて発砲した。バグアッパーから切り離された3機がそれぞれトライ・シーカーを撃墜したうえで、機体から両手足が展開したうえでクロストに向けて飛びかかる。
このトレーラー状の形態からまるで狼のように変形し、牙と爪をむき出して襲い掛かる機体――バグロイヤーからはバグラッシュと呼ばれるタイプだ。その3機がクロストの右肩、頭部、背中へとそれぞれ喰らいついては爪を立てる。
「シャルさん、早くしてくださいまし! このような場所で終わるわけではないですわよね!?」
「燃えてる、燃えてる、生きてる、生きてる……パパ、ママン! やだ、死なないで!!」
「……まさか!!」
『ちょっと玲也!!』
コントローラーを落としてその場で伏せて叫びだすシャルの様子から、玲也はすぐさま状況を把握した。だがその時に、突如意外な相手から自分に通信が入った――ニアだ。ポーの一件で閉じこもり続けていた彼女が部屋から出ていたのだ。
『ごめんなさい……実は玲也さんのパソコンのデータをニアさんに見せまして』
「……あれを見せたのか! まだ完成していないのに!!」
『完成しているかどうかは関係ないわよ! あんたこれ作ってたならあたしに言いなさいよ!!』
ニアが突っかかってくる要因は、玲也が昨夜から独自で組み続けていたプログラムデータにあった。そのプログラムの結果をシミュレーション映像で表示したものが、ブレストの両ひざから十文字の鏃が供えられた槍が射出される内容だった。
「玲也様、これは存じていませんでしたがもしかしまして、あの、その……」
「カウンター・ジャベリン……ニュートロン・ジャベリンを俺なりに再現しようとしたものだ」
少しバツが悪そうな感じながら、玲也はニアに全てを打ち明けることにした。本当は彼自身完成させてから公開しようと思ったらしいが、彼だけでプログラムを組むことに難航していた為、完成より先にリンが彼女へそのデータを明かしたのだ。
『玲也さんごめんなさい、ニアちゃんを元気づけるにはこれしか方法がないと思いまして……』
「いやその……まさか未完成でも効果があるとは思わなかったがな」
『馬鹿言いなさいよ! あんたこれ完成させる前にくたばったらシャレにならないでしょ!!』
「ニアさん! 今玲也様が動かしてるんじゃありませんのよ、シャルさんがですね、その……」
バグラッシュに機体の装甲や砲門がかみ砕かれ、削り取られていく中でありながら、ニアが憎まれ口をいつも道理叩いている事へ内心安心も覚えつつあった。最も彼女の言う通りこの状況が危ないことに変わりはないことを玲也も認識していた。
「ポーを手にかけてしまったのなら、俺はポーの分まで戦わないといけない。あのカウンター・ジャベリンに戦う俺の決意がかかっている。後で話すがとりあえず」
『だったら早くしなさい……あたし別にそこまで怒っても悲しんでもいないわよ!!』
「大丈夫だ、俺が何とかする!」
一応ニアを安心させようと玲也は簡単に自分の決意を述べるのだが、彼女はなぜか後ろを向きながら返事をしており、肩も少し震えている。リンが察してほしいと言わんばかりに少し苦笑いを浮かべていた時、玲也の口元は一瞬緩んだ。
「シャル、お前がお父さんとお母さんの事を思い出したのならやめてくれ。あのバグロイヤーと一緒に扱う事と同じだぞ」
「……そんなこと僕思ってないよ!! パパとママンはバグロイヤーなんかと一緒だなんて!!」
「ちょっと玲也様、この状況で勝手にいちゃつくようなことはですね……」
「今、俺はその話をしていない!」
「は、はい……」
玲也はすぐ手放したシャルのコントローラーを握った上で彼女に手渡す――少し右手の痛みに堪えつつ。エクスが空気を読まない事に苛立ちがあるも、それよりシャルの事が気がかりだ。
バグラッシュが横転して炎上する様子に実の両親の最期を重ねたシャルの様子――この間までのポーの最期に対する自分の捉え方と重なる点があった。シャルからポーとバグロイヤーを同一視するなと教わったばかりに当の本人が似た状況に陥っているなら、今度は自分が説かなければならないと玲也は判断した上で厳しい態度をとる。
「俺たちの命運がお前の腕にかかっている。お前が俺と互角の腕を持つなら誇りをもって最後までやり切れる。俺はそう信じているから俺は手を出すことはしていない」
「玲也君、腕が使えなくてもそのつもりなの……?」
「そうだ。仮に今動かすなら片手で、足を使おうが口を使おうが動かしてあいつらに勝ってやる。まだその手が俺にはある!」
「……僕にだって!!」
玲也自身が実際にコントローラーを左手で握った上で口元に近づけようとしていた様子から、シャルが触発されたように再度コントローラーを動かし始めた。彼自身にみじめな姿を目の前でさせたくないと感じた事もあるが、そのような姿を晒されなくても自分だけでやれることを示す、彼が自分を信じて続けていることに応えたい気持ちの方が大きかった。
「あいにくまだミサイルは手を出してないからね……電次元ジャンプ行くよ!」
「微塵が呉れだ! 準備はできているなエクス」
「この状況でしたら勿論……少し勿体ないですけどね!!」
エクスがキーボード入力を完了させたとともに、電次元ジャンプを決行する。クロスト胸部カバーがバグラッシュによって覆われて開閉できないこともあり、電次元ジャンプに頼らなければこの手を使えない――だがバグラッシュが密集している状態で瞬時にこの手を使える事は大きかった。
「電次元ジャンプ、いけぇ!!」
シャルの叫びとともにL1、R1、L2、R2、スタート、セレクトが同時押しされた。積載されたミサイルの弾頭ともどもクロストが自爆を決行し3機のバグラッシュを道連れに追い込んだ。残り1機のバグラッシュが横たわっていたが、彼の上にクロスト・ワンが姿を現す。
「悪いけどね……僕だって覚悟しないといけないんだ!!」
半壊したバグラッシュを足蹴にしている事へシャルが僅かながらに罪悪感を覚えつつ、クロスト・ワンに備えられたバスター・キャノンが頭部を射抜いて沈黙させた。一瞬彼女が目を背けるもすぐさまバグラッシュから離れ、抵抗する術を失った相手に向け何発か浴びせて完全に粉砕する様子を見届けた。
「ふぅ、ようやく片が付きましたわね……」
「あぁ、シャルよくや……」
「……これでいいんだよね、玲也君」
最後のバグラッシュを仕留め、ひと段落就いた玲也が安心した様子で思わずシャルを励まそうとした。けれども彼女はやり遂げた事と別に自分の腕が震えているようすに戸惑いも覚えている様子もあった。
「ゲームのように相手を仕留めるのは簡単だが、実際に手をかけていると思えば無理もない……後は俺が変わろうか」
「いや、僕が勝手に玲也君のために出たんだから最後まで僕が頑張らないとかっこ悪いよ」
「そうか。お前が今は俺ということで通っているならもう少し頑張ってくれ、俺ならできるはずだ」
「……そうだね、玲也君ならできる事だよね!」
「もぅ……」
シャルが動揺を表している様子は、この間までの自分にも経験があった。それが故に玲也が思わず助け舟を出そうとするものの、彼女が今はプレイヤー・羽鳥玲也としての役割を全うしようとする姿勢に変わりはなかった。エクスが二人の様子から少しすねているのはともかく、玲也は彼女が自分と互角の腕を誇るプレイヤーであると実感するとともに、内心で少し誇らしくなっていた。
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