3-4 ジャール要塞の危機、フラッグ隊を救え!

『……セカンド・バディ、6機か』


 その頃、ジャール近辺の宙域へ3機のバグレラが先行しつつあった。だがさらに先を、索敵を終えた戦闘機・バグアッパーのパイロットからの報告を受け、エリルの表情は少しゆがむ。


『セカンド・バディ……いつもの紫ですか?』

『ガリー、ちゃんと覚えた方が何かと良いぞ』

『ネック先輩、ただの的の名前を覚える事に俺は興味ないですよ』

『それもまぁ、そうだけどな……』


 エリルが連れた部下二人、ガリーとネックがジャール近辺の守りを固めているセカンド・バディについて触れる。PARの量産型の人型兵器がセカンド・バディとの名前だが、オロールが入手した情報で三番隊は把握した様子だった。やや楽観的なガリーをネックが窘めるが、彼は二人を笑って宥めていた。


『ネックの言うことももっともだが、ガリーの言う通り俺達にとっちゃあいつらは的だ。数が効いていたより多いがな……』

『でしたらエリル隊長、インスパイアー級の到着を待ちますか』

『いや……ちょっと待ってな』


 セカンド・バディの数がオロールの情報より多く配備されていた事にエリルが疑問を一瞬感じた。しかし数が多かろうとも浮足立たせれば総崩れになる――小惑星の物陰に隠れて目立つオレンジカラーのエリル機が身を潜める。

 以前のオレンジカラーで塗りつぶしただけでなく、エリル機には両脚へ3連ミサイルポッドが設けられ、バックパックに狙撃用のデリトロス・ナイプを携行していた。雷鳴の射手との肩書に相応しく狙撃に特化した所謂“エリルカスタム”であり、


『ジブはアッパー隊で奴らの気をそらせ!! ガリー、ネックついてこい!!』

『やはり攻めに入りますか、エリル隊長!』

『当たり前だ! 口を動かすより手を動かせよ!!』


 スナイパーライフルはセカンド・バディの中でも鉄紺色の機体めがけて火を噴いく胸部を射抜かれ、紫の面々の目の前で爆破四散。エリルはジャール上空からアッパー隊を動かすとともに、自ら3機も進撃を開始する。


『あのオレンジの奴は! まさか……!!』


 セカンド・バディのパイロットがエリルカスタムへ驚愕しつつ、ガーディ・ライフルの照準を定めようとした。しかし彼は目の前でデリトロス・エッジを思い切り振り上げて縦一文字に切り裂かれると共に果てた。

 彼の仇を討つように、背後からガーディ・マシンガンを連射するセカンド・バディの姿があったものの、バグレラは先ほど切り捨てた機体を盾にするよう投げつける事で怯ませる。


『やはり大したことないな! 誰が一番多く倒すかだ!!』

『そうこなくちゃ、エリル隊長……!?』


 怯んだセカンド・バディに右腕を突き付けると共に、ゼロ距離でデリトロス・マシンガンをお見舞いして蜂の巣にする。そのまま3機がジャールの中枢へと急ぐががネック機の目の前を遮るように爆発が巻き起こる。まるで自分たちの進軍を遮るように2発の弾丸が地面に撃ち込まれていたが、


『その軌道で俺を欺けると思うなよ!!』


 けれどもエリルは冷静にスナイパーライフルを構えてすぐさま宙に放つ。モニターで把握されていなかったはずの宙で爆発が起こる。そして背景から浮き出るようにオレンジ色の機体が現れ出る。


『ちくしょう、せめて1機ぐらいは!!』

『やめろトム……ルリー、少し時間を稼いでくれ』

『了解です!!』


 ステルスを解除して3機の同型機が出現した。くの字のように折れ曲がりまるでブーメランの形状をした機体がスパイ・シーズ――ラディ、トム、ルリーら3人が搭乗するフラッグ隊の翼だ。ガーディ・レールガンを備えたトム機は砲撃戦に特化していたものの、エリルカスタムの狙撃で右翼を損傷する。


『電装マシン戦隊への連絡は済んでいるな!』

『もちろんです。ラディ隊長はこのまま……』

『当たり前だ。俺たちは護衛・索敵だけの飛行機乗りじゃない。足止め程度の事は出来る』


 マジックハンド状のアタッチメント“ローカライ・クロー”が取り付けられたトム機によって回収された。そして退く2機を、またジャールの中枢へ進出させてはいけないとばかりにルリー機は両側部のガーディ・リボルバーから一斉に弾丸を放つ。


『相手が雷鳴の射手ならな……ルリー、退け!』


 ショート・ミドルレンジに特化したルリー機は2機のバグレラを牽制するように足止めに回っていたが、ラディ機がローカライ・クローを突き出しながら切り込みをかけていく。雷鳴の射手との異名を持つ彼に対し万全の注意と警戒を欠かすわけにはいかないと判断した上であった――。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「――ここは?」


 リンは見覚えのある光景を目のあたりにした――おおよそ13年過ごしてきたティーンパープルの地に今舞い戻り、忘れる事のないあの出来事がフラッシュバックするように。バグレラの編隊によって郊外の街並みが踏みにじられ、蹴散らされた後。ほとんどの建物が崩落して、瓦礫に変わり果てている。その場にいる人もまた、


「何でまたここに……お母さん!? お母さん!!」


 リンの母が目の前でうつぶせに伏したまま倒れている。彼女にとって忘れえない光景だが彼女は急いで母の体を抱えて起こそうとするも――瞳孔が完全に開ききっている。薄い桃色の服は既に赤く染まっていた。


「リ、リンか……」

「お父さん!!」


 忘れることが決してない筈なのに、まるで初めてのようなリアクションを彼女はしていた。この時に至るまでだが、この日はリンにとって13歳の誕生日、両親がお祝いにと夕食の店を探していた矢先にバグロイヤーが来た。その場にいなかった彼女は難を逃れていたが、それが故に駆け付けた時に両親の死に際を目にすることとなってしまった。


「母さんの様子はそれだと……親は子より先に寿命が来るといえども、これでは……」

「お父さん、喋らないで!!」


 瓦礫に跡形もなく、潰され上半身だけしか見えない彼女の父は、手を何度か動かしてリンに当たると安心した様子を見せる。それが最期の親子の会話になると既に分かっていた故かのように。


「……リン、もしかしたら私達をバグロイヤーは狙っていたかもしれない。イチ絡みの事でだ」

「イチ!? イチがどうなのお父さん!」


 ――イチとはリンの弟だ。弟の姿が何処にも見当たらないが、既にリンより先に彼がハドロイドへ志願した為であったためであり、バグロイヤーとして彼を狙わんとイチの家族にあたる自分たちを狙ったと思われるが、


「イチがエージェントの跡取りとしてだけではない、イチ自身がバグロイヤーと戦う決意があっての筈だ。あいつだけは……!!」

「お父さん……」


 父がここにいない息子に対して何を望んでいたか、娘としてリンは分かっていた。唯一の生き残りとして、姉としてやらなければならないと彼女は自覚していた。だからこそ決意していた筈だが、


「で、出来ないよ……」


 しかし、この時リンはその時と正反対の事を口走っていた。彼女は今バグロイヤーに対して古傷のようなトラウマを呼びおこされていたようで、


「お前なら出来る……私の娘だけでな……」

「お父さん、お父さん……! 何か言って!!」

『生き残りがいたか……!!』


 父は二度と口を開く事はなかった。あの時自分は涙をぬぐって立ち上がった筈だが……今のリンはただ必死で父を起こそうとその場から離れようとしなかった。しかし、瓦礫の陰からバグレラが自分を発見してデリトロス・ライフルの銃口をこちらへと向けた。


「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわっ!」


 ――リンが目を閉じて悲鳴を上げた時だ。何故かそこにいない筈の玲也の驚きの声が聞こえたので我に返って目を開く。と自分の前に玲也、ニア、シャルの3人の姿があった。


「リン、随分うなされてたけど大丈夫だった?」

「ニアさん……すみません、本当に錯乱してて私はダメですね……」


 リンはあれからリタの部屋のベッドで寝かされていた。冷静さを取り戻すと玲也が視界にいる事から彼女は再び尻込みしてしまうように顔をそむけると


「いや、俺の方こそついあの時はカっとなった……」

「へー、あんたちゃんと謝る事できるのね」

「……あの時、俺もお前の事情をもっと知っていればよかったと思う。お前の父さんと母さんがもう……」

「そうそう、全く自分の事だけを相手に押し付けるんだから!」


 玲也の口ぶりから、彼も自分の両親の事を知ったのだとリンは察した。リタへは既に打ち明けていた内容だったが、彼女がリンの為に敢えて自分が寝ている間に教えたのだろうと推測しながら。ニアからの小言を付け足されるも、反論する理由がないと既に受け入れていた様子であり、


「リンちゃんの事、僕だってわかるな」

「シャル、あんた……ううん」


 シャルがリンに共感している事について、ニアは最初安易な同情はいらないと突っかかろうとした。しかしシャルの表情はいつものようにあっけらかんとした明るさではなく、胸の内に健気に抑えている様子だった事から、彼女も察して首を直ぐ横に振った。


「まぁ、あたし達にもいろいろ訳アリということ。正直あんたの親の為に戦ってるってあたし達まで思われたらたまんないんだからね!」

「……悪かった。それだけで戦うなとアンドリューさんやラディさんからも教えられた」

「よしよし、そういう事そういう事」

「あの、違うんです……私には弟がいるんです」


 玲也が自分の戦う理由が独りよがりだと反省した様子を示し、ニアは腕を組みながら微笑んだ。

 ただひと段落つこうとした所で、リンが今まで黙っていた弟・イチの件を明かす。その後彼女がまた自己嫌悪するように気落ちした時、


「……そっか、リンちゃんは玲也君と同じように弟のイチ君を探すために戦ってるんだよ」

「もしかすると……その理由があるにもかかわらず、何もできなかった事が尚更辛かったか?」

「……はい」


 納得した表情で玲也が訪ねてみると、リンは恥ずかし気に首を縦に振った。すると玲也は少し考えた上で手を差し伸べる事を選び、


「分かった。それなら俺が何とかリンの分まで出来る所はやる事にする。それでどうだ?」

「ちょっと玲也? リンに結局戦いを強要してるんじゃない?」

「なら、ほかに何かいい方法があるか。リンは戦うのが辛いではなく、戦おうにも戦えないのが辛いと思うが、」

「確かにリンちゃんの様子を考えるとそうかもね……」


 玲也はリンの手を取ってベッドから起こした。少し急に起こされた感じだった彼女だが、自然と彼の落ち着いた表情を見て不安がぬぐわれるような感じもあり、


「実はこれから、アトラスさんの元で実際にネクストを動かす予定があるが……」


 それから玲也が本題へと話を持っていく。彼より先輩だがまだプレイヤーとして経験が浅いアトラスへの訓練として、彼の後輩になる自分たちを護衛して巡回するカリキュラムが予定されていたという。アトラスにとっての訓練になる為、戦闘に遭遇した場合は彼が優先して行う。つまり実戦への恐怖が残っているリンにとって慣らしになる訓練ではないかと彼も感じていたのだ。


「……出来ればお前なりに全力で挑んでほしい。俺も全力でフォローしたい」

「……分かりました、出来るかわからないですが頑張ってみます」


 リンが俯いて赤面を隠しつつ、少しずつでも自分がすべきと誓った戦う事へ向き合おうとする意志を示す。なぜかニアは少し不満気に向こうを向いていたが、


「ニアちゃん、どしたの? 一応丸く収まったと思うけど」

「あたしは別に怒ってないわよ! 弟を助けるならまだ笑って許せると思ってるから!」

「あのー、それと別ですがエクスちゃんの姿は何処でしょうか」

「……」


 ニアとシャルの話とは別に、リンはどうでもよいかもしれないが先程から気になっていた事を玲也へ尋ねる。すると玲也はドアの方を指さして


「まだ終わらないのでして!? 玲也様がリンさんだけでなくニアさんと一緒で抜け駆けしていますわよね、絶対! あとシャルさんだけには」

「あー、分かったからなー。お前をどうしてあたいが離さないかよーく考えようなー」

「……あいつがいると、まず話が進まないでしょ?」

「そうですね……」


 ドアの外でリタにエクスが取り押さえられている事を悟り、リンは何とも言い難いように苦笑いをした。玲也も早い話彼女がこの場にいると話が終わりそうにないと判断したようで、シャルはドア越しの彼女の様子に腹を抱えており、


「とりあえず俺はアラートルームで待つ。早く来てくれたら有難い」

「玲也様! ちょっとですね、あのでして、一体何がドアの向こうで……」

「はいはい、気にするなー気にするなー、迷わず突っ走りな―」


 そして玲也はリンが準備するのに男の自分がそこにいてはならないと察し部屋から出た。途中でエクスに捕まらないようにと大分駆け足で通路を突っ走りながら、アラートルームへ到着したと共に二人はそれぞれスロープを降りた。


「マトリクサー・スタンバイ!!」

『ネクスト・セットアップ・ゴー!!』


 両手を離した先、宙に舞う体はあのフレームに身を任せてやると決意したとともに玲也は叫ぶ。ゲームと同じ流れであるとこの先をイメージした時、自然と彼は次に取るべき行動が何か把握し始めていたのだ。

 そして、スロープのバーを手放して飛び込む先は、格納庫で浮遊するリンの姿があった。彼女のタグが緑色に光りだし、彼女の髪が深緑から明るみを帯び、伸びていくロングヘアーが白のリボンでポニーテールへと結ばれていく。彼女も私服から瞬時に髪と同じ黄緑色の光がタグから次々と放たれて人型の姿を形成していく。


「電次元ジャンプは……クリスさん、とりあえずお願いします!」

『了解、了解……イギリスだからレスリストだね……』


 それからコクピットへ乗り込んだ玲也が電次元ジャンプの制御を彼女に依頼する。リンの負担を軽減する為でもあった。


『レスリストの位置はフェニックス・フォートレスの……』

『こちらルリ、ジャールにバグロイド反応があります!! 電装が必要とみて報告します!!』

『ジャール……って事はラディさんとトムも!?』

『クリスちゃん、今、ラディさんが時間を稼いでいるようです!』


 しかしその時ルリーからの緊急通信がクリスに届いた。エルが把握した戦況の様子から、最もハードウェーザーの電装を要する内容であり、電装途中だったネクストにも彼女の通信が届くと時、玲也はラディの危機を察して思わず拳を握りしめると、


「ラディさんが……クリスさん! ジャールの状況をお願いできますか!?」

『え、えぇ……今送ったから確認して!』

『ありがとうございます! 電次元ジャンプの先は……』


 その時リンは人が変わったように電次元ジャンプの設定を率先して行った。玲也が先ほど見た恐怖で何もできないような彼女ではなく、エージェントの生まれが関係あるかは分からないが、彼女はこの様子を見る限りフォローの必要がないのではとも思えた。


『ちょ、ちょっと待つんじゃ玲也君! 君が実戦経験のないネクストで実戦に出たらいかんぞい!』

「実戦! まさかリンが勝手に!?」

『博士、今既にザービストが対応してくれるとの事です! ですから電装を中断して……』

「ごめんなさい、クリスさん!」


 ブレーンとクリスが止める間もなくクリスが電次元ジャンプの場所を指定した事で、ネクストが自力で電次元ジャンプを果たす。ドラグーンのカタパルトへは既にネクストの姿がなく、


「リン! 何故勝手に電次元ジャンプを……それに実戦へ自分から行く!!」

「玲也さん、ラディさんが危ないと感じた時自分が助けたいと思いましたよね?」

「それは……確かにそうだが!」


 リンからの指摘は図星だ。ラディに自分の独りよがりな面を叱られた事がなければ、自分は父を助ける事だけに囚われていたのかもしれない。だがそれだけでいけないと気づけたからこそ、リンが再び玲也を信じて挑もうと立ち上がったのだ。


「お父さんだけでなく、ラディさんが玲也さんにとって大切な相手でしたら……私は嫌です! 玲也さんが助けられない苦しみや悲しみを味わう事はもう……」

「……戦う事にもう問題は」

「まだ分かりませんが、やってみるだけです! でも同じ失敗だけは……!!」


 リンには既にもう取り戻すことのできない、死に別れた相手がいる。玲也が自分と同じ苦い経験を繰り返す事だけは避けたかったと、自ら戦場に出る決意へつながったのだ。彼女の独断の行動を今責めるべきかどうか一瞬迷いを見せていた彼だが、


「……荒療治は成功しなければ意味がない!」


 リンの独断での行動は一種の賭けである――玲也は彼女にだけでなく、自分自身にも成功して帰らなければ意味をなさないと言い聞かせて決意を新たにする。そして電次元ジャンプの目的地が小型モニターへ表示され玲也の視界に入った――。

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