2-4 対決! シミュレーターバトル

「戻りましたー」


 ドラグーン・フォートレスのブリッジへとつながる扉が開いた。青と白のジャケットを羽織った二人の男女がそれぞれ持ち場へ、紺色の髪をした男は操舵桿を握る太めの男の元に就く。


「おぉ、ブルート遅かったじゃん。さてはエルちゃん口説いてたんか?」

「先輩、自分はそんなに節操なしじゃありませんよ」


 ブルートから先輩と呼ばれる男はロメロという。彼が少し大声でおちょくり、突っ込まれると豪快に笑ってかえす。エルは先程ブルートと同じくしてオペレーターの持ち場に戻った女性であり、彼女は顔を俯かせて照れた。


「ちょっとロメロさん、すぐ手を出すのは貴方の方でしょ」

「もぅ、クリスちゃん! そんなキツいこと言わなくてもいいじゃん!」


 エルとコンビを組むクリスが、ロメロを嗜める。最も日常茶飯事の出来事故、軽く叱る程度で済ませ彼も口では困っているようだが、明らかにこの状況を楽しんでいる様子であり、。


「先輩、だから休憩が自分とエルさん、先輩とクリスさんでセットなんですよ?」

「うぅ……クリスちゃんは俺のお願い聞いてくれないじゃん」

「そりゃそうですよ、ロメロさん露骨すぎますし」


 先輩のロメロへ向けてため息をつきながら、ブルートが操舵桿を手にしつつ砲撃用のコンソールパネルを起動させる。直ぐロメロとクリスが昼食休憩で食堂へと向かおうとするのだが。


「全くお前もこの場でエルちゃんといい関係になってもいいじゃん!」

「何でそこからその話になるんですか!!」


 ロメロからまた別の方向に話を突っ込まれてブルートが狼狽える。そして今度はクリスが窘めるどころか興味を抱きエルの元へ戻った。


「エルー、ブルートはどうなの? 私はまぁ悪くないと思うけどー」

「そうですね……私、ちょっとあの玲也君という子に興味があります。アンドリューさんとの対決に挑んでどうなるかで」

「まぁ、そこはアンドリューさんが上手い方向にもってくじゃんか……」

「いや、それとは別に問題もあるぜ?」


 ブリッジクルーの話題が玲也の事に移った。そして後部の席でヘッドフォンをつけて音楽を楽しむことに夢中なようでこの話に入らない茶髪の男・テッドが口を開く。


「そもそもニア、エクス、リンの3人がこっちに転送された事がイレギュラーだし、成り行きで管轄においてるけど、そのプレイヤーが日本人だろ?」

「確かに本来日本代表として、こっちではなくビャッコの管轄下になるはずですが」

「ただ3機のハードウェーザーを日本が所有してるとかになったら、面倒ごとにはなるね……」


 テッドの懸念は他のブリッジクルーにも一理があるようで各々が言葉に詰まった。しかしこの問題は自分たちに選択の権限がない話なので術がない所、


「その件は、ドラグーン・フォートレスの管轄に送く方針で多分固まりそうじゃ。3機のハードウェーザーを玲也君が同時に持っている事がじゃな」

「つまり表向き正体不明のハードウェーザーとかで世間には有耶無耶にしといた上で俺たちの管轄に置くわけですか、博士」

「ベル君が健在なら、ビャッコに置くのが筋じゃが……いや、今更惜しんでも何になるんじゃのぉ」


 その折ブレーンがブリッジに戻って玲也がドラグーン所属に内定しつつある現状を触れた。ドラグーンに所属するハードウェーザーの数がビャッコ、フェニックスより不足している事情も大きいとのテッドの推察はあながち間違ってもいない。ただプレイヤーが不足している理由をブレーンが脳裏に思い浮かべると憂いを隠せずにはいられなかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ふぅ……まだ来てねぇか」


 そして巨大な液晶画面が壁に設置されたシミュレーター――左の赤いドアからはアンドリューとリタの姿がある。最も日本の時間でいう12時近くに迫っているが玲也たちの現れる気配はまだない事に少し待ちくびれていた。


「アンドリュー、おめぇが目にかけてる奴舐めてるだろ」

「仮に舐めてるならこの俺が叩きのめしてやらぁ」

「ラディー、お前達を差し置いてがきっちょが此間活躍してひがんでるだろー」


 そんな二人を待ち構えていたようにグラサンの男が腕を組みながら壁にもたれている。ラディというこの男はハードウェーザーのプレイヤーではない、ドラグーン・フォートレスの艦載機スパイ・シーズを駆るいわば戦闘機乗りだ。


「あの位なら俺らフラッグ隊でも方が付く。何でもハードウェーザー任せはどうかだな」

「まぁクサるなクサるな。あいつが来たことがイレギュラーだからイレギュラーな対応をしたまで」

「しかし、がきっちょはイレギュラーながら一応生き延びたんだぜー?」


 ラディは自分が率いるスパイ・シーズ部隊“フラッグ隊”より、羽鳥玲也という13歳の少年プレイヤーに過度な期待を寄せているとアンドリュー達へ指摘しながら部屋を去る。アンドリューも、リタも彼の苦言を受けても余裕を見せていた所、


「お、遅くなりました……」

「がきっちょ、来たみたいだな―」

「一応来たのは褒めてやるが、まぁ随分となめられた……」


 開いた扉からの声からして玲也であり、アンドリューが時間ギリギリまで姿を現さない彼らを皮肉ろうとした。しかし今、彼が目の下に隈を作ってフラフラな状態であった事に一瞬言葉を失い、


「シャルちゃん! しっかりしてください!!」

「玲也君、僕まで巻き込んでもう朝まで寝ずに……」

「おいシャル―大丈夫か―? がきっちょもだけど」


 そしてシャルもまた目の下に隈を作っていたようで、倒れかかったところをリンに支えられた。リタが一応二人を気遣うのだが、


「すみませんアンドリューさん。ハードウェーザーの事を1日で覚えるのは流石に無茶でした。本当はクロストに慣れる事を考えて早く行くべきでしたが」

「一日でということは、シャルがきっちょ、あのマニュアル全部読んだのかー」

「うん、2000ページくらいある奴一気に読んで、僕が出した筆記試験も満点」

「2000ページ……応用関係まで一晩で目を通して」

「それくらい頭に叩き込まないと、アンドリューさんを相手にするには勝てないと思いましてね」


 付き合わされたシャルの話を聞くと、玲也が少なからず舐めている訳ではないとアンドリューは皮肉を口の中で押し留める。目の前の玲也は黒豹のようにギラギラとアンドリューを目上だが獲物にしてやると言わんばかりの強い視線を浴びせる。だだ2000ページものマニュアルを一晩で暗記したとなれば、それも一睡していない事も有り既に疲れた状態、彼の体が思わずよろけてしまう。


「ちょっと貴方! これから勝負があるといいますのに本当に大丈夫なのでして!?」

「大丈夫だ、ぐっ……!!」


 エクスが玲也を抱き留めて叱咤する。ただ不眠不休でぎりぎりの所まで手を打とうとしていた様子からか、彼女も一応僅かながら心配はしている様子もあったが、彼は一度しゃがみこんでポケットからドライバーを取り出す。自分の太ももを勢いよく腕を振り上げたのちに突き刺せば、彼の表情が一瞬苦痛に歪み、右の太腿が青のチノパンを赤く染めていった


「ちょっと貴方!? 正気なのでして」

「そ、そうですよ玲也さん! 無茶もいい所です!!」

「俺は今から無茶、大勝負をする。これくらいの無茶はどうということはない!」

「ほぉ……」


 この荒療治で目が醒めたのか、玲也が血をぬぐったドライバーをポケットにしまい再度立ち上がる。アンドリューとリタは一応彼の意気込みに感心の声を漏らしており。またエクスとリンが心配しているのを他所にニアは冷静に、すこし冷めた様子で彼の様子を眺める。


「間に合ったようだな」

「将軍、話はまとまったんですかい?」

「あぁ、何とかうまくドラグーン管轄で丸め込んできた」


 そしてエスニックがシミュレータールームに足を踏み入れた。彼は玲也の右太腿に一瞬目をやるが、アンドリュー達の様子から察して心配するそぶりは見せない。その彼がシミュレータールームで対決を直接見守る事については、この勝負のレフェリーを務める意味もあるようだった。


「これから玲也君とアンドリュー君のシミュレーターによる試合を開始する。アンドリュー君、リタ君から先に入りたまえ」

「……あー、そうかそうか。あたいらが先はいらないとがきっちょが何選ぶかわかっちゃうもんね」

「俺は誰でも構わねぇ、ジュニアにしちゃあその気迫は悪くねぇが……2000ページ暗記したとかなら実際に動かして証明してみろ! それで俺と戦えるかだ!!」

「……かなり分が悪い戦いだとは自分でも分かっているつもりです。ですがやれる限りの事はやるつもりで勝ちますよ!」


 赤色のドアを開けてアンドリューとリタが個室に入る。この個室がおそらくシミュレータールームの操縦室であろう。ドアを閉じる前に彼から試されるように挑発され、玲也は分が悪いと分かりながらも覚悟を示そうとした。これに彼が無言で余裕とも称賛ともとれる笑いを浮かべながらドアを閉じた。


「さぁ玲也君は青い扉に入りたまえ。誰を選んだのかい」

「俺はエクスです、アンドリューさんとイーテストの特徴からして最も有利だと思う彼女とクロストに全てを賭けました」

「そういうことでございまして、まぁ私は軍人の家系ですのでこの晴れ舞台で勝負するのも……」

「早くいくぞ」


 エクスがエスニックへ自分をアピールしようとするが、その余裕はないだろうと玲也が彼女の腕を引っ張りながら、右足を少し引きずった様子で青の扉へ入った。玲也にリードされることは彼女にとって歯がゆいものだが、今の彼が徹夜を強引に乗り越えた様子から少し荒々しく鬼気迫る様子さえあったため、彼女もその気迫に少し圧されていた。


「玲也さん、やはり今日は相当覚悟決めているようですね……」

「あいつ何というか本気になると正直恐ろしいわね……エクスにとってはいい気味だけどね」

「あの気迫と執念は秀斗君と同じだ……だが実際の勝負がどうなるかは分からないぞ」


 眠りについているシャルの両隣でニアとリンが観客席のような場所に座り、大型モニターに映されるシミュレーターでの試合を見守るつもりだった。そして手前で腕を組みながらエスニックが見守る矢先、大型モニターには森林に繋がりゆく荒れ地が映し出される――対決の舞台だ。


「エクス、もうその姿だということは、俺もまた」

「ちょっと、あまり私をじろじろ見ないでくださる?」


 その扉の中では既に玲也とエクスがスーツ姿となっていた。シミュレーターの割にはこの姿へ変わった時、実際に自分たちがクロストに乗り込んでいるのではないかと錯覚させる。それだけの再現度があったのかもしれない。


「あの塹壕のような窪みだ。少しでもクロストの巨体を隠すことが出来れば……ぐっ」


 イーテストは機動性では明らかに勝る相手なのは揺るぎがない――巨体で鈍重かつ砲撃戦主体のクロストの場合、少しでも身を隠して一方的に砲撃が出来る場所を目標地点と玲也は定めた。その後ろL1、L2、R1、R2とスタート、セレクトの同時押しによって電次元ジャンプが行われるが、その衝撃がシミュレーターでも再現される。寝不足の玲也にとっては十分堪える威力であった。

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