誰が為のバースディ
有里 ソルト
第1話 手帳に記された日
灯が街を照らし始める夕刻――少年は、公園のベンチに座 って手帳を眺めていた。
「今は、九月……」
呟き、顔を上げる。
目を隠すほど長い前髪を、少し冷えた風がそっとめくっていく。
ヘッドフォンで音楽を聴きながら足を組むその姿は、 よくいる少年そのものだが 、彼は生物学上哺乳類に含まれない。
その名を瀧聲といい、少年の姿をした梟の妖である。
とある事情で、数百年前か ら街を彷徨い歩く存在だ。
瀧聲は風で乱れた前髪を整えると、空を見上げた。
「もう暗い。日が落ちるの早いなぁ」
「秋の夕べはつるべ落としって言うからな」
呟きに青年の声が重なった。
「わ……」
瀧聲は黄色い瞳を丸くして、首の角度をさらに曲げ、のけぞるようにして真上を見る。
そこにはベンチの後ろから瀧聲を見下ろす、金髪碧眼の青年の顔があった。
「アヤメか。ビックリした」
抑揚のない口調で、瀧聲は青年――アヤメに声をかける。
「声が全然ビックリしていないぞ。相変わらず無表情だねぇ、瀧聲は」
涼やかに微笑むアヤメ。
彼は瀧聲の数少ない友人であり、瀧聲が妖だと知る人物だ。
一見愛想のよい大学生だが 、彼もまた人ではない。
「こんなところで何してるんだ? お前さんにしては 、早めのお目覚めじゃない かい?」
アヤメの言葉に瀧聲は首を振った。
「いくら夜行性でも、夕方頃には起きるよ。……アヤメ、今日は何日?」
「何日って、二十七日だが。それがどうかしたか?」
「いや。手帳を見てたのはよかったんだけど、今日が何日か分からなくて」
「……なぁ、それって手帳の意味あるのか?」
「うん、ないね」
「自信満々に言い切ってどうする……」
額を押さえたアヤメは「それにしても」と、手帳を興味深げに眺めた。
「お前さんが、手帳を持ってるなんてな。ちょっと意外だ」
「毎日同じような日を過ごしてると、何日か分からなくなるから。日にちの感覚が狂わないようにって」
腕を組み、アヤメが頷く。
「へぇ。それはもっともな話だが、ちゃんと使えてい るのか?」
「もちろん。ほら」
自信満々に手帳を見せる瀧聲。彼が開いたスケジュールは、清々しいまでに真っ白だった。
「いよいよ手帳の意味ないな……」
ハテナマークを頭に浮かべる瀧聲を横目に、アヤメは溜め息をつく。
しかし、手帳に書き込まれたあるものを見つけると、指を指して尋ねた。
「なぁ瀧聲、この二十七日に大きくついた赤丸は何だ?」
「ん、あぁそれ僕の誕生日だよ」
さらりと答える瀧聲。
アヤメは驚いて手帳を見る。
「へぇ誕生日ねぇ。……って今日じゃないか。そりゃまぁおめでとさん」
「どうも」
「誕生日ってことは何かしたのか? ケーキとか、プレゼント買うとか」
「いや? 別に何も」
アヤメの問いに首を傾げる瀧聲。
そして逆に質問をする。
「誕生日って、何かするもんなの?」
「……」
しばらく腕を組んで黙り込むアヤメ。
やがてフッと微笑んだかと思うと、瀧聲の頭をぽんと叩いた。
「……ま、たまにはケーキぐらい買ってやろうじゃないか」
それは瀧聲もあまり見たことのない、優しい微笑みだった。
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