第35話.どうしてここに呼びつけたのですか……?

「んで、なぜ俺をここに呼びつけたんだ?」


「なぜってここが人気のない唯一の場所だったからよ」


「いや、そういうことじゃないんだがな……」



 俺は戸惑いつつも辺りを見回す、なるほど人一人すらいない。この店は商売どうなっているのかと思いつつ、店主が趣味で営業していると思えば納得がいく。


 ここは掛依と話合いをした場所でもある、盛田駅のビル六階にある喫茶店。自慢のコーヒーを売りにしているのか、店の前の看板一面にコーヒー豆の味や原産国の違いが書かれている。


 それがあることで軽い気持ちで来る客、いわばコーヒーに興味がない客をいささか拒んでいるようにも見える。マスターの風貌からしてそこまで頭が固いとは思えないが。



「ここじゃ不満かしら?それともあのレストランが良かった?」


「場所の話じゃねーーよ。何で俺を、俺だけを呼びつけたんだって話だ。新聞記事だったら神無月も呼ぶ必要があるだろ?」



 現在時刻、放課後を過ぎ午後6時といったところか。俺は自分の腕時計の針をざっと確認する。



「だったらあの時、あなただけに声をかけたりはしないでしょう?しかも時間も指定して」



 あの時――記事の中身を三人で大まかに決めて教室に戻ろうとした時だった。俺が廊下に繋がる扉に手をかけた時、水無月は俺のズボンのポケットにメモ用紙を入れてきたのだ。そこに書いてあったのが、これだ。



――この後、6時前に盛田駅ビル構内の喫茶店に集合――



 これだけだったら俺は「どうせ面倒事だろ、いっかねーー」なんて言ってトンズラしていたかもしれない。が、


 

――遅れたor来ない場合、ただでは済まされないことね――



 「脅迫文か何かかこれはッ」と俺は初め思った。そもそも行く、行かないかという選択肢ではなく、行くか行くかという最早定められた宿命のように俺には拒否権すらなかったのだ。


 しかも「ただでは済まされない」という何をされるのか、具体的なことを書かれていない恐怖もあって行かざるを得なかったのである。


 と、俺はひとまず今まで起きたことを思い返してから、本題に入ることにしたのである。



「んで、何の用だ?ここまで俺だけを呼ぶってことは小説か何かの話しか?」



「はあ……」という諦めの念が籠った吐息、なるほどこの編集者は普段と変わらぬ調子のようだ。



「そうよ、というかそうじゃなかったらこんなことするわけないでしょう?何?あなたはデートでも誘われていると思ったのかしら、自称モテ男気取りなんて止めておいた方がいいわよ」



 そしてこの俺の事実からほど遠い虚言をぶつけてくる限り、エンジン全開だということがはっきりとわかる。


 つまり、これが彼女の本調子だということだ。嬉しいわけでもないが(そもそも嬉しいと言うこと自体、「俺、実はMなんだ」って開示しているようなもんだ)、そこまで悪い気持ちじゃない。



「あーーはいよ。で、俺の予想は正解だってことだな」



 だから俺はまるで風を受け流すように答えた。なんだか、他人と話すのも得意になったようにも感じるな……


 俺にはむしろ相談役とかカウンセラーが向いているんじゃないか、とジョブチェンジしようか考え始めていると、



「私、帰ろうかしら?」



 俺の心の内でほくそんでいるのを読み取ったのか知らないが、何かに察知したらしく唐突に席を立とうとする水無月。



「おお、い。ちょっと待ってくれ、分かったよ。ちゃんと聞くから、せめて喫茶店を出ようとするな」



 面倒事を嫌う俺がここまで頑なに拒んでいるのは、もっとこいつと話したいなんて欲求なんてもんじゃない(別に話したいとも思っていないし)。



「お待たせしました。アイスコーヒーと……」



 口を噤んでしまうマスター、無理もないだろう。何故かと言えばこの状況の他に理由が見当たらない。


 今、座っている俺は席を立っている水無月の右手首を掴んでいるのだ、まさに彼女に振られたが彼氏の方が諦められない、といったところか。


 俺は分かりやすく指でサインをしながら「あ、それはこっちです」とアイスコーヒーを、水無月は前と変わらずにホットコーヒーを無言で受け取ったようだ。


 話したいから残るのではない、勿論何を話すのか興味はないとは言えないが、それよりも注文して商品を受け取らないで帰る方がマスターに悪い。


 しかも今後、マスターに合わせる顔が無くなる。だから俺はこの帰ろうとしている女を引き戻したのだ。



「分かった、あなたがその気なら私は話すことにするわ」



 ひとまず落ち着いた水無月、俺はようやく本題の話を聴けるということだ。


「で、何の話なんだ?」と間髪入れずに俺は問う。



「あなたの小説の話よ」



 目の前の女生徒はそう一言放った刹那、いつしかプロという俺よりも高ランク上に位置していたようだった。


 同時に俺は自分自身の話であるのにそれにすら気付かなかったようだ。俺は茫然とこの少女、いや女の風貌の変化に見惚れてしまったのか。


 しかし俺はそうではないと思うことにした。実際、今までこうやって直接会って自分の小説を語られることは一度もなかった。


 普段ならメール等のSNSを利用して小説家らしい文字だけのやり取りをしていたのだ。つまり俺はこの女の変化に加えて、恥ずかしさや歯痒さを覚えたのだろう。


 俺は途切れていた会話を取り戻すかのように、口を開いた。



「あ、ああ。俺の小説ってことはまた修正か何かか?」



 何事もなかったかのように、それは落ち着きがないような口ぶりで答えた。しかし俺の動揺は別の方向に向けられることになったようだ。



「違うわ。出版の話よ」



 どういうことか、俺には脳で判断するまで数秒かかったが理解した時には、



「なにィ!!」



 と、この場らしくない声量で叫んでしまった。

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