彼女たちの生きたい世界

安里 新奈

2018

「おはようございます」

「先生おはよー」

聞こえてくるのは若い人々の喧騒

騒がしく、しかし明るい雰囲気に包まれる校門

(・・・どうしてそんなに楽しいんだろ)

周りの人間が入れ替わるだけ、少し難しい勉強になるだけ

その程度の変化に、どうしてここまで楽しめるのだろう。

「前の席だね。よろしくね」

「こちらこそよろしく」

前の席の気の良さそうな女の子に、軽く挨拶を入れると、再び私は読書に戻った。

「・・・・・・」

すると少しバツの悪そうな顔をしたが、席を立ち、他のクラスメイトに声を掛けに行ったようだ。

「・・・・・・」

日が当たり、少し顔が火照るのが気になるが、真ん中よりかはマシだ。

聞こえてくるのはクラスメイトの楽しげな声と私の捲る本の音だけ

「・・・はいはい、自分の席戻れー」

中年で猫背の男が教室へと入ってくる。

「今日からお前らの担任になる・・・」

どうやらこの男が、1年間担任として私に指導をするらしい

「早速で悪いけど入学式だから、体育館に移動してもらうぞ」

私の口から誰にも聞こえない程度のため息が漏れだしてしまう。

名字で決められた順番に並ばされて、私たちは体育館へと移動させられる。

しばらくの時間が経ってから、1人の女性教師が館内の脇にあるマイクから声を発した。

「今より、入学式を始めさせていただきます」

長ったらしい校長先生の話、この学校の生徒会長らしい人の話、そして・・・

「新入生代表・・・」

私はもう一度、周りに聞こえない程度のため息を吐き、自分のパイプ椅子から身体を離す。

「春の訪れを感じる今日、私たち新入生が・・・・・・」

別に他人からの視線や関心が苦手な訳では無い。

こうして何百人という人間から注目されていても、少しも気にならない。

「新入生代表・・・・・・」

私は頭を下げると、拍手を送られながら壇上を降りていく。

自分の席まで戻ると、少し隣や後ろなどの興味の目が気になったが、それも時期に慣れた。

「では以上で、入学式を終了させていただきます。生徒はクラスごとに指示に従い、クラスごとに教室に戻ってください」

担任の教師が、1人の生徒に軽く指示すると、周りもそれに従うように移動を始めた。

教室に戻ると、担任も不在の教室は、校門のような喧騒に包まれる。

「ねぇ、メアド教えてよ」

「うん、いいよ~」

どうやら既にグループ形成やクラス内での立ち位置をハッキリさせたいようだ。

もちろん私に、そんなお言葉が掛かるわけがない。

(こんな協調性が無さそうな人に声かける方が変わってるか)

私はページを捲る。

この音が、こんな喧騒の中でも聞こえてくるのが、この空間での私の居場所だと感じさせる。

「お前ら席付けよ~」

再び私たちは席に座る。

「まずはお互いの名前が分からないと思うから、自己紹介でもしていくか」

番号の早いものから順番に自己紹介が進んでいく。

その中で私は、クラスの男子の割合が予想よりも多く、完全に孤立することをこの時覚悟した。

「これからよろしくおねがいします!」

いつの間にか前の席の女子の自己紹介がどうやら終わったらしく、教室には拍手が響いていた。

「名前は・・・・・・です。趣味は読書、これから1年間よろしくお願いします」

新入生代表と同じように、軽く頭を下げると周りからは乾いた拍手が鳴った。

それからはしばらくクラスメイトの自己紹介が続き、その後に先生からの連絡を聞き、この日の授業は終わりとなった。

「帰りにさ・・・」

「それじゃあ、また明日」

当然のことだが、私以外にもコミニュケーションを取りたくない、もしくは取れないクラスメイトもいるだろう。

そんな子達だって、同じような境遇の人同士で固まり、グループを形成していく。

少し前までは、どうして自分だけがそこにすら入ることが出来ないのだろう、と思っていた。

しかしそれに気づくには、どうやら客観的に自分を見る必要があった。

どうやら他人から見ると、私は「異質」もしくは「近寄り難い」らしいのだ。

小中学校の時は気を使って私に声を掛けてくる人たちだっていた。

私だって、そういう人たちは大事だと思っていたし、その気持ちは今でも変わらない。

しかし高校生は「嘘つき」なのだ。

「きっとあの子は読書が好きで、あまり人と関わりたくないんだろうな」

「きっと1人が楽なんだろうね」

そんな言葉を並べながら、私は空虚で満たされる。

新入生代表で壇上に立った時も思ったが、やはり私という人間は人前に立つこと自体はかなり好きらしい

でも自分から声を掛けられない。

この気持ちはきっと誰にも分からないのだろう。

そんな思いを、一冊の本とともに仕舞うと、私はカバンを持ち教室を後にした。

周りから聞こえてくるのは、相変わらず希望という名の明るい言葉

こんな空間で陰鬱な空気を吐き出すのは、先生と友達作りに失敗した人、元々作らなかった私だけだ。

軽く息を吸うだけで、この空間からの拒絶反応で吐き気がする。

「・・・・っ」

私はその場から逃げ出すように小走りになる。

他の生徒と当たりそうになりながら、軽く先生に注意を受けながらも、私は逃げることを止められなかった。

私は何も見えていなかった。

そうして私が視界を情報として見ようとする。

そこにあったのは、軋むような音がする木の床、静かというよりかは暗い雰囲気の廊下

私は、普通なら寄り付かないようなこんな空間ですら、居心地がいいと思ってしまった。

「・・・・・・」

どうしてしまったのだろうか、私はその場からターンして帰ることなく歩き出したのだ。

この空間が一体どういうものなのか、その程度の疑問から恐怖心や不安感を覚えることなく進み始めた。

私が歩く事に床が軋み、音が響く。

誰かいるならば、この音に反応して私を認識するかもしれない。

そんな不安は・・・感じなかった。

そのまま進んでいくと、一つの部屋が私の目に止まった。

他よりも綺麗にされたドアやその周辺を見るからに、誰かが使っているのは明らかだった。

なんなら今もこのドアの向こうにいるのかもしれない

「人」という超えられない恐怖に押しつぶされた私は、今度こそその場からターンして帰ろうとした。

「・・・・・・えっと、誰かな?」

考えてから行動に起こすまでが遅かった、いやそもそもここまで来てしまったことが失敗だったのだ。

そのドアから顔を出すようにして、一人の女生徒がこちらへ声を掛けてくる。

「・・・・・・」

その口ぶりからして、特段悪い人ではなさそうだ。

だからといって、余裕を持って声が出せるわけもない。

完全にドアから身体を乗り出し、私の反応を待つ女生徒

「・・・もしかして新入部員とか?」

「え?」

私のその反応を見れば、違うことくらい誰にでも分かるはずだ。

彼女の目からも、大体察しがついたことが伺えたはずだったのだが

「そういうことね。いいよ、中に入って!」

彼女は、私の腕を掴むと中へと招き入れた、正確には引きずり込まれたな気がする。

中は外とは打って変わって綺麗にされていた、というか物がほとんどない。

「ようこそ文芸部へ!私は・・・・・・これからよろしくね」

そこにいた少女は一体なんだったのだろうか



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