33.恐れ入ります、連隊長


「本当に、凄かったです!」

 興奮醒めやらぬうちに、心優は御園大佐と共に陸の基地に戻ってきていた。


「最後の、御園大佐の『カタパルトシューター』も格好良かったです!」

 元甲板要員だった御園大佐は、いまでも時々戦闘機を飛ばしたくて飛び入りをするらしく。今日は御園大佐が見学に来ているのを見つけたコリンズ大佐が『可愛い教え子に、いいところみさせてやるよ。久しぶりにやってみろよ』と、離艦発進をするホーネットのカタパルト発進をやらせてくれることになった。


《園田は俺の足下に跪いて立たないように》

《はい》

 黄色ジャージを着た御園大佐が、各所の作業完了をチェックし、最後にパイロットにコマンドを送り、甲板に膝をついて海原へ『GO Launch!』と腕を伸ばす。


 心優の目の前で、またパイロットが敬礼をし、カタパルトシャトルがガシャンと動いた後の瞬速発進。何度、目の当たりにしても驚きと、空へと連れて行かれる爽快感は変わらなかった。


 それに御園大佐も『根っからの空の男』だと知った。元々、マルセイユ基地では甲板要員だったとのことで、御園大佐も楽しそうだったし、周りにいる甲板要員も『また来てください』と騒いでいて甲板でも御園大佐は人気者だった。



 基地に一緒に帰ってきて、二人揃ってカフェテリアへとランチへ向かっていた。

 ちょうどランチタイムで、女性隊員で混雑しはじめたところ。その中を、御園大佐となにを食べようか、どこに座ろうかと話していた時だった。


 エレベーターのドアが開いた途端、隊員達のざわめきが少し鎮まった。

「あー、連隊長と同じ時間になってしまったかあ」

 あの御園大佐がげんなりした顔になる。


 『細川正義少将、小笠原連隊基地連隊長殿』だった。きっちりとセットした黒髪に、切れ長の険しい眼差しが常。そのうえ、冷たい銀フレームの眼鏡がさらに彼の目を鋭く見せている。


 ミセスのことを『アイスドール』と口癖のようにしていうけれど、彼もロボットのような鋼鉄の表情を保っていて『アイスマシン』と影で揶揄されている。


「逃げ場もないねえ」

 御園大佐も連隊長はさすがに苦手のようで、でも、あちらの連隊長がすぐに『標的』と視線の照準を定めたのは、御園大佐だった。


 側近の秘書官を三名ほど引き連れている細川連隊長が、こちらに歩み寄ってくる。

「やっと彼女に会えた」

 その細川連隊長が御園大佐の前に来てじっと見据えたのは、心優だった。


 いままで遠くから拝見はしていても、声をかけてもらうのは初めてだったので、心優も急激に硬直する。

「初めまして。園田心優です」

 敬礼をし、深いお辞儀をする。

「ああ、噂はかねがね。お父上のことも知っているよ。なんでも空手となると、かなりの腕前とか」

「恐れ入ります」

 頭を上げて。と御園大佐に言われたので、心優も顔を上げる。そこに基地でいちばん畏れられている人と目が合う。


 不思議だな。この人の目も冷たいけれど、奥になにかを感じてしまう。でもこの人の目は最強の魔除け『天眼石』。


 その連隊長が御園大佐に、意味ありげな笑みを浮かべ尋ねる。

「テッドと手合わせして、どちらが勝つのだ」

 はっきりとした聞き方に、御園大佐が面食らっている。でも、御園大佐もその後は肝を据えたかのように笑みを整えた。

「何度か、彼女に投げられたり、鳩尾に拳をあてられたそうです」

 それを聞いただけで、クールな銀眼鏡の連隊長が驚いた顔をした。

「では。身体の大きいアドルフでは」

「彼も同様です」

 それにも連隊長は驚いて、今度は心優を見ている。

「こんな細いのに?」

「葉月だって細いですが、アドルフだって、彼女の同期で副連隊長の海野も投げられますよ」

 連隊長が顎をなぞりながら『ほう』と唸って、心優をじっと……。連隊長ほどの上官に、身体をじろじろみられてしまう。


「少将。失礼ですよ。女性に対して」

 後ろにいるこれまた真面目そうな眼鏡の中佐が、言いにくそうに連隊長を諫めた。

「あ、失敬。つい……。そのような女性は、ミセス准将以来だったもので」

「いいえ、大丈夫です」

 そう言えば。城戸中佐も、御園大佐も、最初は心優のことをじろじろ見ていたなあと思い出したぐらい。きっと心優の身体でどうしてそのようなことができるのか、上官達は不思議になってしまうのだろう。


「そうか。では、そこの『シド』とはどうか」

 最後に連隊長が連れてきている側近の一人へと振り返った。今度は連隊長が得意そうだった。

 いちばん後ろに、金髪に水色の瞳をしている若い男性へと、連隊長が視線を向ける。

 転属してまだ一ヶ月しか経っていない心優には、初めて見る隊員だった。


「シドですか」

「フロリダのフランク先輩の養子だ。幼少の頃から仕込まれているなら、彼と彼女も同様だと思うが」


 心優もその若い男性隊員と目が合う。だけれど、向こうはもう心優を睨んでいるのがわかった。そして心優も彼を一目見て『武道』を嗜んでいる男で、さらに『武闘派の隊員』だと解った。彼自身がその気を漲らせていて、心優の脳がピリピリしているから。


 そんな若い男の『揺るがないプライド』を感じ取った。

 どちらももの心つく前から武道をしてきた者同士。おそらく向こうも幼い頃から、腕に覚えのある師匠がついていたのだろう。


 なのに、御園大佐がこともなげに言い放つ。

「ああ、もうそれなら。園田の方が腕が上でしょう。対戦してきた相手が違いますし、その積み重ねで世界が目の前だった選手ですから」

 自分を持ち上げてくれた教官に嬉しさを感じながらも、心優はヒヤッともした。


 ああ、あの彼が怒った! 密かに歯軋りをしているのがわかる。それに、さらに痛く突き刺す視線で心優を捕らえたまま離してくれない。


「シドもなかなか鍛えられていると思うがね。師匠に教官の誰もが、根っからの武闘派だ。試合と実戦では異なるだろう」

「園田は、技術として的確に仕込まれています。力業で突っ込めばいいというわけでもないでしょう。祖父や父親に仕込まれた葉月もそう言っておりますので」

「ほう。夫妻で持ち上げるねー。それは楽しみだ。今度、護衛部の訓練でも見に行ってみるかな」

 『是非』と御園大佐がお辞儀をすると、連隊長は満足そうな微笑みを見せてカフェテリアのざわめきの中に側近と去っていく。


 連隊長の最後尾を護衛しているのだろう。その彼が心優の目の前を通りすがる時に言い捨てた。

「どうせ三位だろ。世界に行けなかったくせに」

 金髪の端正な顔立ちの彼が、綺麗な日本語で吐き捨てる。最後にチッと舌打ちまでされた。


「シド、行儀悪いぞ」

 御園大佐も彼を知っているのか。静かに窘めると、彼は御園大佐には『失礼しました』と頭を下げて去っていった。


「あの、すごくわたしのこと睨んでいたんですけれど」

「いいんだよ。あれで。たぶん、連隊長も『よく言ってくれた』と思っているだろうから」

 なにを仰りたいのか解らず、心優は首を傾げるばかり。


「御園大佐が、わたしのことを彼より腕があると推してくださったのは嬉しいですけれど、ですが、彼もかなりの腕前だとわたしは感じましたし、なによりも、フロリダのフランク先輩というのは、フロリダ本部のフランク大将のことですよね。そこの養子だなんて……。養子でも『大将のジュニア』、ご子息ではありませんか」


 でも御園大佐はにっこりと余裕げな微笑みしか見せてくれない。


「彼の顔を良く覚えておいてくれ。養子だからって遠慮は要らない」

「護衛部の訓練で、彼に会ったことはありません」

「そりゃそうだ。彼は『特別な訓練』をしているし、つい最近、細川連隊長の秘書室にフロリダから転属してきたばかりだ」


 ということは、心優と同じ、外の基地から引き抜かれて小笠原にやってきた『秘書室護衛官』ということになる。


 でも、向こうが格は上。彼の肩章は『中尉』だった。それに、少将殿の秘書室の所属。大ボスの地位もミセス准将より上――。


「困ります。まだ対戦したこともない相手に、勝てるだなんて。連隊長の前で言われては……」

「いや、本気でそう思っているよ。葉月もまだ若いだけの『シド』にはいい練習相手になるだろうと、確信していたからね」


 そんな。あんな男と対戦はできても、変な敵対心を持って欲しくない。

 でも御園大佐は楽しそうにまだ笑っている。


「大佐ったら……」

「ああ、ごめんごめん。じゃあ、種明かしをするかな。あ、でも食事が終わってからな」

 種明かし? なんだろうと心優は訝しみながら、御園大佐と惣菜が並ぶカウンターにトレイを持って並んだ。

「おー、今日は『夏野菜のラタトゥイユ』がある。もうこれしかない」

 御園大佐の根っこは、本当に『フランス帰り』そのもの。もうフランスで育ったのではないかと思うほどに、食生活はあちら寄りだった。



 ランチを終えると、御園大佐がアイスコーヒーをテイクアウトしてくれ、それを持って屋上へと誘われた。

 つきぬける真っ青な空に、大きな白い雲。そして今日の海の色はアクアブルー、その日によって表情を変える珊瑚礁の海。潮風が真っ正面から吹いてくる。基地の前は海辺。地形に添ってこの基地がある。


 昼下がりの優しい風の中、御園大佐が屋上に置かれているベンチに腰をかけた。

「秘密隊員、通称『シークレット』と呼ばれる隊員のことを園田は知っているか」

「横須賀の秘書室で初めて教えてもらいました。将軍の特権で動く、いわゆる諜報員的な働きをしてくれる隊員が極秘に存在すると」

「そう。仮の部署で、一般隊員の顔をして紛れているが、受けている指令は将軍クラスから任されて、極秘で動くんだ。いかにもという顔で普通に基地の中にいる」

「小笠原にも?」

「いるよ」

 アイスコーヒーをすすった御園大佐の横顔から笑みが消えた。

 本気の話だ――という予感。


「シドは養子だから、フランク大将とは血の繋がりはない。元は父親がわからない私生児なんだ」

「そうなんですか」

「その母親は、うちの御園の系列会社を経営している敏腕女社長でね。エドの仲間だ」

 それを聞いて、心優は瞬時に察した。

 つまり彼は御園の指令で動くシークレット?

 だから御園と蜜月で繋がっているとされている細川系のボス、連隊長のところに預けられてる?


「基地では、シドの素性はあまりあかされていない」

「え……?」

「まあ、それなりの経歴をくっつけて、フランク大将が養子にしたんだけれどね」

 また話が良く判らなくなってくる。


「そのシドは負けず嫌いなものだから、おなじ武道をするもの同士として、園田が転属する前から気にはしていたんだよ。負けん気が強いんで、シドの母親も心配していたよ。シドが園田に喧嘩を売らないか、軍で問題を起こさないか心配――ってね」

「はあ……」

 勝手に敵対心を持って問題を起こすなら、それは彼の責任だし。正直、心優にとってあの男とはなるべく関わらない方向性にしていけば良いだけのこと。


「護衛部の訓練で、シドに会ったことはないだろう。彼は『人とは違う訓練』を受けてきた隊員なんだよ」

 ハッとして御園大佐を見た。

「だから彼は、わたしのことを頼りない護衛官だと疑っていて、あのような目で……。信用されていないってことなのですね」

「シドのだたの嫉妬だろう。元は細川連隊長ではなく、葉月の護衛をしたかったようだから。まあ、気になるなら葉月から直接聞いてくれ」

 彼が行きたかったポジションに心優が選ばれたということらしい。それなら、あの敵対する目も理解できる。


 彼はきっと想像を絶する訓練をしてきた『実戦派』なのだろう。なのに、『ルールで守られた試合で世界を目の前にしていた』という実績は彼には生ぬるい実績で、その程度の女護衛官が『お守りしたい御園の奥様』の側に来たから許せない――という不信感を露わにしていたのだ。


 『シド』が、フロリダから来たのは……。つまりは、『御園経由』ということ? 

 では、彼はミセス准将のための指令で来ているのだろうか。まだ判らない。


 


 

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