壮行式

 魔王城出発の日の朝。四人それぞれが朝食を含めた準備を済ませて俺の部屋に集合していた。

 みんなを見渡しながら、なるべく真剣な声音になるように言う。


「全員準備はいいな? 忘れ物とかはないか?」

「はいっ、たいちょー! おやつの準備も完璧です!」


 びしっと敬礼のポーズを取りながらティナが声を張った。

 これから決戦だってのにまるで緊張感のないティナ……いいな。

 せっかくのティナの頑張りを無駄にしたくないので、ここは一つラッドやロザリアにも確認をとっておこう。


「お前らもちゃんとおやつは持ったな?」

「あ、ああ。うん、大丈夫さ」


 こいつらは何を言ってるんだとばかりに戸惑うラッド。


「丸一日他の食べ物がなくても生きていけますわ」

「そんなにかよ」


 ロザリアが持って来たおやつの量が思いの外多かった。


「よし、それじゃ行くか」


 そう言って全員で顔を見合わせ、うなずいたその瞬間。部屋の扉が確認もなしに突然勢いよく開いた。俺たちが一斉に顔を向けると、そこには式典とかの時とかに着る正装をしたエリスが立っている。

 どうしたことかと首を傾げる面々に、エリスが腰に手を当てながら叫んだ。


「壮行式をやるわよ!」

「は? いやいいよ。面倒くさいし、このままもう行くから」


 俺がそう言うと、エリスは露骨に不満げな顔をする。


「いいじゃない。大一番の前なんだから送り出されておきなさいよ」

「そうしよ。エリスちゃんがそう言うってことは、もうお城の人たちにも声をかけてくれてるんだろうし。ね?」

「……ま、そうだな。じゃあ送り出されてもらっとくか」


 ティナに諭されたのもあるけど、よくよく考えればエリスが俺たちに無事に帰って来て欲しいと願ってのことだろうしと思いとどまり、そう返事をした。


 そんなわけで俺たちは今現在、ミツメ城大広間の前方舞台上にいる。

 大広間にはいつものように兵士たちや召使い、大臣など城の関係者がずらりと並んでいて、舞台上には俺たちの他にエリスや国王がいる。

 開会のあいさつをする為に国王が前に出たかと思うと、突如俯き加減になって目をつむり、まるで何かの罪を告白するかのような面持ちで口を開いた。


「……正直に言おう」


 場は静まり返っている。かと思えば誰かがくしゃみをした。


「わしは、勇者パーティーが魔王に負けた方が、エリスちゃんを独占出来ていいんじゃね? と思っておった……」


 今更これくらいではもう誰も何も思わない。縁起でもない言葉を向けられた俺たちですら、表情一つ変えることなく王の戯言を聞いていた。


「じゃが違う、わしの考え方は間違っておった……」


 ようやく気付いてくれて何よりだ。

 王はそこで目をゆっくりと開いて顔をあげ、観衆を見渡しながら語る。


「ティナはエリスちゃんが小さい頃に亡くなってしまった母の代わりをしてくれておる。問題はジンじゃ……わしの考えでは、あやつが肩車権を独占しておるからエリスちゃんを取られたような気になるのじゃ」


 どうでもいいけどこいつがこんな真剣な表情してんの珍しいな……。

 ふと横を見ると、エリスが全身をぷるぷると震えさせていた。今まで何気にわかっていても誰も口に出さなかった「ティナが母親代わり」という話を、よりにもよってこんな公の場でされたことに怒りを感じているのかもしれない。

 別に単純に母親の代わりにしてるってわけじゃないと思うけど、今はその話はいいか。


 ティナはそんなエリスを慰めるように、苦笑しながら頭を撫でてやっている。そしてその間にも国王の演説は続いていく。

 王は拳を力強く握り、顔の前に掲げながら叫んだ。


「つまり! わしにも肩車をさせてくれれば何も問題はない!違うか!?」


 観衆に返答を要求するかのように王が両手を天に向かって広げると、大広間を割れんばかりの歓声が埋め尽くした。

 誰もが拳を突き上げながら「そうだそうだ!」とか「私にもお肩車を!」とか、「嘘つき野郎のジン死ね!」とか言っているけど、もはやこいつらに対して思うことは何もない。

 ちなみに「嘘つき野郎」というのはこの前トオクノ島に向けて出発する際、フェニックスに乗って飛び立つ場所に関して、街から少し離れたところと嘘を兵士たちに吹聴したことを言われている。正直あれはたしかに俺が悪いけど罪悪感とかは今でも一切湧いてこなかった。


 王は身体を反転させてこちらに歩み寄ると、エリスの前で屈んで懇願する。


「さあエリスちゃん! わしに肩車をさせてくれ! 頼む!」


 この場にいる全員が静かに見守る中、顔を真っ赤にしたエリスは拳を強く握りしめ、それを父親の顔に全力でめりこませた。

 尻もちをついて信じられないといった表情をした王が悲鳴にも似た声をあげる。


「どうして……! どうしてじゃエリスちゃ」

「うるさい!」


 またいつものやつが始まったかと思って眺めていたものの、どこか雰囲気がそれとは違っている。すると次の瞬間どうしたことか、エリスの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ始めた。

 エリスは鼻をすすり、嗚咽混じりに叫ぶ。


「これからっ! 四人がみんなのために魔王を倒しに行くっていうのに! どうして頑張れの一言くらい言ってやれないのよ!」


 まごうことなき正論に国王を含めた誰もが言葉を失った。

 俺は思い違いをしていたらしい。エリスは自分に関して言われたことじゃなく、誰も俺たちを本気で送り出そうとしていないことに対して怒っているみたいだ。いや本当に酷い国だなおい。

 日頃の感じからしても、エリスが本気で俺たちを心配していて、魔王城から無事に帰って来て欲しいと思ってくれていることはわかっている。だから壮行式を開いたってのに、いつも通りな感じの国王に怒っているんだと思う。


 自失呆然とする国王に、エリスはとどめの一撃を仕掛けた。


「父さんなんて大嫌い! 二度と顔を見せないで! うぅ……ひっぐ……」


 ちびっこの割に滅多に泣かないエリスが、こんな大勢の前で涙を晒している。そのことの意味がわからないほど、この城のやつらは愚かじゃなかったらしい。

 いつも俺を目の敵にしているひげ面のおっさん兵士が国王を指差しながら言う。


「エリスしゃまを泣かせた国王を捕らえよ!」


 すると怒涛の雄叫びと共に兵士たちが大挙して舞台上に押し寄せた。でも、指示を出した当のおっさん兵士他数人はどさくさに紛れて俺を殴りに来やがった。

 愚か者共に応戦して返り討ちにしていると、いつの間にか国王は縄で拘束され、兵士に引っ張られて大広間の入り口から消えようとしていた。

 俺はそれを指差しながらエリスに声をかける。


「おい、あれいいのかよ」

「いいに決まってるじゃない。それに世界が救われても当分牢からは出さないわ」


 エリスが泣きはらして赤くなった目をこすりながらそう言った。まじか、さよなら国王。ちなみにラッドとロザリアは俺同様、一連の出来事をなすすべなく黙って見守っていた。


「怒ってくれてありがとう、エリスちゃん」


 ティナが柔和な笑みを浮かべながらエリスの頭を撫でている。

 エリスはいつものようにその手を払いのける素振りすら見せず、頬を朱に染めたままで口を開く。


「もういいから。壮行式の続きをやるわよ」


 それからしばらくして場が落ち着くと式が再開された。

 俺たち一人一人が前に出て挨拶をし終わるとエリスの一言、そしてエリスの歌斉唱で壮行式が締めくくられる。さすがにさっきの騒ぎがあった後なので、俺に野次を飛ばすやつはいなくて、代わりに死んだ魚のような目で拍手を送り続ける兵士たちの姿が印象的だった。


 そして遂に旅立ちの時がやってくる。

 今回は本当に街の外に出て、周りにあまり障害物のない開けた草原地帯から飛び立つことにした。一部の兵士が俺の嘘を警戒して城の屋上へかけていったらしいけど、今回はさすがに知ったことじゃない。

 ミツメの住人、冒険者や商人、そしてエリスを始めとした城の関係者と様々な人たちに見守られながら、俺たちは巨大化したフェニックスに乗り込んだ。


 フェニックスが翼をはためかせて地面から浮き上がる。するとフェニックスの横からひょこっと顔を出す感じで、ティナが見送りの人たちに向かって元気一杯に手を振りながら叫んだ。


「それじゃみんな、行ってきま~す!」


 俺やラッド、ロザリアもそれに合わせて手を振ると、みんなも笑顔で手を振り返してくれた。

 フェニックスはゆっくりと高度を上げていって、地上のあらゆるものが豆粒みたいに小さくなった頃、魔王城に向けて飛び立っていく。

 心地よい風に揺られながら、ティナが俺たちの方を振り返って言った。


「みんな、絶対に生きて帰ってこようね」

「ああ」


 俺は親指を立てながらそう言い、


「当然だね」


 ラッドはいつも通りのキザな仕草で前髪をかきあげながら。


「もちろんですわ」


 ロザリアは上品に微笑んで答える。

 そうして、俺たちの最後の旅が始まった。

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