トレジャーハンターソフィア
ソフィアはいつもの瑞々しさやあどけなさなど微塵も感じられない、どんよりとした雰囲気を纏いながらぼそぼそとつぶやく。
「探しましたよ……丸一日ずっと探し続けました……シナリオの進行に直接は関係のない街から先に周っていったから思ったよりも早く見つかりましたが……と、とにかく無事でよかったですぅ……うぅ……うえぇ……」
それだけ言い終わると、ソフィアはセイラに縋りついておいおいと泣き出してしまった。
どうやら肉体と精神、両面の疲労から色んなものが崩壊してしまったようだ。
移動は神聖魔法で転移すれば一瞬で終わるが、探索はそうもいかない。不眠不休で二人を探し続けたであろうことは想像にかたくなかった。
セイラはそんなソフィアの頭を優しく撫でながら囁く。
「心配をおかけしてすみません、ソフィア様」
「セイラちゃんは……何も悪くないです、私が……私が悪いんです……うぅ……ひぐっ……」
二人の横でどうしたもんかと、気まずそうに頬をぽりぽりとかきながら事態を見守るノエル。
そのまましばらくの間、カジノの喧騒の中でソフィアの泣き声が響いた。
やがて泣き止んで落ち着いたソフィアは、二人がスロットをやるのを後ろから眺めることにした。
事情を聞くのは二人の今日のお勤め、つまりスロットを終えてから宿でということになったらしい。正直、セイラがはまりすぎてまだ帰りたくないといった事情もあるようだが。
着々と儲けを貯えていくノエルとは対照的に負けが込んでいるセイラは、少しずつだが確実に手元のメダルと資金を減らしていく。
美少女大好きなソフィアはそんな彼女を、出来の悪い妹を優しく見守る姉のような様子でにこにこと楽しそうに見守っていた。
「ふふ。ギャンブルで勝てないセイラちゃん、可愛いですねえ」
「う……」
恥ずかしいのか悔しいのか、拳を握りしめて頬を朱に染めるセイラだが、内心では焦ってもいた。
負けが込み過ぎて、本日分の予算はとうに使い切ってしまっているというのにまたメダルが無くなろうとしている。ノエルが余裕綽々にスロットで遊び続けるというのに、自分は指を咥えて見ているしかないというのは癪だ。
どうしよう……と必死に思考している内に、セイラは気が付いてしまった。背後にある無限の可能性の存在に。
数瞬ばかり逡巡したのち、セイラは決意を固めて唾を飲み込んだ。
それから椅子に座ったままくるりと背後に振り向いて前で手を組むと、潤んだ瞳を上目遣いでソフィアへと向けた。
「ソフィア様ぁ……私、もうお金がないんです。ちょっとだけでいいからお小遣いをいただけませんかぁ……?」
セイラの必殺をくらったソフィアは、失われし古代文明の遺跡の最奥の部屋に眠る黄金の宝箱を発見した冒険者のような顔で驚いた。
(は、はわわっ……! これが噂に聞く女の子の潤んだ瞳と上目遣いを駆使したおねだり!? 想像以上の破壊力ですね……これはもう大人しく聞き入れてあげるしかないではありませんか!)
心の中でそう独白したソフィアは先端に五芒星のついた愛用の杖、通称「ソフィアステッキ」を取り出し、照れて視線を逸らしながら言った。
「も、もう~セイラちゃんはしょうがない子ですねえ。ちょっとだけですよ? 本当に今回だけなんですからね、も~」
そして杖を振るとソフィアの目の前の空間に亀裂が発生し、そこから民家が十軒は建てられそうな量の金貨が噴出し始める。すると今まで二人のやり取りを若干引き気味で見守っていたノエルが慌てた様子で叫んだ。
「ちょっとちょっと何やってんですかソフィア様! いいんですかこれ!」
一方でセイラは手を組んだまま、文句のつけようがない満面の笑みを浮かべながらお礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます、ソフィア様! 大好きです!」
「ぶほっ!」
ダメ押しの一撃をまともにもらったソフィアは、鼻血を出しながら仰向けに倒れてしまう。
気を失いつつもその顔はかつてない程に幸せそうであったが、それもすぐに金貨の洪水に飲まれて見えなくなってしまった。
セイラはけろっとした表情で立ち上がり、未だに垂れ流されて山になっている金貨を手近にあった袋に限界まで詰め込むと、鼻歌を口ずさみながらメダル交換所へと向かっていく。
ノエルはそれを口を開けたままの間抜け面で見送るのであった。
それからも負け続けのセイラは順調に金貨の山を減らしていくが、いかんせん量が多いので未だに家を九軒建てられるくらい残っている。
時折通行人が山を二度見三度見して通り過ぎていくが、その大半は貴族や富豪ばかりなので盗ろうとする者はいない。
ご機嫌でスロットを打つセイラの横顔にノエルが話しかけた。
「なあ、思ったんだけどよ」
「なに?」
「俺ら……もうスロットってかギャンブルする必要なくね?」
セイラの肩がわずかに動いた。
金貨の山をあごで示しながら、ノエルは続ける。
「ちゃんとは数えてねえけど、こりゃどう考えたって『ていおうのつるぎ』分のメダルに交換できるくらいの量はあるだろ」
「だからなに?」
ノエル方を向いたセイラは真顔になっていた。
「なにって……さっさと『ていおうのつるぎ』を手に入れて天界に戻ろうぜって言ってんだよ」
「それはだめ」
「何でだよ」
セイラはまたスロット台の方に向き直り、視線もそちらに向けたままで答える。
「ゼウス様を調査しようなんて、本来なら重い罰を受けてもおかしくないのにここに流すだけで済ませてくださったのよ? これは罪を問わない代わりにしばらくはここにいて欲しいってことでしょ」
「まあ、そうかもな」
「ならその恩義には応えるべきよ。しばらくはここにいなきゃ」
ノエルは、セイラの横顔を見つめる目をわずかに細めた。
「……お前、スロットにはまって帰りたくなくなったんだろ」
束の間の静寂が二人を包んだ。
「……全然そんなことないわよ?」
「今の間はなんだ、今の間は。だったら今すぐにでも宿に戻れるよな。天界に帰るかどうかはともかく、スロットを打つ必要自体はもうないもんな。ほら」
ノエルは立ち上がってセイラの腕をぐいぐいと引っ張り出した。
「やっ……ちょ、やめてよ! 何すんのよ、せっかく今いいところなんだから! ほらリーチ!」
「うるせえよ! やっぱりお前スロットやりたいだけじゃねえか!」
正直肌と肌が触れ合っていることに脈を速めている男女二人だが、それを誤魔化すかのように互いにぎゃーぎゃーとわめき続けた。
と、そこに。
「何だこの金貨の山」
「すごい量ね……魔王城の地図なんて楽勝で手に入るわよ」
「でもこんなところに置いてたら危なくないかな? どの人だろ……あれ?」
ルビー色の髪をした幼い女の子を肩車する少年に、朱色の毛を身に纏う妙な鳥を連れた少女が現れた。
エリスにジン、フェニックスにティナである。
セイラとノエルを発見するなり、ティナが首を傾げながらつぶやく。
「セイラちゃんと……ノエル君?」
そこでジンも二人に気が付いたらしい。
行方不明になっていたはずの友人とこんなところで遭遇したことに、心底驚いた様子で声を発した。
「お前ら……何してんだよこんなところで!」
ノエルはセイラからぱっと離れると、ジンと同様に驚きの声をあげる。
「そりゃこっちのセリフだ! 何でお前らがこんなところに……」
この時、ソフィアが金貨の山に埋もれたまま鼻血を出しながら気を失っていることなど、ジンたちは気付く由もなかったのであった。
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