会議

 しばらくしてようやく全員が揃うと、時間も時間だということで食堂へ移動。食卓を囲んでの会議が始まった。

 今となってはさすがに慣れてきた豪華な食事がテーブルを彩っている。


 お誕生日席に座ったエリスが、みんなを見渡しながら口を開いた。


「改めて言うけど、魔王城の地図があるってことと、それがどこにあるのかまでわかったわ」

「さすがです、エリス様」


 ラッドのお世辞も意に介さず、エリスは続ける。


「みんな、トオクノ島は知ってるわよね?」

「島の中心部にあるカジノ街が主要産業になっている、一風変わった島ですわよね……たしかここからは大分離れたところにあるかと」


 ロザリアの言葉に真剣な表情でうなずくエリス。


「そのカジノ街の中でも一番大きいカジノの景品に魔王城の地図があるらしいわ」

「なんでそんなところにそんなもんがあるんだよ」


 俺の言葉にエリスがこちらを一瞥してから、上手く小さく切った肉を口に運び、飲み込んでから言った。


「知らないわよそんなの。ちなみに魔王城の地図がその店の景品になっているっていうのは、ギャンブラーの間じゃ結構有名な話らしいわよ」

「俺らがカジノに行かないから知らなかったってだけか」


 そこで俺の横に座るティナが首を傾げながらエリスに尋ねる。


「でも、それじゃあ何で王様が知ってたの? ギャンブル好きなの?」

「トオクノ島の領主と知り合いなの。で、以前魔王城の地図をミツメに寄付しようかって相談があったらしいわ。手続きとかめんどくさいしいらないんじゃね?って話になったらしいけど」

「まあ、あの王様なら言いそうだな」


 みんな呆れてしまったのか、俺がそう言うと場は一旦静まった。

 するとロザリアが、隣で肉に添えられた野菜を残しているラッドの皿を見ながら口を開く。


「まあ、いけませんわラッド様。お野菜もしっかり食べませんと」

「ふっ、僕はどうにもこの野菜というのが苦手でね……この色合いとか」

「存じておりますわ。しょうがありませんから、今回は私が食べて差し上げます」


 母親のような優しい笑みを浮かべながら野菜を取り分けようとするロザリアを、ラッドが手で制した。


「大丈夫だよロザリア。僕は君の為なら野菜だけであっても永遠に食べ続けることが出来る」

「ラッド様……!」

「そういうことなら俺のも頼むぜ」

「私のも頼むわ」

「ふっ、望むところさ」


 俺がすでに野菜だけになった皿を差し出すと、エリスも続いた。

 それをティナが眉をひそめて叱りつける。


「こらっエリスちゃん。ちゃんと野菜も食べなきゃだめでしょ? ずるしないの」

「なっ、なによ。ジンだってやってるじゃない」

「ジン君はもう大きいからいいの」


 いかにもちびっこらしい理屈をこねるエリスと、それをたしなめるティナ。

 微笑ましい二人のやり取りを、ラッドは穏やかな表情で見守っている。目の前に大量に積まれた野菜の山と共に。


「そうだぞ。野菜を食べなきゃ大人になってもずっとちびっこのままだぜ?」

「そんなわけないじゃない。ばかじゃないの?」


 と、そんな感じでしばらくは食事をしながらの歓談が続いた。

 食卓に並べられた料理を全て平らげたところで、ようやく話し合いが再開する。

 ロザリアがみんなの顔を眺めながら口を開いた。


「魔王城の地図に話を戻しますが、そうなるとどうやって入手するかが問題になってきますわねえ」

「だねえ。カジノの景品ということは、ギャンブルをしてメダルを稼ぐ必要があるということですよね?」


 ラッドの言葉にエリスがうなずく。


「ええ、そうね」

「メダルは何枚くらい必要なのでしょうか?」

「一万三千枚よ」

「一万三千枚、ですか……」


 その数字が余程のものだったのか、ラッドは腕を組み、難しい顔になって考え込んでしまう。

 価値を今いち理解出来ていない俺は聞いてみることにした。


「それってやっぱり多いのか?」

「換金すれば一般市民の家なら三軒くらいは建つわね。ちなみに、その店で一番高額な景品は『ていおうのつるぎ』で三万枚よ」

「まじか……まあいざとなれば地図なしでも行けばいいって話だけど、万全は期した方がいいもんな」


 腕を組んで目を伏せ、うーんと唸り声をあげてしばらくの間全員が考え込む。

 やがて俺はエリスに尋ねてみた。


「なあ、そのメダルって最初はたしか金で買うんだろ?」

「そうね」

「なら、何とか金をありったけメダルに替えて強引に買い取るってことは出来ないのか? 国の金とかも使って」


 エリスはげんなりした表情になって言う。


「あんたね、国のお金を何だと思ってんの? 仮にもみんなからもらってるお金なのよ。……でも……そうね、そうはいっても魔王討伐の為なら全く使えないってこともないかも」


 顎に手を当てて、むむむとしばらくの間考え込んだエリスは、やがて顔をあげて意を決したように口を開いた。


「うん、さすがに全部は無理だけど、半分くらいなら国から出してもいいわ」

「いいの? エリスちゃん」


 申し訳なさそうな表情でティナが尋ねる。


「まあ、魔王討伐の為ならしょうがないわよ。それに出せるのはあくまで半分。残りはあんたたちでどうにかしなさい」

「だな。しゃあねえ、俺の腕を見せつける時が来たってこった」

「ふっ、僕も古傷がうずいてきたよ」


 俺が指をぱきぽきと鳴らすと、ラッドも右腕を左腕で抱えるようにしながら意味のわからんことをほざいた。

 ティナが期待に目を輝かせてテーブルの上に身を乗り出す。


「えっ、なになに!? 二人ともカジノいったことあるの!?」

「「ない」」


 恐らくは知り合ってから初めてラッドと声が被った。

 ティナは前のめりにこけそうになり、エリスは呆れ顔で、ロザリアはにこにこと一連のやり取りを見守っている。

 落ち着いた頃合いを見計らってエリスが口を開いた。


「とにかく、行くだけ行ってみましょうよ。ティナとか勇者なんだから運が強くて案外簡単にメダルが稼げる、なんて事があるかもしれないでしょ」

「おっ、たしかに。中々いいこというじゃねえか」

「何で上から目線なのよ」

「そんな、私全然ギャンブルとかしたことないのに……」


 苦笑するティナ。そこでロザリアが何かに気付いたような表情になる。


「今回はエリスちゃんもいらっしゃるおつもりなんですの?」


 ロザリアはそこそこ仲良くなっているので、エリスのことはちゃん付けだ。

 というか逆に俺らの中でエリスに敬語を使うのはラッドだけになっている。


「ええ、そうよ。国の金を使うとなったら私がいなきゃだめだし……それに私もたまには国の外までお出かけしたいわ」

「エリスちゃんがお出かけする間、国は大丈夫なの?」


 ティナはいたって真面目な表情でひどいことを聞いた。


「あのね、みんなからすごい心配されてるみたいだけど、私のお父さんもあれで一応は国王なのよ。さすがにちょっと私が留守にしたくらいでどうってことないわ。期間もそんなに長くはならないでしょうしね」

「お前も一応とか言っちゃってるじゃねえか」

「うるさいわね。ま、それに街から街へのお出かけなら危険も少ないから許可もおりると思うわ。いざとなれば目薬をさして泣いたふりでもすればいけるわね」

「それはあんまり聞きたくなかったな」


 この子の将来が怖い……。ティナに同じことされたらお願いなんていくらでも聞いちゃいそうだ。

 エリスは勢いよく椅子の上に立ち上がり、腰に手を当てて言った。


「そうと決まれば早速準備よ! 明日の朝には出るわ!」

「こらっエリスちゃん。お行儀悪い」

「ティナ、これはしょうがないと思うぜ。椅子から降りるとテーブルからあまり顔が出ないからな」

「そこ、うるさい!」


 ずびしっと俺を指差して野次を飛ばすエリス。ティナと一緒に外出出来るおかげか、気分が高揚してるらしい。

 ラッドが確認とばかりに口を開く。


「それで、交通の手段としてはまたフェ……ぴーちゃんに乗っていくのかい?」

「うん。陸路ならラッド君に合わせて馬車とかも考えたけど、今回は海を隔ててるから……ぴーちゃん、お願い出来る?」

『お安い御用だ』


 うおっ、こいついたのか……いや視界に入ってはいたけど。全然喋らないから存在を忘れかけてたぜ。

 そこでロザリアがラッドに優しく声をかけた。


「大丈夫ですわラッド様。また魔法で睡眠状態にして差し上げますから」

「すまないね」


 ラッドは珍しく素直にそう言った。

 思っていたよりも本気で高いところが苦手みたいだ。

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