魔王城の地図を探せ

 翌日。今日は朝から情報収集に動くことにした。全員でまとまってやるのも効率が悪いので、それぞれ別行動だ。

 けど魔王討伐、もといシナリオに関することで聞き込みをする相手となると、思い浮かぶのは精霊たちしかいない。しばらく会ってないことだし、セイラとノエルを呼び出して飯でも食いながらのんびりと話を聞くつもりだ。


 そんなわけでまずはあいつらと連絡をとるためにギルド本部に常駐しているオブザーバーズの副隊長、グレイスの元へと向かう。

 部屋を出て廊下を歩いていると、前の方から兵士が歩いてきた。


「…………」

「…………」


 お互いに目を合わせながらも無言ですれ違っていく。相手は常に隙の無い構えを見せて俺を警戒してきていた。

 城にいる間は絶えず乱闘騒ぎを繰り広げているおかげで、兵士たちの戦闘技術は格段にあがっているらしい。俺としても知らず知らずのうちに国防に貢献出来ているようで何よりだ。


 今日のところは珍しく何も起きそうにないかなと思い進んでいると、階段付近まで来たところでそれは始まった。

 前の方から例の如く鬼の形相でこちらを睨みつけながら兵士が歩いてくる。


「…………」

「…………」


 相手は隙がないどころか剣を構えて戦闘態勢だ。とはいえ、このまますれ違うだけだろうなと思いながら互いが真横に来た、その瞬間だった。


「……このっ、肩車乞食がっ!!」


 その兵士の言葉で戦闘の火蓋が切られる。

 左足を軸にして、右足を相手の上段に叩き込んだ。もちろん大いに手加減するのを忘れずに。すると兵士は左腕でこれを防御。「おおっ、防御出来た俺やった!」というような表情をしながらも、すぐさま右手に構えた剣を振りながら叫ぶ。

 下から上へ、逆袈裟斬りの軌道だ。


「『肩車乞食バスター!』」


 俺はこれを、上体を後方に逸らして避けつつ、そのまま身体を捻ってお返しとばかりに左足中段蹴りを腹に入れた。

 兵士は蹴りを入れられた瞬間、「その攻撃、待ってたぜえ」とでも言いたげに口の端を吊り上げながらそのまま吹き飛んでいく。

 起き上がってくることのない兵士を一瞥して、俺は階段を降りていった。


 城と街を繋ぐ橋の上を歩いていると、街の喧騒よりも川の流れる音の方がよく聞こえる。たまにはここから川を眺める、なんてのもいいものだ。

 

 俺もそこそこ有名になって来たらしく、ギルドに向かって歩いていると「肩ぐるマスター」だの「いやしんぼ」だのと呼ばれる。さすがに一般市民はしばくわけにもいかないので、軽く手をあげるだけの対応にしておいた。


 やがてギルドに到着。昼時なので朝ほどは人も多くなく、すぐに空いている受付を見つけることが出来た。

 こつこつと硬い足音を鳴らしながらそちらに向かってお姉さんに声をかける。


「こんにちは。グレイスって人を呼んで欲しいんだけど」

「失礼ですが、グレイスとはどのようなご関係ですか?」


 眼鏡をかけた女性事務員さんの声は冷淡だ。俺を怪しんでいるというよりは決まりだから聞いているという感じ。

 関係……そこ聞くのか。えーっとどういう設定だったかな。


「叔父、です。死んだ俺の父親の弟がグレイスだったんで」

「少々お待ちいただけますか」


 そう言ってお姉さんが引っ込んでから少しするとグレイス本人が直接顔を出してくれた。俺を見つけるなりでかい身体の右腕を持ち上げて挨拶をしてくる。


「よう久しぶりだな、こっちだ」


 親指で奥の通路を示すと踵を返してさっさと歩いていくので、俺もそれに黙ってついていった。

 廊下を歩いている間は他の職員の目もあるからお互いに無言だ。


 すぐに以前、エアと三人で話した応接室っぽいところに通された。中には俺たち以外に誰もいない。

 調度品も少なく簡素な作りになっていて、どこか寂しさを感じさせる。

 促されてテーブルに据えられた椅子に座ると、グレイスも同様に席につきながら尋ねてきた。


「シナリオも終盤になって来た今、どうしたってんだ? 不死鳥とはもう契約したんだから、後は魔王を倒しにいくだけだろ?」

「ちょっとセイラとノエルに聞きたいことがあってな。あいつらを呼んで欲しい」

「なんであいつらなんだ? 別にいいけどよ」

「特にあいつらじゃないといけないってわけでもないけど、まあ……しばらく会ってないし、元気にしてるかなって思ってな」


 あいつらがいないとはいえ、何かこういうことを言うのって照れくさいな。

 グレイスは俺と目を合わせてがははっと笑い出した。


「なんだよ」

「いやすまん、変わったな、と思ってな」

「俺が?」


 自分を指差して間抜けな声で尋ねると、グレイスは鷹揚にうなずいて答える。


「具体的にどこがってわけじゃねえが……少しだけ雰囲気が柔らかくなった、ってとこか」

「本当かよ」

「ああ」


 そこでグレイスはこちらに身を乗り出して、からかうような笑顔で声をひそめて言った。


「女勇者の影響ってやつか?」

「う、うるせえよ」

「がはは、悪い悪い。まあとりあえず呼んで来てやるからちょっと待ってな」

「おう」


 俺がそう言うと、グレイスは立ち上がって部屋を出ていく。

 待っている間特にすることもないのでぼーっとしてたら、いつの間にか椅子に座ったまま寝てしまっていたらしい。がちゃりと扉の開く音で目を覚まして振り向くと、グレイスが渋い顔をしながら重い足取りで部屋に入ってくるところだった。

 寝ぼけ眼をこすりながら尋ねる。


「どうした、顔が暗いけど何かあったのか?」

「セイラとノエルがつかまらん。連絡がとれん」

「何だって?」


 一気に目が覚めた。グレイスは俯いたままで語る。


「心当たりのあるところは探し回ったんだが、どこにもいないし、神々も含めて天界にいるものは誰も知らなかった」

「そんなことあるのか?」


 少なくとも今まではなかった。天界は地上ほど広くないし、そもそも精霊部隊所属のあいつらがどうやってもつかまらないというのはおかしい。

 定時に訓練やら講習やらを受けているはずだし、何らかの理由でいないのならいないことを隊長のリッジやゼウス辺りが把握しているはずだ。


 ちなみに、天界においてはテイマーズの「レーダー」やオブザーバーズの「マップ」は使えない。使っても地図が表示されない、と言った方が正しいか。だから天界での人探しにも利用することはできない。


「リッジには聞いてみたんだよな?」

「ああ。知らんと言っていた」

「……ゼウスも?」


 グレイスは静かに首を横に振った。

 そうなるとあいつらがどこにいるのかはまるで見当がつかないし、天界に戻れない俺に出来ることもほとんどない。


 色々と考え込んでいると、グレイスは俺の向かいに腰を下ろしながら言う。


「とりあえずまた何かわかったら伝える。すぐに動くから、悪いけどお前はもう帰ってくれ」

「わかった。あいつらを頼む」


 そう言ってうなずいて立ちあがり、部屋を後にした。


 それからはギルドに来たついでに冒険者に声をかけてみたり、よく買い物をする店の店員に聞き込みをして魔王城の地図についての情報を集めようとしたけど、ろくな成果はえられなかった。

 残念な気持ちと、セイラとノエルが気がかりで少しもやのかかったような気持ちを抱えて城に戻る。


 情報収集が終わったら一度集まることになっていたので、エリスの部屋を目指して歩いていった。

 扉を叩いて返事を待ってから中に入ると、まだエリスしかいない。


 テーブルの椅子に座ったままエリスが声をかけてきた。


「早かったわね。何かわかったの?」

「いや、逆に全然だめだったからすぐに帰って来た」

「情けないわね。もうちょっと根性見せなさいよ」

「悪いな」

「…………」


 そう言いながらエリスの向かいの椅子に腰をおろす。

 エリスが何も喋らないことを思って顔をあげると、何か珍しいものを見る目でこちらを見ていた。


「何だよ」

「……いえ普段のあんただったら『根性見せてどうにかなるものなのかよ』とか言うところだと思ったから。何かあったの?」

「いや別に」


 エリスやティナにセイラやノエルの失踪を話すわけにはいかない。天界がらみの事件って可能性がないこともないからだ。

 エリスはしばらく納得のいっていないような表情でこちらを見ていたけど、やがて諦めたのか一つため息をついてから話を切り出した。


「こっちは成果あったわよ」

「えっ、まじ?」

「うん。お父さんが知ってた」


 まじかよ……あの国王、知り合ってから初めて誰かの役に立ったぞ。

 俺ははやる気持ちを抑えながら聞いた。


「ってことは存在はするんだな? 魔王城の地図」

「うん。何でそんなものがあるかは未だに謎らしいけどね」


 ぱさっと紫がかった赤い髪をかきあげるエリス。

 部屋の照明を反射して光沢を放つそれが、一度ばらばらになってはしゃららとまとまっていく。


「で、どこにあるんだ?」

「それはティナたちが帰ってきてからよ」

「……まあいいけどよ」


 そんなわけでその後に届けられたおやつを食べながら、仲間たちの帰還をエリスと二人で待った。

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