戦いの余波

 きのこ収穫祭を催しながら進み、親ハウンドが踊り疲れて倒れそうになる頃。森が少しだけ晴れて空のよく見える山道に差し掛かった。

 相変わらず草木はあちこちから元気に顔を出しているものの、歩く道は日頃のドワーフの往来によってなのか、きちんと確保されている。


 太陽にふわりと照らされてのんびりと歩きながら、気になっていたことを親ハウンドに尋ねてみた。もちろん心の声で。


(ちょっと気になってたんだけど、さっきからモンスターが出ないのってお前のおかげだったりするのか?)


 親ハウンドは俺の足下を歩きながらこちらも見ずに返事をする。こうして一見会話をしているように見えないのがこのスキルのいいところだ。


(私のおかげ、という言い方をすればそうかもしれませんね。一応ここに生息するモンスターの中でも強い部類に入りますし)


 実はこのヘルハウンド親子と一緒に歩き始めてから、ぎりぎり人間の視力では気づかないような位置にモンスターが頻繁に見え隠れしていた。

 恐らくはこの親ハウンドを見てあっ、やべ、これ俺らの出る幕じゃねえわみたいな感じで帰っていったんじゃないかと思う。


 ヘルハウンドにびびったのか、ヘルハウンドを連れて歩く人間にびびったのか、どっちなのかはわからないけどな。


(ほーん。まあモンスターと戦わなくて済むってのは助かるよ。ありがとな)

(いえいえ。ですので今後はヨロコビダケは勘弁していただけると助かります)

(残念だけどあれは俺がどうこう出来る問題じゃねえんだよなあ)

(そうですか……)


 親ハウンドはがっくりとうなだれた。とはいえこればっかりはしょうがない。

 本当にこの親子のためだと思い、笑顔できのこをあげようとするティナたちを止められるわけねえしな。


 そんなやり取りをしながら歩いていた時だった。

 恐らくは今歩いている道の遥か先、道なりに曲がってさらに少し行った場所辺りから轟音が響き、同時に地面が揺れる。


 情報がなくて全然わからないけど、どうやらこの先でかなり強い力を行使したやつがいるらしい。

 みんなも次々に驚きの声をあげる。


「きゃっ!」

「この先で何かあったようだね!」

「すごい音がしましたわ」


 こりゃただごとじゃねえな……とりあえず「レーダー」を発動。

 ここから大分先、あの道を曲がった向こう側……いない。さらにその先……いるな。適正範囲外モンスターがうようよいやがる。

 とはいっても、ツギノ町やアッチノ山の時みたいに魔王軍幹部が攻めてきたにしては数がちょっと多い。それにあれだけのスキルか何かを使ったってことは戦闘も起きているだろう。


 「レーダー」でわかるのはかなり大雑把な周辺の地図とモンスターの位置だけで人間や精霊の位置まではわからない。

 だからこの状況で起きたこととして一番あり得るのは、大量の適正範囲外モンスターの発生に気付いたオブザーバーズの隊員がゼウスに報告、そこからテイマーズの派遣ってとこか。


 あれこれ考えていると、今度は足元を揺るがすほどの地響きが鳴り始めた。

 それを聞いて少し焦った様子の親ハウンドの心の声が聞こえてくる。


(ジンさんジンさん、これちょっとまずくないですか?)

(ちょっと待ってくれ、今考えごとを……)


 俺の心の言葉は、そこでラッドに遮られてしまう。


「あ、あれは何だい!?」

「何がだよ」


 そう言いながらラッドが恐ろしいものを見たような顔で指差す先に視線をやるとモンスターの大群が土煙をあげながらこちらに迫ってきていた。


「えっ、何あれちょっとまずくない?」


 焦りの色を浮かべた表情で親ハウンドと似たような感想を述べるティナ。

 さっきの強力な何かで生命の危機を感じたモンスターたちが走って逃げてきたってところか。逃げるのに必死で俺たちに攻撃はしてこないとは思うけど、巻き込まれて踏まれたりすると結構なダメージにはなるな。

 まだ距離があるうちに「テレパシー」で説得を試みる。


(おい、お前ら聞こえるか? ちょっと落ち着け)

(ジンさん、あいつら必死なんで心の声に応じてる余裕はないかもしれません)


 親ハウンドの言う通り返答はなく、逃げるしかなさそうだ。

 刻一刻と迫りくる大量のモンスターに背を向けて声をあげる。


「よし、とりあえず逃げるぞ!」

「だねっ!」


 ティナは返事をしながらちびハウンドを抱っこした。


「ロザリア、走れるかい?」

「ええ、ありがとうございますラッド様」

「ふっ、当然さ」


 この中で一番ふわふわしていて走りにくい格好をしているロザリアを気に掛けるラッド。ロザリアも嬉しそうだけど今はそれどころじゃない。


「よし、走れ!」


 叫びながら俺たちは今来た道を走って引き返し始めた。


 ただひたすらに何もかもを忘れてがむしゃらに走っていると、さっきの河原まで戻ってきた。小川はこんな時でも何くわぬ顔でそよそよと流れている。

 でもここに来てロザリアの息が切れ始めて少しずつ俺たちとの距離が開く。

 そして先頭にいる俺とティナが橋を渡り切った頃、橋の途中でロザリアが転んでしまった。全員が立ち止まって振り返る。


「ロザリア!」


 叫びながら歩み寄り、ロザリアの身体を抱き起こすラッド。その腕の中でロザリアが困った表情と切羽詰まったような声音で言った。


「まあいけませんわラッド様! こんな時に悲劇の英雄ごっこだなんて」

「割と本気で命が危ない場面なのに意外と余裕のある君も素敵だよロザリア……死ぬ時は一緒だ」

「勝手に死ぬって決めんなこの野郎!」


 俺は逃げてきた道をまた引き返してラッドとロザリアを追い越し、モンスターの大群に一番近い位置に立った。

 大群を指差しながら、隣にいる親ハウンドに心の声で命令する。


(よしいけ! お前の出番だ!)

(わかりました! ジンさん、子供のこと……よろしく頼みます)


 ノリいいなこいつ、ちょっと言ってみただけだったんだけど。

 さっきの言葉を捨て台詞にして親ハウンドは本当に大群に突っ込んでいく。


「わんちゃん、だめっ!」


 背後からティナの声が聞こえる。あくまで犬扱いだ。

 とはいえもうこうなったらやるしかないと、俺も剣を構える。


(いくぞ貴様ら!)


 大群に向かいながら雄叫びをあげる親ハウンド。どうでもいいけどこの心の声は実質的に俺にしか聞こえていない。気持ちの問題だろう。

 集団から少し距離を開けて立ち止まると、顔をあげて大きく息を吸い込んだ。


(『フレイムブレス』!!)


 次の瞬間、親ハウンドの口から灼熱の炎が吐き出される。それはモンスターの大群の先頭を飲み込み、一瞬にして灰に変え……ることもなかった。

 黒こげになりながらも、勢いすら衰えることもなく突っ込んでくるモンスターたち。


(ひえ~ジンさん助けて~!)


 そしてそのまま親ハウンドは飲まれてしまった。情けない声をあげながら大群の上をごろごろ転がっている。


(お前全然だめじゃねえか! さっき威張り散らした感じで「ここでは強い部類に入りますし」とか言ってたのは何だったんだよ)

(別に威張り散らしてなんか……ひえええ~)


 まあ「フレイムブレス」ってのはそこまで強いスキルじゃないからな。こいつらを一撃で倒すには無理があるだろう。 

 とはいえいよいよまずくなってきたな……どうする?


 「爆裂剣」とか「エクスプロージョン」を使えれば話は簡単だけど、そうすると助かった後が大変だ。

 俺はティナたちの前で魔法を覚えることの出来るような職についたことがなく、何でそんなものが使えるのかという話になるからだ。


 立ち尽くしたままあれこれ考えていたら俺の背後から声が聞こえた。


「ジン君、こっち! 私の後ろに隠れて!」


 後ろを振り向くと剣と盾を構えたティナが凛とした瞳をこちらに向けたまま、ラッドとロザリアをかばうように立っていた。

 その姿は戦うという感じでも、逃げ出すという感じでもない。

 一体何をしようとしているのかはわからないけど、俺はティナを信じることにして仲間たちの方へと足を向ける。


 急ぎティナの後ろに回り込むと、それを確認したティナが一度みんなを見回してから声をかけた。


「みんな、そのまま動かないでね!」


 次の瞬間、俺たちを包むように球状の光の膜が発生した。これはたしか「ゆうきのあかし」とかいうスキルだったか。

 ソフィア様曰く、この光の膜の中にいる味方が受けるダメージを全て肩代わりした上でそれを半減させるんだとか。


 何をしようとしているのかを理解したロザリアが、ラッドの腕の中からティナに防御力をあげる支援魔法をかけた。

 負傷したわけでもないのに、何でまだロザリアがラッドの腕の中にいるのかというところを気にしたら負けだと思う。どうせお互いがそうしたいからしているだけだちくしょう。俺もティナと……ばっ、ばかやろぉ!

 

 俺は万が一の時の為に剣を構えたまま、誰にも聞こえない音量でぼそりとつぶやいた。


「『オブジェクションウォール』」


 「精霊剣技」の応用で、ティナが構えている盾に物理攻撃ダメージを軽減する防壁魔法をのせておく。

 ティナ本人にかけると例のごとく後が面倒だからだ。

 悔しいけど、決意を秘めたティナに今俺がしてやれるのはせいぜいこれくらいのものだろう。


 モンスターの大群が着々と迫る。

 実際はそんなに長くなかったはずなのに、やつらと衝突するまでの時間が異様に長く感じられた。


 衝突。


 するとモンスターの大群は、まるでティナを避けるようにして俺たちの横を通り過ぎていくようだ。

 でも、実際は違う。ほとんどダメージを受けていないティナが全く後ずさっていないだけだ。


 例えば岩に草をぶつけてもうんともすんとも言わない、とか言えばわかりやすいだろうか。

 あるいは浅い川の中にあって流されず、微動だにしない巨大な岩、とか。

 モンスターの大群を全てやり過ごすと、ティナはみんなをぐるりと見回してから笑顔で言った。


「みんな、大丈夫だった?」


 そんな勇者なティナの姿を見て、みんな一瞬だけ呆気にとられていた。

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