初めての泥酔

 勝負が終わった後はそのまま宴会になった。

 月明かりとキャンプファイアーの炎に照らされて、誰も彼もがさっきまでの狂騒の余韻に浸っている。

 ティナがたくさんのドワーフたちに話しかけられていたので、俺はラッドとロザリアの三人で盛り上がっていた。


「うふふ、ラッド様。お酒を飲む姿も素敵ですわ」

「何を言ってるんだいロザリア。君の方が何倍も素敵じゃないか」


 いや違うな。二人だけで勝手に盛り上がっていた。

 せっかくということでこいつらも結局のところ余った「エリス」を飲み始めたんだけど、強い酒だからすぐに酔ってこんな調子だ。

 うんざりした俺は二人の会話に割り込んだ。


「おい、お前ら盛り上がるのはいいけど宿に戻って部屋でやれ」


 そこで二人は顔を見合わせると、ロザリアが座った姿勢から四つん這いになってラッドに近寄り顔の前でささやく。


「ですって、ラッド様。それでは私たちはお楽しみと参りましょうか」


 普段のロザリアからは想像もつかない妖艶な表情と声音に、俺まで思わずドキッとしてしまう。

 こりゃ酒に酔ってるラッドなら抗う術はないだろうな。


「う、うむっそそそ、そうしようか。ではジン、また明日」


 めちゃめちゃ動揺しながら俺に挨拶をすると、ラッドはロザリアの肩を抱いて一緒に立ち上がり、そのまま宿のある南側へと消えていった。

 

 それを見送ってからどうしたもんかなと一人寂しく水を飲んでいると、横から少しずつ神秘的な魔力のような何かが俺に近寄ってくるのを感じる。

 そちらを振り向くとティナが「エリス」を抱えたままふらふらとこちらに歩いてくるところだった。


 いや、ていうかふらふらしすぎだろ。大丈夫かこれ?

 勝負の時に飲んだ酒が大分回っているみたいだ。こりゃ早めに宿に戻った方がいいな。

 ティナは何とか俺の近くにたどり着くと、びしっとこちらを指差して言った。


「ジン君、ちょっとそこに座りなさい!」

「い、いや座ってるけど……」


 シャレじゃないけど、ティナの目も据わっている。

 聞こえているのか聞こえていないのか、ティナは俺の目の前に正座した。それからごとっと音を立てて勢いよく酒を置くと、怒ったような声音と表情で口を開く。


「も~ね~、ジン君はね~だめっ!」

「何がだめなんだよ」

「すぐ女の子にでれでれするからだめっ!」

「いやいや誰にだよ。全然してないから」

「口ごたえしないっ!」

「は、はいっ」


 思わず謝ってしまったけど、ティナって酔うとこんな感じなのか。

 これはこれでいいなと思っていると、続けざまにずびしっとこちらを指差しながらのティナの声が飛んでくる。


「宿屋のお姉さんとか、フィオーレさんとか! でれでれしすぎっ!」

「いや、あれは」

「口ごたえ」

「しませんっ!」

「よろしい!」


 いいのか……自分の反応の速さに感謝しながら次の言葉を待った。

 ティナは酒を手に取ってぐいっとまた一口飲んでぷはっと息を吐く。


「おいティナ、それ以上はもうやめとけって」

「うるさい! そうやって他の女の子にも優しくしてるんでしょっ」

「いやしてないっていうかするような場面もないっていうか」

「う~~~」

「何だよどうすりゃいいんだよ」


 遂には犬か何かみたいに唸り声をあげはじめるティナ。

 酔っぱらってるから自分でも何言ってるかわかってなさそうだな。

 次にティナは、俺を睨んだままで叫ぶように宣言する。


「もういい! 寝るっ!」

「お、おう。じゃあ宿に戻るか」


 そう言って俺が立ち上がろうとすると、どういうわけかティナは正座した自分の太ももをぱしぱしと叩き始めた。

 俺は座りなおしてその様子を観察する。


「ん」

「……? えっ、と」

「ん」

「ん、じゃわかんねえよどうした」

「あしっ!」

「あし?」

「も~!」

 

 ティナは四つん這いになってこちらに近寄ってくると、あぐらをかいた俺の足を掴んで自分の方に伸びるよう力を込めながら言った。


「あし! のばして!」

「何だよいきなり」


 ぐぐぐと力の込められるティナの手に抗わず、足を伸ばしてみる。するとティナはそのまま俺の膝を枕にして寝転んでしまった。

 まさか押しのけるわけにもいかず、動揺しながらも口を開く。


「えっ! ちょっティナ!?」

「なにー?」

「なにって……」


 それきり沈黙だけが場を流れる。

 膝を通して伝わるティナの吐息と身体の温かさでどうにも落ち着かない。息をするたびに肩が上下しているものの、寝ているのかどうかまではわからなかった。


 ティナの頭を足に置いたまま流れる時間は恥ずかしいような嬉しいような、あるいはこそばゆいような妙な感じで、トチュウノ町でデートをした時に味わった感覚と似ている気がした。

 俺たちがいる位置まではキャンプファイアーの熱は届いていない。なのに、身体は不思議と熱に浮かされてなんだかふわふわとしている。


 煌めく星が散りばめられた宝石箱のような夜空を鑑賞していると、通りがかったドワーフたちが冷やかしなんかを飛ばしてきたりする。


「いいねお熱いねえ! なんなら後で俺にも膝枕してくれよ兄ちゃん!」

「あんたはそれでいいのかよ。ていうかティナが起きるから静かにしてくれ」


 口に人差し指を当てながらそう言うと、ドワーフはにっしっしと声を押し殺して笑いながら去っていく。


 でもこれどうすりゃいいんだ? まさか朝までこのままってわけにもいかないだろうし。

 ティナが寝てるからには背負うってのも無理だし、その……まさかのお姫様だっこをしないといけないのか!?

 いやでも本当にそうするしか。肩にかついで運ぶってのもなんか連れ去りみたいで問題ありそうだしな。


 まあすぐに起きるかもしれないし、とりあえず風邪をひかないように俺の上着でもかけてやって様子を見るか……。


 で、しばらく経ったけどティナは一向に起きる気配がない。ていうかむしろ俺も眠りかけてた。いかんいかん。

 どうやら観念してお、お姫様だっこばかやろぉ! するしかなさそうだ。


 とはいえ起きているならそれに越したことはないのでまずは声をかけてみる。


「おいティナ、起きろ」

「ん……」


 うおお、呼びかけながら肩を揺らしたら何だかちょっといけない感じの声が。


「帰って宿で寝るぞ。起きないと、そっ、その、お姫様だっこの刑だぞー……」

「Zzz」


 起きねえししょうがねえ。俺も男だ。やるときゃやるぜ!


 ティナの頭の下に左手を入れながら、座ったまま身体全体を右にずらす。そしてそのまま右手をティナのひざのうらに……やめろ考えるな!

 次の瞬間、俺は遂にお姫様だっこを敢行してしまった。


 やっぱりティナ、軽いな。ていうかこれめちゃめちゃ恥ずかしい。何か視界の隅にティナの顔とか身体があって頭がおかしくなりそうだ。とにかくなるべく人目につかないようにさっさと宿まで戻ろう。


 ティナを起こさないように足音を立てず腕を揺らさず、けれどぎりぎりまで速く走っていった。

 たまにドワーフや観光に来ている人の冷やかしや歓声が聞こえる。風景が前から後ろへと勢いよく飛んでいく。


 すでに夜の帳も下りた時間帯。人通りもそんなに多くはないので、宿にはすぐについた。

 酒場にいるドワーフや仕事帰りの冒険者の注目を浴びながら脇を通り過ぎ、宿屋に入って階段を昇る。と、ここまで来て気が付いた。


 ティナの部屋がどこかわからん。


 最初に「私は○○、俺は○○」みたいな感じでお互いに部屋の番号を確認し合うような会話は交わすけど、正確に覚えてはいない。

 もし番号を間違えていて他人の部屋に入ってしまったらめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねえか。今はティナも担いでるわけだし。


 少し迷ったものの、階段をあがったばかりの場所でじっとしているわけにもいかない。すぐに自分の部屋に向かった。

 到着すると、ティナを担いだまま何とか扉を開けて中に入る。

 酒で眠った女の子を自分の部屋に連れ込むとか、何だかすごくやっちゃいけないことをしている気分だ。


 誰もいない静かな部屋の中を歩いてベッドの前に行くと、そこにティナをそっと横たわらせた。

 月明かりに帯びたティナの寝顔はまごうことなき大天使だ。このままじっくり観察したいなと思ったけど、申し訳ないのでやめておく。


 このままじっとしていてもしょうがないのでその辺に床にでも寝るかと、ベッドに背を向けて一歩を踏み出したその時だった。


「ジン君、……いつもありがとう」


 ぼそりとつぶやかれたような声に振り返ってみても、そこにあるのはさっきと変わることのない大天使の寝顔。目が覚めた様子はない。


「こちらこそ。いつもありがとうな、ティナ」


 例え寝言であろうともそう返事をしたくなって、気付けば口からこぼれていた。

 それから適当によさげな場所を探して寝転んで目を瞑る。

 床は固いけれど冷たくはなく、不思議と寝心地はそこまで悪くなかった。

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