飲み比べ一本勝負!
それから数分後。言われた通りに中央広場で時間を潰して待っていると、少しずつドワーフがやってき始めた。
ほとんどが男で、がっしりした身体つきに油汚れの目立つ服と、いかにも職人といった感じの風貌をしているやつらだ。
何か始まるのだろうかとそいつらを眺めていたら、まず例の広場の中央にあるキャンプファイアーに火をつけた。で、それを囲むように座って酒やつまみを広げると談笑を始める。
なんでまた急に宴会を、と思って全員でその輪に近寄っていくと、ドワーフの一人がこっちに気付いて振り向きがはは、と笑いながら喋った。
「おーボスと飲み比べしようってのは嬢ちゃんかあ! 楽しみにしてるぜえ!」
「っておめーもう飲み始めてんじゃねえか!」
「うるせえ! お前も飲みやがれい!」
「俺は飲んでるぜ!」
「俺もだあーがはは!」
見れば輪にいるやつのほとんどがすでに酒を飲んで盛り上がっている。
今の話から考えるに、ドルドとの酒飲み比べ勝負はここで行われることになっていて、このドワーフたちは観客として集められたのだろう。
ドワーフたちを眺めながらラッドが口を開く。
「酒や宴会を好むって話は本当みたいだねえ。この中央広場は宴会のためにあるんだろう。まあ勇者と里の長の飲み比べとなれば一大イベントだろうから、それをさかなにでもしようというところか」
「ドルド様が宣伝したのでしょうね」
ロザリアが横から補足する。
一度輪が形成されると、通りがかっただけのドワーフもそれを見るなりやってるやってると言わんばかりに近寄って来て、人数はすぐに増えていった。
横でドワーフたちを眺めていたティナが消え入りそうな声でつぶやく。
「うう、大丈夫かなぁ……」
「ま、負けても何とかなるから気楽にやれよ」
「うん。ありがとう」
ちょっと無理した感じに微笑んで、ティナはそう言ってくれた。
あんなに勢いよく啖呵は切ったもののどうしても不安な気持ちはあるらしい。
せめて酒を飲んだ経験でもあればな……。と思ったので尋ねてみる。
「ティナは酒を飲んだことはないのか? ほら、ハジメ村に住んでた頃とか」
「ううん。お父さんはよく飲んでたけど、お母さんがお酒は成人してからねーってよく言ってて」
「なるほどな」
特にお酒に関する決まりや罰則はないけど、成人になる十六歳まではあまり酒を飲ませない方がいいという思想みたいなものはある。
単純に酒を飲むと気分が高揚するのはともかくそれで暴れるやつもいて、一概に酒がいいものとは思われていないからだ。
例えば酒を飲んで気分がよくなり、モンスターの群れに突っ込んできて痛い目をみる、とかな。
ふと隣にいて目についたのでラッドにも聞いてみよう。
「ラッドは酒……飲むよな、そういえば」
「うむ。お酒は貴族のたしなみ的なところがあるからねえ、小さい頃から多少ではあるが飲んでいるよ」
「まあ、いけませんわラッド様。貴族のたしなみというよりは格好をつけたいだけではありませんか」
相変わらずの困ったような表情でラッドに辛辣な言葉を入れるロザリア。なんだか久々に見た気がするな、これ。
俺も聞いてから思い出したけど、ラッドは特に肉なんかを食べるときには一緒にワインを飲んでいたりする。
しきりにグラスを振ってワインの匂いをかぎながら「いい香りだねえ」と言いつつちびちびと飲むだけなので、強くはないんだと思う。
そんな風に雑談をしていると、やがて広場の北側からドワーフにしては少し大きめなシルエットがどかどかと広場に入ってきた。
ドルドは何本かの酒を携えている。
そのままキャンプファイアーに群がるドワーフたちの内側に入っていくと、そこから俺たちの姿を探し出して声を張り上げた。
「待たせたなぁ嬢ちゃん! こっちに来てくれや!」
ティナは俺たちと目を合わせてうなずくと、呼びかけに応じた。
キャンプファイアーの北側、火から少しだけ離れたところで二人が対峙する。
陽の傾き始めた時間帯。燃え盛る炎に照らされたティナは、決意を秘めた瞳に胸をはった堂々とした立ち姿が美しく、いっそ幻想的ですらある。
対するドルドは、いかにも仕事あがりのおっさんという風な力のない目線をティナに向けていて、愚痴を吐き出して空っぽになった胃の中にひたすら酒を流し込んでしまいたいといった雰囲気を漂わせている。お仕事お疲れ様です。
その二人を、キャンプファイアーをやや北側寄りの大きい楕円のような形でドワーフたちが囲んでいる。その中に俺たちも座っていた。
場が整ったのを見てからドルドが大きな声で説明を始める。
「待たせたなお前ら! これからここにいる嬢ちゃんとの飲み比べを始めるぜ!」
うおおお、と歓声があがる。言ってしまえば二人でただ酒を飲むだけなのに、ここまで盛り上がれるのもすごいと思う。
「ルールは簡単だ! 先にぶっ倒れるかギブアップした方が負け! ただし、倒れるのを避けてちびちび飲むような真似はしねえようにな! といっても個人差があるから、その辺は審判のおめえらに任せるぜえ!」
人差し指でぐるりと一周するように観衆を示すと、またもうおおお、とか任せろやあ、といった歓声があがる。
「俺が負けたら伝説の防具一式を造ってやる! その代わり嬢ちゃんが負けたら……負けたらどうすんだおい! 考えてなかったぜ! がっはっは!」
うおおお、とまたも歓声がっていうかこいつらもう騒げればなんでもいいだろ。
もしティナを景品に、なんて言われたらこの里を滅ぼす必要が出てくるので、俺は立ちあがって酒を取り出しドルドに向かって掲げると声をかけた。
「じゃあこれはどうだ? ミツメ名産の酒、『エリス』だ。これをあんたにやる」
全員の注目が俺の方に集まる。
俺に続いて立ち上がり、ラッドが自分の持っていた分を出したのを確認してから話を続けた。
「元々は防具を造ってもらう代価としてあんたにやる予定だった酒だ。この勝負にティナが勝ったら造ってくれるってんならただの荷物になるからな」
観衆がざわめく。「エリス」の美味さを知るやつは「一口飲みてえ」「あれを持ってくるたぁ中々粋なことするじゃねえか」とか、知らないやつは「どんな酒だありゃあ?」「美味いのか?」とか口にしている。
ドルドは「エリス」をちらと見るなり一つうなずいてから口を開いた。
「いいだろう。そりゃあ滅多に手に入らないうめえ酒だ。勝負の景品としちゃあ申し分ねえ」
「よし、契約成立だな」
交渉がうまくいったことに安心し、ラッドと顔を見合わせてお互いに安堵の息を吐いてから座る。こいつ今何もしてなかったけどな。
すると顎に手を当てて何やら考えてからドルドが言った。
「たくさんあるみてえだしよ、勝負にその『エリス』を使うってのはどうだ? せっかくなら貴重でしかもうめえ酒でやった方が盛り上がるってもんだ。おめえらもそう思うだろ?」
ドルドが観衆の方を見やりながらそう言うと、思い出したようにうおおお、と歓声があがった。
勝手に決めるなよと言おうとして立ち上がると、即座に俺の肩に手がかかった。振り向くとラッドが声を潜めて話しかけてくる。
「ここはドルドの提案に乗っかろう。もしかしたら本当にティナが勝つかもしれないよ」
「どういうことだよ?」
「今は説明している場合じゃないだろう」
それもそうだ。前を向いてドルドに声をかける。
「わかった。じゃあこれを使ってくれ。飲み干したらおかわりも提供する」
そう言って観衆の中から歩み出てドルドとティナに一本ずつ渡す。
「エリス」を手渡す時もティナは凛とした表情のまま、俺に向かって一つうなずいてくれた。手はちょっと震えていたような気もするけど。
俺が元いた場所に戻って座り込んだのを見てから、ドルドが声をはりあげる。
「よーしそれじゃあ準備は整った! 審判はおめえらだ! 嬢ちゃんも準備はいいかぁ!」
「はい。いつでも始めてください」
「よーい、ゴオオオォォォォ!!!!」
ドルドの適当なかけ声で勝負が始まった。
酒を飲む二人の姿はかなり対照的で、ティナは最初の一口で顔をしかめると、それから後はちびちびと一生懸命に飲んでいる。瓶をくいくいと傾けて、きついけどなるべく早く飲もうという感じだ。
でもやはり無理があるらしく、幾度も小休止を挟みながらのゆっくりなペースになってしまっている。
ドルドはいかにも仕事あがりのおっさんという感じで、ためらうことなく一気に瓶を傾けてすごい勢いで酒を身体の中に注ぎ込んでいる。
観衆からはボスコールが沸き起こった。それに負けじと、俺たちだけでも精一杯にティナコールを送る。
でも一口に飲む量が違いすぎる。やはりこれはドルドの圧勝かと、悔しさで拳を強く握りしめたその瞬間だった。
何度目かに瓶を傾けたドルドが急に倒れてしまったのだ。
突然の出来事に唖然とするも、酒のみが大半を占める観衆はドルドの身に何が起こったのかをすぐに理解したらしい。
すぐに「回復魔法を使えるやつはいねえか」という声があがる。
ティナも俺と同じように酒瓶を抱えたままで固まり、小さく口を開いたまま倒れたドルドを見つめていた。
その声に呼応してドルドの元へと向かうロザリアを見送りながら、喧騒の中で俺はラッドに尋ねる。
「何が起こったんだ?」
「度のきついお酒を一気に、大量に飲むとたまにああなるんだよ」
「お前、こうなるってわかってたんだな」
「いや、可能性があると思ってただけだよ。『エリス』はここいらじゃ手に入らない上にかなりきつい酒だからね」
「ティナがああなったらどうするつもりだったんだ?」
「まさか初めて飲む酒で一気飲みなんてしないだろう。まあ万が一そうしたとしても、ティナが勝つ可能性はこれしかなかったし、ロザリアもいるしね」
ティナに危険が及ぶ可能性があったところが今いち腑に落ちないけど、ラッドの言うことは大体納得できる。
ドルドが倒れでもしなかったらまあ、確実に負けてたしな。
俺たちが話してる間にロザリアが治療を終えたらしくドルドが立ち上がった。
観衆を手で制して静かにさせるとティナの前に歩み寄り、バツが悪そうに頬をかきながら口を開く。
「あー……みっともねえとこ見せちまったな。倒れちまったうえに嬢ちゃんのパーティーメンバーに治療されたんじゃ世話ねえ。俺の負けだ」
そしてティナの手を取り、高く掲げさせて宣言した。
「この勝負勇者の勝ちだ! お望み通り俺が伝説の防具を造ってやらあ!」
うおおお、と歓声があがる。
戸惑いながらきょろきょろと観衆を見渡すティナ。まあドルドも命に別状はないみたいだし一件落着ってところかな。
俺は後ろ手をついて天を見上げながら、安堵の息を漏らした。
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