僕はもう一度、君に恋をした
あまりの天使ぶりに何も言えず固まっていると、ティナが恥ずかしそうにもじもじとしながら口を開く。
「ど、どうかな……?」
正直結婚したいと思ったんだけど、それじゃいつもと変わらない。
実際に口に出して言ったことは一度もないけどな。
爆発寸前の心臓を気合で押さえながら何とか言葉を探し出す。
そっ、そうだ。ラッドの名言集から借りよう。何て言ってたかな。
「その、なんていうか、オーシャンブルーのような綺麗に澄み渡る服が、今にも俺を吸い込んでしまいそうだな」
「えっと、どういうこと?」
ティナは何を言われたのかわからないといった様子で首を傾げている。
俺もよくわからないので慌てて言い直した。
「いやその、すげーいいと思う。ほんとに」
「あっ、ありがとう……」
二人共俯きがちになって、ティナは頬を朱に染めている。
俺も似たような表情になっているのかもしれない。
このままだと色んな意味で死ぬと思った俺は歩き出しながら言った。
「それじゃ行こうぜ」
トチュウノ町は、雰囲気的にはツギノ町より少し寂れた町という感じだ。
そこまで活気に溢れてはいないし、最も人の多い時間帯でも道を歩くのに苦労するということがない。
それに区画や道も必要最低限しか整理されていないから、本当に切り開かれた土地の上に建物が散財している風になっている。
何だか思いの外話題に詰まってしまい、そんな感じで思わず街の風景を観察してしまう。
とはいえラッドの言うことをうのみにするわけじゃないけど、今日の目標は手を繋ぐこと。うっ、考えるだけで恥ずかしくなってきた。
雰囲気作りだ、雰囲気作り。手のつなぎやすい雰囲気に持っていこう。
何でもいいから話題をと思い、歩きながら気になっていたことを尋ねてみた。
「それさ、ツギノ町で買ったたびびとのふくだよな」
「うん。覚えてくれてたんだ」
「二人で買い物らしい買い物したのって、あれが初めてだったしな」
「そうだね、何だか随分昔のことみたい」
そう言って、ティナはどこか遠くを見ながら微笑んでくれた。
実のところティナと出会ってそんなに長い月日が経っているわけじゃないのに、思い出は他の誰よりもたくさん積み重ねてきたような気がする。
二人でこなしたクエストの数々を思い出していると少ししんみりしてしまったので、首を横に振って意識を無理やり引き戻した。
今日最初に選んだ店、というか場所は町の集会所だ。定期的にこの辺り一帯を巡回している劇団がちょうどこの町に来ているらしい。
そう紹介された時、ティナがすぐに観たいと言って反応したから観ておくことにしたってわけだ。
まだ時間に余裕はあるものの、午前の部が始まる時間が近づいてきている。
集会所に向かって歩いているとティナが話しかけて来た。
「ジン君も演劇を観たことがなかったのは意外かも」
「故郷でもやってたけど、何となく観てなかったんだよな」
本当は興味がなかっただけだけど、ラッドからあまり否定的な言葉を会話には出すなと釘を刺されている。
ちなみに天界にも演劇はあるからそこは本当だ。
「そっか。じゃあ今日は楽しみだね」
「ティナも初めてなんだよな、演劇」
「うん、ハジメ村やツギノ町にはなかったから」
「ミツメには劇場があったけど、なんだかんだで行ってる暇なかったもんな」
「うん……なんだか、ここに来るまであっという間だったね」
その言葉を聞いた時、なぜか胸の奥が締め付けられたような感じがした。
時間の経過を感じさせる言葉がティナとの旅の終わりを想起させる鍵となって、その先端で俺の心臓を突いたのかもしれない。
「本当にな。でも、まだまだこれからだろ。一杯面白いこと、やっていこうぜ」
それはまるで俺自身に言い聞かせるような言葉だったけど、ティナは花が咲くような笑顔で返してくれた。
「うん。私たちの旅はまだまだこれからだもんね!」
なぜだろう、その言葉はさっきとはまた違った意味で寂しくなる気がした。
少し盛り上がって緊張もとけてきたところで集会所に到着。
集会所は町民の集会や会議に使われるらしく、そこそこの広さがある。
元々あったステージのような場所を舞台にして、それ以外を観客席として活用しているらしい。
入り口でお金を払って入ると、座って観れる席がある二階へと移動する。
席に着いたところでティナが口を開いた。
「ミツメにある劇場はすごく大きくて豪華だって。きっとここよりももっと広いんだろうなあ」
「じゃあミツメに帰ったらまた観に行くか」
「うん。エリスちゃんも連れていってあげようね」
「あいつはしょっちゅう行ってそうだけどな。金持ちだし」
「もうジン君ったら。みんなで行くのがいいんでしょ」
「そういうもんか」
まあティナがそういうならそうなんだろう。ていうかさりげなく次のデートの約束をしちまったぜ。
周囲を見渡すと一階も二階も客席はそこそこに埋まっている。
この町の住民だけじゃなく、他所からわざわざ観に来たやつもいそうだ。
誰もが周りのやつと話したり、まだ役者の立っていないステージを見つめたりしてそわそわと演劇の開始を待っている。
ちらっと横を見ると、じっとステージを見つめるティナの姿があった。
何だかいつもと雰囲気が違うせいで、ティナを見るたびに心臓に爆裂剣をくらったような感じになってしまう。
心の精霊剣技を使いこなすティナ……いいな。
今日のデートが終わるまでに俺のHPが持つかどうか不安になっていると演劇が始まった。
よくわからんけどタイトルは「ロミオと衛兵」というらしい。
迷子になったロミオという少年を家に送り届ける為、その辺の平凡な衛兵が様々な困難を乗り越えて彼の故郷を目指していく。
しかし、実はロミオの家は彼と最初に出会った、衛兵がいつもいる詰め所の隣にあったという事実が判明し……!?
というかなり心温まる物語らしいと、ラッドから聞いてある。
最初に一人の少年が舞台に出てくると観客が静まり返った。次にその反対側から普通のおっさんが出てくる。
おっさんは衛兵という設定なのにぼろぼろの服を着ていて、衛兵というよりは浮浪者とでもいった方が正しいような風貌をしていた。
少しの間があった後、おっさんが両腕を広げながら声をはりあげた。
「おおロミオ! あなたはなぜロミオなのか!」
「お父さんにそう名前をつけてもらったから」
そりゃそうだ。納得だな。
「たしかに!」
兵士も納得したらしい。かなり現実的な演目みたいだな。
ちらっとティナの横顔を見た。
めっちゃ食い入るように演劇を観ている……。
どんな時でも一生懸命なティナ……いいな。
それから演目は基本ほのぼのながらも、時折山あり谷ありといった感じで最後まで観客たちを飽きさせることがない。
そしていよいよクライマックス。
ロミオの故郷が一つ山を越えた先にある国だと判明し、山道を塞ぐドラゴンを死闘の末に撃破したロミオとおっさんが、疲れ果てて一度最初にロミオと出会った詰め所にもどって来ると、その隣に住むロミオのお母さんが普通に迎えに来るというシーンだ。
「今すぐ、今すぐあなたの元に行くわ! ロミオ!」
そう叫びながら、ロミオを探しに行こうと隣の家を模した箱から出てくる母親役の人。一方で詰め所を模した箱の中ではロミオとおっさんが仲良くおやつを食べている。
そして詰め所の前を通り過ぎる母親を見付けてロミオが詰め所から出て叫んだ。
「お母さん!」
「ロミオ!」
そして抱き合う親子。おっさんはいつの間にか消えている。
そこで劇は終わりのようで、役者がぞろぞろと舞台上に出て来て挨拶的なやつが始まった。
ぽつぽつと帰る客が出始めた中、ティナに話しかけようとそちらを振り向くと、俺は頭に雷刃剣をくらったような感覚に襲われた。
ティナがステージの方を見ながらぼろぼろと涙を流していたからだ。
「うっ……ぇぐっ……ロミオ君……ひっく……よかったね」
この気持ちをどう表現したらいいのだろうか。いや、もう言葉で表そうとしていること自体が間違っているのかもしれない。
こんなお世辞にも面白いとは言えないと思える演劇を、ティナは一生懸命鑑賞して、全力で感動したのだ。
気付けば鼓動はこれまでの人生で感じたこともないほどに速くなり、心臓が俺の身体を内側から破ろうとしている。
気持ちを持て余した俺がどうしたものかわからず固まっていると、ティナがこちらに気付いた。
そして拭いきれない涙を流したままで微笑む。
「あはは……ごめんね、なんか。すごい感動しちゃった」
「あ。いや、別に。なんつーか、すげえいい話だったと、思う」
謝らないで欲しいので急いで何かを言おうとするも、うまく言葉が出てこない。
相変わらずくすぶり続ける気持ちをどうにかすることもできず、俺はただティナが泣き止むのを待つことしか出きなかった。
やがて落ち着くと、ティナがこちらを振り返って口を開く。
「ごめんね、じゃ行こっか」
その時どうしたことか、抑えきれなかった気持ちの片鱗が俺の腕をティナの頭へと動かしてしまう。
「また、観に行こうな」
「あっ……うん……」
頭を撫でられて頬をほんのりと赤く染めるティナ。その頭を撫でている手が自分のものであることに、俺は驚きを隠せない。
何だか危なくなってきたので踵を返し、ティナに先行して足早に集会所を後にした。
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