アクセサリー屋でお買い物

 そこまで密度の高くない人波に紛れて外に出ると、陽射しが少しだけ強くなっていた。

 昼飯を食べる店にもすでに辺りをつけてあるので、すぐに移動を始める。歩きながらさっきの演劇についてティナと感想を言い合った。


「でも最後、ロミオ君とお母さんが再開出来て本当によかったね」

「ああ。山であいつらがドラゴンと遭遇した時はどうなるかと思ったけど、おっさんの必殺技がさく裂しておお、ってなったよな」

「ファイナルおっさんフラッシュ、だったっけ。すごかったよね」

「ちょっと真似したくなったな」

「あはは、ジン君ならできるよ」


 そういえば俺はティナの前であまり本格的な戦闘をしたことがないんだけど、強さ的な面ではどう思われているんだろうか。

 ちょこちょこ「偽装」した冒険者カードを見せてはいるから、ある程度のイメージはしてくれてると思うけど。


 会話をしている内に、ティナから心の雷刃剣をくらってふわふわしていた気持ちも少しずつ落ち着いてきた。

 それに、ほどよく盛り上がっていい感じというやつになってきたんじゃないだろうか。わかんないけど。


 つまり今なら手、手を……繋いでもいいんじゃないか!?


「もっと色んな演劇観てみたいな~」

「それこそミツメに帰ったらいくらでも観れるだろ」


 会話を続けながらもちらりとティナの手に視線をやる。

 あの手に自分の手を、重ね……? できるわけねえだろばかやろぉ!

 やっぱり俺には無理だ、すまんラッド。


 心の中とはいえラッドに謝ってしまった自分を不思議に思っていると、目的の店に到着した。

 扉を開けて中に入ると落ち着いた風な店員の挨拶が俺たちを迎えてくれる。


 飯を食うところというよりはおしゃれな雰囲気の喫茶店といった感じの店だ。

 店内にがっつり肉を食ってるようなやつはいないし、肉を食いそうな感じのやつも見当たらない。


 もちろんここもラッドとロザリアおすすめの店だ。俺は肉が食いたいから一人じゃ絶対に来ない。

 テーブルに向かい合って座り、料理を注文する。

 

 料理を待つ間に、次の予定を確認した。


「次はアクセサリーを売ってるお店に行くんだったっけ」

「そういえばティナってアクセサリーはつけてないよな」

「うん。レベル制限を越えたからそろそろ欲しいな~とは思ってたんだけど、結局見る暇がなかったんだよね」


 アクセサリーというのは武器と防具に続く第三枠の装備品のことで、ハジメ村やツギノ町では売っていない。レベル制限があるからだ。

 

 装備にはそのレベル以上にならないと装備することが出来ない、というレベル制限がある。

 そのおかげでアクセサリーはしょぼいものでもツギノ町の住民じゃほとんどのやつが装備出来ない。

 装備出来ないのに買うやつなんていないから、商売にならないというわけだ。


 そんな話をしていると料理が到着。

 綺麗に盛り付けられていて味もいい。量が少ないのが玉にきずではあったけど、ティナと一緒にする食事ならそれも関係がなかった。


 ティナは最初料理を目で見て楽しんでいたけど、さすがに少し経つと名残惜しそうに食べ始めた。

 店を大分気に入った様子だったので、エルフの里からの帰りにまた寄ってあげたいと思う。


 食事を終えて外に出ると陽射しは更に強くなっていた。

 といっても暑いということもなく、むしろ肌を撫でる涼しい風と合わせて過ごしやすい気温になっている。


 アクセサリー屋に向かいながら、ティナに話しかける。


「ティナは、どんなアクセサリーが欲しいんだ?」

「えっ。う~ん、実際に見て選びたいからそこまで考えてないかなぁ」


 ティナは顎に指を当てながらそんな風に言った。


「ネックレスはもうあるし、買うとしたらリングやイヤリングってとこか」

「見た目を気にするならそうだよね。ステータス補正や効果とかにもよるけど、アクセはやっぱりおしゃれってイメージあるし」


 ティナの言う通り、アクセサリーは見た目重視で選ぶやつがほとんどだ。

 その辺の店だと大体は力や体力を少し増加させる程度のものしか置いてなくて、特殊効果のついているものは売っていたとしてもかなり高い。

 だからよほど優秀な特殊効果の付いているものでもない限り、おしゃれの一環として身に着けるのだ。


 ちなみに特殊効果ってのはピンからキリまであるけど、例えばHPを一定時間ごとに回復したり、物理ダメージを軽減したりといった感じのもので、ダンジョンの宝箱とかから手に入れたものじゃないと大抵はついていない。


 また、ネックレスというのはエリスから受け取ったドラグーンマラカイトを加工したやつのこと。

 気に入っているのか、ティナは今も大事そうに身に着けている。


 アクセサリー屋に到着した。

 店内は外側に高級そうな品の入ったガラスケースが並び、内側は平台に適当に置かれた安ものばかりが並ぶ。

 ティナはまず平台から自分が好きなデザインのものを探し始めた。


「う~ん、まずはリングかな。これかこれ……あっ、こっちもいいな」


 次々に両方の手にとっては、真剣な表情で見比べて悩んでいる。

 本当にティナはいつも一生懸命だなと思いながらそれを眺めていた。

 ちなみに俺はアクセサリーには全く興味がないので、ずっとティナの横にいる。


 だけどさすがに気持ち悪い図なので、ティナに似合うアクセサリーはないかと適当にうろうろしてみた。

 するとガラスケースの中に「力と体力+2%」と書いてあるリングを発見。


 あまりアクセサリーには詳しくないけど、これは普通に考えればかなりいい特殊効果のはずだ。

 デザインもいいかどうかはわからないけど、シンプルな銀色のリングだから悪くはないと思える。


 多少値は張るものの、俺はこちらに来てから必要最低限しか金を使っていないからこれくらいなら買ってやっても不自然じゃなさそうだ。

 未だ平台に積まれたアクセサリーとにらめっこをしているティナを手招きしながら声をかけた。


「なあなあティナ、これなんかどうだ?」


 するとティナはこっちに歩いて来て横に並ぶとガラスケースを覗き込んだ。


「う~ん。たしかによさそうだし、シンプルでどんな防具にも合わせやすそうだけど……ちょっと高いかも」

「値段は気にすんなって。買ってやるから」

「ええっ! い、いいよ。ジン君だって自分の装備を買わないといけないのに」


 ぶんぶんと手を振って遠慮の意思表明をするティナ。


「俺はそこそこ金貯まってるから結構余裕があるんだよ。それに、これくらいいいものをつけといた方がいいんじゃないのか? 勇者ティナ」

「もう、からかわないでよ……」


 そう言ってティナは照れながらもはにかみ、少しの間考え込む。

 やがて顔をあげるとおずおずと上目づかいでこちらを見ながら口を開いた。


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな」

「おう」


 そこで俺は手をあげ、少しだけ声を張って店主を呼んだ。

 ガラスケースの中にある商品を買いたいと伝えると、店主直々にガラスケースを手刀でかち割ってくれた。

 割ったガラスケースはどうするのだろうとか考えながら、リングをレジまで持って行って会計を済ませる。


 後はティナに指輪を渡すだけなんだけど、カウンターで店主に「彼女さんに指輪のプレゼントですかい? だんなもやりやすねえうひひ」とか言われたせいで渡すの無駄に緊張してきた。


 よく考えてみたら指輪を渡すとかプ、プロポーズ? じゃね? まだ手すら繋いでないのに。

 結婚するならせめてちゅ、チューを……あああ! 言わせんな恥ずかしいだろばかやろぉ!


 それに俺を待ってくれてるティナも、何だか期待の眼差しを向けてくれているような気が……いや、さすがにそれはないか。どんだけ自惚れてんだよ俺。


 邪な考えを振り払うように、首を横に振ってからティナの前に立つ。

 

 買った装備を渡すときみたいに極力自然な感じを装ってリングを差し出した。ティナはそれを両手で器を作って受け取ってくれる。

 そのままどこか感動したような、大切なものを見るような目でリングを見つめてから、顔をあげた。


「あ、ありがと……えっと、大切にするね」

「おっ、おう」


 店の出入り口付近でお互いに立ち尽くしたまま、何だかむずがゆくて少し恥ずかしい感じの時間が流れていく。

 このままだとうっかり結婚してしまいそうなので、俺は歩き出しながらティナの方を見て言った。


「じゃ、そろそろ帰るか」

「うん……」


 頬を朱に染めたままの、どこか木漏れ日のように穏やかなティナの微笑みにまた一つ鼓動が跳ねる。

 もし今新婚旅行をするとしたらどこに行けばいいのだろうかとか考えながら、ティナと一緒に店を出た。

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