乙女ゲーム失格

kio

ダメな王子様

第1話ポメラニアンは笑って見える。

その羽のついた白ポメラニアンのような生物は言いました。


「君はこの世界を救う存在モル。ヒロインモル」


語りかけられた少女は黙っています。まずは白ポメがアニメ声で言葉を喋り、珍妙な語尾までつけ、鳩のような白い羽をパタパタさせている事に理解が追いつきません。

しかしそれ以上に、この教室のような場面も少女には理解できないものでした。

規則正しく並んだ机と椅子。何も書かれていない黒板。それらを照らす夕日。

間違いなくここは学校の教室です。その窓際の一番後ろの席、いわゆる主人公席に、少女は座っていました。


ただ、少女には違和感があります。

自分はこの席に居ただろうか。こんな教室だっただろうか。そもそもここの生徒だっただろうか。

ここが学校の教室である事は理解できるのですが、自分と関わりあるようには思えないのです。少女は記憶が混濁していたのでした。


「記憶がないモル?ふうむ、転移の際に色々とショックがあったのかもしれないモル。名前は思い出せるモル?」


いつでも笑顔でいるように見える白ポメは表情を曇らせます。しかし少女はその差異に気付く事はないし、それどころではありません。

一体自分の身に何があったのか、それすらわからないのですから。


「モルはモルって呼んでほしいモル」


自信満々にモルモル言う白ポメは肉球を見せるようにして手を上げました。わかりにくいてすが白ポメはモルというそうです。

相手が名乗ったのならこちらも名乗らねばなりません。しかし記憶の定まらない自分に名乗る事ができるのか。少女はそんな心配をしましたが、杞憂でした。

少女の頭の中に、その名前が浮かんだのです。


「広井凛音。それが私の名前」


意識がはっきりしてから初めて言葉発した少女は自分の声に驚きました。こんな声だったのか、と。これも記憶が定まらないせいでしょうか。


「じゃあ凛音。凛音にはこの世界を救ってほしいモル」

「ちょっと待って、世界を救うってどういうこと?」


それは先程からモルが言っている事です。しかし世界を救うような大きな事を、記憶があやふやな少女に頼むとは思えません。


「これはありきたりな異世界ものモル。リンネは世界を救うために呼ばれたモル」

「はぁ。ほんとありきたりっすね」

「救うのはこの世界、乙女ゲー厶の世界モル!」

「どこがありきたりだ!」


ふと、先程自分の名前が思い浮かんだように、凛音はつっこんでしまいました。反射的なつっこみです。

本来ならそこまで状況を理解していないし、乙女ゲー?知らないですね、と言いかねないほどの知識量のはずです。普通、いろんな世界はあれど、乙女ゲームと公言することはないものです。とにかくこの世界、異世界は異世界であっても、とても偏った異世界のようです。

モルは黒い鼻をふふんと鳴らしました。


「そうモル。ありきたりじゃないモル。ここは夢の宮学園。君はそこに入学した一年生、という設定モル」

「つまり、本当の私はここの生徒じゃない?」

「あくまで設定モル。実際の君は女子高生かもしれないし、冴えないおっさんかもしれないモル。呼び出したせいで記憶があやふやになってるモルけど、都合いいモル!」

「人の不幸を喜ぶな」


この毛玉、なかなかの鬼畜です。記憶のない凛音を利用しているとも言えます。帰りたいとも言わない彼女は救世主を求めるモルにとって都合の良いことでしょう。もしかしたら、自分の記憶はモルが奪ったのでは、とまで凛音は疑います。


「今の凛音は乙女ゲームの主人公モル。だから自我があやふやなのかもしれないモルね」


そういえば、と凛音は気付きます。自分の髪型がボブのような気がするし、セミロングのような気もするしポニテでもある気がします。顔の作りは決して美人ではないけれど地味に可愛い、という設定でありながらなかなかに可愛い気がします。そして決して色香を出さない制服姿。

特別凛音が幼い体型ではないのですが、細身で肉感は控えめです。


「恋愛ゲームの主人公は感情移入しやすいように作られてるモル。とくに乙女ゲームは色気控えめの地味に可愛い女の子が多いモルね」

「ふうん、少女漫画のヒロインみたいだね」

「その姿で男の子を落として欲しいモル!」

「うん。そうする事で世界平和に繋がり私は元の世界に戻れるわけだ」


話が早い凛音はそう理解しました。これまで色んな異世界ものの小説を読んできたおかげです。

この世界から帰還するには乙女ゲームの主人公として男子生徒と恋愛し、エンディングを迎えること。しかしそれがなぜこの世界を救う事になるのでしょうか。もっとファンタジックな世界観ならば愛が世界を救ってもおかしくはないのですが、この世界はどう見ても現代日本です。


「ただし男子は一筋縄ではいかない男子ばかりモル。だってここは、乙女ゲーム界の最果てだからモル」


顔は笑顔ですが声だけは悲壮感たっぷりに、モルは言いました。そして更に続けます。


「ここは乙女ゲームで『なんか萌えないよね』と言われ続けた攻略対象の集められた地モル。更生施設として用意された、乙女ゲームの最下層モル」


最果て、更生施設、最下層。それらは乙女ゲームにはなかなかない単語でした。



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