第4話 ギヌロスの悲劇
とある世界、とある大陸────グレート・マギオン。いや、これは女神ファルーカが生まれる前の物語。この大陸が名を持つ以前のお話だ。
この地には一人の少女が住んでいた。人間離れした美貌を持ち、自然を愛する心優しい少女、その名をドラグネリと言った。
ドラグネリには親友がいた。ギヌロスという青年だ。ギヌロスはドラグネリを心から愛していた。誰よりも優しく、誰よりも気高いドラグネリを慕っていた。そしてまた、ドラグネリも強くて優しいギヌロスを愛していた。
ドラグネリは生まれつき特別な力を持っていた。炎を氷に変え、風を刃にし、土を従えた。ドラグネリはその力が人々を恐れさせるものだと知っていたので、いつも森に閉じこもり、誰にも姿を見せることはなかった。
だがある日、森に入ってきた猟師に姿を見られてしまった。猟師はドラグネリのあまりの美しさに恐れおののき、あれは男を惑わす魔女に違いないと称し、町の人々に知らせた。皆ドラグネリの存在を恐れるようになった。そしていつしか、ドラグネリは災厄の魔女とされ、町で討伐隊が結成された。
ギヌロスはその事を知り、ドラグネリを守ることを決意する。心配はさせないよう、彼女には一切何も伝えず、一人短剣を握りしめた。
森に入ってくる人間を、ギヌロスは問答無用で殺した。ギヌロスの短剣は赤黒く染まり、白い月明かりの下で宝石のように輝いた。森の番人ギヌロスは、町の人間が森に一歩でも立ち入ることを許さなかった。
ギヌロスの強さに手をこまねいた人々は、旅の途中だった英雄ガルディウスに頼み込んだ。ガルディウスは町の人々を憐れに思い、ドラグネリ討伐を承った。ギヌロスはガルディウスと対峙し、天下一と謳われるその強さになす術なく、息も絶え絶えドラグネリの元へと逃げ戻った。
今にも死にそうな姿で現れたギヌロスに、ドラグネリは悲鳴をあげた。そしてギヌロスの僅かな説明で、事の状況を全て把握した。ギヌロスは早く逃げろと言った。自分が時間を稼ぐので、その間に少しでも遠くへ逃げるのだと叫んだ。だがドラグネリは首を横に振るばかりか、その場に座り込んでしまった。
ドラグネリはギヌロスの姿を変えた。それはギヌロスの短剣だった。短剣へと姿を変えさせられたギヌロスは、もう声を発することも身動きをとることもできなくなった。
そこへガルディウスがやって来た。ガルディウスはギヌロスの姿が無いことを不審に思い、辺りを見渡した。しかしそこには、人間離れした美貌を持つ少女と短剣が落ちているだけだった。
ドラグネリは自ら名を名乗った。ガルディウスは紳士の立ち振る舞いで挨拶すると、手に持った大剣でドラグネリの首をはねた。
ガルディウスはドラグネリの首を持ち帰り、町の人々に知らせた。町の人々は大喜びし、三日三晩ガルディウスを讃えた。森の奥深く、短剣へと姿を変えられた青年を残して。
ギヌロスは涙を流した。もちろん短剣となった今、本当に涙を流すことは出来ない。だが彼は心から大量の涙を流した。目の前で最愛の少女が殺されたこと。彼女を守ることが出来なかったこと。そして彼は、もうひとつ真実に気がついてしまったのだった。
ギヌロスはドラグネリの短剣であった。青年としての姿は、独りぼっちのドラグネリが命を与えた、短剣の姿だったのだ。ギヌロスの本当の姿は、短剣の方であった。
ドラグネリの手を汚させないつもりでいたのに、ギヌロスはドラグネリに与えられた力で人々を殺していた。それは、ドラグネリが人々を殺したも同然であった。
ギヌロスは泣いた。怒りと哀しみが混ざりあった、血の涙を流した。まるであの夜、月光の下で輝いた紅い短剣のように、ギヌロスの体からは血が滲んだ。夜な夜な彼が泣くたびに、誰も触れていない短剣から血が流れでるのだった────。
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