第28話

「こっちだ!」

エドは崖の横穴を指差した。


穴の中は狭く入り口からの光しか無かった。

足元はしっとりと濡れていて肌寒い。


「大丈夫か?」

エドは妻に声をかけた。


「……大丈夫です、アナタ何処に居るのですか?」

妻は視力が落ちてきているのか、手探りでエドを探す。


「動くな、俺はここに居る。」

エドは妻の横に座り、手を握った。


「頼む、シズを妻を助けてくれ。」

エドは侑に縋りついた。


「分かってる、助ける為に連れてきたんだろ?

エドさんがそんなんでどうするんだ?

奥さんの不安が広がるだろ、落ち着けよ。」

侑はエドにシズの横で手を握って安心させろと言った。


「俺はライトで中を明るくするから、母さんはこの空間全体にクリーンをかけて!

サラはシズさんにキュアをかけて応急処置を、父さんは敷物を出して!

ドラゴはラピスと一緒に入り口でモンスターを警戒!」

侑はライトを詠唱して光の球を天井付近に浮かべた。

カバンの中から先程使った瓶を出し、水を注いで浄水を作った。


「サラ!

効果的に魔素を体外に排出するのに効果的な方法は?」

「知らないわよ!

ただ、毒素と考えれば体温を上げて細胞を活性化しながら汗と一緒に外に出すのが効果的だと思うわよ。」


「体温を上げる…。

汗をかかせるか…。

サラ?風呂なんてどうだろう?」

「効果は高いと思うわよ?

でも、どうするの?」

「エドさんと同じで浄水とキュアで応急処置、

動けるところまで回復させて家に連れてく。」

侑は今日の討伐は終わりにして帰る段取りをどうするか考えた。


「俺とドラゴがギルドに寄って報告してくるから、他の三人はエドさんとシズさんを家に運んで。

家に着いたら、サラはシズさんをお風呂に入れて。」

「シズさんをお風呂に入れるのは良いけど、エリカは誰が入れるの?

火傷の具合とかを診るのはお風呂と決めていたでしょう?」

エリカの心の負担を考えて部屋で服を脱がす事はせず、火傷の具合の確認はお風呂の時に診ると侑とサラで決めていた。


「俺が一緒に入るよ。」

「本気?」

「冗談、母さんに診てもらおう。」

「ちょっと!

冗談言ってる場合じゃ無いでしょ?」

サラはこんな時に何言ってんのと侑を怒った。


応急処置が効いたのかシズが立ち上がれるところまで回復した。

エドが支えれば歩けると言う。

侑は浄水の入った瓶を何本かサラに渡した。

外に出ればまた魔素濃度の高い所を歩かなければならない。

侑は常に浄水を飲みながら歩けば、状態は酷くならないだろうと考えた。


侑達はエドとシズを囲む様な陣形を取り歩き出した。

先頭にドラゴ、両サイドにバトラと侑、後ろにサラとメイ。

時折ホーンラビットの襲撃が有ったが、ブラッディーベアーと出会さなかったのは幸いだった。

侑達は最小限の戦闘で山を抜け駐馬場に着いた。

侑は三人からモンスターの死骸が入ったバッグを受け取った。


「俺とドラゴはギルドに顔を出すから、後は頼むね。」

「侑さん、伝染らないなら子供達に会いたいんだが…」

エドは伝染らないと分かれば、子供達と離れる必要は無い。

愛おしいからこそ、伝染らない様に離れたのだ。

だから、今すぐにでも子供達に会いたいと侑に懇願した。


「子供達は俺が信頼している人に頼んである。

今は、身体を治す事に専念した方がいい。

動けるのと治ったのは違うんだ。」

侑はエドの目を見ながら諭した。


「分かった、すまない。」

エドは肩を落としながらも、侑に妻と自分の治療をお願いした。


「なるべく早く会えるようにするから、しばらく我慢な。

ギルドに行ったら、子供達の様子も聞いてきてやるから。」

侑はエドに優しく声をかけた。


「そろそろ行くわよ。」

サラが馬上から声をかけた。

エドはバトラの後ろに、シズはメイの後ろに乗った。

三人を見送ると侑とドラゴはギルドに向かった。


ドアを開けると冒険者で溢れていた。

本来討伐依頼は対象部位を持ち帰るだけなので数えるのも受け取るのも簡単なのだが、今回は死骸を持ち帰ってきている。

受け取る側も数の管理や受け取った死骸の保管場所で対応に追われていた。


ギルドの職員が侑達に気付くと走って来て、外に出て下さいと促した。

侑は訳が分からないまま外に出ると、ギルド職員が説明を始めた。


「申し訳ありません、ギルマスから侑様をお見かけしたら裏の職員通路から部屋に通す様に言われておりましたので。」

「事情は分かりました。

案内してもらえますか?」

「はい、此方です。」

職員は前を歩き、通用口のドアを開けた。


中に入るといつもの通る通路の突き当りの部屋に直結していた。

目の前にドアが二枚あり、一枚は廊下に一枚はギルマスの執務室に繋がっていると言う。

執務室に繋がるドアをノックして中に入った。


「侑!助けて!」

ロゼは侑の顔を見るなり叫んだ。


「何を助けろって言うんだよ?

ちゃんと話せ。」

侑は自分の部屋の様にソファーに腰掛けた。


「ギルドの中を見たでしょ?

死骸を数えるのも、受け取った死骸を管理するのも職員の手作業だから捗らないの。

このままじゃ、今中に居る冒険者の分を処理するだけで夜が明けそうよ。」

「で、俺に何をしろと?

カウンターに行って手伝えって事じゃないだろ?」

「数えるのは公平性を保つ為に必要だから仕方ないんだけど、受け取った死骸を保管する時間を無くしたいの。

クリエイトでインベントリかギルド倉庫への転送陣を作ってくれない?」


「…俺は神様じゃないから、なんでも出来る訳じゃないぞ?

転送陣なんか作れないぞ。

インベントリなら作れなくは無いが、制限無しのは無理だ。」

侑は溜息をついて、どうするか考えた。


「何でもいいから助けて。

このままじゃ職員達が参ってしまう。」

「なんだ、ギルマスっぽい事も言えるんだな。」

「『っぽい』ってギルマスよ?……一応。」

「まぁいいや、バケツみたいなインベントリを何個か作ってその中にポイポイ投げ入れればいいんじゃないか?」

侑はある程度でバケツを倉庫に持って行ってひっくり返せば全部出るよと言った。


「それ良いかも、何個作れる?」

「カウンターを三人で対応してるとすれば、

六個あれば足りるんじゃないか?」

「お願いします、六個作って下さい。」

ロゼは侑に改まってお願いした。


「ちょっと待って。」

侑はカバンの中から石を出した。

インベントリを大き目のバケツにした形のイメージをする。

イメージが固まったら、創造する。

石の前に手を出し、スキルを発動する。


「クリエイト!」

侑の目の前に魔法陣が現れた。

魔法陣の中に手を入れ、バケツを掴み出す。

バケツを出すと、また手を入れ次のバケツを出す。

ロゼの前に六個の銀色をした大きなバケツを置いた。


「これでいいかな?」

「一度に複数の物を作ることが出来るようになったの?」

「全く同じ物ならね。石の数だけ作ることが出来るようになったよ。」

「また一段と人間離れしたわね。」

「そういう事を言ってるとあげないよ?」

「ごめんごめん、褒めてるつもりだったのよ。

作ってもらった報酬はどうすれば良い?」

「あの子達で世話になったから、今回は要らないよ。

あと、あの子達の親が見つかったから。」

侑はロゼにエドとシズが魔素中毒になっている事、家に連れて帰って治療をする事を伝えた。


「もう見つけたのね。

子供達は治療が終わるまでは責任を持って預かるわ。

二人ともお昼ご飯もちゃんと食べたし、落ち着いてるから安心するように親に伝えて。」

「分かった、そっちは任せるよ。

じゃ、俺も向こうで冒険者達と一緒に順番を待つよ。」


「その必要は無いわよ。

今ここでバケツに入れてみたいから。」

「ここで出すのか?

相当な量だし、デカイのも居るぞ?」


「デカイのって何?

モンスター次第では、冒険者達に教えないと。」


侑はバッグをひっくり返して中に入れていた死骸を出し始めた。

ホーンラビットがバッグからボタボタと落ちる中、何かが詰まった様に出て来なくなった。


「ドラゴ、バッグ持ってて。」


侑はバッグに手を入れて詰まっていた物を取り出した。


『ズゥーン』

デカイ物体がバッグから落ちた時に音と振動が起きた。


「えっ?何これ?

もしかしてブラッディーベアー?」

「もしかしなくてもブラッディーベアーだよ。

他のパーティーが戦っていたんだが、無理そうだったから俺らで倒した。

それにしても出くわしたのが一頭だけで良かったよ、凄く戦い辛かったぞ。」


「侑のパーティーだけで倒したの?

普通は中堅のパーティーが三組位で共闘して倒すモンスターよ?

流石は最強パーティーね。」

「最強パーティー?」

「どう考えても最強でしょ?

元智将が居て、その隊の副隊長が居て、竜人族が居て薬師が居て、極めつけはチートスキル持ち。」

「最初は褒めてるように聞こえてたが、最後は茶化してるように取れたぞ?」

「茶化して無いわよ。

侑が最強を自覚してないから悪いのよ。

この世界の人族に侑より強い人は多分居ないわよ。」


「そんなこと無いだろ…

とにかく、バッグがあと四つ有るんだがどうする?

先にブラッディーベアーの件を伝えてきながらバケツを置いてきたらどうだ?」

「そうさせてもらうわ。

被害が出てからじゃ遅いからね。」

ロゼがバケツを重ねて持ち、バタバタと部屋から出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る