第31話

「ミチルー!」

侑は家中を探したけど見つからない。

ラピスに聞いても見ていないし気配も感じないと言う。

侑は礼拝室のドアを乱暴に開けた。

中では、ブラフマーが来るのを予測していた様に待っていた。


「ミチルを見ませんでしたか?」

侑はいきなり食って掛かることはしなかった。


「ミチルなら、もう転生しましたよ。

侑の顔を見ると決心が揺らぐからと、サヨナラを言わなかった事を謝ってと伝言を受けてます。」

ブラフマーは極めて冷静に、そしていつもより冷たい表情で侑を見た。


「なんでミチルが転生しなきゃいけないんですか?

そもそもなんで、ミチルなんですか?

別に他の人でもいいじゃ無いですか?

召喚獣に頼らなきゃいけないくらいに人材不足なんですか?

貴女の使徒には優秀な人は居ないんですか?」

侑は昨夜、前を向くと決心したのに張本人を前にしたら閉じ込めた感情が溢れ出してきた。


「今の貴方には何を言っても無駄でしょう。

ミチルはどんな気持ちだったと思っているのですか?

我儘と自分勝手を履き違えて、それを通そうとするなら貴方に失望します。」

ブラフマーは侑に自分の感情だけで周りの気持ちを全く考えていないと諭した。


「ミチルは貴方と離れたくなかった。

でも、危機は切迫してる。

ミチル自身の気持ちだけで行動して、どれだけの死人が出るかあの子には分かっていたのです。

自分の気持ちを優先して動き出すのが遅くなったら、取り返しのつかない状況になる事も理解していたのです。

だから、あの子は決心してすぐ行動に移ったのです。

そんなあの子の葛藤を貴方は考えましたか?」

ブラフマーは極めて冷静に、侑を怒るわけでもなく語った。


「貴方は最愛の人との別れを経験していますよね?。

今まで、他の人では耐えられないような苦しみや悲しみを堪えて乗り越えてきたはずです。

そんな貴方が取る行動がこれですか?

情けないですね。」

ブラフマーは侑に冷静になって欲しかった。

冷静になって考えれば、今生の別れでは無くまた会えると気付く筈だと。


「一時の感情で、周りが見えなくなりまともな判断が出来なくなってしまう。

それが恋なら良いでしょう、『恋は盲目』とも言いますから。

今のあなたの感情は『恋』ですか?

違いますよね。

今の貴方は玩具を取り上げられた幼い子と同じです。

俺のなのに、なんで、どうして、取り上げられなきゃいけない…

取り上げられた理由も、どうすれば返してもらえるかも考えない。

……違いますか?」

侑は頭が良い、しかもその良さは尋常ではない。

ブラフマーは間違って欲しくないし、これを機に一段と成長して欲しくて突き落とす勢いで厳しく接した。


「少しは頭が冷えましたか?

これからどうすれば良いか、どうすれば最善なのかしっかり考えなさい。

貴方は頭の良い子です。

事と次第によっては、ミチルを助ける事も出来るでしょう。

貴方の持つ可能性は無限大ですよ、私が保証します。」

侑が落ち着いた表情なのを確認すると、優しい表情のいつものブラフマーに戻った。


「申し訳ありませんでした。

ミチルはどんな気持ちで転生したのか、この世界はどういう状況になっているのか。

俺は周りを一切見てませんでした。

冷静になれた今なら、考えられる気がします。

ブラフマー様、俺を救ってくれてありがとうございます。」

侑は冷静になり、今までの行動を反省した。


「良いのですよ、私はいつでも貴方の味方です。

それと、冷静になれた今なら貴方に話す事があります。

このあと、町に行きますよね?

町の外れにエルフが独りで住んでいます、名前はエリカです。

エリカと会って、話を聞きなさい。

この先貴方がどの様に行動すれば良いか、エリカとの会話で理解できる筈です。」

ブラフマーは侑に今後の行動の指針になるヒントを伝えた。


「エリカさんですね、分かりました。

家を探してみます。

ブラフマー様、本当にありがとうございました。」

侑はお礼を言うと、席を立ち落ち着いた足取りで歩き出した。


「エリカの家は誰に聞いても分かりますよ、理由は本人に会えばわかるでしょう。」

ブラフマーはニッコリと笑って見送った。


「ありがとうございます、また来ますね。」

侑はドアノブを握った。

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