反応算エトルリ引力

伏潮朱遺

第1話 月並にして北極

      1


 教師はあまねくサディストである。

 これは昔の知り合いだった彼における常日頃の主張であり、それを構築させたのは彼が中学に通っているときだった。

「だってサディストでなければどうして授業中という一見神聖を装った時間なんかに生徒を吊るし上げに出来るんだろう。至極平気な顔で、さも当たり前みたいな顔で。でもそれは簡単なことだったんだよ。彼らがあまねくサディストだという絶対真理を導入することでこの問題は一気に解決するんだ。よく考えてみるといい」

 よく考えてみるといい。

 これも彼の口癖だったように思える。でも別に彼の一言一句をもれなく記憶しているわけではないからあやふやだ。

 彼は熟考の末、サディストではない教師、という世にも稀有な例を求めて学校を転々とすべきだ、という結論に達したようだがそれはいまだ叶わずにいる。なぜならそれを思い立ったとき彼は大学に進もうとしていたからだ。

「教師の中で最もサディスト的サディストは体育科だね。彼らがサディストでなければどうして生徒をマラソンなんかに駆り出させるんだろう。授業の前に走って来いなんて、よほどのサディスト的サディストじゃなきゃ言えないね。自分たちも一緒に走ればまあサディストで済むんだろうけど、たいてい現場監督を装ってにやにや見てるだけだからね。生徒たちが走ってるところを見てサディスト的な興奮を覚えるから率先してあんな吐き気がするような授業計画を立てられるんだ」

 しかし彼はそんなサディスト的教師に喧嘩を売って過ごしていたわけではない。むしろサディスト的教師には受けがよかった。彼はサディスト的教師がどうやれば喜ぶのかを熟知していた。その反面どうやれば彼らが地団太を踏むのかも熟知していたから操縦は容易かった。サディスト的教師はまんまと彼の手のひらの上でサディスト的王国を築き上げていた。自分だけが唯一絶対の王様だと信じて、実質は彼の支配する属国的植民地だとも知らずに。

 彼はサディスト的教師を憎んでいたわけではなかった。嫌いだったわけでもなかった。サディスト的教師は、彼によって初めて存在をカテゴリとして確立され、そのサディスト的存在を認められたのだ。極論するなら、彼がサディスト的教師を創り出したといってもいい。彼はサディスト的教師の王国では創始者として崇められてもいい存在だった。

 だがサディスト的教師は自らの上に人を造らず、自らの下にこそ人を造る、という信条の元生活しているからそんなことに気づきもしない。彼は特に気にしていなかった。それでこそサディスト的教師だといわんばかりの満足ぶりだったからそれでいいのだろう。

 斯くして彼はサディスト的王国の創始者でありながら真っ先にそのサディスト的王国から脱した唯一の人類として、世界のどこかでサディスト的大国の未来を予言している。

「学校制度が根本から崩壊して学校という組織が根こそぎ絶滅しない限り彼らの王国に滅亡はないね。そこいらのちょっとした雑草よりもしぶとく、連綿として連続的にぼこぼこ誕生してくるからホント厄介だよ。こんなすごいプログラムを生み出したんだ。大学という大学から教育学部を廃止させるくらいじゃ止められない。教育学部じゃなくたって教師になれるし。要するに大学の段階でサディスト的教師が造り出されるわけじゃないんだ。彼らは学校教育という現場において造り出される。だから彼らの王国を滅亡させようと思ったら学校のほうにアプローチしなきゃね」

 これで彼が職業的教師になっていたら大笑いだがそれだけはあり得ない。もしそんなことがあったとしたら笑い死にしてもいい。へそで茶を沸かすことだって厭わない。捻れ捩れたはらわたを取り出して腸詰にしたっていい。

 彼が大学に進んだあとどうなったのか。どのような道に進んで何を志そうとしているのか。

 そんなもの知りたくもない。


     2


 丘槻オカヅキあさかどは図書館の二階にいた。

 通っている高校の近隣に位置し、授業が終わって気が向けばここに寄っていくことにしている。つまり区立図書館を訪れる条件は、一日の授業が終了することと、気が向くという二段階を経なければならない。その二段階の条件を見事クリアしたことによって、今日という日は区立図書館を訪れる人間がひとりだけ増えた。

 ただそれだけのこと。

 人間が一人二人増えたって、反対に一人二人減ったって動き続ける世界にはなんら影響がない。

 死にたがっていたやつがいた。

 名前は便宜上Nとしておく。だが特にNがイニシャルなわけではない。派生するイメージがNなだけ。

 しかしながら実際にN本人が死にたい、と口にしていたわけではない。Nの存在に取り返しがつかないほど強力な死のにおいが染み付いていたわけでもないし、目立って自殺願望を窺わせるような行動があったわけでもない。

 Nは他人に、じゃあ死ねば、と言わせるのが得意だった。

 それもN自らは死について一言も語ることなしに。もちろん顔に書いてあったというわかりやすい状況ではない。きわめて普通の日常会話において、きわめて自然に、死ねば、という語句を引き出すのが得意だった。

 他の人間に対しては知らない。とにかく、少なくとも、丘槻に対してはそれが成功していた。おかげで丘槻の口癖はNと出会ってほんの数日で死ねば、に固定されてしまった。他人と距離を置いて生活していたため、他人の影響で行動を変化させられてしまうのは甚だしく迷惑だった。

 まあ、もう済んだこと。

 ではなぜ今更そんな済んだことを思い出してしまったのか。その最たる唯一の原因は担任のキワイ(カタカナで書くと確実にワイキキかキウイに間違えやすい)にある。

 いつもの如く自作の数学のテスト満点を取られた腹癒せとして突っ掛かってきた。できの悪い教員というのはできる生徒を潰す使命を負っているらしく、実力が生徒に劣っていると自覚した途端せめて精神面だけでも揺さぶってやろうと様々な嫌がらせを決行する。要するに今回の嫌がらせ内容が過去の想起、だっただけのことだ。

 徹頭徹尾無視していたためNの名前しか拾えなかったが、際居はNを本名で呼ばない。元担任からの愛を込めた愛称のはずがないからおそらくNの母親辺りの旧姓だと思われる。Nも訂正はせず好きに呼ばせていたからあながち間違っていないのだろう。

 脚が上手く動かない。乳酸が溜まっているのだ。夏が近いせいか、体育は外に出て何らかの競技をしなければいけない。何をしたのかは思い出せない。どうせ限られた条件下で誰が一番速いのかを競うだけ。満足感も名誉も何もない。

 手も上手く動かない。昔から筋が弱くちょっと酷使しただけで攣ってしまう。おかげで利き手の手首は万年腱鞘炎で、炎天下の夏も極寒の冬も包帯を巻いている。しかし腱鞘炎はなぜか感染する。右手首に包帯を巻くと、左手首も羨ましがって同じく腱鞘炎を起こす。迷惑にもほどがある。よって両手首に包帯を巻く羽目になる。

 数学の問題がどうしても解けなくてイライラしてくる。書いては消し、書いては消しを繰り返したノートがぐしゃぐしゃになり、ついには破れてしまった。それがまたイライラを加速させる。そのページをむしりとって手の中で丸める。

 見回しても近くにゴミ箱はないようだった。気分転換、と言い聞かせて通路に出る。休憩スペースで飲み物を買って一気に飲み干す。喉が渇いていたわけではない。混雑していて座る場所がなかったのだ。しかもうるさい。静かにしなさい、とモットーとしている図書館内で唯一おしゃべりを許された空間なので、それを目当てに集まるわけのわからない連中が屯しやすい。

 燃えるゴミと書かれたゴミ箱にさっきの切れ端と紙コップを放り込んでから通路に戻る。同じ学校の制服が異様に多くて吐き気がした。

 椅子に戻って続きをするが、どうしても解けない。気分転換だと言い聞かせたはずの時間中もずっとその解法だけを考えていた。問題文も何百回も読んだせいでとっくに記憶してしまった。

 解くための導入口が見当たらないのだ。手当たり次第の方法をぶち込んでいるのだがどれも空振りに終わっている。問題集なので答えは付いているが、丁寧すぎる解説で別冊なので持ち歩くのに重くて家に置いてきてしまった。

 本当にイライラする。誰かに尋ねるのは厭だ。同学年の連中ならまったく同じ問題集を持っているはずなので彼らを見つければ答えが解る。

 しかしそれだけは絶対に厭だ。

 この問題が解けなかったことがあいつらにわかってしまう。

 さっきの休憩スペースにいた奴らの顔がぐるぐるする。あの空間に入ってから出るまで、その一挙一動をずっと見られていた。観察されていた。

「おいおい、見ろよ。ほらあっち」

「うわオカヅキじゃん。やっぱここ通ってるんだよ」

「ね、言ったとおりだったでしょ?」

「でも何しに来たのよ」

「自販機? へえ、そんなもん飲むんだ」

「意外すぎじゃない? てっきり真面目なお飲み物しか口にしないのだと思っていたらねえ、炭酸」

「俺らと違って糖分が要るんだよ。頭がいい人間はブドウ糖が大量に必要になるからね。脳が違うっての」

 聞こえていた。一言一句漏らさず耳に入った。大方聞かせるために喋ったのだろう。だがこんな場所に来なければよかったとは思わない。あいつらも知っている。学校帰りにここに寄って閉館時間すれすれまで勉強していくことを。

 塾には行っていない。塾に行かなくても学年首席くらい維持できる。それを見せ付けるつもりで塾に行かないことに決めた。

 親はなんとしても塾に通わせたかったらしいが、中学からずっと学年首席を維持しているからもう何も言ってこなくなった。順位を上げるために塾に行かせたかったのだから、学年首席という時点でその必要はなくなる。

 天才ではないのだ。

 自分は天才ではない。

 こうやって努力を積み重ねなければ学年首席も維持できない。

 先週の全国模試は二位だった。自分の中では最高順位だったがちっともうれしくなかった。親は近所中、親戚中、会社中に言いふらして浮かれまくっている。通っている高校は全国でもトップクラスの進学校だと自負しているらしく、さらに知名度が上がったことにより校長から全校生徒の前で何とか賞を受け取ったが、その賞状はもらったその日に焼き捨てた。

 その次の日に、担任の際居に賞状を焼き捨てたことがバレてかなり不快。別に誰にも言わない、と言っていたが絶対にクラス中に知れている。全校生徒は知っている。際居以外の教員や校長が知らないだけで。

 ではどうすればよかったというのだろう。有り難い賞状だとして神棚に供えればよかったのか。それとも額に入れて自分の部屋に飾ればよかったのか。もちろん親は気づいていない。担任の際居が職務怠慢で報告しないのだから知る由もない。

 帰ろう。帰って答えを見ればすべて解決する。

 でもそれが出来れば苦労しない。親に会いたくない。だから毎日区立図書館なんかで時間潰しをしなければならないのだ。こんなことなら塾の方がましだったかもしれない。でも今更。それに塾なら絶対に同じ学校の連中がいる。制服のままだしこの顔が知られていないはずがない。

 二位になった理由はひとつしかない。

 この世に一位の輩がいるからだ。


    3


 明らかにおかしい。

 時間にすれば半時間前。それより前からずっと気になっている。視界に入るかは入らないかという距離と角度でごそごそされているのでかなり目障り。

 他の席に行けよ、と思うのだが同じ学校の制服を着ているので声をかけるのが億劫。自分は知らないが彼女の方は絶対知っている。そういう状況が厭。

 室温は特に暑くもなく寒くもない。確かに冷房が効きすぎかもしれないが何か一枚羽織れば気にならない程度。それなのに彼女は額から汗が流れ小刻みに震えている。顔色も蒼白。風邪を引いているのならとっとと帰って休養をとればいい。もしかしたら気づいていないのかもしれない。どれだけ鈍感。

 彼女は手に持っているシャープペンをとうとう落としてしまった。不自然な位置で停止していた頼りない手に支えられていたシャープペンだから、いつか必ず確実に落とす、と思っていたこちら側にしてみればやれやれようやく重力が勝ったか、というところだが、床に衝突した音がしんとした空間に響く。

 この部屋内にいる数十人という人間全員が一斉に彼女に注目。彼女は集まった視線量に圧倒されたのか、小さい悲鳴を上げて椅子から転げ落ちてしまった。それがまた顰蹙を買う。傍迷惑で最悪な連鎖。咳払いが聞こえた。咳払いするくらいなら心配してやれよ、と思った人間がいないわけではないと思うが実際にそれをしたくないので声には出さない。すべての人間は傍観者。

 彼女は少しの間覚束ない視線で放心していたが、震える手でシャープペンを拾い机の上において部屋を飛び出していった。幾つか溜息が漏れる。溜息を漏らすくらいなら声でも掛けてやれよ、と思った人間はさすがにいなかっただろう。彼女の知り合いだと思われたら居心地が悪くなる。すべての人間は自分が一番かわいい。

 急に、解けずに悩んでいた問題の解法が浮かんだ。最初の部分を思いついてしまえばあとは自動。どうしてこんな簡単なことが思いつかなかったのだろう。穴が空いていたとしか思えない。だが彼女のおかげとは思えない。むしろ彼女は集中を殺ぐ存在。邪魔だった。おそらく部屋からいなくなってくれたお陰で思いついたのだろう。でもそうなると彼女のおかげになってしまう。

 違う。

 ページを捲ったときに彼女が帰ってきた。もしかしたら泣いていたのかもしれない。目が腫れている。でも気のせいだ。相手のことに構っている余裕はないし構いたくもない。同じ学校の人間ならばなおさら。

 窓の外はやや暗くなってきた。区立図書館は二十時まで開いているのでぎりぎりまでいるとそのくらいになる。あの問題が解けたので他の教科も捗った。親の顔を見るのが億劫だが三秒以内なら我慢できそう。

 ポーチの向かいは散歩コースが広がっている。散歩コースの途中にこの図書館があるのだ。無理矢理植えられた樹木の合間に、道があり溜め池があり人工の川があり、とにかく煩わしいくらい賑やかだが、利用している人間はお目にかかったことがない。完全に意味がない庭。

 ブドウを思わせる蔓が絡まっているゲートの下にベンチがある。そこにさっきの女が座っていた。眼を合わせないように立ち去ろうと思ったが気づかれてしまった。走ってもよかったのだが、逃げているように見られると不服。

「なに?」

「あの、オカヅキ君だよね」

 やっぱり知られている。

「あんた誰」

 彼女がふらふらと立ち上がって近づいてくるので、こちらも対抗して時計をちらちら確認する。急いでいることを見せ付けようかと思ったのが無駄。この女は自分の体の異変にも気がつかない鈍感。喋り方も舌足らずといった感じで行動もワンテンポずれている。

「急いでるんだけど」

「ごめんね。でも、あの、話してみたくて」

 迷惑以外の何物でもない。

「だからあんた誰」

「え、同じクラス、なんだけど」

 本当にうんざりだった。遠くで鳴いている犬もうるさい。

「ヌエジです」

「知らないし」

 立ち去ることに決めた。そもそも立ち止まったことが不思議でならない。しかし向きを変えたときに後ろで物凄い音。女が倒れたのだ。外灯が近くにないからわからないが呼吸が荒い。肩というより全身で息をしている。熱があるのだろう。まだ気がついていなかったのか。

「生きてる?」

「ごめんなさい。置いてってもいいよ」

「それはなに? 置いていってほしいからわざわざ俺の前で倒れた? それとも置いていってほしくないからそういうわけのわからない行動に出た?」

「大丈夫だから。ちょっとしたらまた」

「まさか待ってたわけじゃないよね。そういうのやめてほしいんだけど」

 女はゆっくり体を起こす。下はコンクリートだから服は汚れていないと思うがどこかを打ったらしく動作がのろい。重そうな黒髪が顔にかかってお化けみたいだった。

「どうして置いていかないの?」

「眼の前で死なれたら迷惑だから生きてるのだけ確認したら帰るつもり」

「オカヅキ君て死にたいって思ったことある?」

「それが」

「ないよね」

「だからそれがなに?」

 不快だった。

 ダブる。映像が歪む。

「せひあちゃん!」

 男の声。駐車場のほうから男が走ってくる。年齢は二十代から三十代。身長も体格も服装も何もかも、可もなく不可もなくといったところ。男は女に駆け寄って抱き起こす。

「大丈夫? すぐ家に」

「ご、ごめんなさい」

 男がこちらを見る。たった今気がついたような顔だった。

「きみ、せひあちゃんのお友だち?」

「クラスが同じみたいですよ」

「そうなの?」

 ぐったりした女は力なく頷く。たったいま真実を答えたのだからそれを信用すればいいのに。嘘なんか言わない。意味も利益もない。なんとも疑り深い男。

「早く連れていけばどうですか。別に俺、その人に何もしてないんで」

 男は一瞬だけ困惑の顔になったが、すぐに女を抱きかかえて駐車場まで走っていった。後姿が完全に見えなくなってから、丘槻は足を動かすことを思い出す。

 次の日も、彼女は区立図書館に来た。


    4


 同じクラスだとか言っていたから教室内を見回してみた。自分の席は一番前なので意図しなければ室内にいる人間を意識できない。特に意識するつもりもないのだが。

 彼女の席は一番後ろ。自分の席は窓際の一番前。彼女の席は廊下側の一番後ろ。対角線の位置。キョロキョロしていたらクラスの人間と眼が合ったので、もう後ろを向くのはやめた。二度と向かない。

 彼女はあまり学校に来ていないようだった。本当に不服だが、担任の際居に訊いたのだから際居の記録と記憶が間違っていなければ間違いないだろう。

「来たとしても午前中で帰ったり、午後だけひょっこり顔見せたりするだけだな。昨日も今日も来てねえし。でもなんだねオカヅキ君。急に他人が恋しくなってきたのかな」

 無視してクラス名簿を見る。上から辿る。名前はなんと言っていたのか思い出せないが見れば思い出すかもしれない。

 鵺路せひあ。

「何位だった?」

「あーらま、順位しか気になりませんか学年首席君? そうだねえ、ヌエジさんはあんま学校に来てねえからな。いい塾に行ってるみてえだからまあ決定的な遅れはないが、数学はねえ、誰かさんと違って得意みたいだし一度も赤点も追試もないね」

「二百点取ってもまだ得意じゃないとかいうわけ?」

「誰もオカヅキ君のことだなんて言ってねえんだけど。それとも学年首席のオカヅキ君は誰かさんだったのかね?」

 気色悪い際居の笑い声を聞かないように数学研究室を出る。無駄な時間だった。際居もこちらの移動を遮るように廊下に出てきた。

「邪魔なんだけど」

「キワイ先生これから職員会だから。じゃあな」

 階段の踊り場に女子生徒の集団がボンドのように固まっていたせいで車輪のように階段を下りていった。際居の自慢すべきところは顔だけなので勝手にすればいい。分相応。

 区立図書館に向かう。いつもの席に着いてまずは数学。際居を黙らせるためには特に数学を重点的にやらなければならない。

 決して数学が不得意なわけではない。構えが出来てしまったのだ。

 数学が得意だったNのせいで。

 Nは全教科がまったく同じレベルで軒並み得意だったが、特に数学においては頭がおかしいとしか思えなかった。実際に頭はおかしかったのだろう。そうでなければあの点数はあり得ない。そうでなければ仕込み式のカンニングか五教科の教員全員と寝ていたか。

 隣に誰か座った。どこかで見たことがあるような気がする。制服が同じ学校のものだからかもしれない。

「オカヅキ君」

 鵺路。急いで席を立つ。別に逃げたわけではない。通路に出たところで鵺路がついてきていることにようやく気がついた。相当イライラしているらしい。周りが見えていない。もしかしたら鵺路はこの行動を、通路に出て話そう、と受け取ったのかもしれない。甚だ迷惑な脳だ。

「昨日はごめんね」

 正解。鵺路以外の物質を視界に入れるべく心掛ける。通路は誰もいなかった。さっきまでいた部屋には二つの出入り口があるのだが、その間に位置する部分だから誰も通らない。この部屋を利用する人間は階段に近いほうのドアから出入りするし、階段に遠いほうのドアは洗面所に行くときにしか使わない。

 もしそちらのドアから入ってくる人間がいたら、その人間はこの部屋をその日初めて使用したことになる。いわば暗黙のルールなのだ。新参者にはわからない。

「もう大丈夫だから」

「心配してないし。それに学校サボって何やってんの」

「ごめん」

「謝られても困るんだけど」

 通路には額縁がかかっている。何が描かれているのかわからないので現代アートなのだろう。どうしてキリンに抽斗をつける必要があるのかまったくわからない。

「昨日の誰?」

 鵺路が咳をした。風邪は完治していないらしい。

「お姉ちゃんの彼氏。婚約してるけど」

「姉貴の彼氏がなんであんたなんか迎えに来るの?」

「お姉ちゃん、免許持ってないから」

「ふうん」

 また一人。

「オカヅキ君はきょうだいっている?」

「いたら何?」

 また一人。彼らは新参者ではない。階段に近い入り口から入っていった。こちらの出入り口のほうが近いからではない。むしろこちらのほうが入りにくい。

 わざわざドアを開けて閉めなければならないから視線を集めるのだ。その点、向こう側の出入り口はいつも開いているのでその必要はない。視線を集めることなく出入りが可能。だから新参者はそちらに釣られる。しかしそちらから入ったほうが視線を集めることに気がついていない。

「熱あったわけ?」

「うん。そうみたい」

「何してたの?」

「英語の勉強。英語出来ないから」

 他は滞りなく完璧に出来るのに運悪く英語だけ出来ない、と聞こえて不快だった。

「姉貴の彼氏とできてるんじゃない?」

「え」

 鵺路はとろんとした垂れ眼をぱちくりさせる。手放しでビックリしたというよりは、この状況でその話をされたことに対して意外だっただけのようだった。

「ちょっと尋常じゃなかった。いろいろ態度が」

「そう見える?」

「訂正したいならすれば?」

「オカヅキ君はそう思う?」

 洗面所に近いほうの入り口から人が出てきてこちらをじろじろ見ていった。彼女だと思われたのかもしれない。相当不愉快。そうでなければ通路で話なんかするなうるさい、ということを暗に伝えたかったのかもしれない。きっと後者。

「あのさあ、ここ邪魔だから」

「あ、うん」

 階段を下りて建物の外に出る。昨夜鵺路が倒れた辺りのベンチに腰掛けるのはなんとなく厭だったので、図書館の裏に回ることにした。特に意味はない。極力人間のいなさそうな場所に行きたかった。

 図書館の裏は特に何もない。あるのは生い茂る雑草とじりじり照りつける太陽だけ。緑色に光る非常口のランプに縦横無尽に蜘蛛の巣がかかっている。庇が出ていてその下が日陰。そこはほんの少しだけ涼しい。

「姉貴と上手く行ってない。だから帰りたくない。違う?」

 鵺路は首を振る。

「じゃあ姉貴は知らない。こっそり姉貴の彼氏と付き合ってるからバレるのがまずい。それを考えて夜も眠れない。だから風邪を引いたり具合が悪くなっても家に帰れない。違う?」

 鵺路は首を振る。さっきよりもスピードが緩かった。

「言いたいのか言いたくないのかはっきりすれば?」

「オカヅキ君は死にたいって思ったことある?」

「だからそれがなに?」

 脳天が暑くなってきた。耳の後ろから汗も出てくる。鵺路は肩まで重たそうな髪が伸びているのにちっとも汗ばんでいない。

 死にたい。誰だそう言っていたのは。

 脳裏にちらつく残像。

 突き刺すような堕落。

「死ぬのって面白いかな」

「じゃあ死ねば?」

 違う。これはお前に言うべき言葉ではない。

 蝉の声が鼓膜から離れない。蛾の死骸を蟻が巣まで運んでいく。鵺路はスカートの裾をいじるのをやめてコンクリートブロックの上に座った。脚を開いているのでスカートの中が見える。おそらく誰かに見せるためにわざわざそうしたのだろう。

「キワイ先生、私が今日休んだこと何か言ってた?」

「さあ」

「そっか」

「キワイが好きなわけ?」

「うん」

「あれだけはやめたほうがいい」

「女の子いっぱいいそうだから?」

「違う。ああいうのは昔気が狂うほど愛してた女がいてこっぴどく振られたんだけどそれでも諦められなくて、その傷を埋めるためだけに夜な夜な女をとっかえひっかえしてるタイプだから絶対に意味がないっていう意味」

 鵺路が立ち上がる。

「え、先生て好きな人いないって」

「ふうん。一応訊いたんだ。でもたぶん女には言わない。そんなこと言ったら顔がいいだけの男は途端カッコ悪くなるから」

「聞いたの?」

「顔に書いてある。それにキワイは学年首席に異様なまでに執着する習性があるからその一環」

「キワイ先生のこと詳しいんだね」

「勘違いしないでほしいんだけど。あんたが俺のことどう思うかは勝手だけど嫉妬されてもお門違いだし」

「どうすれば好きになってもらえるかなあ」

「キワイが好きだった女になれば? それしかないね」

「誰だろう」

「たぶん中学か高校のときにすでに惚れてた。キワイのことだから年上。キワイみたいなちゃらいのは歯牙にもかけてくれなさそうな鉄壁の女。真面目だけが取り柄、とかそんな感じじゃない?」

「どうしてそんなことまでわかるの?」

「だから、顔に書いてあるの。明日学校に来て至近距離でじろじろ見せてもらえば?」

「真面目な子が好きってこと?」

「そうじゃなくて、好きだった女がたまたま真面目だったってだけの話。中身じゃなくてまず外見ありき。ただキワイは胸がでかいほうが好みだと思うけど」

 鵺路は自分の胸部を睨んでいる。

「キワイとどこまでやったの?」

「何も」

「胸触らせれば?」

「小さいのに?」

「充分大きいんじゃない?」

 制服は男女共に似通ったデザインのワイシャツ。季節を通して上着が増えたり袖が短くなったりするだけで、ボトムが違う意外は基本的に同じ作り。

「応援してくれるの?」

「キワイが迷惑するところが見たいだけ」

「あと何か知ってる?」

「自分で訊けば?」

「答えてくれないよきっと」

 裏口の向かいは関係者用駐車場がある。車が一台入ってきたためそこから離れることにした。体育館裏とは違う事情。鵺路は気がついていなかった。無言で車に目配せしたがそれでもわかっていないようだったため無理矢理腕を引っ張った。駐輪場の前まで来てようやく鵺路が頷く。状況把握能力が低すぎる。

「いつもここで勉強してくの?」

「気が向けば」

「今日は気が向いたんだね」

「帰りたくないとか言っても知らないし。俺の家は一人暮らしでもなんでもないし」

「きょうだいいる?」

「いない」

 いないのだ。いないことになっている。

 鵺路はごそごそとスカートのポケットを探っている。

「何か落とした?」

「ううん。あれ、ないなあ」

「家のカギ? それとも財布?」

「あった。これあげる」

 飴だった。レモン味ののど飴。

「飴嫌いなんだけど」

「じゃあガムのほうがいい?」

「ガムもあるわけ?」

「うん。ちょっと待って。あった」

 ミントのガム。板状のではなく粒のほうだった。

「そっちならもらっとく」

 周りが少し溶けていた。包装紙に張り付いている。夏であってもポケットに入れるべきではない。

「ガム好き?」

「飴よりは」

 鵺路はそのまま帰っていった。明日は学校に行くらしい。そんなことをわざわざ言っていかなくてもいいと思う。宣言することの意味がわからない。

 溶けたガム一個にしては長い時間を無駄にした。しかしながら鵺路のおかげでさらに時間を無駄にすることになる。

 あの時、ガムなんか受け取らなければよかったのだ。


     5


 高校最後の夏休み。

 だからなんだ。やることは変わらない。

 連日図書館に詰めているので冷房病になりそうだった。外は灼熱、内は凍結。著しい温度差だけで病人が出る。一ヶ月以上際居の顔を見なくて済むという点のみ、長期休業に感謝する。

 鵺路が図書館を訪れる頻度は本当に不定期。塾に通っているせいかもしれない。一日おきに来ていたかと思ったら突然ぷっつりと来なくなって、そしてまたしばらくして毎日来てみたり。週当たりの平均は計算しない。こういう場合の平均は、本質をぼやかしてありもしない数字をはじき出す変換機でしかない。

 予備校で模試をするようなので受けてみる。鵺路も申し込んでいたようだった。当日の朝、駅でばったり遭遇したので流れ上、一緒に会場へ行くことになってしまった。

「オカヅキ君、大学はどこ行くの?」

「答えたくないし」

「じゃあ大学出たら何するの?」

「未定」

 道中ずっとこんな感じでかなりうんざり。無視したり話しかけるのをやめろと言ってもいいのだが、無言のまま鵺路と同じ歩行ペースを保つほうが確実に不快度が高かったので諦めた。適当に受け流しても鵺路はまったく懲りずに質問を捻出。もしかしたら適当に受け流されていることに気がついていないのかもしれない。

 駅から大通りを真っ直ぐに進む。同じく模試を受けに来ている集団の列ができているので迷うことはない。思ったよりこじんまりとしたビル。大学入試に関しては一、二を争うほど有名な予備校だったのでもっと高層的建造物だと予想していたのに。地域のせいなのか、それとも建築法や条例のせいか。

 対応の悪そうな受付を横目に、廊下を突き当たったところの階段を上がる。エレベータの扉には使用禁止という紙が張られていた。模試の受験者が多すぎるためだろう。鵺路も三階の同じ部屋。さすがに席は離れていたが、鵺路はなかなか自分の席に座ろうとしない。

「キワイ先生が様子見に来れるかもって」

「からかいに来る、の間違いじゃない?」

「お昼ごろ来れそうだって」

「まさかあんたが呼んだ?」

「ううん。三年生はほとんどの人が受けてるみたいだから応援じゃないかな」

 制服でないから気がつかなかった。記憶の端に引っかかるような顔がちらほら見える。席が一番後ろだから部屋全体が見渡せる。一番前の席ならよかった。冷房ががんがん効いているが図書館ほどではない。設定温度や風量ではなく、屋内にいる人間の質の違いによるものだろう。熱気を放出する輩がどしどし詰め掛けている。

「今日は他にもう一つあったと思うけど」

「こっちのほうが判定結果が確かなんだって」

 なるほど読めてきた。際居辺りが言いふらしたのだ。際居は進路指導員なるものも受け持っている。相談に行くほうも行くほうだが相談されるほうはもっと始末に終えない。片っ端から勧めたのだろう。こちらの模試を受けろと。

「あんたも言われたわけ?」

「うん。オカヅキ君は?」

「従うわけないし」

 つくづく無駄としか思えない。学年首席をからかいに行く、ただそれだけのためにもっともらしい理由を自らでっち上げたのだ。

 試験監督らしき三人組が部屋に入ってきた。鵺路はようやく席に着く。ありきたりで承知済みの注意事項が繰り返される。言うほうもうんざりだが聞くほうはもっとうんざり。受験上の注意を読み上げる小太りの男は、文章と文章の間に不規則に間を挟む癖があった。与えられた文字列に不満があるのだが、それを上手く表明出来ずに嘆いているみたいに聞こえた。

 模試の日程は二日で、実際の試験とほとんど同じ形式で行われるらしい。お昼の時間も取ってもらえるが、基本的に朝から夕方まで大した休憩もなしに実施される。

 行きたい大学なんかあるわけがない。入ったところでしたいこともない。在学中に何も見つからないまま適当に卒業する。四年なんかあっという間。際居は教育学部の最高峰といわれている超有名大学を出ている。だからその大学だけは行きたくない。

 Nだったらどこに進んだのだろう。あの頭ならより取り見取りだった。

 Nは中学一年の六月まで同じ学校に通っていた。中学に入ってもずっと同じ教室で授業を受けた。最後にNを見たのは中学に隣接しているあの図書館。

 Nの最後の消息は丘槻宛てに届いた手紙。内容は決算報告のように簡素。書いた日付と曜日、天気とその日にしたこと。その日の日記をわざわざ便箋に書き直しただけのような文面。封筒も便箋もどこにでも売ってそうな、ごく普通の何の変哲もない無地の白い紙。

 遺書だった。

 すぐにわかった。完璧を目指していたNがこんな無駄なことをするはずがない。手紙を書く意味も必要も、死ぬ前を置いて他にはない。例えその内容が単なる日記の域を出なかったとしても。

 推測は的中する。以来Nからの消息は途絶えた。中学にも来なくなり、引越しという表向きの理由だけが残った。テストというテストのすべてに渡って満点を取り続けてきたという快挙もすぐに忘れ去られた。ただし際居は憶えている。執念深い、未練がましい、ということに関して際居の右に出るものはいない。

 お昼休憩になった。丘槻と同じ部屋で模試を受けていた女子生徒がきゃあきゃあ騒ぎながら階段を下りていったところから見て、際居が到着したのだろう。鵺路もいつの間にかいなくなっていた。

 早々に昼食を胃に入れて廊下に出る。あいつらと同じ空気を吸っていたくない。ちょうど廊下に出たときに、前後左右に大量の女子生徒を従えた際居がのろのろと勿体つけて階段を上がって来るのが見えた。

 雲の切れ端が申し訳なさそうに空に浮かんでいる。マグマ的な日輪は過剰な熱を第三惑星に送り込んでいる。蜘蛛の子を散らすように女子生徒が際居から離れる。そういう指示を出したのだろう。そうでなければ薄ら寒いジョークでも飛ばしたか。

「あんまりに簡単で拍子抜けかなあ、オカヅキ君」

「帰れば?」

「まあまあ怖い顔しないで。ちょっと面白い話仕入れたんだけどさあ。興味ねえ?」

「別に」

 際居が顔を近づけたので、条件反射で顔を背ける。女子生徒は際居しか眼に入っていない。

「彼女ヌエジさん、帰っちゃった」

「だから?」

「俺が帰らせたの。これ、どういう意味かわかる?」

「邪魔だから」

「ひっどいねえ。もう君らラブラブだって専らの噂だよ。学年首席のお坊ちゃんと不登校気味の女の子。うわ、このままドラマになりそ。で、どうなってんのそこらへん」

「何もないけど」

「まあいろいろほどほどにさ。受験生だし君ら」

「あんたこそ、触法しないうちに教員辞めれば?」

「何のお話でしょう。よくわからないんですが」

 声色がわざとらしい。後ろに控える女子生徒にサービスしているつもりなのだろう。申し訳なさそうな雲は掠れて消えていた。

「帰らせたってのは」

「興味ないとか言ってなかったかなあ」

「なにかあった?」

「どうしよっかなあ」

 ようやく狙いがわかった。やはり際居の長所は顔だけのようだ。

「その辺ぶらぶらしてるから。終わったら返事聞かせろよ」

「生きてるわけ?」

「誰のことかなあ?」

 試験監督らしき三人組の中で一番高齢そうな男が足を止める。ニコニコしながら際居に話しかける。どうやら知り合いらしい。単に際居がここに通っていただけかもしれない。最悪の予備校。

 鵺路は本当に帰ったようで、彼女のいた席はマークシートが何枚配られても空席のまま。そうやって、模試の一日目が終了。

 込み合った階段を淀んだ流れにしたがって下りると、受付の前に際居が立っていた。対応が悪そうだったはずの受付も満面の笑みを浮かべており、際居に釘付け。女子生徒もきゃあきゃあと黄色い声を上げながら手を振る。一緒に帰るという選択肢はないらしい。おそらく際居自身が握りつぶしたのだろう。

「お疲れさま、学年首席君」

「ここ通ってたわけ?」

「さあなあ。それよかどう? 心はお決まり?」

「車?」

「まさか。野郎は乗せない主義」

 二ブロック歩いて喫茶店に入る。狭い店。カウンタのほかには二つしかテーブルがない。照明も仄暗く天井も低い。ついてくるべきではなかったのだろう。試験疲れで脳が正常に働かない。

「早く言えば?」

「飲ませろよ。美味いんだぜ、ここの」

「帰らせたってどういうこと?」

 際居はコーヒーカップを口につける。カップを運んできた初老の男がしみじみとした顔で懐かしいね、と言っていたのを思い出す。際居の長所にもう一つ付け加える。外面。

「君らどこまで進んだのさ」

「こっちの質問が先。なんで帰ったわけ?」

「だからそれを言うにも君がどこまで彼女のこと知ってるかって確認してるんだよ。ヌエジさんにお姉さんいるの知ってる?」

「それがなに?」

「なかなかお美しいんだけど、そういう人に限って婚約してやがるわけだ。ああ残念」

「話が進まないんだけど」

「だからさあ、その美しいお姉さんの婚約者が亡くなった」

「いつ?」

「今日の午前中。君たち受験生がマークシートしこしこ塗ってたときだね」

「それがなに? 俺に聞かせる意味は?」

「そんなの察しろよ彼氏。可愛い彼女のお姉さんが哀しんでるってことは可愛い彼女も哀しいわけだ」

 際居が短い脚を組む。

「駆けつけてあげたほうがいいんじゃね?」

 熱帯夜になるかもしれない。空気が蒸して湿っている。高温多湿の夏。

 いつもと同じ夏。

 Nのいない夏は今年で何度目になるのだろう。

 帰る時間をずらしたおかげで、模試帰りの面々と同じ車両に乗らずに済んだ。際居は陰険で派手な車に乗っていなくなった。

 家に着くと親が玄関で待ち構えていて不快。すぐに自分の部屋に入る。夕食の心配をされたが断る。一緒に食べようと思って待っていたらしいがそんなことは知らない。明日も模試があるからと言ったら親は廊下から立ち退いた。

 死んだ?

 人はいずれ死ぬ。人と何かの境界線にいたNだって死んだのだ。鵺路の姉の婚約者が死んだってなんらおかしいところはない。

 死にたいって思ったことある?

 ない。あるわけがない。死ぬべきではない。まだ死んではいけない。

 Nならなんて言うだろう。

 とっくに死んでしまったNならば。


     6


「何したいわけ?」

 日差しが強い。重低音の掛け声と汗のにおい。声を出さないと走れないというわけのわからない連中。楽器の演奏も聞こえる。同じフレーズを繰り返すのはもうやめろ。

「何したいわけ?」

「聞こえてるよ。わざわざ言語化しないと伝わらないかな」

「こっちが質問してんだから」

 視線が貫通する。千枚通しのように鮮烈に。

「ついてくればわかる」

 砂の平地と水の窪地の間に建物がある。近づいたことなどない。全生徒のうちここに用がある連中のほうが圧倒的に多いが、とにかく自分には縁がない。それはこいつだって同じ。いつもの気紛れにしては手が込みすぎている。

「そんなに暇なわけ?」

「暇だよ。暇すぎて気が狂いそうだ」

「もう狂ってんじゃない?」

「だろうね」

 この余裕ぶりが気に入らない。ふりではない。本当に心の底から余裕なのだ。だからこそさらに腹が立つ。地面に埋もれていた石をわざと掘り起こして蹴ってみる。脚に命中。

「痛い」

「偶然だし」

「なら仕方ない」

 建物は平屋で、まったく同形のドアがまったく同間隔でずらりと並んでいる。その中の一つをノックする。もちろんこいつが。二秒でドアが開く。女の作り笑顔がのぞく。

「入部希望者? それとも見学?」

「いいえ、実は」

 上級生なのだろう。急に態度が恭しくなる。日頃の顔と比べると反吐が出る。女が引っ込んで別の女が二人出てくる。そちらに用があったのか。誰だ?

「二人ともさっきの体育休んだよね。実は僕も休んだ。これがどういう意味かわかる?」

 出た。お得意の、皆まで言わない戦法。短い髪と長い髪は慣れていないからやたら困惑している。

「どういう意味なのよ」と短いほう。

「ポケットの中に入ってるものは返したほうがいい」

 短いほうがびくりとなった。図星か。

「ポケットて何よ」と長いほう。

「ポケットも知らないのかな。説明する?」

 噛み付かんばかりの勢いだった長いほうがみるみる赤くなった。口の端が痙攣している。

「なんでそんなこと」と長いほう。

「知ってるよ。もっとこっそりやるべきだったね。成功してうれしいのはわかるけど騒がないほうがいい」

 女二人は顔を見合わせる。反論不可。

「どういうつもり?」と短いほう。

「たまたま眼にしたんだ。だから気になって」

「ああそう。ふうん。そうだったんだ」と短いほう。

 女二人がけたけた笑う。気色悪い。

「推測は勝手だけど返してくれない?」

「それでポイント稼ごうってわけね。好感度最高じゃない?」と長いほう。

「少なくとも君らよりは稼げるかもね」

 短いほうがしぶしぶポケットから何かを出す。本当にポケットに入っていたらしい。つくづく透視的だ。

「私たちのことバラす?」と短いほう。

「言ってほしいみたいだね。なるほど、君ら」

「さっさと行きなさいよ!」と長いほう。両方か。

 ドアが閉まる。仕返しに鼓膜を破るつもりだったらしい。そのくらい喧しかった。なかなか耳鳴りが消えない。

「なにそれ」

「見ればわかる。それとも見てもわからない?」

「金属」

「それも貴金属だ」

「誰の?」

「それをいまから届けに行くんだよ。どう? 今日の暇潰し」

「最悪」

 校舎内に戻る。おそらく教室。水道の辺りで女とすれ違う。

「まだいる?」

「あ、うん。でも」

 不審だろう。もちろんこいつだけが。

「親友の君に許可を取れば話せるかな」

「え、親友?」

「親友だよね?」

 女はあからさまに笑顔になる。視線があっちこっち動く。

「いいかな」

「仕方ないなあ。私、これから塾なんで」

「さようなら」

 女は凄まじい勢いで走っていった。塾なんか遅刻しろ。

「外で待つ?」

「誰がいんの?」

「さっきの子の親友」

「それがわかんないんだけど」

「クラスメイトくらい憶えたほうがいい。さっきの女子二人もそうだったんだけどきっと気づいてないだろうね」

 教室の中に女がいた。床に這いつくばって両手をつけながら移動している。長い金髪が床掃除をしている。染めてるのか地毛なのかわからない。大差ない。

「探してるのはこれじゃない?」

「え?」

 女が顔を上げる。眼の周りが赤い。さっきまで泣いていたらしき顔。一瞬で涙を止めた。割と根性がある。

「え、どこで」

「更衣室の入り口に落ちてたよ。君のだよね?」

 出た。笑顔つき虚言。非の打ち所のない笑顔のせいでこれが嘘だとは誰も思わない。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

 廊下に出る。女は追ってこない。それでいい。

「さっきの何?」

「顔からしてスラブ系が半分だろうね」

「そうじゃないんだけど」

「ああ、さっきの女子の仮説についてね」

 もう一度靴を履く。面倒極まりない。

「答えは君がよく知ってる」

「誤魔化してんじゃない?」

「誤魔化す意味はないね。単なる暇潰しなんだから。もし今日のこれであの金髪の子が僕に何らかの好意を抱いたとする。でもそれが何だろう? 君の嫉妬としか」

「なんで犯人わかったわけ?」

「見てた。これより決定的な証拠はない」

「じゃあわざと見逃してわざわざ取り返しに行ったわけ。へえ、相変わらず性格最悪」

「褒め言葉だよ」

「死ねば?」

「それ、結構気に入ってるんだ」

 いつものように区立図書館に向かう。

 これが最後とも知らずに。


     7


 危うく寝坊しそうになった。急いで着替えて、来たばかりの電車に飛び乗る。寝ぼけ眼に目覚まし時計を止めてしまったらしい。二度寝。頭がぼんやりする。右耳と左耳から入る聴覚情報が上手く結びつかない。会場に着いても何も考えられなかった。受験上の注意が入ってこないのは勿論だがマークシートが配られて初めて今日も模試、ということを再認識した。

 寝る前にNからもらった手紙を読むべきではなかった。引き出しの奥に仕舞っておいたら隙間から落ちて机と壁の間に挟まっていた。それを拾うべきではなかった。

 文面が頭の中でNの声付きで延々リピートされ、眼を瞑ると便箋ごと映像が再現。Nがどこでどうやってペンを走らせたのか。どういう気持ちで書いたのか。どういうつもりでポストに入れたのか。映画のように一方的に上映。終わったのに外に出られない。もう一度観なさいといわんばかりに出入り口が固く閉ざされている。座り心地の悪い椅子に縛り付けられている。

 Nの父親はどこぞの大学で教授職に就いている。母親はNが顔を憶える前に離婚した。実は結婚していなかったのかもしれない、とNも言っていた。

 Nは広すぎるマンションにたった一人で住んでいた。Nの父親は大学の傍に寝泊りする部屋があった。休日にそこに泊まりに行くこともあったらしいが基本は一人。父親は滅多に帰ってこない。しかし別に父親に新しい相手がいたわけではない。N自身が言っていたのだから間違いないのだろう。

 開始時間になっても終了時間を迎えても鵺路は現れなかった。一日目を受けなかったも同然なので今更出てきても意味がない。それか昨日のことが本当にショックで出てこられないのか。

 人が死んだくらいで。

 帰宅する群れを避けながら駅に向かう途中で携帯電話が鳴った。無視しようと思ったがあまりにもしつこいので出てしまった。

「終わった?」

「日程くらい憶えれば?」

 際居。番号を教えた憶えはないので職権乱用だろう。非通知という失礼な掛け方で気づくべきだった。

「あの後、駆けつけてあげた?」

「あんたが行けば? あんたのこと好いてるらしいよ」

「だから行かねえわけよ。わかる? せっかく結ばれそうなカップルの邪魔したくねえんだ優しいキワイ先生は」

「優秀な生徒に嫌がらせするくらいしかすることないなら、振られた彼女に土下座してくれば?」

「恋人放っといて模試なんか受けてる学年主席君に言われたかあねえなあ。それに俺、女に振られたことないしさ」

「じゃあ男?」

 気色悪い笑い声がしたので耳から離した。

「ああ、そ。ふうんわかった」

「切るけど」

「へえ、お前は寝れな」

 切った。電源も切った。

 暗くなるまで待って家に帰った。時間を潰した、というよりは時間をどぶに捨てた、に近い。鵺路のせいとしか思えない。ついさっき際居のせい、も付け加えられた。部屋に直行してそのまま眠ってしまった。

 雨の音で眼が覚めた。時刻を確認するまでもない。親を起こさないようにこっそり外に出る。親に配慮したわけではない。顔を合わせたくなかった。

 ビニール傘に雨粒が当たる。早朝でもやはり人はいる。見覚えのある顔が改札を通過して行った。鵺路。

「なにしてんの?」

「えっと」

 電車はすでにホームにいた。鵺路は短いスカートを履いている。制服の丈よりさらに短い。向かいに座ったサラリーマンがちらちらと鵺路に眼を遣っている。

「先生から聞いた?」

「自殺?」

「わかんない。お姉ちゃんは何も言ってくれなくて」

「ケーサツとか来てるの?」

「わかんない」

「行ったんじゃないの?」

「シカさんの家で亡くなってたみたいだから」

「シカサン?」

「ホントはカシカさんていうんだけど」

 隣の駅に着いたらしい。アナウンスが入ってドアが開く。

「で、そのシカサンとやらの家に行こうとしてるわけ?」

「オカヅキ君は?」

「言う必要ないと思うけど」

「一緒に来てくれないかな? だめ?」

「シカサンとやらの家はどこ?」

 鵺路はごそごそとバックの中を探る。それほど大きいバックでもないのに見つけるまでに駅を一つ通過してしまった。ようやく出した紙は湿気でしわしわになっており、目的地までの道順が最寄り駅から示されていた。

 駅名を見てビックリする。降りようと思っていた駅。

「駅まで」

「ありがとう」

 雨足が弱まってきた。駅舎から外に出る頃にはもう完全に已んでいた。これから出掛ける人間は傘をもたずに移動できる。鵺路の行き先は駅の西口。自分は東口方面に用があるのでここで別れる。鵺路は名残惜しそうにしていたが無視して向きを変える。

「お昼一緒に食べれないかな」

「気が向いたら」

「終わったらメールしてね」

 傘をもっている人間を見かけない。晴れているのだから当然。移動の邪魔になってイライラする。捨ててもいいのだが鵺路に説明するのが面倒。鵺路に説明? お昼に落ち合うつもりでいたのか。間違いだ。

 気温が上がって髪の毛がじりじり焼かれているよう。汗が流れる前に到着することが出来た。これだけ駅から近ければかなりの相場だろう。Nが住んでいたマンションを見上げる。無関係の客は中には入れない。地下が駐車場であり、二十階以上はある。

 上から二つ目のフロアを丸々所有していたはず。上から二つ目ではなく、上から二つを所有していたのかもしれない。記憶が曖昧。だがNの父はすでにここには住んでいない。いまは赤の他人が居座っている。そんな気がする。

 Nの家に行ったことはない。たまたま住所を憶えていたからここまで来れたようなものだが、ただの一度も遊びに行きたいと思ったことはない。傍から見れば仲のいい友だち同士に見えただろうか。或いは学年首席と万年二位だったから、いいライバル同士か。一緒に切磋琢磨して一緒に勉強を教えあって一緒に図書館に通って。

 鼻で嗤える。友だちのはずがない。ライバルでもない。そう思ったことなんか一度もない。むしろ好きではなかった。憎んでいた。Nさえいなければ自分は学年首席だったのだ。Nさえいなければ。

 駅まで引き返して電車に乗る。鵺路のことは知らない。そもそも関係ない。人が死んだだの、そういう厄介なことに巻き込まないでほしい。用があるのはまた東口。徒歩一分で着いてしまう。Nの父親が教授をしている大学。三学部しかない割に敷地が広大で、オープンキャンパスの際には必ず迷い人が出る。

 夏休みだけあって学生はほぼいないに等しい。がらがらのゴーストタウン。外が暑いからかもしれない。建物の中にうじゃうじゃしているのかもしれない。人工的な涼風に当たりながら。

 Nはここに通いたかったのだろうか。自分の父親が教授をしている大学なんて厭だ。そう言っただろうか。Nだったら何にでもなれた。まさに前途洋々、輝かしい未来が拓けていた。Nの父親はショックだっただろう。自慢の子を失ってしまったのだから。そのせいで半年ほど入院したという噂もある。

 素知らぬ顔をして建物内に入る。Nの記憶のまま現在まで不変であるなら、この建物にNの父親の研究室がある。入ってすぐの壁に案内板があった。最上階丸々ワンフロアがNの父親の研究室として宛がわれていた。最上階丸々ワンフロア? 

 薄気味悪くなってくる。教授に与えられる研究室というのはそこまで広くする必要はあるか。権力に応じて大きくなるのだろうか。それだったらNの父親の研究室はこの大学で最も広くなければいけない。学生を沢山収容すべき講義室のほうが狭いかもしれない。

 何となく二階まで上がってきてしまった。準備室とかかれたプレートが廊下に向かって突き出ている。掲示板は三分の二ほど使用されていた。名指しで呼び出されている学生もいる。どんな悪いことを仕出かしたのか。天井に近い位置に、教授の研究室番号と出校日が掲示されていた。Nの父親は日曜以外毎日来ているようだった。しかし夏休みは関係ないだろう。

「見学してるの?」

 隣に女がいた。短めの髪でメガネをかけている。若そうなので学生かもしれない。

「どうして見学だってわかったんですか」

「学生はこんなとこ熱心に見ないの。それに夏休みだし。入学希望者かな。迷ってる?」

「先生ですか」

「一応、指導する立場にあるよ」

 どちらかというとフォーマルな衣服だった。淡いブルーのブラウスにグレイのミニスカート。丘槻よりも断然背が高い。雰囲気と外見が、際居の好きそうなタイプだった。

「どこの高校?」

「遠くです」

「暑い中よく来たね。学部はどこ狙い?」

「決めてません」

「じゃあここにしたってわけじゃないんだ。いろいろ見て回ってるの?」

 鬱陶しくなってきた。鵺路といい勝負。どうすれば追い払えるだろう。

「他も見るとこあるんで」

「案内しようか。実は私、いま部屋に入れないの」

「特に間に合ってます」

 そうは言ったが納得してくれなさそうだった。部屋に入れないというのはどういう意味だろう。鍵を失くして締め出されたとしたらこんなところで待っていないで合鍵なりを頼めばいい。女はしきりに腕時計を確認しているようだった。

「心理学の先生ですか?」

「ここにいるのはたいていそうね」

「死についてどう思いますか?」

「それは答えにくい問いね。もう少し的を絞ってくれないと」

「自殺した知り合いがいるんです。どうして死んだと思いますか」

「もっと答えにくいなあ。自殺の一般論じゃなくて、君の知り合いが自殺してしまったことについて問うてるわけなのね?」

「俺に遺書を送ってきたんです。でもそこに動機が含まれてるとは思えません。俺に止めてほしかったんでしょうか」

「君とその自殺した子は親しかったの?」

「小学校からずっと同じクラスでした」

「同じクラスだとしても親しくない子もいるわね。友だちだったとか親友だったとか。そういうのはないの?」

「向こうはたぶんそう思ってたかと」

「難しいね。私にはコメントのしようがないわ」

「いいです。ちょっと聞いてもらいたかっただけです。不躾にすみません」

「役に立てなくてごめんね。もう少し具体的な話をしてくれれば何か言えるかもしれないけど、それは私じゃないほうがいいんじゃないかな」

 やめておけば良かった。Nを知らない他人なら誰でもよかったはずなのに。いざ言おうと思うと何も言えなくなる。心理学はそういう学問ではないのか。わからない。

 Nが好きだったのは心理学だった。やはりNはここに通いたかったのだ。

「失礼します」

「もしここに入ったらよろしくね」

 階段を下りようとしたときにエレベータが到着した。

「あ、先生」

 丘槻は足を止める。さきほどの女がNの氏を呼んだ。男は靴音を響かせながらゆっくりと移動する。艶のない黒髪。冷めた瞳。血の気のない顔。空間を律する存在感。

 Nかと思った。

 見るのは初めてだった。Nの言っていた通り。瓜二つなんてものではない。クローンのようだった。寒気がする。Nが生きているみたいだった。Nが生きていて年をとった姿がそこにあった。足が動かない。もうNとしか思えない。白衣を着たNがそこにいる。Nの父親だ。

 眼があった瞬間走っていた。階段を転げ落ちそうになる。足を踏み外す寸前で手すりにしがみ付く。声を聞きたくなかった。もしも声を聞いてNそのものだったらどうすればいいのだ。

 Nだ。Nとしか考えられない。差異だってほんの僅か。メガネの有無。しかしそんなこと関係ない。Nのメガネは伊達だったのだから。

 Nだけ何らかの事情で先に年をとってしまったのだ。だから中学に通えなくなった。引っ越したということにすれば誰も疑わない。Nの頭脳なら一気に大学に入ってもまったく問題ない。教授になったってなんらおかしいところはない。教授になって好きな心理学を思う存分研究すればいい。ではあの日記のような遺書の意味は?

 手掛かりだ。気づくのが遅れた。頭が悪くなっている。学年首席が聞いて厭きれる。そう言って笑い飛ばすつもりなのだ。

 Nは生きている。


     8


 六月五日(木) 

 たぶん雨(音がする)


 いつもと同じ時間に起きる。

 いつもと同じ料理を食べる。

 いつもと同じ人間が会いに来る。

 いつもと同じ内容を話す。

 いつもと同じ時刻に帰って行く。

 いつもと同じ部屋にいる。

 いつもと同じ時間に寝る。


 いつもと違う明日が来る。

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