第11話 塔の上の舞踏会


 スペードが注射器を引き抜き、地面に投げた。


「姫様、薬を開発したのはこの私です。自分の不利になる薬をあなたに渡すと思いましたか?」


 スペードがにやりとした。


「愛おしい姫様、どうか実験の邪魔をなさらず、大人しくしていてください」


 クレアが撃った。スペードが開発した盾で身を守った。


「素晴らしい威力です。姫様。ぐふふ」


 助手であるクラブはツルに巻き込まれ白目で倒れている。


「あなたのエネルギーを使えば、もっと素晴らしい薔薇が咲くに違いない」


 スペードが走った。


「あなたのエネルギーさえ吸収してしまえば、青い薔薇は完全に咲く。そうすれば、人間のエネルギーの素晴らしさが実証できる! 実験は成功だ!」


 スペードが走り出す。その先を見て、全員が眉をひそめる。しわしわになったゴールドが、変なロボットの心臓となっており、そのロボットにスペードが乗り込んだ。


「あなたのエネルギーをいただきます!」


 ロボットが変な光線をクレアに向けたが、ソフィアが笛を吹いた途端、光線が消えた。クレアの魔力は満ち溢れ、今にもスペードに向けられそうだ。


「こりゃいけない。きっと狭いのが悪いんだ」


 ガラスの蓋をして、スペードがロボットを操縦した。


「ヒァーウィーゴオオオオオオウ!!」


 窓から抜け出し、ロボットの足が蜘蛛のように素早く壁を登り始めた。しかし、リトルルビィがそれを瞬間移動で追いかける。


 二人が塔の天辺に立った。


 スペードは感動した。吸血鬼の瞬間移動が、ここまでのものと知れてとても嬉しくなった。


「ああ、リトルルビィ! 君の薔薇はとても綺麗だったよ。本当に美しかった! もう一度見せてくれないかね!」

「嫌よ! あれ、すっごく苦しくて、痛いんだから! もう絶対に誰にも咲かせるものか!」

「そんなこと言わないの! もう! これだから思春期の女の子は大変! 大人しくお花を見せてちょうだいな!」


 スペードがスイッチを押した。ロボットの足が蜘蛛のように走り出す。リトルルビィに突っ込んでくる。しかし、リトルルビィが避けて、追いかけ、技手でロボットの足を掴んだ。


「あら!」

「でえええええええええええい!!」


 リトルルビィが足を一本引き抜いて、ロボットに刺した。しかし、ロボットの丈夫な体には穴一つも開かない。


「あらあら! なんてこと! 足がなくなっちゃった!」


 でも大丈夫!


「第二形態!」


 スペードがスイッチを押した。ぽちっとな。するとロボットに新しい足と二つの腕が生えた。リトルルビィが下がった。ロボットが生えた両腕をリトルルビィに向けた。


「それいけ! 最強ロケット!」


 腕がロケットになりリトルルビィに発射された。リトルルビィが走り出した。ロケットが方向転換して追いかけてきた。リトルルビィに狙いを定めている。そして、ロボット本体も足をかくかくと動かし、リトルルビィに向かって突っ込んでくる。リトルルビィが辺りを見回す。今までの経験上からひらめいた。リトルルビィが高く飛び上がり、ロケットを義手で叩き殴って跳ね返した。おまけに倒立前転して、もう一つのロケットを蹴り飛ばして、ロボットの本体に跳ね返した。スペードがはっとした。


「あらあら大変!」


 本体とロケットがぶつかった。しかし、本体は頑丈な作りなので、傷一つない。


「あらあら! 腕がなくなっちゃった!」


 でも大丈夫!


「第三形態!」


 スペードがスイッチを押した。ぽちっとな。するとロボットに新しい腕と頭が生えた。顔がリトルルビィに向けられ、目が光る。


「それいけ! 男の憧れ! 目からビーム!」


 リトルルビィが避けた。避けなければ、今頃当たった地面のようにどこかが溶けていたことだろう。リトルルビィがロボットを睨んで走り出す。どこかに隙はないか探すが、頭には顔があるものだ。目、鼻、口、耳。その全てから、ビームが出された。


「どうかな!? ルビィ! このビームから避けられるかな!?」


 おまけに両腕を向けられる。


「いけ! 最強ロケット!」


 ロケットが発射された。その周りをビームが囲む。リトルルビィは吸血鬼の目を動かす。ほんの小さな隙間をくぐってビームとロケットから逃げ出す。そしてまた隙をうかがう。リトルルビィが目玉を動かした。そして、経験上からひらめいた。リトルルビィがロボット本体に近づき、頭の天辺に立った。人間には髪の毛があるけれど、ロボットに髪の毛はないから、ここはビームが発射されない。ロケットが上からやってきたので、当たる寸前で避ければ、両腕のロケットが頭に激突して、頭が破壊された。


「あらあらあらあら! 頭がなくなっちゃった!」


 でも大丈夫!


「第四形態!」


 スペードがスイッチを押した。ぽちっとな。するとロボットに新しい腕と新しい頭が生え、スペードが蓋を開けてお気に入りの青い薔薇をつけた。そしてまた蓋をして、スイッチを押すと、ロボットがドレスを着た。まるでロザリー人形のように可憐になった。青い薔薇が自ら種を撒き散らす。まるで頭皮からフケが舞うように。ドレスで見えなくなった蜘蛛のような足が動き、ロボットがくるくる踊り始めた。顔からビームが発射され、踊るたびにロケットが発射された。おまけに種を撒き散らす。近くに寄れば、リトルルビィは種の餌食になってしまう。


 リトルルビィはどうしたらいいかを考えた。そこで、肩を叩かれた。


「大丈夫。君は種を避けることも出来るし、ビームにも当たらない。そうやって動けるだろう。なぜなら、私が君ののろまな動きを盗んだからさ」


 ソフィアの黄金の目を見た瞬間、リトルルビィの動きが今までよりも俊敏になった。種には当たらずビームにも当たらない。走りこんで、跳び跳ね、その度にスペードが操縦するロボットがリトルルビィを追いかけた。だがしかし、餌に夢中になってた隙に、ソフィアが笛を吹いた。大きな突風が吹き荒れ、青い薔薇が頭から取れてしまった。ついでに誘われてやってきた砂が機械の隙間に潜り込み、頭が故障した。


「あらあらあらあら! なんてことかしら! もーう! やんなっちゃう!」


 でも大丈夫!


「第五形態!」


 スペードがスイッチを押した。ぽちっとな。するとロボットに新しい腕と新しい頭が生え、スペードが蓋を開けて新しい青い薔薇をつけた。そして背中から青い薔薇のツルが二つ伸び、まるで鞭のように鋭く地面を叩いた。


「シャル・ウィ・ダーンス!」


 再びロボットが踊り始める。スペードが華麗な音楽をスピーカーで流した。それに合わせた演奏をソフィアが奏でた。笛を奏でればロボットの動きが鈍くなる。それを見てリトルルビィが近づいた。しかしそれを見たツルが容赦なくリトルルビィに向かって伸びてきた。棘のあるツルに、リトルルビィが当たった。鋭い痛みにリトルルビィが悲鳴をあげ、一度下がった。ロボットの動きは鈍いがツルが生きているように俊敏に動いている。ソフィアはロボット本体を相手にしている。ならばリトルルビィはこのツルを相手にしなければいけない。けれど恐れることはない。今までだって切り抜けてきた。リトルルビィは考えた。棘のあるツルを相手にするにはどうしたらいいか。しかし答えは簡単だ。リトルルビィはお気に入りに赤いリボンを外し、生の手に巻きつけた。そして、ツルに突っ込んだ。自分に向かって伸びたツルを義手でしっかりと握り、赤いリボンを巻きつけた手でも掴み、棘が少し痛いけれど、それでもそのツルをしっかり掴み、下半身に体重を入れて、体ごとぐるんぐるんと回り始めた。回ればロボット本体も釣られて一緒に回り出す。


「あららららららららら!」


 リトルルビィが手を離した。ロボットが投げ飛ばされる。ころんと転がったところにリトルルビィが走りこみ、蹴りをいれた。ガラスにひびが入った。


「あらやだ! ひびが入った! 怖いんだから、もーーー!」


 ロボットが起き上がる。ソフィアとリトルルビィが離れた。蓋にひびが入ったけど、でも大丈夫!


「第六形態!」


 スペードがスイッチを押した。ぽちっとな。するとロボットの背中に生えたツルの下から、可愛い羽が生えた。羽がぱたぱたと動き始め、虫のようにロボットが飛びはじめた。空から種を撒き散らし、棘のあるツルで叩いてくる。顔からはビームを出して、両腕からはロケットを出す。


「さあ、どうかな! これならどうかな!? これでもついてこれるかい!?」


 スペードは実験を始める。リトルルビィはその期待に答えなければいけない。ならばとリトルルビィはひらめいた。もうこれ以上は私には無理だと思ったので、リトルルビィは傘を開いてソフィアと見守ることにした。傘に種が当たり、青い薔薇を咲かせる。


「どうした! ほらほら! おいで! 私の期待に答えておくれ!」

「博士、このスイッチはどうなっているんだ?」

「ああ、これはね、首が回るのよ」


 スペードが振り向くと、後ろに乗ってたクレアに頭を殴られた。


「ふぎゃ!!」

「スイッチオン」


 クレアが操縦した。ロボットが首を回しながら空を飛ぶ。


「な、なっ、いつから!」

「ここを押すとどうなるんだ?」

「や、やめて! そんなに触らないで!」

「スイッチオン」


 顔が空を見上げた。目から動画が再生された。クラブが着替えているところを撮ったようだ。


『わあ、何撮ってるんですか! 博士のえっち! とかなんとかってね!』


 みんなは不快な気分になった。


「ここはなんのボタン?」

「お、おやめを!」

「スイッチオン」


 ロボットの羽が取れた。びよーん。どこかへ飛んでいった。


「いやー! 羽が取れてしまった!」


 ロボットが地面に叩き落された。


「ひぎゃん!」

「スイッチオン」

「ちょ、あの」

「スイッチオン」

「こ、これ、まだ試作品で……」

「スイッチオン」

「そ、そんなに触られたら」

「スイッチオン」

『エラーが発生しました』

「きゃーあ!」


 スペードが悲鳴をあげた。エラーのサイレンが鳴る。


『エラーが発生しました』

「ちょっと! 姫様! なんてことするんですか! ああ、大変だ!」

『エラーが発生しました』

「ああ、えっと、こうしてああしてこうしてこう! そんでちょちょいとこうしてああして」

『エラーが発生しました』

「これは動かしたらどうなるんだ? えい」


 クレアの馬鹿力でぽきっと操縦レバーが取れた。


「ああああああああああああああああ!!」

「博士、取れちゃった」

「姫様! 退いてください! あらやだもう! どうしましょうか!」

「なんか酔ってきた」

「え!?」

「うぷ」

「あらやだあらやだ! こっちに顔を向けないでくださいな!」

「吐きそう……。うぷ……」

「やだーーーー! こっち向かないでーーー!」


 博士が蓋を開けた。クレアが飛び降りた。


「えっと、これをこうして、ああして、こうして」


 リトルルビィがクレアを受け止めた。棘で傷ついた手は、もう治っていた。


「えっと! えっと! えっと!」


 クレアが銃をふともものベルトから出した。


「あら直った! ほっ!!」


 ロボットが振り返る頃、クレアが銃を構えていた。


「あら?」


 クレアが銃でスペードを撃った。


「残念!」


 操縦してスペードが避けた瞬間、


「あら?」


 ソフィアが笛を奏でた。とても素晴らしい演奏に、突風が吹いた。


「あら?」


 リトルルビィの赤い目が光った。バランスを崩したロボット本体の足を蹴った。


「あら」


 ロボットが後ろに下がった。掴むところがない。


「あら」


 羽はない。クレアが壊してしまった。


「あれ」


 風は吹き荒れる。ソフィアが笛を吹いたから。


「あれ?」


 リトルルビィが呟いた。


「地獄に堕ちろ」


 塔からスペードを乗せたロボットが落ちた。


「ひゃあ」


 スペードが落ちていく。


「ひゃあああああああ」


 ゴールドとスペードの二つの命が落ちていく。


「ひゃあああああああああああああああ」


 キッドとスノウ様の命を背負って落ちていく。


「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」


 ロザリーに恋をした王子様はお姫様に落とされた。

 だから、スペードも落ちていく。

 クレア姫に操縦という名の誘導をされて落ちていく。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 人間のエネルギーはすごいらしい。けれど、それと同じくらい、もろくてはかない。高いところから落ちたら、人間はどうなる?


「そう。これが実験結果だ」


 塔の下の、赤い花畑。


 その上に、壊れたロボットと、血を流して絶命したスペードが、青い薔薇を咲かせていた。


「このことをなんていうか知ってる? 因果応報というらしいぞ」


 クレアが顔を上げた。小宮殿の屋根に咲いた青い薔薇を見た。クレアが銃を構えた。その銃に、魔力を込めた。でも自分だけでは足りない気がして、手を伸ばした。その手に、メニーが触れた。しっかりと握りあえば、自分にはない魔力までもが銃にこめられた。狙いを定めて、ためらうことなく引き金を引く。魔力の込められた弾が巨大な青い薔薇に飛ばされる。青い薔薇の実に銃弾が当たった瞬間、美しい光が青い薔薇を包んだ。


 光の粉が全てを包む。青い薔薇も、小宮殿も、ロザリー人形も。呪いは浄化される。雲に穴が空いた。そこから風が吹き、雲が飛ばされた。星空が見える。


「なんて美しいんだ」


 意識の戻ったクラブが呟いた。


「呪いを浄化すれば、こんなにも美しい景色が見られるのか」


 クラブが知りたくなった。


「僕は知りたい。どうしたら呪いが浄化されるのか」


 振り向けば、今までの資料が全て残されている。


「研究を続けなければ」


 物知り博士はいない。ならば、


「そうだ! 僕が物知り博士になればいいんだ!」


 白衣を身にまとう。


「僕はクラブ! 何でも知ってる物知り博士!」


 呪いのことも、どんとこい!


「僕が強力な呪いでも浄化する薬を作ってみせよう!」


 新たな物知り博士が誕生した時、あたしは階段で息を切らしていた。


(何? どうなったの? みんな、あの変態博士とまだ戦ってるの? ああ、足が痛い。呼吸困難になりそう!)


「ああ、お疲れ。テリー」


 階段に座ってたドロシーに言われ、あたしはとうとうその場で足が止まった。


「て、てめえ、よくも、メニーと、先に、いきやがって……!」

「戦いは終わったよ。死も回避された」

「……死? 誰の? あたしの?」

「うーんっとね……」


 ドロシーがにこりと微笑んだ。


「君は、『ニクスを見つけだす』ことによって、スノウ王妃に『毒を盛った犯人を見つける』ことができた。ってことはつまり」


 罪滅ぼし活動ミッション。


「完了ってことで」


 ミッションクリア。ドロシーが立ち上がった。


「お疲れ様。テリー」

「……」

「とりあえず、塔の上に行けば? みんな待ってるよ」

「……あたし、休んでから行く……」


 みんなが綺麗な星空を見てる頃、

 小宮殿の人々が目を覚ました頃、

 あたしは長い階段に座り込んだのだった。



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