第7話 天使の導きのままに(3)


 壁の向こうにあるのは、長い階段。そして、エレベーターだった。そこから、広大な大都市が広がっているのが見えた。


 家が並び、公園があり、店まである。畑もあり、動物も住んでいる。ここはまるで、もう一つの城下町。ただ、青空がないだけ。


「エレベーターで行こう。あたくしは少し疲れた」

「賛成」


 あたしとクレアがエレベーターに乗り、ボタンを押した。エレベーターが大都市へ向かって下りていく。エレベーターから夜景のような景色が見える。


(……これがドロシーの言ってた地下)


 ドロシーも、景色をじっと眺めている。


「魔法使い達が住んでいたところらしいぞ」


 膝を抱えて眺めるクレアが言った。


「天使どもがあたくしに地図を植え付けた時、まさかと思った。お爺様から聞いたことがある。その昔、魔法使い達は迫害され、全滅したと言われているが、そう言わないと当時の王が納得しなかったからだと。キング様はここを作り、魔法使い達を匿った。厳重に壁を作り、仕掛けを作り、絶対に人間に気づかれないようにした。それがこの町らしい」


 建物に明かりがついている。


「暗い町なのに、なぜだろうな。どうしてか、安心する。とても不思議だ」


 エレベーターが下りていく。


「……さっきのおじいちゃんの言っていた自然破壊の件。確かにわが国でも森林破壊が行われている。しかしそれはもう国会で議論され、森を守る政策をすることも決まっている。切られた木を掘り種を撒き、何年もかけて木を蘇らせる。場所も決まっている。その場所では動物達が自然の生活を出来るように、なるべく人は近づかせないようにもしている。実行されてまだ四年だ。あの老人はここで働きながら、何を見てきたのだろうな」

「……」

「飴は人間を壊す。欲望を満たす。あのおじいちゃん、相当な動物好きらしいけど、本当はそれを口実に王族に攻撃したかっただけではないか? あたくしはそんな気がするんだ。ヤジを飛ばすのと同じように、政策が気に食わないから動物や自然破壊を理由にし、自分は正しいと思い上がって攻撃を仕掛ける。そして関係のない人までもを恐怖に陥れる。正々堂々向き会うあたくしと、陰湿なヤジ飛ばしのおじいちゃん。お前はどちらが正しいと思う?」

「関係のない人を恐怖に陥れないのなら、あたしを巻き込まないで」

「将来王族になるかもしれないお前が、関係ないと?」

「関係ないわ。ならないもの」

「お前の島の工事の時も、きちんと見張っておけ。よけいな森林破壊は法律違反だ」

「……自分の遺産を傷つけるばかなまねは、ベックス家の人間はしないのよ」


 エレベーターが止まった。扉が開かれる。クレアとあたしも出ていく。上を見上げれば、届きそうもないほど遠くの天井。ランプが光る町。外を出歩く者はいない。その時、ドロシーがぴくりと動き、あたしの腕から抜け出した。


「にゃー!」

「うわっ、何?」


 ドロシーが走り出す。あたしがドロシーを追いかけた。


「ちょっと、どこに行くのよ!」


 ドロシーが走る。あたしはその背中を追いかける。ドロシーが角を曲がった。人が歩いてきた。あたしとその人がぶつかった。


「ひゃっ!」

「ごめんなさい!」

「何よ。急に。びっくりした」


 その人が帰り血だらけのクレアを見て、悲鳴をあげた。


「ぴぎゃーーーー!!」


 ドロシーがすたこら走っていき、角を曲がり、ランプに囲まれた明るい建物の階段を登り、扉に爪を当てた。


「にゃー!」


 あたしもドロシーを追いかけて、建物に近づく。すると、扉が静かに開いた。ドロシーが声を張り上げる。


「にゃー!」

「うわっ」


 扉の隙間からドロシーが入っていった。扉を開けた人物がぽかんとして入っていったドロシーを見た。


「ドロシー? なんでここに……」


 黒い瞳がはっとして、あたしに振り向いた。

 あたしは目を見開いた。

 黒い瞳があたしを見て、同じく、目を見開いた。


「……テリー?」


 何も変わらないニクスが立っていた。


「テリー!」


 ニクスが慌てて階段を駆け下り、あたしの元へ走ってくる。


「どうして君がここに!」

「……ニクス……」

「まさか、君もっ!」

「ニクス!」


 あたしはニクスの手を握り締めた。


「もう大丈夫!」

「え?」

「迎えに来たわ!」

「……まさか」

「そうよ。出られるのよ!」


 手に力を込める。


「応援がすぐに来る! みんな、出られるのよ! ニクスが手掛かりを残してくれたから、みんなが助かるの!」

「……これは驚いた」


 なにやら、エレベーターのほうが賑やかになってきた。


「応援が来るの?」

「ええ。たくさんね」

「エレベーターの上に、開かない扉があったんだけど……」

「そこから入ってきたの」

「なるほど、ということは」

「ええ」

「本当に出られるんだ?」

「ええ」

「君があたしを追ってきたから」

「苦労したんだから。よくも意味のわからない日記なんか残してくれたわね」

「あ、見たの? あたしの日記。酷いな。プライバシーの侵害だよ。テリーってば」

「何が、プライバシーの侵害よ」


 視界がぶれてきた。


「ニクスはばかよ」


 手があたたかい。


「お人好しもいいところよ」


 見てないところで、みんなを守ってる。


「別に、心配なんてしてなかったけど」


 顔が熱くなる。


「ニクスがいなくなって、たかが一週間程度だし」


 雨が降ってくる。


「なんとも、なかったけど……」

「ごめんね」


 ニクスの手があたしの頬に触れた。


「心配かけてごめんね。テリー」

「……」

「怖かったし、不安だったよね。ごめんね?」

「……」

「でもテリーならわかると思ったんだ。あたしが解けなかった謎も、テリーにならわかると思ったから」


 日記に残しておこう。ブルーローズ。


「ここには、色んな人が連れてこられてる。議員も、貴族も、使用人も。マーガレット様もいるんだよ。ロゼッタ様もね」


 でもベッドで寝込んでるの。気分が悪いって。


「ここに連れてこられてからは、あたしなりに、どういう場所なのかを調べないとと思って、色々な本を読んだんだけど」


 ニクスが肩をすくませた。


「この地下都市にある本、すべて、誰にも読めない字なんだ。多分、昔の本なんじゃないかな。だから、みんな、動物を飼育して育てたり、畑を作ったりして暇を潰してるみたいで」


 だから、約一週間、生活に困ることはなかったよ。


「……だから」


 ニクスがあたしの頬をつねった。


「泣かないで? テリー」

「……泣いて……ない……。……花粉症よ……」

「ああ、そうだね。ブルーローズに囲まれて、花粉が飛んだんだろうね」


 ニクスがふふっと笑って、あたしを優しく抱きしめた。あたたかい。


「来てくれてありがとう。信じてた」

「……」

「テリーはあたしのヒーローだね。いつだって助けに来てくれる」


 ニクスがあたしの涙にそっとキスをした。


「今回もまた来てくれた」

「……ちゅうどく、しゃが、かかわって、たから、仕方なくよ……」

「信じてた」

「……」

「怪我はない?」

「……うん」


 あたしはニクスの肩に顔を埋めた。


「ニクスは?」

「ないよ。すごく健康」

「……あ、そう……」

「……お願い。泣かないで。テリー。テリーが泣いてるなんて、あたし、とても耐えられないんだ」


 ニクスがあたしの頭を優しくなでた。あ、気持ちいい。落ち着く。


(ニクス……)


「怖かったよね。本当にごめんね。側にいてあげられなくて」


 ニクスが耳元で囁いた。


「今夜は一緒に寝ようね?」

「……うん」

「キスする?」

「……ニクス、……目閉じて?」

「ごほん」


 咳払いが聞こえて、あたしとニクスが振り向いた。クレアが腕を組んでじっとあたし達を見ていた。ニクスがあたしを離して、お辞儀をした。


「これはクレア姫様、ご無沙汰しております」

「ニクス、貴殿の残した手がかり、大いに役に立った。感謝する」

「光栄です」


 ニクスが頭を上げた。


「姫様、この地下都市は、長い間いればいるほど、人によって体調が悪くなるようです。一年ほど前から居る者は、全員寝込んでおり、今にも死にそうでございます。その方々を優先に上へ運んでいただけませんか」

「わかった。そうしよう。その者達はどこにいる」

「……案内するのは構わないのですが……」


 返り血だらけのクレアにニクスが眉を下げた。


「クレア姫様は、大丈夫ですか……?」

「案ずるな。これは返り血だ」

「……あはは……、そうですか。……でも、着替えたほうが良さそうですね……」

「行った先で着替えよう。今は案内してくれ」

「ええ。わかりました」


 ニクスがあたしに振り向いた。


「テリー、せっかくだからメニーに会っておいで。結構前にエレベーターの前に倒れてるのを発見して、家で看病してたんだ。もう元気だから、話せると思うよ」


 ニクスが微笑む。


「すごく不安そうだから、安心させてあげて」


(……不安そうね)


 どうせ可愛子ぶってるだけでしょ。


「ええ、そうする。ありがとう。ニクス」


 手を握る。


「戻ってくる?」

「ここにいて。必ず戻ってくるから」

「……わかった」

「ごっほん!」


 クレアがまた咳払いをした。何よ。今日はタンでも喉に引っかかる日なわけ? ニクスが苦笑しながらあたしから離れた。


「クレア姫様、こちらです」

「結構」


 ニクスとクレアが暗い道を歩いていく。あたしはニクスの背中を見つめ、ニクスが生きている事実を知り、――息を吐いた。


(さて)


 裁判の時間よ。



 罪滅ぼし活動ミッション、姉妹会議をする。



 扉を開けると、木造の明るい部屋が広がっていた。二階建てのようだ。上にも繋がる階段がある。つけられていない暖炉の前で座るメニーが、ドロシーをぎゅっと抱きしめていた。


「ドロシー、よしよし、ほら、おいで」

「にゃー!」

「怪我はない?」

「ぺろぺろ」

「わっ、ドロシー! うふふ!」


 あたしは扉をノックした。メニーの肩がびくっと揺れ、慌てて振り返った。あたしと目が合う。


(……ああ)


 こんな時でも、あんたの青い目はとても美しいわね。


「お姉ちゃん」


 メニーが立ち上がった。


「どうして、ここに」

「迎えに来た」


 あたしは扉を閉めて中に入った。


「もう少しで兵士と騎士が押し寄せるわ。体調の悪い人から優先で救出活動を行う」

「……そっか。……よかった」

「……」

「……もう少し、時間かかるかと思った。でも……」


 メニーがチラッとあたしを見て、微笑んだ。


「来てくれたんだ」

「……来ないはずないでしょう? あたしはメニーのお姉ちゃんなんだから」


 にこりと微笑んで、メニーに近づく。世界で一番メニーを抱きしめる。


「無事でよかったわ。メニー。あたしがどれだけ心配したことか」


 ――無事だったのね。くたばってればよかったのに。


「メニーが元気そうでよかった」

「……うん。……お姉ちゃんも……」


 メニーが瞼を閉じた。


「何もなくてよかった」

「すぐに助けが来るわ。でも、今言ったように、救出する優先順位があるから、まだしばらく時間があるのよ」


 あたしはソファーにメニーを誘う。


「ちょっとお話しない? メニー」

「お話? いいよ。……お茶のむ?」

「……お茶あるの?」

「うん。これがすごく美味しいの」


 メニーがお茶を淹れ、正面に座ったあたしが飲んでみた。


(……あら)


「まろやか……」

「でも、味わったことがない味なんだよね……」

「不思議だわ」

「不思議なんだよね」


 あたしとメニーが同時にお茶を飲んだ。


「それで……どんなお話しする?」

「昨晩」

「……ああ」

「……帰らなくて悪かったわ」

「……ううん。それはいいの。クレア姫様でしょう? お仕事なら、しょうがないよ」

「……聞いてもいい? あんた、昨日の夜、あたしといたそうね」

「……」


 メニーが眉を下げた。


「お姉ちゃんと?」

「ええ」

「お姉ちゃん、部屋に帰ってこなかったから、一緒にいるはずないでしょ」

「……」


 あたしは眉をひそめた。


「コネッドが言ってたのよ」

「コネッドさん?」

「あんたとあたしが一緒にいたのを見たって。それも夜」

「……あー、わかった。それ」


 メニーが納得して頷いた。


「お姉ちゃんの影を見つけたの」

「影?」

「お姉ちゃんが帰ってきたのかなって思ったら、急に廊下をくるくる回り始めて、お姉ちゃん、鬼ごっこでもしてるのかなって思って追いかけたら」

「下水道に落とされた?」

「もー、びっくりしたんだから! でも、あれ、お姉ちゃんじゃないんでしょ?」

「ええ」

「だよね。うん。そうだと思った。ここに来てから、あれはきっと幻覚だったんだなって思ったもん」

「……」

「でも、お姉ちゃんが来てくれてよかった。ここに来てから、どうなっちゃうんだろうって、不安だったの。キッドさんもいないし。本当によかった」

「……ええ。びっくりしたわ。朝早く部屋に戻ったら、あんたいないんだもの」

「ニクスちゃんが色々面倒見てくれたの。ニクスちゃんも、無事で良かった」

「ねえ、メニー」

「ん?」

「今からとあることを訊くわ。答えたくないなら、答えなくていい」

「え、なに? 怖いよ」

「怖くないわ。簡単な質問よ」

「お姉ちゃんが珍しいね。何?」

「メニー」


 あたしはカップをソーサーの上に置いた。


「魔力を持ってるって本当?」


 ――部屋が静まり返った。


 あたしはメニーを見て、メニーがあたしを見る。さっきまで笑っていた顔が、急に真顔になった。そして、またメニーが口角を上げた。


「……誰が言ってたの? そんなこと」

「クレア姫様」

「クレア姫様が言ったの?」

「メニー、クレアにはね、魔力があるの。だからゴーテル様とスノウ様が、ずっとクレアを隠していたんですって。誰にも気付かれないように。傷つけられないように」


 メニーを見る。


「あんたは、どうなの? 持ってるの?」

「クレア姫様の話、コネッドさんから聞いたよ。呪われたお姫様で、お姉ちゃんが気に入って意地悪してるって。今は仲良しなんだね。それなら良かった」

「メニー」

「お菓子食べる?」


 メニーが立ち上がった。


「お姉ちゃん、魔法が使えたらお菓子だって簡単に簡単に取り出せちゃうよ」

「……ってことは、持ってないの?」

「これ、ニクスちゃんが持ってきてくれたの。長く住んでるメイドさんが作ってくれたんだって」

「メニー、真剣に聞いてるのよ」

「お茶のおかわりいる?」

「メニー」

「はい、どうぞ」


 メニーがクッキーの詰め合わせを皿に詰めて置いた。

 メニーがまた座った。

 メニーがお茶を飲んだ。

 メニーがお茶を置いた。

 メニーが深呼吸した。

 メニーが目を開けた。

 メニーの青い目があたしを見た。


「魔力があるとかないとか、そんなに大事なこと?」


 メニーが首を傾げた。


「私は、そうは思わない」


 メニーが瞬きした瞬間、あたしの髪の毛が解けた。はっとして肩を揺らすと、あたしの髪の毛がふわりと揺れた。もちろん後ろには誰もいない。なのに、勝手に髪の毛が結ばれていく。可愛い二つ結び。


「お姉ちゃん、二つ結び似合うね」

「……」

「思ったことがあるの。この町の本が読めない理由、本当は、ここは魔法使いさん達がいたところなんじゃないかって。だから、人間には読めない文字でも読めたんじゃないかなって」


 メニーがお茶を飲んだ。


「魔法使いさんって、つまり、魔力を持った人間のことを差してたんだよね。魔力で何でも出来る。絵を描くことも、毒リンゴを作ることも、空を飛ぶことも。だから、それに恐れた王様が、魔法使い達を迫害した。虐殺して、全滅させた。その政策を『魔女狩り』と呼んだ。当時、魔力のない人までも巻き込まれて、大変だったって、一緒に習ったよね」

「……」

「それと、クロシェ先生が言ってた。たまに人間の中でも、魔力を持った人間が生まれてきてしまう。今でもそれが続いているんじゃないか。だから、魔法使いは全滅してない。同じ人間だから」


 メニーが手をふわりと動かした。クッキーの皿がふわりと浮かんだ。


「物心ついた時にね、出来るようになったの。私、なんだろうと思って。お父さんに見せたの。そしたらお父さんね、すごく怒ったの」


 ――メニー、これは誰にも見せてはいけないよ。いいかい。絶対だ。お父さんと約束してくれ。お願いだ。その力はもう使ってはいけない。絶対だ!


「でも、それは、私を守るためだったんだよね」


 ――約束してくれ。


「約束したの。誰にも見せないって」


 浮かんでいたクッキーの皿がテーブルに置かれた。


「虐められちゃうから」


 メニーがあたしを見た。


「怖い?」


 不安定な瞳が、あたしを見つめる。


「私のこと、怖い?」


 あたしは手を伸ばした。そっと、クッキーの皿を持ち上げてみる。仕掛けはない。


「……」


 あたしは皿を置いた。腕と足を組み、大きく深呼吸をした。


「メニー」

「うん」

「うちで、その力を見せないで。ママとアメリがびっくりするから」

「わかってる」

「でも、気付かれないようになら使ってもいいわ。イタズラ目的はだめよ」

「……」

「クレアは塔に隠されてるけど、その力さえ見せなければ、誰だって普通に生活できる」


 ドロシーを見てみなさいよ。猫になってくつろいでるじゃない。


「魔力は役に立つわ。自分のためにも、人のためにも」


 ソフィアだって催眠を使う。

 リトルルビィなんて吸血鬼だ。

 リオンなんて影が動く。

 キッドなんて魔力がないのに魔力を持ってる並の天才だ。


「それを隠して生活しなきゃいけない方がどうかしてると思うけど、あたしが持ってたら、そうね。人に見せないっていうのはすごく理解できる。だから……」


 お茶を飲む。


「あたしの前では好きに使いなさい。あたしはもう見慣れて、驚きもしないから」


 メニーが黙ったまま目を丸くした。


(なるほどね。理解できた)


 美人は魔法使いなんだわ。だから美人なのよ。そういうからくりだったのね。


(魔法使いなら適うわけないじゃない。童話にだってあるわ。魔女の美しさに王子様が魅了されてしまうのよ。ふん。魔法使いなんて全員くたばりやがれ)


 あたしの頭の中に、新たなメモが生まれた。美人美男は、全員魔法使い。


(目の前にいる魔女は、その力でリオンを誘惑したんだわ)


 つまり、


(こいつに逆らってはいけない)


 これまで以上に、あたしはこの女に愛を見せなくてはいけない。本音はやはり、墓まで持っていったほうがよさそうだ。でないと、この魔女に何をされるのかわからない。


(メニー、お前は魔女よ。あたしの人生を呪った魔女。あたしはそう思うことで、お前を理解するわ)


 そして誓うわ。一生お前なんか、愛することはない。



 罪滅ぼし活動ミッション、姉妹会議をする。



(ミッションクリアが、この結果よ)


「メニー、魔力があったって、何も変わらないわ。あんたはあたしの最高の妹であり、ベックス家の三女よ」


 メニーに天使の笑みを浮かべる。


「これからだって、あたしはメニーが大好きよ。何も変わったりなんてしない」

「……怖くない?」

「怖いだなんて」


 あたしは立ち上がり、メニーの横に移動した。そして優しく、メニーを抱きしめた。メニーが驚いたように体を力ませた。


「ほら、あたたかい。痛くないし、呪われるわけでもない。何が怖いの?」

「……」

「メニーはあたしの」


 最低の魔女。


「最高の妹よ」


 その背中を優しくなでる。憎しみを持ってなでる


「愛してるわ。メニー」


 その背中を優しくなでる。呪われろと思ってなでる。


「無事でよかった」

「……お姉ちゃん」


 メニーがあたしを抱きしめ返した。


「私ね、今、すごくほっとしてるの」

「あら、どうして?」

「お姉ちゃんがお姉ちゃんだったから」


 メニーがあたしの肩に顔を埋めた。


「お姉ちゃん、好き」


 メニーが呟く。


「好き」


 メニーがあたしにしがみつく。


「テリーお姉ちゃん、ずっと愛してる」

「あたしもよ」


 愛することなんてない。


「あたしも、メニーをずっと愛してるわ」


 お前に愛なんて生まれない。

 生まれるのは、憎しみだけ。

 あたしの人生を呪う美しい魔女め。


 お前だけは許さない。


「昨日の夜の分も一緒にいましょうね。メニー」

「……うん」

「あんたもクッキー食べなさい」

「……もうちょっとこうしてたい」

「しょうがない子ね。いいわ」


 軽く爪を立てて、その頭を引っかくようになでる。


「メニー、いい子ね。大好きよ」


 お前には逆らわない。お前には愛を見せる。だけどそれは、お前に呪われないためよ。よくわかったわ。クレアはあたしの救世主だわ。あたしの人生が、これで呪われることがなくなった。これ以上酷い目に遭うことはないだろう。


(あたしがお前に愛を見せ続ける限り)


 あたしは幸せになれる。


(遠方の素敵な殿方と結婚しよう。そうすれば、こいつと関わりを絶てる)


 家に帰ったら旅行三昧よ。意地でも結婚相手を見つけるのよ。あたし、頑張るのよ。えいえいおー。




 メニーは、あたしを抱きしめる。顔を隠して、抱きしめて、どんな表情をしているのか、あたしにはわからない。



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