第7話 天使の導きのままに(2)
青い薔薇が咲き乱れる。
秋に近づく風が花達を揺らす。
ソフィアが髪を耳にかけた。
リトルルビィがあたしにぴったりくっついた。
クレアがリトルルビィを撃った。リトルルビィが避けて、むうっと頬を膨らませた。
あたしはドロシーを抱っこしたまま、眉をひそめた。
キッドとリオンの部下達が並ぶ。
青空の下、クレアが指揮棒を持った。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。これより、マールス小宮殿神隠し事件に、終止符を打ちに行く!」
クレアが指揮棒を構えた。
「作戦は至ってシンプル。エレベーターから地下へ乗り込む。そこに行けば、おそらく中毒者が隠れているだろう。あたくし達が先に下り、中毒者を先頭不能にさせておく。お前達はここに運ぶため、ロープの準備をしておくこと。今回の中毒者はどうやら動物愛好家らしい。亀、トカゲ、と来たら、次はおそらく来たとしてもヘビ辺り。そして、戦いの後、リトルルビィが合図を送る。その合図を見たら、一斉に乗り込み、地下に閉じ込められた者達の救出活動を行う。くひひひ! この事件を解決するのは、どうやら本当にあたくしのようだな! うふっ! そうと決まれば」
エレベーターの前で準備していたスペード博士とクラブが敬礼した。エレベーターは最上階で止まっている。
「突入開始!!」
クレアが言った途端、リトルルビィがクレアを抱えてエレベーターの下を下りていった。顔を覗かせれば、確かに奥深くまで闇が続いている。ここから地下に行くなんて、盲点だったわ。灯台下暗しってこういうことね。騎士達が縄の準備をした。兵士達が武器を構えた。あたしはにこにこしていたソフィアに抱えられた。
「よいしょ」
「ん?」
「掴まっててね。テリー」
「えっ」
ソフィアが飛び降りた。あたしは目を見開く。
「ぎゃぁぁあああああああ!!!!」
ソフィアが片手で道具を取り出し、壁に向けて撃った。すると、尖端の刃が壁にめり込み、鎖があたし達を引っ張った。
あたしは悲鳴をあげながらドロシーを抱え、ソフィアにしがみつく。ソフィアが慣れた手付きで壁を蹴りながら下りていく。
無事に着地する頃、あたしは白目を向いていた。
「よ、酔った……」
「テリー、大丈夫? おっぱい揉む?」
「揉まない……」
ふらふらとソフィアの腕から下りて、ランプをつけた。辺りは暗い。リトルルビィは吸血鬼の目を駆使して前へ進んでいく。クレアはソフィアの前に立った。ソフィアの黄金の目が光った。催眠をかける。あなたは、とても明るい場所にいるようです。
「おお、本当だ。見えた」
クレアがぱちぱちと瞬きして、真っ暗な地下をランプも持たずに進み始めた。あたしもできるかしらと思って、ソフィアを見上げたら、何を思ったのか、目が合ったソフィアに屈まれて、頬にキスをされた。ふにゅ。
「怖いの? テリー? いいよ。手を繋ごうね」
「……催眠……」
「君には効かないでしょ」
「チッ!」
あたしは仕方なくランプを持ち、ドロシーを抱えたまま歩き始めた。クレアについていく。
「こっちだ」
ヒールの音が反響する。ドロシーが耳を揺らした。あたしは辺りを見回し、ソフィアの横を歩く。
(……地下は埋めたんじゃなかったの?)
ドロシーが自分の毛をぺろりと舐めた。
水の音が響く。歩いていく。
しばらく進むと、壁にぶつかった。
クレアがリトルルビィを見た。
「リトルルビィ、そっちにボタンがあるだろ」
「えっと、これ?」
「二人で押さないと開かない仕掛けになっている。押してくれ」
「はい!」
リトルルビィとクレアがボタンを押した。壁が左右に開かれた。クレアがそれを確認して歩き始めた。
暗がりが続く。まだ暗い。
ランプがあってもすごく暗い。
また壁にたどり着いた。クレアが地面を探した。凹みがあった。そこを踏んでみた。壁が左右に開かれた。クレアがそれを確認して、引き続き歩き始めた。
暗がりが続く。闇に支配されてるみたい。
また壁にたどり着いた。クレアが壁を見た。真ん中にダイヤルを回すボタンがあった。
クレアが気がついた。あれ、ここだけ抜けている。クレアが思い出した。わからなくなったら緑の猫に聞きなさい。クレアがドロシーに振り向いた。
「ドロシー、お願い。力を貸してくれる? メニーを助けるためだと思ってさ」
「みゃう」
ドロシーがあたしの腕から下りた。クレアの横につく。
「ダイヤルのボタンを押していくから、ここだと思ったら鳴いてくれるか?」
「にゃあ」
「いい子だ。いくぞ」
クレアが頭文字のボタンを押した。文字が過ぎていく。とある文字に行き着いた時、ドロシーが鳴いた。
「みゃう」
「これか」
クレアが二文字めのボタンを押した。文字が過ぎていく。とある文字に行き着いた時、ドロシーが鳴いた。
「にゃー」
「ふむふむ」
クレアが三文字めのボタンを押した。文字が過ぎていく。とある文字に行き着いた時、ドロシーが鳴いた。
「にゃあ」
「……ふーん」
『OZU』
「どういう意味かな」
クレアが壁に触れようとすると、――急に水の弾ける音が聞こえた。ドロシーがぴくりと動いて、そそくさと走り、あたしの腕の中に戻ってきた。あたしははっとして、ソフィアの後ろに隠れた。
「……来たな?」
クレアが銃を持った。リトルルビィが牙を見せた。ソフィアが久しぶりに銀色の笛を持った。足音が聞こえた。
ぺたり。
水の音が聞こえた。
ぺたり。
滴る音が聞こえる。
ぺたり。
あたしは後退る。
ぺたり。
クレアが振り向いた。
ぺた。
暗闇の中から鋭い目が光った。何かが飛びついてくる。
先に気付いたクレアが避けた。また何かが飛びついてきた。リトルルビィが避けた。また何かが飛びついてきた。ソフィアが避けた。また何かが飛びついてきた。あたしの足が捕らえられた。体が倒れる。
「いだっ!」
「にゃっ!」
足が引っ張られて地面を引きずられる。
「いやー!」
「にゃー!」
ソフィアが笛を吹いた。突風が起き、巨大な影があたしの足を離して吹き飛ばされた。水に沈んだ音が聞こえる。あたしは腰を抜かしたまま、慌てて後ろに下がった。掴まれた足首がねちゃねちゃしてる。
(……舌?)
水を泳ぐ音が聞こえる。クレアがここのエリアのろうそくに魔力を込めた。消えていたろうそくに前から後ろにかけて火がつけられていく。すると、ここが水場で囲まれていることを知った。水の底から音がして、再び、影が明るくなった地面に飛び出した。
目は人間の目。鼻も人間の鼻。四つの人間の手。それ以外はカエルのものが、どこかで見たことのある長い舌を出し、自分の口を舐めた。
あたしは無言でソフィアの後ろに隠れた。
「次はヘビだと思ったが、カエルだったか」
カエルの喉の袋が膨らんだ。ゲコッ。
「ということは、この先にあの素敵な地下都市があるということだな?」
クレアが銃を向けた。
「よかろう。先にお前を始末する」
クレアがにやりとした。
「正々堂々、かかってこい!」
カエルが舌を伸ばした。クレアを通り過ぎ、リトルルビィを通りすぎ、あたしに狙いを定めてくる。
(ひい!)
ソフィアがあたしの前に出て、カエルの目に催眠をかける。
――あなたはこの子に触れない。
急に、舌がソフィアに方向転換した。ソフィアの足に舌が巻き付いた。しかし、ソフィアが笛をぴゅうと吹けば、舌が細切れになった。カエルが悲鳴を上げて、ぴょんと水の中に潜っていった。ソフィアが引き続き笛をもって、あたしの前につく。
ぶくぶくと泡が吹きだつ音が聞こえてきた。はっと振り向けば、影が地に飛びついた。しかしその姿はカエルではなく、トカゲであった。首は人間の男の顔。体はトカゲの、巨大なトカゲ男。クレアはにやりとして、サングラスをかけた。
「やあ、トカゲ君。会いたかったよ」
クレアが走り出した。トカゲが二本足で立って、クレアと同じ速さで後ろに下がっていく。クレアに背中を見せようとしない。正面からクレアを外さず、人間の口を大きく開けて、そこからありえない流さの舌を出してきた。クレアはその舌を避け、背中を見せないのならばと正面から全力で走ってきた。またトカゲ男が舌を出す。華麗に避ける。トカゲ男が威嚇した。ひるまない。トカゲ男の目が太陽の光のように輝いた。しかし、クレアはサングラスをしていて、目が痛くならない。クレアが走り、ドレスを翻し、地面を蹴り、トカゲの腹を蹴り、男の顎を蹴り、男の顔を踏みつけ、宙高くジャンプした。トカゲ男が上を向いて、舌を出したが、クレアがあえてヒールを舌につけ、滑り台のように滑り始めた。舌から血が吹き出し、クレアがまたジャンプし、トカゲ男の後ろに回った。銃を構え、トカゲ男の頭の後ろをめがけて弾を撃った。
ばきゅーん!
当たった弾が急所にめり込み、大量の血が吹き出た。トカゲ男が悲鳴をあげながら頭を振り、走って水の中に消えた。クレアが華麗に着地した。
ぶくぶくと泡が吹きだつ音が聞こえてきた。ソフィアが笛を構える。クレアがサングラスを外した。リトルルビィが辺りを見回す。リトルルビィに舌が伸びた。リトルルビィが避けた。水から這い出たのはうごめく血管の甲羅を持つ亀。しわしわの男の顔がリトルルビィに狙いを定めていた。
リトルルビィが亀を見て、忘れないその顔に指を差した。
「いいよ。相手してあげる」
リトルルビィの白目が真っ赤に染まり、亀にすべてを集中する。亀の足が素早く動き、リトルルビィに走ってくる。リトルルビィが亀の甲羅の上に乗った。血管が揺れていたので、リトルルビィが自分の爪で血管を切り付けた。そこから血が吹き出た。リトルルビィの顔にかかった。リトルルビィは自分の口をふさぎ、舐めないようにしてまた血管を切り付けた。亀が悲鳴をあげて水に戻ろうとした。するとソフィアが笛を吹き、地面の土で壁を作った。行き止まりになり、亀は悲鳴をあげながら反対側の水に潜ろうと走り出した。しかし、またリトルルビィに血管を切り付けられ、血が吹き出る。血管があるから悪いんだ。
亀の脂肪がぶくぶくと膨らみ始めた。異変を感じたリトルルビィが甲羅から飛び下りた。
亀の甲羅までがぶくぶくに膨らみ、膨らんだ脂肪と脂肪がくっついて、どんどん一つになっていく。するとどうだろう。今度は脂肪同士がくっついた、不細工なヘビが生まれた。目は人間の目。唇は人間の唇。それ以外はすべてヘビ。ヘビがにょろにょろ動き、水へ戻ろうとした。
しかし、クレアが邪魔をした。ヘビの目をめがけて銃を撃ってきた。避けるヘビだがクレアがしつこく邪魔してきて撃ってくる。まるで挑発のようだ。ヘビの目が周りを見た。一人相手に三人がかり。これのどこが正々堂々だろう。クレア、言ってることが違うじゃない。
ヘビはやがてくるりと方向転換し、クレアに襲い掛かった。巨大な口を開けて、クレアを飲み込もうと突っ込んできた。クレアはそれを待っていたように、にやりとして銃を構えた。口の中を銃で撃ってきた。
ばきゅーん!
ヘビの口から血が吹いた。しかしクレアを飲み込んでしまえばこちらのもの。口を開ければクレアが銃を撃ってきた。
ばきゅーん!
ヘビが怯み、姿勢を整えて、また口を開けた。間抜けにも、クレアに再び銃を撃たれた。
ばきゅーん!
その瞬間、ヘビの口の中の脂肪が弾けた。クレアが避けると、地面が溶けた。ヘビが破裂した。その脂肪が周りを溶かした。リトルルビィがクレアを抱え、ソフィアの横に避難した。ヘビが破裂すると、また脂肪がぶくぶくと泡立ち、くっついて、またくっついて、どんどんくっついて、脂肪と脂肪が仲良しこよし。そうさ。僕らは仲良しこよし。いびつな動物を作りだす。
気が付くと、可愛い瞳のクマが立っていた。
クマのお腹にはトカゲの口がぱくぱく動き、背中には血管の浮き出た甲羅。手はカエルの形をしていて、口からは蛇のように長細い舌が出た。クマが右足をあげて、地面におろす。どしんと地面が揺れた。左足をあげて、地面におろす。どしんと地面が揺れた。
クマが構え――全力で突っ込んでくる。地面が揺れる。クマの相棒は誰だったか。そうだ。クレアだ。
クレアが銃を構えた。カエルの手に撃った。
「ぐぅるる!」
クマが唸って、地面に転がった。しかし構わずクレアが構えた。トカゲの口の中を撃った。
「ぐぅるる!」
クレアがヒールで甲羅の血管を潰した。血が吹き出る。
「ぐぅるる!」
クマが立ち上がった。すると、大きくジャンプした。地面が揺れる。地震のような揺れを起こしながら、また突っ込んでくるが、クレアが冷ややかな目をした。
「はあ。もう飽きた」
クレアが銃を捨てた。
「ん」
クレアが指をぱちんと鳴らすと、クマが爆発した。
「聞いてた話と違うな。中毒者って、もっと強くて、楽しめると思ったのに」
クマの肉がバラバラに降ってきた。
「蓋を開ければ、なんだ? 長い舌を出して、違う動物に切り替わって、地震を起こすだけか?」
クレアが微笑んだ。
「違うでしょ? もっと遊ぼうよ」
クレアがぱちんと指を鳴らした。再生した肉同士がまた爆発した。再生が追いつかない。クマの肉が再生し、フラフラと逃げていく。
「どこに行くの?」
クレアが追いかけてくる。
「っ」
「ねえ、遊ぼうよ」
クマが逃げる。クレアが追いかけてくる。
「っ」
「ダーリン、あたくしと遊んでよ」
クマが体が引きずらせる。クレアが追いかけてくる。
「ねえ、まだ終わりじゃないでしょう? もっと遊ぼうよ。もっともっと遊ぼうよ。ねえ、ほら、早くしないと、ここを突破してしまうぞ? ねえ、遊ぼうよ。困るんだろう? ほら、遊ぼうよ。お前はあたくし達の邪魔をしにきたのだろう? だったらもっと全力で邪魔をしてくれないと」
「ぐぅる、るる、っ」
「再生したら、もっと強くなる? ねえ、そしたら、また遊ぼうよ。まだ強くなるんだろう? 今度はどんな動物に変身するんだ?」
「っ、やめ、やめてくれ」
「ダーリン、まだまだ遊んでくれるんだろう? まだ遊び足りないんだ」
クレアが指を構えた。青い瞳がクマの残像を見つめる。にこりと笑う天使の笑顔を見て、クマの残像が悲鳴をあげた。
「ぎゃぁあああぁああああ!!!」
クレアから体を引きずらせて逃げていく。
「ば、ばけもの! ばけもの!」
「嫌だわ。うふっ! ばけものはお前じゃないか」
クレアが瞬きした。クマの残像の足が爆発した。
「ぎゃぁあ!!」
クマの残像の足が再生し始める。腕を動かして逃げていく。
「た、助けて、助けてください!」
「ばかな! 男であれば戦場のルールをわかっているはずだろう!? 戦場は死ぬか生きるかの二択だけ! お前だって好きなだけ攻撃してきたではないか!! だったら最後まで突き通して、あたくしを殺せばいいだけのこと!」
「ひい! ひいい!」
怯える老人が体を引きずらせる。
「あめ、あめを、飴があれば……」
老人が自分の体を叩く。
「飴はどこだ。飴はどこだ! 飴はどこだ!!」
「うふふ!」
「やめろ! 近づくな!」
「うふふふ!」
「く、来るんじゃない!」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「あ、あった! あった! 飴だ!」
老人が飴を一つ取り出し、ぺろりと舐めた。すると、体が若返った。シワがなくなった顔を見て――あたしは眉間にシワを寄せた。
「……」
「ひいっ!」
男が土の壁に追い込まれた。
「やめろ、来るな、呪われた姫が! 俺に、近づくな!」
「……」
あたしはふらりと歩き出した。ランプをその男に当てる。
「何してるの。ゴールドさん」
充血した目があたし達を睨んでいる。若い男。しかし、彼は老人。飴をなめて若返った。その姿は間違いない。ラメールとペスカの先輩の使用人。ゴールドである。
「どうして……飴を……」
「……ロザリー、ここで何をしている? ……そうか。お前もそいつらの仲間か。スパイだったんだな?」
「スパイ?」
「お前も王族と同じか! 動物達を奴隷にしようとしているんだな!? そうはさせない!」
俺は動物の味方のゴールド。光り輝くゴールドさ。
「動物を守るためなら、俺は何でもやる! 動物を奴隷にして酷いことをしているお前達なんぞに負けるものか!」
「な、何を言って……」
「証拠ならある!」
ゴールドが変身した。狸に化けた。
「俺は体を変化させる。この飴を使ってな!」
若い男にも、クマにも、亀にも、トカゲにも、ヘビにも、カエルにもなる。
「お前らは三人がかりで動物である俺を虐めた! だから、動物に酷いことをする奴らなんだ!」
なんてことだ!
「この俺がぶっ飛ばしてやるわい!」
まさかりを担いだゴールドが立ち上がり、クレアに襲い掛かったところ、ソフィアに笛を吹かれて吹き飛ばされ、リトルルビィに地面にたたきつけられ、クレアには技を決められた。ゴールドがへろへろになって地面に倒れた。
「ふひっ!」
「訊こう。母上に毒を盛ったのはお前か?」
「くひひ! あれは最高だった! 傑作だった! 日ごろ動物達を虐めているお前達王族への見せしめさ! ひひ! あのまま死んでしまえばよかったのに!」
「毒を作ったのはおじいちゃん?」
「ざまあみろ! 動物を虐めるからだ! 動物は虐めちゃいけないんだ! 子供の時に習わなかったのか! もう馬を虐めるな! 亀を虐めるな! クマを虐めるな!」
「だから人をさらったのか?」
「人をさらったかだって!? 当然だ! お前らが無力ということをわからせるための、見せしめにしなければならんからな!」
ゴールドが笑った。
「お前らが悪いんだ! 動物を虐めるから! お前らが森を壊して、自然を破壊するから、動物達の住処がなくなってきているんだ! これは罰だ! バチが当たったんだ!」
「この地下のことを誰から聞いた?」
「紫の魔法使い様は偉大さ。俺に力をくださった。これで守れるぞ。守れるぞ。動物を守れるぞ。俺が、わしが、動物の森の救世主じゃ!!」
老人が笑う。
「万歳! 万歳! 万歳! 万歳!」
老人が笑い飛ばした。
「使用人達は王族を恨んだことだろうさ! 何も出来ない王族はただ見ているだけなのだから!」
コネッドは怯えていた。みんないなくなる。オラもいずれ、いなくなる。
「わしが夜な夜な変身して人をさらっていくことなんか露知らず!」
コネッドは怯えていた。オラがみんなを守らないと。今日も笑顔を振りまく。
「調査をしたところで無駄なのに!」
コネッドは怯えていた。それでも大丈夫、大丈夫、なんとかなるべさ。
「監視カメラを仕掛けたところで無駄なのに!」
コネッドは怯えていた。ずっと人が消えていくところを見てきた。
「ばかが!」
オラ、消えたくない。
怯えるコネッドをあざ笑うように、老人が笑った。
「王族が! ざまあああみろおおおおおお!!」
クレアがグーで殴った。
「へぶっ」
クレアがグーで殴った。
「はぶっ」
クレアがグーで殴った。
「ちょ、ちょっとまっ」
クレアがグーで殴った。
「はべっ」
クレアがグーで殴った。
「あの」
クレアがグーで殴った。
「ぶふっ」
クレアがグーで殴った。
「ひっ」
クレアがグーで殴った。
「や、やめ」
クレアがグーで殴った。
「い、いだい!」
クレアがグーで殴った。
「やめてくれぇ! やめてくれぇー!」
「やめない」
クレアが老人を睨んだ。
「神隠しに怯えていた使用人達の心は、もっと痛かったぞ?」
お前が動物の森の救世主なら、あたくしはマールス小宮殿の救世主だ。
「懺悔の準備はいい? おじいちゃん」
「わしは、懺悔なんぞ、しないぞ!!」
「ああ、そう」
クレアがにこりとした。
「なら、仕方ない」
――老人の両足が爆発した。血が吹き出る。老人が悲鳴をあげた。
「ああああああああああああ!!!!」
老人の前にクレアが座った。両手を上げる。
「これより、オペを開始する」
「な、何をする気だ!」
クレアが叩くと、老人の両腕が砕けた。血が吹き出る。
「あああああああああああ!!!!」
「メス」
クレアがベルトからナイフを取り出し、老人の腹を割った。
「ぎゃぁぁあああああ!!」
「大量出血! 止血を行う!」
クレアがさらに内臓をナイフで切った。血が噴水のように飛び出ていく。
「ぉぉおああああぉおおあ」
「心臓が動いている! まだ生きているぞ! よーし、頑張れ! 頑張れ!」
クレアが注射を取り出し、血管に刺した。
「えい」
「ぴっ」
老人が白目を向いた。クレアがまた刺した。
「えい、えい」
「ぴっ、ぴっ」
「えいえいえいえいえい」
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」
この男を死なせるわけにはいかない。人に恐怖を植え付けた罪、きちんと償ってもらわねば。呪いなんかで、寿命なんかで逃がすものか。
「消毒!」
クレアが血管に、太い針を突き刺した。薬を注ぐと、老人の体が痙攣を始めた。ぶくぶくに脂肪が膨らみ始め、足が再生され、腕が再生され、腹は切られたことが幻になるほど再生され、元通りになった。
風船のように膨らみ、丸々と膨らめば、リトルルビィが耳を塞いで、自分の爪で膨らんだ皮膚に穴を開けた。その瞬間、皮膚が萎んで、老人は老人に戻り、二度とゴールドという青年に戻ることはなかった。
「……ど阿呆の年寄りが」
クレアが注射器をベルトにしまった。
「しばらくは目を覚まさないだろう」
クレアが立ち上がり、リトルルビィを見た。
「リトルルビィ、兵士達を呼べ。この男を運ばせる」
「御意」
「ソフィア、この男を見張ってろ」
「御意」
「ロザリー」
あたしは顔を上げる。クレアと目が合う。クレアが微笑んだ。その笑顔を見つめる。どこかで見たことある笑顔だと思って。ああ、そうか。思い出した。
キッドの笑顔に似てるんだ。
「行くぞ」
「……ええ」
あたし達は、壁の向こうへと歩き出した。
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