第9話 青き姫(2)


 ――痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!


 おぼつかない足取りで、クレアについていく。


「引っ張るなっつってんでしょ! くたばりたいのか!」


 クレアが髪の毛を強く引っ張った。


「あたしの髪が抜けたらお前のせいよ! そうなったら訴えてやるからね! 訴訟よ! 訴訟! 髪の毛を引っ張った罪に処してやるからね! 女にとって、髪の毛は大切なっ!」


 乱暴に引っ張られる。


「いだだだだだだだ!! 何するのよ! いだいっつってんのがわかんねえのか! このクソあま!!」 

「あ! バドルフ様! 姫様がいらっしゃいました!!」

「どこだ!」

「あちらに!」


 遠くから走る音が聞こえてくる。どんどん近くなっていく足音に、クレアが満面の笑顔で手を振った。


「先生ぇー。ただいまぁー」

「クレア! どこに行っていたんだ!」

「やだ。あたくし、怒鳴られるのはすごく嫌い。耳がきんきんして痛くなるんだもん」

「お前、そのメイドに何をしている!?」


 大きな手がクレアの手を覆った。


「髪の毛から手を離しなさい!」

「ねえ、バドルフ、このメイド、ロザリーと言うんだって。もしかしたらロザリー人形が動くかもしれない。ロザリー人形が来たら、あたくしは我慢することなく力を発揮できる。ね。このメイドもらってもいい?」

「だめに決まってるだろう! 早く手を離してあげなさい!」

「やだ」

「手を離しなさい!」

「やだ」

「クレア!」

「あたくしに口出しするな!!」


 銃を外に向ける。


「その心臓、撃ち抜いてやろうか!!」

「ああ! わかったわかった! では、掴むところを別にしなさい! 髪の毛じゃなくて、手を優しく握ってあげなさい! それならいいだろう!?」


 クレアがきょとんとして、一瞬考えて、頷いた。


「わかった。髪の毛はやめて、手を握ればいいんだな?」


 あたしの髪の毛から手を離し、あたしの手を優しく握った。


「これでいい?」

「ああ、可哀想に。大丈夫かい?」


 しわしわな手があたしの頭を撫でる。


(な、何がどうなってるの……)


引っ張られた箇所が痛いわ。ひりひりする。最悪。


「ねえ、先生、これでこのメイドもらってもいい?」

「だめに決まってるだろ!」

「どうして? あたくしがこのメイドを欲しいと言ってるんだぞ。なぜだめなんだ?」

「メイドはあくまで城のものだ。つまり、ゴーテル様が雇っている。お前じゃない」

「なら、それをあたくしが買う。いくら払えばいい?」

「認められない」

「あたくしが買う。いくら払えばいい?」

「クレア」

「あたくしが買うと言っている」

「みとめ……」


 クレアが廊下に置かれた壺を撃った。使用人が悲鳴をあげる。


「ぎゃあ! 一千万ワドルの壺が!!」

「クレア! なんてことを!」

「なぜ、このメイドを買えない? あたくしが所望しているんだぞ。リリアヌを撃ち殺せば買えるのか?」

「とにかく、部屋に入りなさい。話はそれからだ!」

「話をしたら買えるのか? だったら部屋に戻る」

「ああ、おいで」

「やった。これでメイドのロザリーは、あたくしのものだ」


 クレアが上機嫌になって歩き出す。あたしはふらふらとついていき、頭を押さえながらクレアに引っ張られるまま部屋に入る。贅沢で豪華な椅子にクレアが座り、その隣に椅子を置かれてあたしも座る。ああ、頭が痛い。髪の毛もぐしゃぐしゃだわ。なんて酷いことを。このあたしを誰だと思ってるの? 去年も思ったけど、この姫は一体何なの? 笑えば子供が泣いて、歩けばみんなが怯える。クレアがあたしと手を繋いだまま椅子の背にもたれた。


「あたくし、歩き疲れて甘いものが食べたくなってきた。ケーキと紅茶を出して」

「ああ、準備させよう。だから、ここで大人しくしていなさい」

「あたくしは暇だ。そうだ。ロザリー。なんか面白いことやって」

「……」


 あたしはぎろりとクレアを睨んだ。すると、クレアが眉を下げて、怯えた表情を浮かべる。


「やだ。このメイド、あたくしを睨んでくる。この世の者とは思えない。なんて醜い顔なんだ」

「お前のせいだろう」

「先生、このメイドが睨んでくるんだ。あたくしの防衛本能が撃てと言っている」

「嫌なら手を離せばいいだろう」

「手を離したらロザリー人形に会えなくなるかもしれない」

「撃ってもそうなるぞ」

「……ふむ。そうか……。ということは、この人相の悪いメイドは撃ってはいけないのか。……面倒だな……」


 全然手を離してくれない。あたしは髪の毛を整えて、仕方なく指で乱れた髪の毛を梳かしていく。ああ、あたし可哀想! 酷い目に遭ったわ! そして、顔を上げて、目の前にいる人物を見上げる。


(……ん?)


 そこには、メガネをかけたビリーが立っていた。


「っ」


 あたしの目が輝いた。


「っ」


 部屋を見回す。クレアと、ビリーと、あたししかいない。


「っ!」


 あたしはビリーを見上げる。


(じいじ!)


 輝く瞳を向ける。


(じいじ! こっち見て! あたしよ!)


「クレア、今までどこに行っていたんだ」

「お散歩してた」

「どこを」

「セーラとマーガレットがいた。あとおば様も。使用人もいっぱいいた」

「何もしてはいないだろうな?」

「何もしてないぞ。あたくし、とっても良い子だもん」

「いいえ。セーラ様を脅してました」


 ビリーがあたしを見た。あたしはビリーをまっすぐ見つめる。


「じいじ、どういうこと? この姫どうなってるの? みんな怯えてたわ。気が触れてる。だいたい、キッドとリオンはいつ帰ってくるわけ?」

「……ん?」

「あいつが帰ってきたら、あたし、速攻結婚破棄を言い渡すわ。あんにゃろう、よくもあたしを城に閉じ込めようとしやがってからに! それで、ニクスを連れてこんなところ出て行ってやるんだから! こんな姫がいる所に、あたし、いつまでもいたくない!」

「……」

「よく喋るメイドだな」


 クレアがにんまりとしてあたしを見た。


「ねえ、口が動くなら、なんか面白い話して」

「あのね、お姫様、メイドのふりなんかしてたけど、こうなったらこっちのものよ。形勢逆転だわ。いいこと。ビリーはあたしの味方よ!」

「ビリー? 何言ってるんだ? どうしてじいやの名前を出すわけ? ああ、じいやか。懐かしいな。先生、あの老いぼれはまだ生きてるのか?」

「……」


 ――ん?


 あたしはビリーを見上げる。確かにビリーが立ってる。


「あんたこそ何言ってるの?」

「んー?」

「ビリーならそこにいるじゃない」

「あれはビリーじゃないよ」

「ビリーじゃないなら誰よ」

「バドルフ」

「……誰それ」

「ビリーのお兄さん」

「……」


 あたしはもう一度その人物を見上げた。どこからどう見てもメガネを付けたビリーだ。


「……」


 言われてみたら、目の形が、ほんの少し違う気がする。なんというか、ビリーよりも目が穏やかな気がする。丸いというか。


(……)


 なら、この人、誰。


「……テリー……?」


 バドルフが、あたしを見つめる。


「お前、まさか、テリー・ベックスか?」


 そこで気付いた。どうやら、あたしは自ら墓穴を掘ってしまったようだ。ああ、可愛いあたしのばか。


「違います!」


 軌道修正しようと、笑顔で答える。


「あたし、テリー・ベックスじゃありません!」

「どうして気づかなかったんだ。黒と緑が混じったようなその珍しい赤髪は、テリーしかいないじゃないか」

「違います! あたし、テリー様じゃありません! にこっ!」

「待て」


 バドルフが扉を開けた。部屋の周辺にいた見張りに顔を向ける。


「クレアの機嫌が悪い。少しの間、部屋から離れてくれないか?」

「「かしこまりました」」


 バドルフが扉を閉めた。そして、あたしに振り返った。


「さあ、もう大丈夫だよ。誰もいないからね。正直に話してごらん。君はダレン・トラクテンバーグ・ベックスの娘のテリーだな?」

「……」

「大丈夫。私は口が固い。誰にも言わないよ。これでも君の知り合いのビリーの兄だ。信用しておくれ」

「……」

「君はテリーだな?」

「……」


 ため息を吐いて、ゆっくり、頷いた。


「はい」

「こんなところで何をしているんだい?」

「……結婚が、……嫌で……」

「キッドとの結婚かい?」

「……あの……」

「ああ、すまないね。申し遅れた。私はバドルフ。秘書だ。そして……」


 バドルフがクレアに顔を向ける。


「紹介しよう。君の隣にいるのは、我らが愛する姫。ゴーテル陛下とスノウ王妃の愛娘。クレア姫様だ」


 クレアがにんまりと笑った。


「ただ、生まれつき、あまり強い体ではなくてな。キッドとリオンがいない今だけ、代理で業務を任せている」

「暇な書類にサインを書くだけの簡単なお仕事だ」

「とても大事な仕事だ」

「仕事なんてつまんない。この先あいつらが帰ってくるまで、つまらなすぎておかしくなるかと思ったら、どうだ。先生。これは大物が手に入った。この女がいれば時期にロザリー人形が現れる。くひひひひっ!」

「……」

「テリーや、……その、なんだね。……私に見覚えはないかな?」

「……。……ビリーの兄弟とは、お会いしたことがありません」

「いいや。それは君が忘れているだけだ。なぜなら、私は君のおむつを替えたことがあるからさ」


 あたしの眉間にしわが出来上がると、バドルフがおかしそうに笑った。


「無理もない。あれはもう昔のことだ。君のお父さん、ダレンが議員だった頃だ。私はまだ秘書でなく、ダレンと同じ党で働く議員だった。ダレンは、いわゆる私の右腕のような存在だったんだ。朝から晩まで共に働き、ある日、ダレンには可愛い女の子が生まれた。君のお姉さんだ。アメリアヌ。やんちゃそうな可愛い顔をしていた。それから、翌年の今頃だったな。昼間に仕事をしていたら、突然電話がかかってきた。どうやら、二番目が産まれるところだった。私とダレンともう一人の仲間が、馬車を走らせて、君の家まで急いだ。扉を開ければ、大きな声で鳴き叫ぶ君の姿があった」


 ――ああ! 産まれてる!

 ――やったじゃないか! ダレン! 女の子だ!

 ――なんて可愛い子だ!

 ――赤毛だぞ!

 ――ダレン、お前も罪な奴だな!

 ――お前、抱かせてくれ! 可愛い! 可愛い! かわいいいいいいい!!

 ――お黙り!!


「男三人でアーメンガードに怒鳴られてしまったよ。ふふふ。だがね、その後、何度か通わせてもらって、私が君の面倒を見たこともある。ミルクを飲ませた後、げっぷをさせたりもした。その日によってげっぷの仕方が違ってな。それをアメリアヌが不思議そうな目で見ているのが、また可愛かった。ああ、そうだ。あの頭のいいメイドはまだいるのかい? アンナ殿のメイドだ」

「……サリアですか?」

「そうだ。サリアだ。ああ、懐かしいな。よく君を抱っこしていたのはサリアだった。私が来た時に、君を抱っこしたサリアが、気を付けながらお辞儀をするんだ。君を落とさないようにね。そして、こう言うんだ。バドルフ様、今日の帽子はとても素敵だと思います。ですが、クリーニングの準備をした方がいいと思います。その言葉を言われる日には、必ず帽子にハトの糞がついた。私は、あの子が予知能力者なんだと今でも思っているよ」


 バドルフの手がそっとあたしの頭を撫でた。


「大きくなったな。テリー。鼻から下がダレンそっくりだ」


 バドルフが椅子を引いて、あたしの横に座った。


「さて、老人が長話をしてしまった。次は君の番だ。キッドとの結婚が嫌なのかい?」

「はい」

「一体なぜかな? 何か不安があるのかい?」

「マリッジブルーとか言われておりますが、違います。そもそも、あたしは結婚を承諾していません」

「うん? それはおかしい。『承諾した』と聞いているが」

「承諾した、なんて、一言も言ってません。キッドとの結婚は、あいつが勝手に言ってるだけです」

「なんだと?」

「それだけじゃありません。それまで色々されてきました。名ばかりの婚約者になってほしいと頼まれて、なったこともありました。でも、キッドが18歳だということもあって、もう婚約者ではいられないという話をしたんです。だいたい、好き同士でもないし恋人でもありませんでした。そしたら、あいつ、舞踏会で急に結婚してくれって言い出してきて」

「……なるほどな」


 バドルフがあたしから視線を逸らした。


「あやつがやりそうな手口だ」

「ねえ、キッドが何やったの? あたくし、全然話がわからない」

「クレア、お前には関係ないことだ」

「あいつの話はいつも完璧すぎてつまらない。もっと面白い話をして。リオンの病気が重症化して、毎日、母上に会いたがった話とか」

「クレア」

「マザコン弟がいてあたくしは実に不幸者だ。マザコンの男は嫌われるんだぞ。気持ち悪い」

「……」


 あたしはクレアに顔を向けた。


「あたしはパパが好きよ。気持ち悪いと思う?」

「お前は良い娘だな。父親がとっても喜ぶぞ。それで? お嬢ちゃん。パパと結婚するの? パパとセックスするの? 赤ちゃんはパパとの子?」

「クレア、やめなさい」

「お姫様、あたしのことはいいわ。リオンの侮辱はやめて」


 ――レオを侮辱していいのは、妹のニコラだけよ。


「いいじゃない。ママが好きでもパパが好きでも。優しい親に恵まれたのよ。好きで何が悪いのよ」

「お前、やっぱり口だけは達者だな。くひひひ。あたくし、そういう女の子大嫌い」

「だったら、この手を離したら?」

「お前がいないと、ロザリー人形が来なくなっちゃう」


 クレアがバドルフを見た。


「ねえ、ケーキはいつ来るの? あたくしはむかむかしてきた。全部、この生意気なメイドのせいだ」

「もう少しで来るから待ってなさい」

「つまんない」

「テリー、とりあえず、君の捜索は終わらせよう。これでも、友人の娘が失踪したと聞いて、心から心配していたんだよ」


 バドルフがあたしの手を優しく握り締めた。


「何も無くて良かった」

「……それは、……ごめんなさい」

「君が謝ることなんてない。悪いのは勘違いをしたこちらだ。正しい情報が抜けていたこちらのミスなんだ。気にしないでおくれ。ただ、これからどうしようか」

「……町では、まだほとぼりが冷めておりません。とりあえず、短期間の間、友人とメイドとしてここに居座ろうと思っております」

「そうか。ああ、私もそれが良いと思う。君さえ良ければ」

「くくっ。短期間ならちょうどいい」


 クレアがあたしの手を引っ張った。


「あたくし、長くはこのメイドといたくない。短期間ならこのメイドを買ってやってもいいぞ」

「クレア、それは認められない」

「ん? なぜだ」

「この子が『テリー』だからだ」


 バドルフが真っ直ぐクレアを見た。


「私情を持ち込んですまないが、私の大切な友人の娘なんだ。クレア、テリーをお前の側に置くことはできない」

「あたくしが所望している」

「駄目だ。認められない」

「命令だ」

「わかった。では、これではどうだ。朝のお前の支度はこの子の仕事とする。それ以降は、本当に用事がある時だけ、お前はこの子を呼ぶことが出来る」

「常に側に置かないと、ロザリー人形が来ないかもしれないじゃないか」

「来ないさ。彼女はロザリーじゃない。テリーだ」

「ロザリー人形はロザリーと名乗る使用人のところへやってくる。こいつの名前がテリーだろうが、ハローだろうが、ロザリーと名乗ってる時点でロザリーだ」

「もうやめなさい」

「キッドにはじいやがいるじゃないか。このメイドもあんなのにしてほしい」

「お目付け役とメイドは違うんだよ。クレア」

「ああ、面倒くさい。バドルフ、お前の事情など、あたくしにはどうでもいい。このメイドはあたくしのもの。それだけだ。金ならいくらでも出す」

「認められない」

「はぁぁああああ……」

「クレア」

「だったら殺す」


 クレアが銃を握った。


「先生を殺して、このメイドを買う」


 あたしがはっとした時には、クレアが椅子とテーブルにのぼり、にやりとして上から銃をバドルフに向けていた。


「お前が死ねば誰も文句を言わないだろう?」

「クレア、私がいなくなったら誰がお前の面倒を見るんだ? また塔に閉じ込められたいのかい?」

「……」

「座りなさい」

「……」

「座りなさい」

「……くひひひ。やだな。ほんの冗談だよ」


 おしとやかに下りて、椅子に座り直した。


「本気にしないで。先生。あたくし、先生は大好きだから」

「どの口が言っとる」

「この口が言ってる」

「すまないね。テリー。驚かせてしまって」

「……いいえ」


 ――塔って、


(……去年見た、あの塔のこと……?)


 そういえば、ここにきてから見てないわね。


(……ロザリー人形の話でも『塔』が出てきたわね)


 ……。


(あの話、やっぱり実話じゃ……)


「クレア、こうしよう。お前の世話係のメイドとしてテリーを寄こそう。だが、二人きりになるのは駄目だ。私が見ているところでなら、テリーを呼ぶ。これでどうだ」

「貴族って交渉が好きだな。あたくしは大嫌い」

「これ以上は認めない」

「わかったよ。先生がそう言うなら、そうしてあげる。折れたあたくしに感謝して」

「ああ。どうもありがとう。クレア」

「というわけだ」


 にっこりとクレアがあたしを見た。


「お前みたいな釣り目の女の子、あたくしは好みじゃないけど、どちらかというとさっきあそこにいた黒髪のメイドの方が良かったけど、お前がロザリーならしょうがない。お前をあたくしの世話係にしてやった。感謝しろ」

「……」

「あ、ロザリー人形が来たら言ってね。あたくし、ロザリー人形と戦いたいから。以上」


 こんこんとドアノブが鳴った。


「失礼致します。ケーキをお持ちしました」

「やった! 先生! 早く通せ!」


 バドルフが扉を開けると、使用人が苺のホールケーキをクレアの前に置いた。クレアがぺろりと唇を舐めて――あたしににやけた。


「いいだろ。これ、全部あたくしのものだぞ。お前にはやらないからな」

「……あたし、戻っていい?」

「ロザリー人形が来ないならお前なんていらない。早くどこかに消えて。目障りだ」

「……バドルフ様、失礼致します」

「……すまなかったね。ロザリー」

「……いいえ」

「何かあったら、すぐに相談しておくれ。私は、君の味方だよ」

「……はい」


 あたしはお辞儀した。


「失礼致します」


 クレアが美味しそうにケーキを食べる音を聞きながら、あたしは部屋から出て行った。



(*'ω'*)



 コネッドが重々しくため息を吐いた。


「オラが、あの時、ロザリーなんて言わなきゃ、今頃ロザリーは……」


 ラメールがコネッドの肩に手を置いた。


「……終わってしまったことは仕方ない。どうにもならないことが、世の中には存在するんだ」

「……っ、ロザリー……!」


 木のぼっこが埋められた不細工なお墓に、コネッドを含む五人が顔を向けた。


「おめえさんの分まで、オラは生きるからな! ロザリー!」

「鬼ヶ島から、見守っててくれよな!」

「僕達は君を忘れない!」

「……勝手に殺さないでくれる?」

「「ぎゃああああああああ!!!!」」


 ニクスとゴールドを盾に、ペスカ、ラメール、コネッドが悲鳴をあげて後ろに隠れた。


「ロザリーの幽霊だぁああああ!!」

「うわあああああ!!」

「お、オラ、腰が抜けて! いてっ!」

「た、玉手箱の仕業だな!?」

「きび団子あげるから許してええええ!!」

「いらない」


 ゴールドを見る。


「戻りました」

「ご苦労」


 ニクスを見る。


「リボンを取りに行ってたの」

「心配してたよ」

「酷い目に遭ったわ」


 コネッドを見る。


「あの姫、気が触れてる」

「今に始まったことじゃねえよ」

「そー! そー! 俺も最初見た時びびった」

「僕も、あの美しさに目を奪われたが、それっきりだ」

「だが、ゴーテル様とスノウ様が愛する姫君だ」


 ゴールドが腕を組んだ。


「何もされなかったか?」

「見た通り、髪を引っ張られました。それと、毎朝あの姫様の支度はあたしがやるようにと」


 ペスカが顔を引きつらせた。


「ロザリー、クレア姫様の寝起きは相当まずいらしいぜ? 大丈夫か?」

「でもそうしないと、あのお姫様納得しなかったのよ。ロザリー人形が来るから側にいろって」


 再びコネッドに顔を向ける。


「あのお姫様、何なの?」

「そうだな。オラ達が言うとすれば、呪われたお姫様ってところかな」

「……呪われたお姫様?」

「あの姫様の側にいるとな、色々と変なことが起きるんだ。物が浮かんだり、強い風が吹いたり、最悪の場合、人が死んだりな。噂ではこう言われてる。ロザリー人形に呪い殺された悪霊達が憑いてるんじゃないかって。変なことが起きるのも、その悪霊のせいじゃないかってな。だから彼女は、陰でみんなから、『呪われたお姫様』って呼ばれてるんだ。体が弱いのも、悪霊達が姫様の体に何かして、悪さしてるんじゃねえかってな。それだけなら可哀想って思うべ? でもあの傲慢な性格だ。誰も同情なんかしねえ。情けをかけて近づいたら、おもちゃにされて、殺されるのは自分だ。誰も近寄らねえ。……あの姫様な、普段は塔にいるんだ。外に出さないように、みんなが見張ってる」

「……」

「塔、見たことねえか?」

「……さあ。どうだったかしら」

「ここからだと小宮殿に隠れて見えねえだろうけど、裏に行ってごらん。すぐ側になまらどでけえ塔が見えるから。まさに、ロザリー人形の物語の舞台そのものだべ。その塔の天辺らへんに部屋があって、クレア姫様のお部屋はそこ。したっけ、なしてクレア姫様はこの小宮殿にいるか」

「聞いたわ。……今だけお手伝いしてるって」

「ああ。そうだ。キッド様とリオン様が留守にしている間だけ、二人が普段してる仕事の手伝いに来てるんだ。でもさ、あの姫様、本当になにをしでかすかわかったもんじゃねえから。みんなが厳重に見張ってたんだろうけど……」

「隙を見て抜け出したそうね。中で騒いでたわ」

「ああ。もう。本当、見た時に心臓が止まるかと思ったべさ。ロザリー、とりあえず怪我もなく本当に無事で良かった」


 ラメールとペスカが必要のなくなったあたしの墓を片付けた。


「業務が増えるのは明日からか?」

「そうじゃない? 姫様は今、ケーキに夢中みたいだから」

「クレア姫様はな、ケーキ食べてる時だけは機嫌がいいんだ。ずっとケーキ食べてればいいのに」

「……それで」

「ん?」

「セーラ様達は?」

「部屋に帰った」

「……そう」

「おめえすげえな。ヴァイオリン弾けるのか? かっこよかったべさ!」

「ありがとう。さあ、仕事に戻りましょう」

「んだ」

「ロザリー」


 隣に心配そうな顔を浮かべたニクスが寄ってくる。


「本当に大丈夫?」

「ニクス、……頭が痛いの。……強く引っ張られたの」

「どこ?」

「ここ」

「可哀想に。よしよし」


 優しくあたしの頭を撫でるニクスに、ペスカとラメールの目が奪われてしまう。ゴールドがそれを見て、二人の耳を掴み、物干し場へと引っ張っていった。いててて! ゴールドさん! 痛いです! 黙って来い!


 外は夏の優しい風が吹いていた。
































 今日は騎士のようだ。

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