【完結】おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい

第13話 侵略せよ（2）

　ニクスの父親がタンカに乗せられ、手早く縄で縛られていく。

「テリー」

　丘からニクスの父親を眺めていると、リトルルビィが歩いて来た。

「今ね、博士から連絡があったんだけど、メニー、無事だって！」

「…………そう」

　にこりと笑う。

「それは良かったわ」

　―――――チッ！！！！

（くたばらなかったか…！）

　再び視線を遠くにいるニクスの父親に向ける。青くなった体はぐったりしている。

（そういえば、キッドが言ってた）

　毒の進行が遅ければ助かる可能性はある。リトルルビィのように。

（あの人が元に戻れば、ニクスが起きた時、ニクスが喜ぶ）

（この際、紹介所であの人でも働けそうな所を紹介してもらおう。それで、少しは生活も楽になればいい）

（仕事が無かったら、ママにお願いしてうちで雇ってもらおう。運動量の少ない所がいいわ。庭師のリーゼの助手なんてどうかしら）

（ああ、それがいいかも。ニクスの父親がうちで働けば、住み込みになる。ニクスも一緒に住めば、寝泊りする場所や、家賃に困る事もない。クロシェ先生の授業を一緒に受ける事もできる。ニクスに字を覚えさせる事ができる）

　ニクスのためなら、あたしはママにいっぱい頭を下げるわ。ごめんなさいもちゃんと言ってあげる。

（メニーが無事だったという事は）

　ニクスも、きっと無事だ。

「…………」

　リトルルビィに振り向く。

「リトルルビィ、あたし、今日は家に帰らない」

「え？」

「キッドの家に泊まるわ。ニクスの隣で寝る」

「俺の隣で寝ようよ」

　後ろから声が聞こえて、振り向く前にキッドがあたしの頭に顎を乗せて、じゃれ出した。

「俺のベッドの中で愛を確かめ合うんだ。テリー、今夜は寝かせないよ」

「くたばれ」

　あたしはキッドから離れて、リトルルビィに寄り添って、頭を撫でる。リトルルビィが口を押さえた。

「きゃっ！」

「リトルルビィ、見なさい。あれが16歳よ。16歳に見える？　12歳の女の子を口説く16歳。ああ、ロリコンどころじゃないわ。変態よ。変態。この子供好き。恥を知れ」

「あのね、俺が誰でもかれでも口説いてると思ったら大間違いだよ。俺はテリーだから愛を囁いてるんだよ」

「リトルルビィ、あんな16歳になっちゃ駄目よ。あんたは気高い16歳に成長するのよ」

「はーい！」

　元気よく返事をしたリトルルビィが指で数えた。

「……あと8年後か……」

（8年後ね…）

　あたしは牢屋に入ってないだろうか。

（ああ、考えるのはよそう。不安になるだけだわ）

「で、鏡はどうなったの？」

　キッドが腕を組んで、岩で塞がれたトンネルを横目で見た。

「割った？」

「割った」

　ただ、

「額縁が無くなったわ」

「……額縁？」

「立てかけられてた額縁よ。金で出来た、豪華なやつ。鏡が割れた途端、それだけ消えた」

「鏡の破片は？」

　あたしはリュックを手で叩いた。

「あんたから貰った袋に入ってる」

「助かるよ。ありがとう。テリー」

「材料が上手い事揃ってた」

　鏡を割るための手鏡、割れた鏡を回収する袋。

「なんで分かったの？」

「何が？」

「鏡を割る方法」

「実際割ったのはお前だ」

「鏡が鏡を反射して、鏡自身が呪われて、その隙を突いて割れたのよ」

　それが無かったら、割る事が出来たか分からない。

「それだけじゃない。あんたは鏡の呪いの事まで察してた」

「んー」

「呪いの飴の事だって」

「んー」

「中毒者の事だって」

　魔法使いが呪いの飴を渡し、人間を呪う。呪われた人を、中毒者と呼ぶ。

　その毒を、呪いを、キッドが解こうとしている。

「ちょっと、テリー？」

　キッドが微笑んだ。

「熱い視線が痛いな」

「お前が変だからよ」

「何が変なの？　ちょっとだけ、そういう分野に詳しいだけさ」

「まさか、魔法使いを信じてるの？」

　あたしは鼻で笑った。

「魔法使いは全滅したのよ。神話じゃない。有名な歴史だわ」

「そうだよ。人間に迫害されて、全滅したと思われてる」

　でも、

「そんなのは、ただの言い伝えだ」

　テリー、見ただろ？

「巨人はいた。言い伝え通り」

　呪われた人間が多くいる。

「その中で、どうして魔法使いが生きて無いなんて、言えるんだ？」

　いるよ。

「魔法使いは存在する。リトルルビィも会った。だろ？」

　リトルルビィが頷いた。

「魔法使いは人間を恨んでいるようだ。だから呪うのかもしれない」

「…復讐ってこと？」

「ちゃんとした理由は分からないけど、似たようなものじゃないかな」

　キッドが伸びをした。

「さ、こんな寒い所、さっさとおさらばだ」

「キッド」

「テリー、怖い顔しないで。家でココアでも飲もうよ」

「キッド」

「分かった、分かった。今度見せてあげるから、そう凄まない」

　あたしは眉をひそめる。

「……何を見せるって？」

「記録書」

「……記録書？」

「ああ」

　キッドがにやりと笑った。

「魔法を打ち砕く方法が載った、記録書」

　――――――え？

「上手くいって良かったよ」

　キッドが身を屈ませる。

「いいよ。お前なら」

　あたしの耳に口を近づけた。

「テリーになら、いつか見せてあげる」

　ちゅ、とあたしの頬にキスをした。

「っ」

「！！！！！」

　あたしの息が止まると、リトルルビィがキッドの肩を叩いた。

「キッド！！」

「あははは！」

「やめて！　テリーに触らないで！」

「続きは今夜のベッドでね。テリー」

　一歩下がったキッドが満足したように笑った。

「じいやに連絡してくるよ。馬車に乗って帰ろう」

「私も博士に連絡してくる！」

　ポケットから小型の機械を取り出しながら、リトルルビィが離れ、キッドがあたしの横を通り過ぎた。

「博士！　メニーの様子は？」

「じいや、終わったよ」

（…何者？）

　キッドの背中を睨む。

（誰なのよ、あんた）

　キッドは微笑んでいる。

（……記録書って何……？）

　キッドは、笑っている。

（……ドロシーに訊けば分かるかしら……）

　あたしは目を逸らした。

（どうしてこうも謎が多いのよ…）

　あたしは目を伏せた。

（詮索したくなくても、詮索せざる得なくなる）

　いいじゃない。キッドが何者でも。この契約は、いつか切れるものなのだから。

（だとしても）

　なんで魔法の事を知ってるわけ？

（魔法を打ち砕く方法が載った記録書？）

　何それ。

（キッドは何者？）

　分からない。

（あたしは誰を助けたの？）

　分からない。

（分かるのは）

　メニーが生きているということ。

（くそ）

　誰を助けたって、あたしにはまだ死刑になる可能性が残っている。

（くそ……）

　メニー。

（くそっ…）

　メニー。

（畜生）

　メニー。

　――――死ねばよかったのに。

「あ」

　リトルルビィが声をあげた。

「え？」

　あたしが声をあげた。

　――――え？

　目の前に男の裸がある。

（ん？）

　見上げる。

　ニクスの父親が、虚ろな目であたしを見下ろしていた。

（あれ？）

　なんでこの人が、あたしの目の前にいるわけ？

（さっき、縛られてなかった？）

「キッド様！！」

　慌てた声が響いた。

「逃げ出しました！！」

　キッドが振り向いた。

　リトルルビィが駆け出した。

　雪の王が手を伸ばした。

　あたしの首を掴み上げた。

「よくも」

　虚ろな目が見開かれた。

「よくも僕の幸せを壊したな！」

　雪の王が、青い涙を流した。

「返せ！！」

　あたしの足が浮かんだ。

「偽者め！！」

　あたしの足が揺れた。

「プリンセスはどこだ！！」

　血走った目が向けられる。

「ニクスはどこだ！！！！」

　その目は正気を保っていない。

「ニクスを返せええええええええええええええええええええええ！！！！！！」

「……………」

　雪の王の手を掴む。首が絞められる。息が出来ない。顔が青ざめていく。足をばたつかせる。リトルルビィが雪の王に飛び乗った。牙が光った。雪の王に噛みつこうとすると、キッドが止めた。

「リトルルビィ！　やめろ！！」

「でもっ」

　氷の刃が出てきて、リトルルビィが慌てて避けた。

「ひゃっ！！」

　リトルルビィが地面に転がり、ころころ転がり、キッドの足元に戻っていく。キッドが雪の王を見た。雪の王は暴走している。

　雪の王は正気ではない。

　あたしの首を絞めながら、あたしを恨む。

「許さない」

（死ぬ）

　あたしは足をばたつかせた。

（あ、死ぬ）

　あたしはひたすら雪の王の手を掴んだ。

（死んじゃう）

　人の死を願ったら、自分が死に追い詰められた。

「よくも鏡を割ったな」

「よくも僕の鏡を」

「よくも奪ったな」

　許さない。

「許さない」

　許さない。

「許さない、許さない」

　許さない。

「許さない。許さない。許さない」

　許さない。

「お前のせいだ」

　許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

　殺　　し　　て　　や　　る　　。

　どうして、あたしばかりがこんな目に合うの。

（死ぬ）

　どうして、あたしばかりが痛い目を見るの。

（死ぬ）

　ほんの少し、メニーの死を願っただけじゃない。

（あたしが悪いの？）

　違う。

（悪いのはあいつじゃない）

　あたしは雪の王を睨む。

（あたしは悪くない）

「許さない」

（あたし悪くない）

「許さない」

（そもそもお前が悪いんじゃない。鏡に魅入られるから）

「許さない」

（お前がニクスを殺すんじゃない）

「許さない」

（お前がニクスを殺したくせに）

「許さない」

（お前がニクスを奪ったくせに！）

「許さない」

（お前が全部悪いくせに！！）

　あたしは雪の王の手に、爪を食い込ませた。

（不幸の元凶はお前よ！！）

　ニクスはお前のせいで不幸になったのよ！！

「許さない」

（あたしだって許さない）

「許さない」

（よくもニクスを殺してくれたわね！）

「許さない」

（今度はあたしを殺すわけ？）

　あたしは足を蹴飛ばす。どこにも当たらない。

（くそ）

　あたしの意識が薄くなっていく。

（これがドロシーの言ってた、天罰？）

　メニーの死を願った天罰？

（そんなの、鼻で笑い飛ばしてくれるわ）

　あたしばかり嫌われた。

　あたしばかり憎まれた。

　あたしばかり怒られた。

　ニクスは、そんなあたしを受け入れてくれた、たった一人の友達だった。

（死んでたまるか）

　雪の王を睨みつける。

（死んでたまるか…！）

　ニクスが生きているのに、

　メニーが生きているのに、

（こんなところで死んでたまるか！！）

　息が出来ない。

（くそ）

　死ぬ。

（くそ！）

　死ぬ。

（終わりたくない！）

　あたしは抗う。

（死にたくない！）

　あたしはもがく。

（誰か）

　誰でもいい。

（誰か）

　あたしを助けてくれるのなら、優しいニクスを勝手に恨んでしまった事に、ごめんなさいを言ってあげるわ。

（だから、）

　だから、

　誰か、あたしを助けて―――――！！

　――――――　首　が　無　く　な　っ　た　。

「っ」

　あたしの目が見開かれた。

　ニクスの父親の頭が、吹っ飛んだ。

　キッドが、ニクスの父親の首を斬った。

　返り血があたしとキッドに降りかかる。

　ニクスの父親の体に力を込めろと命令する脳みそが無くなり、手の力が緩んだ。

　体が地面に落とされる。

　ニクスの父親の体が倒れた。

「………………」

　ニクスの父親が完全に死んだ。

「……………………」

　ニクスの死が父親に移った。

「……………………………」

　あたしは、浅く呼吸をした。

「はあ」

　あたしは呼吸する。

「はあ」

　生きてるあたしは呼吸をする。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

　呼吸を求める。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

　落ちつこうと息を吸い込んだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ！」

　白い雪に、血が流れる。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ！」

　青い血と赤い血が、混ざりあう。

「はあはあはあはあはあはあはあはあ！！」

　あたしは呼吸する。

（生きてる）

　あたしは拳を握る。

（生きてる！）

　ニクスの父親は死んだ。

（ニクス）

　ニクスは生きてる。

（でも）

　救われて欲しい人物が、亡くなった。

「はあはあはあはあはあはあはあはあ！！」

　体ががたがたと震え、全身が寒くなる。首を押さえて、呼吸をしないと死ぬと思って、呼吸をしようと呼吸をしたら首のない体が視界に映る。落ち着こうとして呼吸をして、首がなくなった個所から血が流れているのに体は凍っていて、その姿に脳が慌てふためいて、呼吸をしたら落ち着くからとりあえず呼吸をしないといけなくて冷静になるために呼吸をすると生きていることになるから呼吸をすれば何とかなるから呼吸をとにかくしなきゃいけなくて呼吸をとりあえず呼吸を呼吸を呼吸を酸素を二酸化炭素を酸素を呼吸を吸って吐いて吐いて吸って呼吸を呼吸を生きているなら呼吸をすれば呼吸しないと吸って吐いて吐いて吸ってほら呼吸をしないと生きているなら呼吸をはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ、

「テリー」

　涼しい声が聞こえた。

「真似して」

　声が吐いた。

　はーーーーーーーーー。

　あたしは真似した。

　は、はあ、ああああ、あああああ、

　声が吸った。

　すーーーーーーーーー。

　あたしは真似した。

　すううう、ううう、えほっ、すううう、ううう。

　はーーーーーーーーー。

　あたしは真似した。

　は、はあ、ああああ、あああああ、

　声が吸った。

　すーーーーーーーーー。

　あたしは真似した。

　すううう、ううう、ううう、ううう。

　声が吐いた。

　はーーーーーーーーーーー。

　――――――あたしも吐いた。

「はあああ、あああ、ああああ」

「うんうん。大丈夫。呼吸出来てるよ」

「すうううう、ううううううううううう」

「うん、上手上手。そうだよ。そうやって呼吸するんだよ」

　キッドがあたしを抱き締め、背中をとんとん、とリズミカルに叩く。

　震えて、キッドのコートをぎゅっと掴むあたしの手を握って、頭にキスが落とされる。でも、それどころじゃない。呼吸が、苦しくて、うまく、酸素が回らない。

「大丈夫」

　キッドの声が耳に響く。

「テリーなら出来るから」

　キッドの声が耳に響く。

「ゆっくり呼吸して」

　すーーーーーーーーー。

　はーーーーーーーーー。

　すーーーーーーーーー。

　はーーーーーーーーー。

「…………」

　ぐったりと脱力する。口にも、目にも、体にも、力が入らない。キッドに体を預けると、キッドが軽々とあたしを持ち上げた。

「よいしょ」

「テリー」

　リトルルビィがかかとを上げてあたしを覗き込む。

「大丈夫だよ。リトルルビィ。少し驚いただけだ」

「でも、具合悪そう」

「うん。呼吸出来なくて、苦しくなっちゃったんだよ。大丈夫。このまま連れて帰ろう」

　キッドが歩き出そうとして、足を動かすと、あたしの声を聞いた。

　―――ニクス。

　枯れた声を出すと、キッドが笑った。

「ニクスは生きてる。もう大丈夫だよ」

　―――ニクス。

「ニクスは心配いらない。もう大丈夫だから」

　―――ニクス。

「……テリー？」

「…………ごめんなさい………」

　あたしの頬が濡れる。

「ごめんなさい………」

　キッドがあたしを抱え直した。

「なんでお前が謝るの？　テリー」

　キッドが笑った。

「罪人は、俺だよ」

　キッドが歩き出した。

「お前が謝る事は無い」

「ごめんなさい…」

「大丈夫。怒られるのは俺だから」

「ごめんなさい…」

「よしよし、テリー、泣かないで」

「ごめんなさい…」

「もう大丈夫。だから泣かないで」

「ごめんなさい…」

「お前の涙は見たくないって言ってるだろ？」

「ごめんなさい…」

「お前は悪くないから」

「ごめんなさい…」

「ニクスは大丈夫」

「ごめんなさい…」

「テリー」

「ごめんなさい…」

　悪いのは、呪いだ。

　ニクスの父親は、好きでニクスを殺したわけじゃない。

　ニクスは、好きで父親に飴を渡していたわけじゃない。

　どちらも、ただ、幸せになりたかっただけだ。

「ごめんなさい………」

　あたしは、ごめんなさいを呟く。