第13話 侵略せよ(1)


 星空が見えない。薄暗い嫌な天気だ。辺りは真っ暗闇。そこに、森に囲まれた一つの氷の地面。そしてトンネル。ゆっくりと雲が動いた。間から月が見え、一筋の光が氷の上を照らした。遊び場所を囲む森の中で、ランプが光る。火が揺らめく。大人達が遊び場所を、あたし達の約束の地を囲んで、神々しい一筋の光を見つめる。


 暗闇の中、不気味にも、美しく、月の光が、氷の上を明るく照らされている。

 巨人はまだ、現れない。


 リトルルビィがあたしの手を握った。


「テリー」


 あたしは頷いた。


「いいわ」


 ランプを持つ。


「行きましょう」


 ゆっくりと、二人で、トンネルの中へ入っていく。あたし達の影が揺らめく。お化けのように動き回り、大きくなり、歪になり、でも、あたし達は足を止めず、前を歩き続ける。まるで洞窟のようなトンネル。雪の城。欲見たら、凍ったパンが、トンネルの端に転がっていた。


(ニクスは、貰ったパンを父親にあげていると言っていた)


 少しでも栄養付けないとって。


(でも、それは、ただ)


 ニクスが、人間の食べ物を食べてる父親を見て、安心したかっただけではないのだろうか。


(…………)


 ニクスを屋敷に招いた時、意地でも、ニクスを泊めればよかった。

 暖かい部屋で、一緒のベッドに潜って、あの冷たくなった体を、暖めてあげればよかった。


(もう少しよ。ニクス)


 もう少しで、終わるわ。


(それまで、耐えて)


 トンネルの奥に、辿り着く。あたしはランプを掲げる。少し歩いた先に、金色の丸い額縁の鏡が壁に立てかけられて置かれているのが見える。


「ここまででいい」


 リトルルビィの手を離す。


「後は任せて」

「テリー」


 リトルルビィが眉を下げた。


「本当に大丈夫?」

「何よ。心配してくれるの? 大丈夫よ」


 ドロシーの言ってる事が本当であれば、あたしは呪いにかからない。リトルルビィに微笑む。


「あんたはそこにいて」


 ここからは、あたしの仕事だ。


「動いちゃ駄目よ。リトルルビィ」

「……うん」


 リトルルビィが待機する。あたしは鏡の前まで歩き、その場で立つ。


「さて」


 あたしはリュックを置き、膝を立てて、リュックの口を開き、中にあるそれを掴む。そして、その状態で、鏡を見る。


「こんにちは。鏡さん」


 鏡の中に、微笑んでリュックに手を突っ込ませるあたしが映る。


「会いに来たわ」


 鏡は反応を示さない。あたしは息を吸った。


「鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰?」


 あたしが訊くと、鏡のあたしが笑った。


「それは」


 鏡がきらりと光った。


「あたしよ」


 プリンセス・テリーが笑う。


「世界で一番美しいのは、あたし」


 雪のプリンセスが美しく微笑んだ。


「あたし以外いると思ってるの?」

「そうね。あたしは確かに美しいわ」

「ええ。あたしが一番美しいのよ」


 白い手があたしの脳に近づく。


「鏡よ鏡。お前には何が出来る?」

「あたしは願いを叶えることが出来るわ。プリンセス」

「あたしの願いを叶えられる?」

「もちろんよ。プリンセス」

「なら見せてほしいの」


 白い手にあたしが命令する。


「以前のプリンセスに、何があったのか」


 鏡がきらりと光った。

 鏡の中に、ニクスが映った。







 ニクスは、貧乏な家の子だった。

 ニクスは、貧乏な親の元で生まれた。

 ニクスは、母親を亡くした。

 ニクスは、男で一つで育った。

 ニクスは、父親が悲しんでいることを知っていた。

 ニクスは、父親が娘に母親がいないことで気に病んでいることを知っていた。

 ニクスは、父のお下がりの服を着るようになった。

 ニクスは、仕事を探した。

 ニクスは、家が貧乏だった。

 ニクスは、父親の事をとても大切に想っていた。

 ニクスは、父親が仕事で疲れている事を知っていた。

 ニクスは、父親と家の前に捨てられていた鏡を見つけた。

 ニクスは、拾ってきた鏡で遊ぶ事にした。

 ニクスは、父親と鏡で遊んだ。

 ニクスは、幸せになれた。

 ニクスは、父親にとってのプリンセスだった。

 ニクスは、呪いにかからなかった。

 ニクスは、父親が鏡に依存を始めた。

 ニクスは、異変を感じた。

 ニクスは、父親に自覚が無い事を悟った。

 ニクスは、父親が鏡に魅入られていくのを見ていた。

 ニクスは、父親がどんどん変になっていくのを感じていた。

 ニクスは、疑いの心を持った。

 ニクスは、絶対に魅入られなかった。

 ニクスは、鏡を処分した。

 ニクスは、父が行方不明になった事を知った。

 ニクスは、父親を捜した。

 ニクスは、父親を見つけた。

 ニクスは、父親が処分したはずの鏡がある場所にいたのを見つけた。

 ニクスは、鏡から離れない父親を連れ戻そうとしたが叶わなかった。

 ニクスは、大人に相談した。

 ニクスは、誰にも相手にされなかった。

 ニクスは、ただ呪われていく人々を見つめていた。

 ニクスは、絶望してしまった。

 ニクスは、影に会った。


「いいですか。貴女のお父様は、不治の病にかかっているのです。これは、魔法のお薬。貴女のお父様をきっと助けてくれる。毎朝、毎晩に、これを与えなさい。もしも一回でも与え忘れてしまったら、魔法の効果は消え、お父様は永遠に元には戻りません」


 ニクスは、毎日与えた。

 ニクスは、薬を与えた。

 ニクスは、毒を与えた。

 ニクスは、父親に与え続けた。

 ニクスは、信じる事しか出来なかった。

 ニクスは、誰にも言えなかった。

 ニクスは、信じない人々に絶望していた。

 ニクスは、一人ぼっちの英雄になった。

 ニクスは、隠した。

 ニクスは、鏡を見張り始めた。

 ニクスは、父親を見張り始めた。

 ニクスは、そのために森に住むようになった。

 ニクスは、飴を与え続けた。

 ニクスは、呪いを与え続けた。

 ニクスは、どんどん父親の体がおかしくなっていくのを見ていた。

 ニクスは、父親が雪にまみれて形が大きくなるのを黙って見ていた。

 ニクスは、それでも与え続けた。

 ニクスは、信じた。


 必ず、お父さんは元に戻る。


 ニクスは、眠る。



 ニクスは、凍っていく。




 呪われた。






「ありがとう。見せてくれて」


 言うと、プリンセス・テリーは物足りなさそうに微笑んだ。


「まだ願いがあるでしょう?」

「叶えてくれるの?」

「いいわ」


 白い手が動き出す。


「沢山願いを叶えてあげる」


 プリンセス・テリーの形が歪んでいく。


「何がいい? プリンセス」


 白い手があたしに近づく。


「願いを言ってみて」


 鏡が微笑む。


「こんなのはどうだろう」


 リオン様となった影が、あたしの肩に触れた。


「愛を囁こう。プリンセス」


 白い手が、あたしの脳に手を伸ばした。


 ―――瞬間、その手を叩く。


「触らないで」


 白い影を睨む。


「よくもやってくれたわね」


 白い影がきょとんとした。


「よくもニクスを呪ってくれたわね」


 あたしは取り出す。


「これあげるわ」

「何これ」

「この世で一番美しいものが映ってる」

「え?」


 鏡があたしの持っていたものを受け取って、覗いた。


「そんなはずは無い。美しいものを映すのはあたしよ」


 鏡が眉をひそめた。


「これは誰? 私こそが一番美しいものを映し出すのよ」


 鏡が険しい顔になった。


「これは誰だ。僕は誰だ」


 鏡が『手鏡』を見て、混乱した。


「ここに写っているのは一体誰だ」


 鏡は混乱する。


「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのは誰だ」


 鏡は鏡を映し出した。

 鏡は鏡を呪った。

 鏡は鏡を反射した。


「あ」


 鏡は呪われた。


「なんて素敵な手鏡なんだ」


 鏡は微笑んだ。


「これはあたしのものよ」


 鏡は手鏡を抱きしめた。


「誰にも渡さないわ」


 白い手が引いていく。


「鏡よ鏡、この世で、一番美しいのは誰?」


 それは、


「アタシ、ヨ!」


 あたしは凍ったパンを、鏡に投げた。








 鏡の破片が、粉々に砕けた。






「テリー!」




 砕けた鏡があたしに当たる前に、リトルルビィがあたしを抱え、待機場所までジャンプした。足を華麗に着地させ、鏡に振り向く。


「っ」


 リトルルビィが目を見開いた。


「へっ?」


 あたしは鏡に顔を向ける。だが、見て、眉をひそめた。リトルルビィが辺りを見回し、呟く。


「…額縁が消えた…?」


 粉々になった鏡の破片は地面に広がっているが、鏡が入っていた金の額縁がまるっと消えてしまっていた。リトルルビィが何度も見回すが、どこにも無い。

 リトルルビィが呆然と、あたしに顔を向けた。


「ねえ、テリー、鏡が割れるまで、額縁もあったよね?」

「ええ」

「どうなってるの?」

「……分からない」


 ちらっと、落ちてる鏡の破片を見る。


「リトルルビィ、破片も消えるかも」

「へ!」

「今のうちに回収しましょう」

「う、うん!」


 あたしはリュックからキッドから貰った袋を取り出して、その中に鏡の破片を入れていく。


(……準備がいいわね。キッド)


 まるで、こうなる事が分かっていたように。


(考えるのは後だ)


 あたしとリトルルビィが破片を拾い集め、袋に詰め込んだ。


「………全部、入った?」

「細かいのもばっちり!」

「ありがとう」


 袋の口を塞いで、リュックにしまう。


「戻るわよ。リトルルビィ。こんな暗い場所、美しいあたしには似合わないわ」

「テリー」


 リトルルビィが頬を赤らめて、意気込んで、あたしに言った。


「テリーは鏡なんかなくたって、可愛いよ!」

「リトルルビィ、今度あんたに手鏡をプレゼントしてあげる。赤いのでいい?」

「いらない。自分の顔なんか見ても、楽しくないもん」

「そう言ってるのも今のうちだけよ」


 その時、ゆらりと、体が揺れた気がした。


(ん? 眩暈?)


 ゆらゆらと揺れる。


「ん」


 ゆらゆらと揺れる。


「…………」


 あたしはランプを掲げて周りを見た。


「リトルルビィ」

「テリー」


 リトルルビィがあたしに手を広げた。


「来て」

「ええ」


 あたしはリトルルビィに抱き抱えられる。瞬間、揺れが大きくなった。トンネル全体が、ゆらゆらと揺れ始める。


「しっかり掴まってて!」


 リトルルビィが走り出す。工事途中のもろい天井が崩れ始めた。リトルルビィが赤い目を動かして、地面を蹴っていく。岩が転がる。どんどん周りが凍っていく。天井が落ちてくる。リトルルビィが駆けていく。


 リトルルビィが外に飛び出た瞬間、崩れた岩が、トンネルを塞いだ。


「っ」


 リトルルビィが振り向く。あたしも顔をトンネルに向ける。

 雪の城の門は、完全に閉鎖されてしまった。


「………なんだか、変なタイミングね」


 リトルルビィが雪の城を見て、難しい顔をした。


「まるで、私達を閉じ込めようとしたみたい」

「変なタイミングで地震が起きただけよ」


 あたしはリトルルビィの腕から地面に下りた。


「仕事は終わり」


 氷の上に振り向く。


「見届けましょう」


 目を凝らせば、氷の上には見えない巨人が現れていた。大人達がランプを掲げて、目を凝らした。キッドが目を凝らした。


「…………」


 キッドがぱっと笑顔になった。


「巨人だ!!!!」


 見えたらしい。


「でけー! すげー! 巨人だ! 巨人がいるぞ! 俺には、見える! 見えるぞ!! 人がまるでごみのようだ! 神話は嘘じゃなかったんだ! ひゃーーーー!!」


 興奮したように拳を握り、飛び跳ね、足を止め、叫んだ。


「作戦A、開始!」


 キッドの声と共に、大人達が全員で銃を撃った。中の弾にはペンキが詰まっているのか、雪の王の下半身にカラフルな色がついた。雪の王が顔をしかめた。


 キッドが指を鳴らす。


 待っていたと言わんばかりに空から小型飛行機が飛んできた。空から熱湯を雪の王に浴びさせる。雪の王が悲鳴をあげた。鼓膜が破れそうな巨大な声に、あたしとリトルルビィが耳を塞いだ。


 耳線をするキッドが指を鳴らす。


 小型飛行機が空を覆う。一機、二機、三機、四機、うじゃうじゃと、空を囲んで飛んでいる。


「……何機いるのよ」

「二十機」

「……そんなに用意出来るわけないでしょ。いくらかかると思うのよ」

「でも用意したって」

「誰が」

「キッド」


 平気な顔で言うリトルルビィに、あたしは顔をしかめた。飛行機から熱湯が雪の王にひたすら降りかけられる。大人達が銃の種類を変えた。銃を撃つ。熱湯が雪の王に向けて発射された。雪の王が悲鳴をあげる。


 キッドが指を鳴らす。


 大砲が用意された。発射される。中にはやっぱり熱湯が入っていた。

 上から、横から、下から、熱湯を浴びせられ、とうとう雪の王が怒った。巨大な片手を広げて、叩き落とす。


「うわあああああ!!」


 突然の攻撃に、大人達が悲鳴をあげる。見えない手が森の一部を破壊する。


「怯むな! いけいけいけーーーー!!」


 キッドが叫ぶと共に、争いが激しくなっていく。小型飛行機からはどんどん熱湯が降りかかり、お湯の雨となる。リトルルビィが傘を差した。あたしを中に入れた。相合傘の上にお湯が降った。雪の王から湯気が出た。


 ああああああああああああああああああ!!!!!


 雪の王が叫びながら、森を再び破壊する。その位置で熱湯を撃っていた大人達が逃げ出した。別の方向から熱湯が撃たれる。雪の王が両手を振り回す。森が破壊されていく。


「なんて酷い事を! 王たる者が、森を破壊するなんて!」


 キッドが演説を始めた。


「どうだ! 雪国の民! 王は君達に何をした! ただ操って地面を揺らして大事な冬眠生活の、安らかな夜の眠りの、邪魔をしただけだ! 不安を煽っただけだ! 王とは民を幸せに導く者なり!」


 あたしとニクスが作った雪だるまが破壊される。


「私は約束しよう! 雪の王国を、もっと繁栄させると!」


 あたしとニクスが作ったかまくらが破壊される。


「私は約束しよう! 冬になったら、この地に人や動物や緑を増やすと!」


 あたしとニクスが星空を見てた雪の山が破壊される。


「雪の王の首は私が貰う!!」


 キッドが笑った。


「雪の王国は、俺のものだーーーーーーーー!!!!」


 はーーーーーぁ、はっはっはっはっはっはーーーあ!!!


 完全に悪の王となり果てたキッドが指示をした。


「撃てーーーーーー!!」


 雪の王に熱湯が降りかかる。雪の王が小型飛行機を睨みつけた。手を伸ばす。小型飛行機が上手い事避けた。下から熱湯がかけられる。雪の王が大砲に歩み寄った。大砲担当の人達が逃げ出した。雪の王が大砲を叩き潰し、人を叩き潰そうと拳を上げた。そうはさせまいと、また逆の方向から大砲が撃たれた。熱が雪の王にかけられる。雪の王が抗う。唸り、小さなあたし達を見て、叫んだ。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!


 両手を振り回す。木を蹴飛ばす。大人達が逃げる。小型飛行機が熱をかける。大砲が撃たれる。雪の王は抗う。


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!


 雪の王はどんどん溶けていく。しかし雪の王はどんどん怒りに募っていく。人々に向かって拳を叩き、叩き、叩いていく。

 以前、サリアと丘で見たのと同じ跡が地面に残っていく。


 うあっ! うあっ! うあっ! うあっ!


 雪の王が地面を殴っていく。人が逃げる。また熱湯を撃つ。雪の王が叩く。人が逃げる。小型飛行機が熱湯を降らせる。雪の王が溶けていく。地面をもっと強く叩いていく。地面が揺れる。地震が起きる。体が揺れる。あたしは座り込んだ。


「気持ち悪い…」

「テリー、大丈夫?」


 地震酔いしたあたしの背中をリトルルビィが撫でた。

 雪の王が叫ぶ。抗う。殴る。蹴る。叩く。人が逃げる。キッドが笑う。


「実に楽しい気分だ! 大変! とても! 非常に! 気分が! 愉快爽快壮快痛快欣快ゆかいそうかいそうかいつうかいきんかいでしょうがない! アドレナリンが駆け巡る! なんて楽しいのだろう! これからこの雪の王国は、俺の配下となる!」


 つまり、


「俺こそが雪の王だ!!!!」


 腰にある剣に触れて、雪の王を見下ろした。


「その首を貰おうか!」


 雪の王が溶けていく。


「白旗を揚げよ!!!!」


 雪の王は溶けていく。

 雪の王は抗う。

 雪の王は叫ぶ。

 雪の王は破壊していく。

 雪の王は小さくなっていく。

 空から熱湯がふりかかり、また溶けた。

 横から熱湯が撃たれ、また溶けた。

 上から熱湯が降ってきて、また溶けた。

 下から熱湯が撃たれて、また溶けた。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!


 地震が起きる。地面が揺れる。雪の王が動くたびに地面が揺れる。雪の王の雪が剥がれた。気にせず雪の王は森を叩き潰した。しかし溶けていく。雪の王は歩き出した。しかし溶けていく。雪の王は殴りつけた。しかし溶けていく。雪の王は叫んだ。しかし溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。熱湯がかけられた。溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。ぽかぽかしてくる。溶けていく。溶けていく。溶けていく。とろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ。







 溶けた。









 人間が、そこにいた。



 氷になった透明人間が、そこに立っていた。



 じっと立っている人間がいた。



 人間は、俯いている。



 キッドが木のボードに乗った。地面を蹴った。高い丘からボードに乗って滑っていく。キッドがジャンプして、ボードを放り投げ、氷の上に着地した。


 目の前には氷の人間が黙って立っている。


 キッドが同じように立ってみた。

 氷の人間は、そこに、何もせず、立っている。

 キッドは微笑んだ。


「どうも、こんにちは」


 にこりと微笑んだ。


「今から貴方を捕らえます。悪く思わないでくださいね。ミスター」


 にこりと微笑んだ―――――顔の横に、氷が突き刺された。キッドの耳にかすむ。髪の毛が少しかすった。氷の人間の体から、氷が突き出されていた。鋭い氷が、キッドに目掛けて向けられる。

 キッドの目が、氷のように鋭くなった。


「そう上手くはいかないよなあ」


 にんまりと微笑み、素早く、腰から剣ではなく、銃を取り出した。キッドが氷の人間に向かって連射する。


 どんどんどんどん、と音が鳴る。キッドの目が見開かれる。口角はいやらしく上がっている。楽しんで、銃を撃って、その人間に撃ち込んで、撃ち込んで、撃ち込むが、人間はこれ以上溶けない。

 虚ろな目で、じっと、キッドを睨んでいる。


「おっと」


 氷が体から突き出された。キッドが避ける。


「それっ」


 銃をまた撃ち込む。体は溶けない。


「駄目かな」


 キッドは銃の中身を入れ替えた。


「こっちは?」


 撃った。途端、溶けた。人間が悲鳴をあげた。


「ビンゴ!」


 キッドが撃つ。溶けた。人間が悲鳴をあげた。


「来たこれ!」


 連射される。


 123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142434445464748495051525354555657585960616263646566676869707172737475767778798081828384858687888990919293949596979899――――。


「100コンボだドン!」


 叫んだ。

 と同時に、人間の目が見開かれた。うずくまる。すると、体中から、氷の刃が飛び出てきた。


「おっ」


 全て、キッドに向けられる。


「いいよ。かかっておいで」


 キッドが氷に足を滑らせると、人間が氷の刃を放った。キッドに向けて投げられる。氷が氷に刺さっていく。キッドが氷を滑る。氷の刃が再び人間の体からあふれ出てきて、キッドに飛んでいく。キッドが走りこみ、華麗なトリプルジャンプを二回決めた。その周りに氷が刺さっていく。キッドが足を氷に着地させると、氷が揺れた。キッドの足がつるんと滑り、キッドが尻餅をついた途端、氷の刃が飛んできた。キッドがにやりと笑って、一瞬で抜いた剣で氷を弾き飛ばす。キッドが立ち上がる。


「俺の華麗なステージを見るがいい。審査はテリーとリトルルビィにお願いしよう」


 あたしとリトルルビィが審査員席に座った。


「名曲『雪のワルツ』より」


 キッドが踊るように氷の上を滑り始める。人間が氷の刃を体から出し、キッドに向かって飛ばした。キッドが既に刺さった氷に剣の刃を当て、滑りながら演奏を始める。


 こんかんここかんこんこかかん。


 氷を弾き飛ばし、足を滑らせる。


 こここここここかかかかかかかっこここここここ、こ。


 キッドが剣を構え、一気にスピードを出し、氷に囲まれた道を滑り、自分を睨む人間に、雪の王に、剣を振った。


「ラララン」


 歌いながら斬ると、氷で剣の刃を塞がれた。


「ラララ」


 キッドが足を滑らせ、構うことなく雪の王に剣を振る。


「ララララ」


 キッドが雪の王の周りをぐるりと回り、踊るように滑る。


「ラララ」


 氷が飛び出れば、キッドが斬った。


「ラララ、ラララ、ラララララ」


 キッドが観察する。氷に囲われた鎧を見つめる。


「ふんふんふーん」


 鼻歌を歌いながら下から上まで滑りながら見つめる。


「ふふーん」


 どうしたら鎧を壊せるのかキッドが踊りながら考えた。


「ララララ」


 キッドがベルトに手を伸ばした。


「ララララララ」


 トンカチを取り出した。


「ラーーーーーー」


 キッドが氷を叩き割った。ばごんと、氷が割れる。


「ラン」


 キッドが踊り出した。


「ラララララー」


 一気に滑り始める。雪の王が目を見開いた。


「ラララララララー」


 キッドがトンカチを振り下ろした。雪の王が氷の刃を飛び出させた。分かっていたように、キッドが下から上にかけてその氷の刃を叩き、破壊してから片手に持った銃で雪の王を撃った。雪の王の体の一部が溶けた。


「ラララララー」


 氷が再生されなくなった。雪の王が困惑したように溶けた箇所を手で押さえた。


「ラララララー」


 押さえた手をトンカチで叩き割った。雪の王が悲鳴をあげた。


「ララララン」


 雪の王が氷の刃を体から出すが、キッドが銃で撃ちこむ。撃ち込まれた氷の刃は溶け、二度とその箇所からは氷が再生されなくなった。雪の王が一歩下がった。


「ラララ」


 一歩下がった先で踊るキッドにトンカチで叩かれる。


「ララララン」


 雪の王が氷を出す。


「ラララン」


 撃たれて叩かれる。


「ラララ」


 雪が溶けて氷が割られる。


「ルラルララー」


 雪の王が氷に足を取られた。


「ルンルンルーン」


 空には大量の小型飛行機が飛んでいた。


「ルルルルーン」


 新しい大砲が用意されていた。


「ララララララー」


 人々がお湯鉄砲を向けていた。


「ラン」


 キッドが足を止めた。


「ラン」


 キッドがトンカチを持つ手を上げた。


「ラン」


 雪の王が目を見開いた。


「ラーーーーーーーーーー」


 キッドの目が、光り輝いた。


「ラン!」


 小型飛行機から、大砲から、鉄砲から、目の前から、熱湯が振りかかった。雪の王はとうとう悲痛な悲鳴をあげた。


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!


 熱湯の中、理不尽にもトンカチで叩かれた。


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!


 氷が破壊される。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!


 雪の王が叫んだ。


 ニクスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!


 娘の笑顔が、脳裏によぎった。


 ニクスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウうううううううううううううううウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!












 ――――――男は、はっとした。


「ニクス」


 男は周りを見る。


「ニクス!」


 男は探す。


「ニクス!」

「お父さん!」


 娘が男に叫んだ。男は娘に振り向いた。


「ニクス、そんな所で何やってるんだ!」

「お父さん!」

「さあ、おいで! ニクス」


 可愛い娘が笑顔で男へ走っていく。


「お父さん!」

「ニクス!」


 親子が抱きしめ合う。


「お父さん!」

「ああ、ニクス、僕は一体何をしていたんだろう」

「お父さん…!」

「ニクス、私の可愛い娘。ああ、顔を見せておくれ。ニクス」

「お父さん、大好きだよ」

「ああ、僕もだよ。愛してるよ。ニクス。ニクス。ニクス」


 男ははっとした。


「………」


 白い手に囲まれている事に気付いた。


「……何ということだ」


 男は娘を抱きしめる。


「もう手遅れか」


 いいや。


「まだ救いがある」


 青い光が傍にあるのを見た男は娘の肩を掴んだ。


「ニクス」


 娘が男を見上げた。男は娘と視線を合わせるため、地に膝を立てる。


「僕はお前に何もしてやれなかった。本当にすまないね」

「ううん。お父さんは僕に色んな事をしてくれたよ」

「ニクス、お父さんは、お前に幸せになってほしい。笑っていてほしいんだ」

「お父さん、僕幸せだよ。お父さんと二人きりで、幸せなんだから」

「ニクス」

「もうずっと一緒でしょ?」


 娘が男を抱きしめる。


「ずっと一緒にいられるでしょ?」

「ああ、ニクス」


 男が娘の背中を撫でた。


「愛してるよ。ニクス」


 男が微笑んだ。


「一緒にはいられない」


 男が手に力をこめた。


「お前は来るな」


 男が娘を突き飛ばした。


「お父さんっ」

「ニクス」


 娘が手を伸ばした。


「お父さん!」

「ニクス」


 突き飛ばされた娘が、暗闇に落ちていく。


「お父さん!!」

「ニクス」



 男は微笑んだ。



「愛してるよ。ニクス」



 白い手が、男を抱きしめた。


 白い世界へ男を誘う。


 しかし、


 その前に、


 青い光が近づく。



 キッドが、白い手と、男を、鋭い剣で、斬りつけた。






 氷が破壊される。

 鎧が破壊される。

 雪が剥がされる。



「さようなら。雪の王様」



 キッドがにんまりと薄暗く笑った。



「これからは、俺がスノー・キングだ」



 そう言って、雪の王に、トンカチを振り下ろした。


 氷が弾く。

 氷が壊された。

 結晶が散らばる。

 キラキラ光る。

 キッドが注射器を取り出す。


「消毒!」


 勢いのまま、裸になった雪の王にぶっ刺す。ぐっと力を入れ、中にある液体を体内に流し込む。


「……………」


 キッドが雪の王の顔を覗き込む。


「…………………」


 注射器を離し、キッドがベルトにかけられたポーチにしまう。


「素晴らしき、俺の雪のワルツ」


 立ち上がり、一礼。


「いかがでしたかな?」


 あたしとリトルルビィが、10点満点の札を上げた。




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