第1話 手を取ってワルツを(1)




 招待状。

 8月16日はリオン王子の誕生日でございます。

 つきましては、年頃の若い娘達を中心にパーティーへのご参加をお願い申し上げます。(※年齢は、12歳以上とします。)以上。









 城下町に手紙が届く。遠くの町へと手紙が届く。国中の家に手紙が届く。これを見た12歳以上の乙女達は喜びに包まれた。王子様の誕生日とは言え、その場所はまさに舞踏会。舞踏会は基本的に16歳以上の貴族しか呼ばれない。なのに、何の身分も持たない自分達が呼ばれた。


 綺麗にしないと。

 美しくしないと。

 王子様を見られるんだわ。

 これが、私達の舞踏会デビューになるんだわ。 


 乙女達は気合を入れる。ドレスショップが大騒ぎになる。お祭り状態の国の中。城下町はもっと賑わっている。毎日毎日乙女達があれやこれやと集めている。


 屋敷では、ママが一人で燃えていた。


「私にはわかります」


 ママが拳を握った。


「つまりこれは、王子様が花嫁候補を探しているということ」


 ママの目がぎらんと光った。


「こんなチャンス、またと無い。失敗は絶対に許されない!」


 ママが振り返った。


「ギルエド、今一度、娘達にこのイベントがどれだけ重要なことかわからせます。三人をお呼び!」

「奥様、残念ながらそれは出来ません」


 ママが申し訳なさそうなギルエドをぎろりと睨んだ。


「何故よ!」

「アメリアヌお嬢様は……」


 受話器を耳に当てている。


「私も愛してるわ。ダーリン。本当に大好き。今までこんなにも愛した殿方はあなただけよ。愛してるわ。ねえ、私にも聞かせて。ここだけの話。ね? ……うふふ。私も大好きよ。ダーリン」

「メニーお嬢様は……」


 図書館にて読書中。


「……。……。……」

「にゃーん」

「ならば仕方ないわね」


 ママが舌打ちした。


「テリーを呼んで。あの子なら私の期待に応えてくれる」

「出来ません」

「何故なの! ギルエド!!」

「テリーお嬢様は、予定通り駅へ行かれました」

「ああ! もう! こんな時に!」


 ママがだんだんだん! と地団太を踏んだ。床が少しへこんだ気がして、ギルエドが眉を下げた。屋敷がママのイライラで包まれる中、


 ――駅では、おだやかな風が吹いていた。


 汽車に乗る人がいる。汽車を待つ人がいる。人々の声が聞こえる。ヒールのかかとから、かつんと音がした。ドレスが揺れる。髪の毛が揺れる。あたしは歩く。前を進む。汽車の音が聞こえてきた。


 どんどん見えてくる。どんどん近づいてくる。汽笛を鳴らして線路を走ってくる。煙を放ち、駅に止まった。


 汽車の扉が開く。乗ってた人々が出てくる。家族が迎えに来ている。一人で出てきた人が伸びをした。ぞろぞろと下りてくる。人混みを眺めながら、あたしは辺りを見回す。


 目を右に動かす。いない。

 目を左に動かす。いない。

 首を後ろに動かす。いない。

 振り向く。


 いた。


「……あ」


 黒い目があたしを見つけて微笑んだ。


「……!」


 彼女が手を振ると、黒髪のポニーテールがなびく。


「久しぶり!」


 あたしは近づく。大切な親友を見て、にやりと笑った。


「……お帰りなさい」


 彼女を抱きしめる。


「ニクス」

「ただいま。テリー」


 風が吹いて、あたしのポニーテールが揺れる。ニクスのポニーテールも揺れる。まるで双子みたい。抱きしめ返してきたニクスと目を合わせて、ふふっと笑い合う。


「ハロウィンぶりだね」

「そうね。元気だった?」

「電話通りさ」

「声だけじゃわからないわ。……身長伸びた?」

「君は小さなままだね」

「お黙り」

「ごめんごめん」

「……約束のものよ」


 ポケットからリボンを取り出す。ニクスが見て、嬉しそうににやけた。


「あ」

「ほら、結ぶから後ろ向いて」

「ふふっ。ここで?」

「いいから」

「はいはい。お嬢様」


 ニクスが笑いながらあたしに背中を向ける。あたしはニクスの結ばれているポニーテールにリボンを巻きつけ、結ぶ。


「あたしのリボンよ。一回も使ってないやつ」

「可愛い?」

「あたしほどじゃないけど、ええ。可愛いわ。すごく似合ってる」

「テリーのリボンは黒なんだね」

「そうよ。ニクスの色」

「あたし、赤似合う?」

「……覚えておいて。貴族の令嬢は、似合わない色のリボンを親友に結んで、蹴落とす真似はしなくってよ」

「つまり、すごく似合ってると」

「そうね。あたしほどじゃないけど」

「嬉しいこと言ってくれるね。……ありがとう」

「さ、お喋りはここまでよ」


 ニクスに手を差し出す。


「トランクちょうだい」

「え? テリーが待ってくれるの?」

「少しだけよ。外でビリーが待ってるから」

「ビリーさんが来てるんだ?」

「馬車を出してくれたの。今日はそれで出かける」

「うわあ、嬉しい」


 ニクスが微笑み、トランクケースをあたしに差し出した。


「ねえ、テリー。二人で持たない? あたし、テリーと二人三脚ごっこがしたいな」

「気遣いも相変わらずね」


 しかし、トランクケースを奪い取る。


「駄目よ。ニクスの荷物はあたしのものなんだから」

「ちょっと、もう、テリー!」


 笑いながらニクスがあたしの後ろをついてくる。駅を出ると、ビリーが馬を撫でているところを見つけて、そっちに足を向ける。


「じいじ」


 ビリーが振り向いた。ニクスが立ち止まって、お辞儀をする。


「お久しぶりです。ビリーさん」

「やあ。ニクス。元気だったかい?」

「ええ。おかげさまで。……その、荷物も朝に届いたようで……」

「ああ。素敵なドレスだったんで、大切に保管しておいた。安心なさい」

「……ありがとうございます」

「さあ、お乗りなさい」


 じいじが馬車の扉を開けた。あたしもニクスの背中を押す。


「ハードスケジュールよ。乗って」

「うん」

「じいじ、打ち合わせ通り」

「ああ。わかっとるよ」


 あたしも乗り込み、じいじも御者席に座った。


「ほれ」


 紐が弾けば馬が動き出す。馬車から見える城下町をニクスが眺めた。


「テリー、人がたくさんいるね」

「皆、明日のことではしゃいでるんでしょ」


 歩いてる人は、みんな女の子。


「ほら、ニクス。みんな楽しそうよ」

「らんらんらん♪」

「見て。歌まで歌ってる」


 あたしはニクスに振り向く。


「あたし、自分の分をすでに注文してるの。今から取りに行くから、そのついでにニクスも自分の分を見ていきなさいよ」

「そうしようかな。君さえ良ければ」

「決まりね。さあ、最初の店よ」


 ジュエリーショップ。ニクスと店の中へ。出る頃には、買い物袋でいっぱい。ニクスが慌ててあたしの側でうろうろする。


「テリー! あたし、自分の分はちゃんと払うってば!」

「勘違いしないで。別にこれはニクスのためじゃないわ。買い物したかったけどやっぱりいらないから、ニクスの家に届けるのよ」

「だったらあたしが持つよ! あたしのなんだから!」

「じいじ、次行って。次」

「はいはい」


 じいじが微かに笑い、あたし達が乗ってから再び馬車を走らせる。靴屋。あたしとニクスが入り、出てくる頃にはあたしが荷物を持って出てくる。ニクスが慌てて追いかけてくる。


「テリー! 店員さんが運んでくれるって!」

「ばかっっっ! 自分達の荷物如きで忙しい店員様の手を煩わせるんじゃないの!」

「テリー! あたしの分はあたしがー!!」

「じいじ!」


 あたしの目がぎらんと光る。


「次よ!」

「はいはい」


 また馬車が走り出し、ドレスショップへ。注文したドレスを屋敷に送るよう手配して、出てくる頃には明細書の束。


「ニクス、家に届くまで、覚悟しておきなさい」

「テリー! クローゼットに入らないよ!」

「だったら、クローゼットを広く改築する業者をそっちに寄こすわ」

「もー!!」


 馬車に乗り込めば、また馬車が動き出す。げっそりしたニクスが訊いてくる。


「お嬢様、今度はどこに行くの?」

「花を買いに行きましょう」

「……花か。いいね。素敵」

「ほら、着いた」


 相変わらず荷車に乗せた花を売っている店主を見つけ、馬車から下りて、二人で近づく。


「こんにちは」

「おー! 嬢ちゃん! 久しぶりだな! 元気だったか! 身長伸びたな! キッドは元気か! がはは!」

「友達が花を買いたいそうで」

「おお! どれにする!?」

「そうだな。……じゃあ」


 ニクスが微笑んだ。




「お墓参りに、お勧めのものを」







(*'ω'*)






 あたし達が12歳の頃、ここは立ち入り禁止区域で入ってはいけない場所だった。それが、今では、すっかりイベント会場として定着してしまっている。

 あたしとニクスが歩く。花が咲いている。ゆらゆらと風に揺られる。緑が茂っている。木が揺れている。


 静かなトンネルの前に二人で立つ。


「……」


 ニクスが黙って眺める。あたしも黙って眺める。

 トンネルの入り口は未だに岩で塞がれている。工事が進まない限り、中には入れないだろう。ニクスがトンネルに近づいた。


「お父さん」


 ニクスが微笑む。


「ただいま。お父さん」


 岩に触れる。


「帰ってきたよ」


 ニクスがトンネルに頭をくっつけた。


「テリーがリボンをくれたんだ。似合うかな? 少しは女の子らしくなったかな」


 ポニーテールが揺れる。


「今年は、おじさんとおばさんが結婚して30年目を迎えたんだ。そのお祝いにプレゼントをあげたら、二人ともすごく喜んでた。二人の家に来たあたしを、宝物って言ってくれて、すごく嬉しかった」


 ニクスが微笑む。


「あたし、幸せだよ」


 ニクスが祈った。


「お父さん、ずっと愛してる」


 あたしは花を一輪、トンネルの前に置いた。ニクスが目を閉じたまま黙り、しばらく祈り、ゆっくりと瞼を上げた。


「……付き合わせてごめんね。テリー」

「いいのよ。あたしも挨拶したかったから」


 不思議な光景に思える。

 本来、この時点で、ニクスはここにはいなかった。だが、ちゃんとニクスは生きていて、あたしの目の前にいる。


 野原に咲く花が揺れる。

 風に揺られる。

 ニクスのポニーテールが揺れる。

 あたしのポニーテールが揺れる。

 雪は溶け、春が来て、夏が来た。


「ここ、まだ工事再開されてないんだ」


 手を離して、岩を眺める。


「まあ、そりゃそうか。短期間では無理だよね」

「工事は一旦保留らしいわ」

「その方がいいよ。ここは危ないから」


 ニクスが見つめる。


「懐かしいな」


 ニクスが振り向く。


「テリー、覚えてる?」


 ニクスが向こうに指を差した。


「あそこだ。あそこに、雪だるまを作った」

「ええ。そうね」

「それと」


 ニクスが向こうに指を差した。


「そこに雪が積もってて、雪山にのぼってさ」

「夜空を見た」

「星座の名前覚えてる?」

「テリーとニクスでしょ」

「あははは。全く。子供って単純だよね」


 ニクスが向こうに指を差す。


「かまくらも作ったよね。あそこだ」

「ええ」

「覚えてる?」

「ホットミルク飲んだでしょ」

「あたしね、あれのせいでホットミルクが大好きになっちゃったんだから。どうしてくれるの。テリーのせいだよ」

「あたしのせいなの?」

「そうだよ。テリーのせい」


 ニクスが一歩踏み込んだ。


「ね、ちょっと歩いてみない?」

「ん」


 二人で窪みのある地面に足を入れる。氷は流石に無いが、ニクスとの思い出を蘇らせるには十分だ。ニクスがにやりと口角を上げて、あたしを見た。


「スケートは上手くなった?」

「氷は嫌いよ。ずっとね」

「今度町においでよ。小さいけどスケート場があるんだ。一緒に滑ろう」

「絶対、嫌。……まあ? ニクスがリードしてくれるって言うなら……考えてあげてもよくってよ」

「もちろんするよ。テリーが怖くなくなるまで付き合う」

「言ったわね? ニクス。あたし、忘れないわよ」

「望むところだ」


 ニクスがくすくす笑って、地面を歩く。


「だいぶ地面がゆるやかになったね」

「今ではイベント会場だもの。転ぶ人がいたら困るでしょ」

「そうだね」


 ニクスが地面を見つめる。


「ここにいたんだよね。お父さん」


 何も無くなった地面を見つめる。


「あのね、テリー。あのね、時々、……あの時の夢を見るんだ」


 あたしが苦しんでいるところじゃなくて、


「お父さんの夢」


 真っ白い空間で、お父さんを見つけて、あたし、お父さんを抱き締めに行くの。


「でも、お父さんはあたしを突き飛ばすの」


 愛してるって言って。


「あたし、幸せだよ。こんなにも色んな人から愛してもらえて」


 ニクスが胸を押さえる。


「愛してる。お父さん。ずっとずっと愛してる」


 ニクスが地面を見つめる。


「ここには、苦い思い出が多いけど、でも、テリーと遊んでた素敵な思い出もあるから、なんだか変な気持ちになる。……ねえ、テリー」


 ニクスが手を伸ばして、あたしの手に触れた。


「手、握ってもいい?」

「今さら何よ」


 あたしの方からニクスの手を握った。


「お墓参りは済んだわ。ニクス、お買い物に戻らないと」

「うん。そうだった」

「明日まで時間が無いわ。行きましょう」

「うん」


 ニクスが頷く。


「行こう。テリー」


 この世で生きていくことを決意したニクスは、前を向いて歩いていく。ポニーテールが揺れる。男の子みたいだったニクスはもういない。今は、考えられないくらい可憐で、美しい少女に成長した。


 あたしとニクスが手を取り合って、一緒にワルツを踊るように、足を揃えて馬車へと歩いていく。



(*'ω'*)



 ――夜。キッドの家。



「はあ。ビリーさんのご飯って、どうしてあんなに美味しいんだろう」


 ニクスがお腹を撫でた。


「あたしも料理はするけど、あんなに美味しく出来ない」

「あたしも同じ」


 ニクスの爪にマニキュアを塗っていく。


「明日も同じくらい美味しいものを食べれるわよ」

「緊張して喉を通らないよ」

「食べれるうちに食べておくんじゃないの?」

「いつの話してるの?」

「そう言ってたから」

「もう十分。おじさんとおばさんが毎日美味しいご飯を作ってくれてるから、あたしは毎日満足してるんだ。だから結構」

「ニクス、次は左手」

「ん」


 ニクスが左手を差し出した。あたしはまた塗り始める。ニクスが右手を見て、口角を上げた。


「明日、手袋で隠れるの勿体ないな」

「そうね。でも、手を洗う時に手袋を脱ぐでしょう? その時に誰かと遭遇したら見てもらえるわ」

「じゃあ、人がいる時にトイレに入らないとね」

「そうよ。見せつけてやりなさい」


 くくっと二人で笑う。


「テリー」

「ん?」

「明日は君の誕生日だね」

「そうね」

「お嬢様はいくつになるの?」

「15歳」

「15歳。素晴らしい。結婚が出来る年齢だ」

「でもお酒は飲めない。理不尽な世界だわ」

「子供も作れる」

「ニクス、早い結婚っていうのは、貴族ではよくあることよ。11歳の女の子が50歳の旦那を持つのなんて当たり前の世界なの」

「そんなことあるの?」

「ええ」

「それ、親子じゃない?」

「11歳の娘は、親に逆らえないもの。子は親を選べない」

「政略結婚ってやつ?」

「そんなとこ」

「テリーのお母様はそんなことをしない人で良かった」

「ママはね、娘達が頼りないから、そういうのは自分でするの」

「家族を守ってくれるなんて、良いお母様」

「……どうかしらね」


 ニクスの爪に色がついていく。


「テリーはキッドさんと結婚するの?」

「しない」

「しないの?」

「しない」

「プロポーズは?」

「してこないわよ。どうせ」

「そうかな」

「ええ」

「じゃあ、リオン様」

「しない」

「リオン様と結婚するって言ってた」

「リオン様? あんなの御免だわ。王子様なんてね、ろくなもんじゃないのよ。覚えておいて。ニクス」

「リオン様、かっこいいじゃん」

「嫌よ」

「じゃあ、テリーは誰と結婚するの?」

「……」


 あたしはニクスを見て、にこりと微笑んだ。


「ニクス、する?」

「冗談」


 ニクスが肩をすくませた。


「テリーと結婚したら、キッドさんに怒られちゃう」

「いいのよ。どうせあいつにはセクシーで素敵な女の子がついてくるわ」

「そう思う?」

「ええ」

「もしも、婚約解消が実現したら、その後、テリーはどうするの?」

「どうもしないわ」


 変わらない。


「あたしはあたしで、ベックス家を継がなきゃいけないもの。やることがたくさんあるの」

「ふーん。そっか。なんかつまんなそう」

「つまんないのが大人よ」

「テリーはあたしよりも先に大人になっちゃうんだね」

「あたしより遅く生まれたニクスが悪いのよ。……今年は何がいい?」

「毎年豪華なプレゼントをありがとう。おじさんとおばさんが七面鳥を美味しくいただいてるよ」

「喜んでくれてるなら良かったわ。今年はステーキにする?」

「今年はね……」


 時計の音が鳴った。0時。


「あたしも用意してるんだ」


 左手を離す。


「ハッピーバースデー。テリー」


 綺麗になったニクスの爪が差した。


「テリー、あたしの鞄、開けてみて」


 ニクスのショルダーバッグを開けてみる。中には長方形の綺麗な小箱が入っていた。


「テリーからしたら安物だけど」

「……ニクス」

「貴族のお嬢様は、贈り物を値段で決めない?」

「……そういうこと」

「ビンゴ」


 小箱を見つめる。


「……開けていい?」

「どうぞ」


 ニクスの横でリボンがつけられた綺麗な箱の蓋を開けてみる。中には、金の帽子がぶら下がったアンクレットが入っていた。


「金の帽子ってね、願いを叶えてくれる天使を呼んでくれるんだって」


 あたしの手が、ニクスの手に包まれた。


「どうか、あたしの大切な友達のテリーの願いが、ちゃんと叶いますように」


 ニクスがニッと口角を上げて、歯を見せた。


「短期間バイトで稼いだお金でやっと買えたの」

「……これのために、働いたの?」

「うん。どうしてもテリーに渡したかったから」

「……」


 あたしはアンクレットを手に取った。


「つけてもいい?」

「もちろん」


 足首につける。金の帽子が垂れた。


「邪魔になっちゃうかな?」

「長さも調整出来るみたいだから、靴下の上からつけるわ」


 金の帽子を撫でる。


「……ありがとう。ニクス」

「喜んでくれる?」

「これ以上のプレゼントは無いわ」


 あたしの頬が緩む。


「……本当にありがとう」

「……そう言ってくれて良かった」

「ニクス、今日これつけて寝るわ。ね? いいでしょう?」

「いいけど、金の帽子が足に当たって痛くない?」

「平気」


 ニクスを引っ張ってベッドに入る。ニクスが潰される。


「むぎゃっ」

「ニクス、今夜はちょっと冷えるわね。仕方ないわね。一緒に寝てあげてもよくってよ」

「いや、十分暑いけど……」

「大丈夫。窓も開けてるわ」

「いや、あの」

「おやすみ、ニクス」


 ぎゅっ。


「ニクス、足がね、すごくね、なんかね、元気になった気がするの」

「ああ、そう。それは良かった」

「なんかね、あのね、すごく軽くなった感じがするの」

「ああ、ああ、そうなんだ。それは良かった」

「ニクス、手繋いであげるわ。はい」

「ああ、はい」

「なんだか、親友同士のやり取りみたいね! 別に、嬉しいわけじゃないけど、ちょっとそう感じる気がする! ニクスもそう思うでしょう!? 嬉しいでしょう!?」

「あの、その……えっと……」

「すごく嬉しいですって? そうよね。当然よね。だってあたし達、親友同士なんだから! 朝に目が覚めたら、もう一回おめでとうって言ってくれても構わなくってよ!?」

「……わかった。朝、目が覚めたらおめでとうね。言うよ」

「もう寝るわ! おやすみ!」

「え、本当にこれで寝るの?」

「……ニクス、まさか、今夜はあたしを寝かせない気!?」

「その発言は色々と間違えてる気が……」

「だめよ。ニクスったら。あたしに構ってほしいからって、睡眠は大事なのよ! ちゃんと寝て、綺麗な顔で今夜を迎えましょう! そんなに寂しいなら、明日の朝、一番におはようを言ってあげてもよくってよ!?」

「……」

「というわけで」


 ニクスを抱きしめる。


「おやすみ。ニクス」


 すやあ。あたしは満面の笑みで夢の中に入る。ニクスは潰されて、顔を引き攣らせる。


「……暑い。……重い……」


 ニクスが枯れた声で呟いた。


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