第1話 手を取ってワルツを(2)
8月16日。あたし、テリー・ベックスの生まれた日である。あたしは、また一歳、年を取るのだ。
(ここまでの道のり、苦労の連続だったわ……)
あたしは本来15歳ではない。本来の年齢は……。
(……年齢なんて考えちゃだめ。人間はね、中身なの。中身)
もしも覚えている者がいれば、あたしをこう呼ぶだろう。罪人のテリー・ベックス、と。一度目の世界で、王妃となる義妹のメニーへの酷い仕打ち。一家が破産した後に行った盗み生活。その他の罪が数多くのしかかり、リオン陛下から判決の印を押され、あたしはギロチン刑となった。あたしはなんて不幸なレディなのかしら。なんて可哀想なあたし。ほんのちょっと、義妹を虐めただけでこのザマよ。何よ。文句ある? まさか義妹がプリンセスになるだなんて思わなかったのよ。くそ。タコが。くたばっちまえ。その前に、あたしがくたばってしまうところだった。しかし、まさにあたしへの断罪が始まった瞬間、魔法使い達により宇宙が一巡された。よって、この世界は二度目の世界となる。
10歳の時に記憶を取り戻してしまったあたしは、二度とそんな未来にならないために、緑の魔法使いドロシーの助言の元、全ての罪の罪滅ぼし活動に奮闘する毎日を送るようになった。
(長かった)
あたしは15歳。義妹のメニーは二月で13歳。
(……長かった)
ここまでで信頼関係は充分に築き上げている。将来、立派な王妃として名を馳せるようになるメニーの都合のいいお姉様を演じることで、メニーはあたしに懐きまくりの仲良しこよし。あたし、メニーがだーいすき。あの子はあたしの最高の妹なの。家族なの。メニー、いつまでも仲良しでいましょうね。何よ。ドロシー、その悪い人を見るような目で良い子のあたしを見ないでくれる? この役立たずの魔法使いが。いつも肝心な時に助けてくれない魔法使いが。てめえなんてとっととくたばればいいんだわ。くそ魔法使い。あたしが家庭教師のクロシェ先生からの課題で涙目の時にのんびり窓辺で昼寝しやがって。むかつく。くたばれ。ばか。
――そして、リオン。
メニーの夫となる男。
この国の王となるはずだった男。
「全部、思い出した」
リオンも一度目の世界での記憶を思い出し、あたしとある契約をした。
「この世界は、いずれ人間を恨んでいる、魔法使いのオズによって破滅に向かう」
そうならないように、
「僕は、君へ絶対死刑回避の未来を約束しよう」
ただし、
「君はこの世界の救世主であるキッドの側にいて、キッドを見張るんだ」
君にならそれが出来る。だって、君は、
「キッドの婚約者だから」
――こうして、あたしは無事に15歳を迎える。
(ニクスったら、どうしようもなくシャイになったわね)
朝起きてニクスの姿がないと思えば、先に下りてじいじの冷やしスープを飲んでるなんて。
「……暑くて、あまり眠れなくて……」
「テリーが帰ったら休みなさい」
「……そうします」
「テリーや、昼前には帰りなさい。ニクスの準備は私がしておこう」
(今夜、ニクスのドレス姿が見ることになるなんて)
一緒に参加するんだものね。親友と。
(『親友』と!!!!!)
親友のニクスが城下町に帰ってきている。
(『親友』の!!!!!)
あたしは馬車の中で悶える。
(この二度目の世界はなんて素敵なのかしら。あたしに二人の大切な親友が出来るだなんて)
もう一人には、今日のためのヘッドドレスを作ってもらえただなんて!
(アリスのドレス、届いたかしら。喜んでくれてるといいのだけど)
そこで馬車が止まった。御者のロイが扉を開ける。
「さ、着きましたよ」
「ありがとう」
馬車から下りると、ロイに声をかけられた。
「ああ、そうだ。テリーお嬢様」
「ん?」
「奥様が中央の間に来るようにと」
「中央の間?」
いつも屋敷に呼んだ客人とパーティーする用の部屋?
「何? 今日はあたしの誕生日なのよ。……変なことしないでよ?」
「さ、さあ? 私もよーわかりませんもんで……」
「わかった。とりあえず行ってくる」
ママが呼ぶなんてろくなことじゃない。
(何よ。何の用よ)
あたしのヒールがつかつかと中央の間に向かう。
(友達とお泊まりだなんてはしたない、なんて説教は結構よ)
あたしは扉を開けた――瞬間、クラッカーの音。
「お誕生日おめでとうございます! テリーお嬢様!!」
ぽかんと、瞬き。
中央の間には客人はどこにも居ず、屋敷の人達がただただ集まって、あたしに笑顔を向けていた。
クロシェ先生があたしの手を握った。
「さあ、テリー、入って」
扉を閉めて、あたしの肩を抱く。
「あなたの大好きなチョコレートケーキよ」
巨大なチョコレートケーキにコック見習いのケルドが胸を張った。
「お嬢様の大好きなお料理もございます!」
コックのドリーが豪華な料理が並ぶテーブルを見せびらかす。
「お好きに、お召し上がりください!」
「おめでとうございます! テリーお嬢様!」
「なんて素晴らしい日でしょう!」
「前まであんなに小さかったテリーお嬢様が……。ぐすん……!」
「泣くなよ。フレッド。今でも小さいだろ! ……ぐすん!」
「お誕生日おめでとうございます!」
「ハッピー・バースデーでございます!」
「15歳ですって」
「15歳だわ」
「思春期ですわ」
「結婚が出来るお年頃ですわ」
「テリーお嬢様にも素敵な殿方がいらっしゃれば」
「きゃっ!」
「テリーお嬢様」
リーゼが前に出てきた。
「ほんのささやかなプレゼントで恐縮ですが、お庭に新しい子を置いておきましたわ!」
あたしは窓を見る。カカシの傍に色鮮やかに育った植物達の中に、見たことのない花がいた。
へ へ
の の
も
し
カカシも嬉しそうだ。
「あとで、確認してくださいな」
「テリーお嬢ちゃん」
男よりガタイのいいメイドのエレンナがあたしを抱き上げた。しかし、持ち上げることは出来ない。
「高い高い」
切なげに微笑んだ。
「大きくなりましたね……」
「……」
「ハッピーバースデー。テリーお嬢ちゃん」
「テリーお嬢様」
ミセス・ポットがプレゼントを差し出す。
「ティーセットですわ。可愛いものをご用意させていただきました」
「テリーお嬢様」
ロバ顔のヴァイオリンの先生が新しい弓を差し出す。
「よりヴァイオリンをお好きになられますように、願いをこめまして! 我が愛しのブレーメンから取り寄せました! どうぞ!」
「お嬢様!」
使用人達がプレゼントを渡してくる。
「これは私からです」
「これは私から」
「テリーお嬢様を考えてご用意しました」
「これをどうぞ」
「素敵なリボンでしょう?」
「これも」
「あれも」
「ああ、素晴らしい」
「どうぞ。まあ、可愛い」
「こちらは」
サリアがにこりと微笑んだ。
「私から」
可愛いハンカチ。ひそりと耳打ち。
「お誕生日おめでとう。テリー」
使用人達がにっこりと笑う。プレゼントを大量に持ったあたしはふらついた。
「……置いてもいい……?」
「あら、大変」
クロシェ先生に支えられながらプレゼントを置く。
「みんな、テリーをお祝いしたいって、ずっと考えていてくれてたのよ。15歳って、すごく大切な年だから」
「少し大袈裟じゃないですか?」
「これくらいがいいの。進路だって15歳で分かれるのよ。結婚する人、学業に励む人、就職する人、ね? すごく大切なのよ」
だから、大きなお祝いを。
「お誕生日おめでとう。テリー!」
19歳で亡くなるはずだったクロシェ先生は、もう23歳だ。
いないはずの先生が、あたしを笑顔で祝っている。
(それだけじゃない)
一度目の世界では、あたしが15歳の頃、こんなに使用人達は屋敷に残ってなかった。みんな、屋敷から出て行ったはずだ。
――なのに、今は、全員が、笑顔であたしを祝っている。
「お誕生日おめでとうございます!」
「テリーお嬢様! ろうそくを消してください!」
十五本のろうそくが立つ巨大なケーキに導かれる。
あたしはろうそくに息を吹くと、火が消えた。焼けた匂いが鼻をかすめる。それを見て、全員が拍手をした。
「「おめでとうございまーす!!」」
「ハッピー・バースデー。テリー」
二人の姉妹があたしに近付いた。
(……)
一人は長女。あたしの姉。アメリアヌ。
もう一人は、
(あたしの誕生日なのに、お前が主役のようね)
血の繋がらない妹の、メニー。
将来、リオン王子の妻となり、プリンセスになる女。
あたしを殺す女。
「テリーお姉ちゃん」
以前よりも比べ物にならないほど美しくなったメニーが微笑んだ。
「お誕生日おめでとう」
「……ありがとう。メニー」
悪魔を隠して、天使の笑みを浮かべる。
「メニーだけじゃないわ。みんなもありがとう」
「えへへ!」
「でへへ!」
「げへへへへへへ!!」
「私、あんたの誕生日プレゼントを考えたんだけど、すごくいいのをひらめいたのよ」
「ん?」
アメリがにこりと笑った。
「私が、歌を贈ってあげるわ!」
あたしは真顔になった。メニー以外の全員が耳栓をつけた。アメリが歌った。窓ガラスが割れた。アメリの歌が終わった。メニーが笑顔で、それ以外の全員が耳栓を取って拍手をした。あたしの耳が壊れた。耳鳴りが止まらない。アメリが誇らしげに両手を上げた。
「どうもありがとう。みんな。素晴らしい私の歌への拍手はここまでよ。今日はテリーが主役なんだから。おほほっ! まったく! 美声の持ち主はこれだから困っちゃうわ! いつだって私が主役になってしまう! ごめんなさいね! 自分の才能が怖くってたまらない! ……あ、テリー、誕生日おめでとう」
「……」
「歌だけじゃ足りないだろうと思って、素敵なブローチも用意してあげたわ。感謝しなさい! おっほっほっほっ!!」
「……どうもありがとう……」
掠れた声でお礼を言うと、今度はメニーがあたしにプレゼントを差し出した。
「その、……お姉様ほど素敵なものではないけれど、……これは、私から」
「……ありがとう。メニー」
優しい姉の笑顔を浮かべて、小さな箱を受け取る。
「何が入ってるの?」
「……開けてみて」
蓋を開けてみると、綺麗なネックレスが入っていた。メニーを見ると、目が合ったメニーがはにかんだ。素敵な笑顔だこと。
(……プレゼントのセンスもいいわね)
余計にムカつく。
だから、余計に笑顔になる。
「素敵! とっても綺麗だわ! あたし、感動しちゃった! 本当、感激だわ! ありがとう! メニー!」
「えへへ、喜んでもらえてよかった。……あの、つけてあげる!」
その瞬間、咳払い。全員が振り返る。その先に、ママが立っていた。
「テリー」
ママが歩いてくる。メニーとアメリがあたしの左右に移動した。
「お誕生日おめでとう」
「どうもありがとう。ママ」
「遠縁の方々からも、お前を祝ったプレゼントが送られてきております。あとで確認するように」
「わかった」
「今夜の準備は?」
「すでに」
「よろしい」
ママが歩き出す。
「これから大切な話をします」
振り向く。
「アメリアヌ」
見る。
「テリー」
見る。
「メニー」
ママが背筋を伸ばす。
「今夜行われる舞踏会は、実に大切なものです。リオン殿下の誕生日のお祝いと言われておりますが、今まで舞踏会は無かった。リオン殿下も今年で17歳。この誕生日パーティーを期に、正式に舞踏会デビューを果たすことでしょう」
そして、
「キッド殿下。彼は、12月で19歳」
気になることが一つ。
「二人の王子様には、婚約の話があってもいいはず」
しかし、
「そのような話を一切聞かない」
ということは、
「相手がいない」
だから、
「この舞踏会が開かれるのではないかと、噂されているの」
二人の王子様に、いいお相手を。
「失敗は許されません。あなた達にとっても、今夜は、仮面舞踏会のような遊びではなく、正式な舞踏会デビューとなります」
ママが気合を入れた。
「何としてでも、王子様に気に入られるのよ!」
「ママったら、まだそんなこと言ってるの?」
アメリが呆れたように眉をひそめた。
「あのね、うちは貴族といえども、そんなに位は高くないのよ。相手になんかされるわけないでしょ」
「アメリ! あなたの美しさであれば、キッド殿下だってリオン殿下だって目を奪われてしまうわ!」
「それは残念。私、ダーリンがいるから結構よ」
一度目ではありえない発言をアメリが言った。
「テリーがいいんじゃない? この鋭い目つきで王子様を魅了すればいいわ」
「テリー、あなたならやってくれるわね!」
「嫌よ」
一度目ではありえない発言をあたしが言った。
「あたしが王子様と結婚したら、この家を継げないじゃない」
「メニー!」
ママがメニーの肩を掴んだ。
「お前はお母様の言うことがわかるわね!? 姉達の言葉なんか気にしないで、王子様に気に入られたらいいの! わかるわね!」
「にゃあ」
「あ、ドロシー」
メニーがドロシーを抱き、ママを見上げた。
「お母様、人間って相性が悪ければ気に入られたって、お互い辛くなるだけなのよ。って、何かの本にも書いてあったの見たの。私、無理矢理は良くないと思うんだ」
「にゃあ」
「ドロシーもそう思うよね」
「みゃーあ」
「……」
ママがドロシーを抱いた。
「もう、この際お前でいいわ」
「にゃ」
「猫の手で王子を魅了なさい」
「にゃ」
「もういい」
「にゃ」
「今夜お前も行きなさい。ドロシー。そうすれば王子様も……」
「奥様」
虚ろな目でドロシーを見ていたママをギルエドが止めた。
「お三人方には純粋に楽しんでいただきましょう。今日は何といっても、テリーお嬢様のお誕生日で、三人の舞踏会デビューの記念日でございます」
「リオン殿下のお誕生日でもあるわ。大丈夫よ。あそこにはダレンの上司もいる。会えればリオン様にもキッド様にも会わせてもらえるのだから。アメリアヌ、あんなつまらない殿方なんかやめて王子様になさい。テリー、家を継ぎたいなら王子様に気に入られなさい。メニー、王子様とお友達になりなさい。ドロシー」
「にゃあ」
「お前は肉球を王子様に押し付けなさい」
猫の手も欲しいこのおいしい話。
「今夜の舞踏会は、大切なのです!!」
「「はいはい」」
アメリとあたしが声を揃えて、メニーがドロシーの頭を撫でた。
「もういいわよ。食べましょう。私、これのために朝抜いたのよ」
「あまり食べたらドレスが入らなくなるわよ」
「ドリーったらわかってるのよね。見てよ。野菜ばっかり」
「……パンがあれば十分だわ」
「私はお肉も食べたい」
「私は冷たいスープが飲みたい。ね、ドロシー?」
「にゃあ」
「「食べましょう、食べましょう」」
気合を入れるママをよそに、みんなが一斉に食べ始める。ロイが戻ってきた。
「テリーお嬢様」
「お帰り。ロイ」
「このために、あえて言いませんでした。遅れましたが、お誕生日、誠におめでとうございます」
「ありがとう」
「これ」
ロイが綺麗なカードを差し出した。
「デヴィッドさんの弟さんから、……テリーお嬢様にと」
「……」
受け取って見てみれば、カードには綺麗な背景画が手書きで描かれていた。
親愛なるテリーお嬢様へ
15歳のお誕生日、誠におめでとうございます。
よろしければ、お受け取り下さい。
ピーター
「毎年、この人の絵は素敵ね」
「ええ」
「……汚れない所に置いてくれる?」
「はい」
亡くなった馬係のデヴィッドの弟から送られる手書きのカードは、毎年四枚ずつ増えていく。ママへ。アメリへ。あたしへ。メニーへ。デヴィッドが世話になったあたし達に送られる。
(今年も綺麗だわ)
一度目の世界では、この時点で、デヴィッドが屋敷にいたかどうかもあたしは知らない。けれど、わかるのは、彼は生きていたということ。
「……」
あたしが巻き込んだ。
「……」
クロシェ先生が受けるはずだった死を、デヴィッドが受けた。
「……」
とても優しい人だった。
「お姉ちゃん」
メニーがケーキを持ってきた。
「食べよう?」
「……ん」
「はい」
メニーが皿を渡した。受け取って、あたしは甘いチョコレートケーキを口に運んだ。
(*'ω'*)
「王子様に肉球を押し付けろだってさ」
ドロシーがあたしに肉球を押し付けた。
「どうだい? テリー。気持ちいいだろ」
「邪魔」
あたしはピアスを光らせる。アンクレットを見て、ドロシーがきょとんとした。
「ん、何それ」
「ニクスに貰ったの」
足を伸ばす。
「可愛いでしょ。ニクスがわざわざアルバイトをして買ってくれたのよ」
「なんで金の帽子なの?」
「よくぞ聞いてくれたわ。ドロシー。金の帽子は、願いを叶える天使を呼ぶものなんですって」
「天使?」
ぶふっとドロシーが吹いた。
「何言ってるの。天使なんか呼ばないよ」
「ああ、お前は実に哀れな魔法使いね。天使が来て願いを叶えてくれるのよ。ニクスがそう言ってたもの」
「呼べるのは三回までさ。あいつら三回しか願いを叶えてくれないんだから」
「……会ったことあるの?」
「羽の生えた猿にならね」
「……何それ」
「呼ぶなら金の帽子をめくってごらん。呼べる呪文が書かれているから」
「この帽子はめくれないの。金属で出来てるのわからない? お前の目は節穴なの?」
「どっちにしたって無理矢理願いを叶える奴隷猿達さ。天使なんかじゃないよ」
「天使よ。……ニクスがそう言ってたもの」
よし、ヘッドドレスも完璧。あたしはクローゼットを開ける。
「えっと、注文してたドレスは……」
扉がノックされた。
「テリーお嬢様」
「はーい」
返事を返すと、新人メイドのモニカが扉を開けた。
「ドレスが届きましたわ!」
「ありがとう」
(なんだ。今、届いたのね)
結構ぎりぎり。
「モニカ、手伝ってくれる?」
「はい!」
モニカがドレスを広げた。
「……」
きょとんとする。
「……そのドレス、あたしの?」
「え? ええ」
モニカが頷いた。
「私、まだまだ絶賛新人なので、ばっちり確認しました。このドレスはテリーお嬢様宛でございます」
赤いドレスをモニカが持つ。
「とても立派なドレスですわね!」
「……」
――なんて美しいドレスなのかしら。
火のように赤く、血のように赤く、心臓のように赤い。デザインも、色も、まるで夢の中にしか出てこないような理想が詰まったドレス。目を逸らすことが出来ない。
(……でも、あたし、「赤」じゃなくて「黒」でお願いしたのに……)
店員が間違えたのかしら。
(これ、本当にあたしの?)
立派なドレスを触ってみる。
(……)
まるでお姫様のようなドレス。
まるで絵本に出てくるようなドレス。
魅了されて、あたしのものだけにしたくなるような、素晴らしいドレス。
(……もう、時間もないし、これで行こう)
で、明日、ドレスショップに連絡して聞いてみよう。もし違う人のものだったら弁償するわ。それくらい、このドレスは美しい。
「モニカ、お願い」
「はい!」
モニカに着替えを手伝ってもらう。後ろのチャックも忘れずに。一緒についてきた靴や、装飾品もつけてみる。
(あ、これだとヘッドドレスが似合わない)
……。
(しょうがない……。アリスに謝っておこう。このヘッドドレスは別のパーティーで大切に使おう)
ヘッドドレスを外してみる。あら、大変。買った靴も似合わない。
「テリーお嬢様、装飾品が一緒に届けられております。お靴もネックレスも髪飾りも。あと、えーっと、その他、小物も!」
「本当だ」
「全部テリーお嬢様宛でございます」
「……店の名前は?」
「えっとー」
モニカが店名を言うが、確かにその店であたしはドレスを頼んだ。靴は……頼んでたかしら?
(ママかしら?)
あり得る。ママなりのサプライズプレゼント。あー、そんな気がしてきたけど、真相はわからない。間違って届けられたのなら、それはそれで問題だし。
(ま、いいわ。あとでいくらでも確認できるだろうし、今は舞踏会に集中しないと)
装飾品も、靴も、新しいのに取り替える。立ち上がって、一回転。
「まーあ!」
モニカが拍手をした。
「なんてことでしょう!」
モニカが驚いて、目を輝かせる。
「テリーお嬢様、まるでお姫様のようです。そのドレスは正に、テリーお嬢様のために作られたドレスと言われても、何も不思議ではございません!」
あたしも着てみて驚いた。どのドレスよりもサイズがぴったり。着心地はどのドレスよりも最高。靴も、アクセサリーも、すべて、あたしのサイズにぴったりだった。
(……本当にあたしが色を間違えたか、店員のミスか、ママのサプライズプレゼントか……。……ま、いいや)
鏡を見れば、自分とは思えない自分。
(……いつもより綺麗に見える)
頬が思わず緩んでしまう。
「お姉ちゃん、準備出来た?」
ひょこりとメニーが顔を覗かせた。
「わっ」
あたしを見て、口を押さえた。
「お姉ちゃん、すごく綺麗!」
メニーが扉の影から出てきた。メニーもドレスを着ている。
――しかし、そのドレスを見て、あたしは目を見開いた。
「っ」
ドロシーも体を起こしてメニーを見ている。
「お姉ちゃん?」
メニーが首を傾げた。
「どうかした?」
「……メニー」
にこりと笑う。
「そのドレス、今までで一番よく似合ってるわ」
「えへへ! これね、オーダーメイドして作ってもらったの!」
銀と青のドレスがなびく。
「綺麗でしょ!」
足元を見て、あたしの血の気が下がる。
「お靴も、アメリお姉様に選んでもらったの」
ガラスの靴。
「どうかな? 可愛い?」
14歳で着るはずのドレスを、12歳のメニーが着ている。
「……すごく可愛い。メニー。今夜の主役はあんたね」
「お姉ちゃんもすごく綺麗。それ、オーダーメイド? 黒って言ってなかった?」
「店員かあたしが間違えたみたい」
「ありゃま」
「もしくはママのサプライズプレゼント」
「あ、あり得る」
「もう時間も無いし、明日、店に電話して事情を聞いてみるわ」
「そうだね。それがいいかも」
メニーがじっとあたしを見る。頬が緩む。
「……すごく綺麗」
メニーが微笑んだ。
「なんだか、本の中に出てくるお姫様みたい」
「それはあんたでしょ」
青いカチューシャをするメニーに微笑む。
「メニーも可愛いわよ」
「……えへへ。ありがとう」
「本当に可愛いです! メニーお嬢様!」
「ありがとう。モニカ」
(……行く前に、確認した方が良さそうね)
あたしはメニーの肩を撫でた。
「メニー、先に行っててくれる?」
「わかった」
「モニカ、メニーを玄関まで転ばないように見てくれる?」
「ふふっ! 構いませんわ!」
「私、転ばないもん!」
「メニーお嬢様、さあ、行きましょう!」
メニーがモニカと共に部屋から出て行った。扉が閉まり――しばらく沈黙が訪れ――振り向いた。
「ドロシー」
「また歴史が変わったかな」
ドロシーが天井に貼りついていた。
「今夜の舞踏会だってそうだ。リオンが17歳の時に舞踏会なんて行われた?」
「あたしの知る限り、そんな話は聞いたことない」
あたしは優雅に机に向かって歩いていく。
「どうして今のメニーがガラスの靴を履いてるわけ?」
『覚えている範囲で出来事を書き綴ったノート』を広げた。
「あたしの記憶違いかしら」
あたし 15歳
メニー 12歳
・王妃様が自殺する。
・葬式のため、ゴーテル様の弟一家が城下町にやってくる。
・城が閉鎖される。
・弟一家、外国へ亡命。
「スノウ様が自殺する」
スノウ王妃。変わり者の王妃様。
キッドとリオンの母親であり、ゴーテル陛下の妻。
一度目の世界ではキッドを亡くしたことから心を病ませ、今年、自殺をしてしまう。
「ゴーテル様の弟一家が城下町にやってくる」
グレゴリー公爵。ゴーテル様の弟様だ。スノウ様の葬式は身内で行われ、そのためグレゴリー公爵様がご家族を連れてはるばる城下町へ戻ってくるのだ。
「城が閉鎖される」
愛する妻を亡くしたゴーテル様は、そのショックから来年のリオンの誕生日まで城を閉鎖させる。リオンは唯一城を行き来出来る王子として国を管理した。
「亡命」
しばらくして国があまりにも荒れてきたので、危険を察したグレゴリー様が家族を連れて外国へ逃げようとするが寸前でバレて失敗。国を捨てた罪で、絶望したゴーテル様の命令により一家全員死刑となる。これが、国で死刑が多くなるきっかけにもなる。
「つまり、まだなのよ」
リオンとメニーは今年はまだ会わないはずなのに。
「どうしてガラスの靴を履いてるの?」
あれを落として、リオンとメニーは出会う。そして結婚する。後に、ベックス家は破産する。
「そもそもおかしいわ。メニーの着てたあのドレスは、一度目の世界でも、メニーがオーダーメイドしたものじゃなかった」
「そう。あれは元々、君のドレスだった」
ドロシーが星の杖をくるんと回して、星と星を出した。
「僕はそのドレスにアレンジを加えて、完成させる。その完成したドレスが……」
さっき、メニーが着ていたドレス。そのままの形。
「僕が魔法をかけなくても、魔法がかかったドレスになっていた。すごいね。歴史ってこんなに変わるんだ」
「……悪い影響じゃないでしょうね」
「何かあったら、リオンが守ってくれるさ」
ドロシーがベッドに下りてきた。
「今夜、どうせ会いにくるだろ」
「おそらくね」
「リオン、最近、仮退院期間を設けてもらえたらしいよ」
「……そう」
「スノウ王妃を見張らないといけないからね」
自殺をしないように。
「スノウ王妃が亡くなれば、大変なことになるのを、君とリオンはわかっている」
国王が豹変し、治安はとても悪くなり、町は荒れる。
「でも、心配なことはない。君は着実に、別の未来の道を切り開いている」
「そう思う?」
「リオンと手を組んだ現状が、その結果だ」
この時点で、あたしとリオンは知り合いではなかった。
――リオン様、……お誕生日、おめでとうございます……。
自分の誕生日はリオンの誕生日。あたしは夜空に向かって、よく祈っていた。
(けっ)
あんな男に恋心を奪われていただなんて、笑ってしまうわ。あのオタク野郎の何が良かったのかしら。ああ、恋は盲目。実にあわれなり。
「テリー、スノウ王妃がいつ亡くなるか、覚えてる?」
「……近いうちにだった気がする。……一ヶ月後くらいだっけ……? 亡くなったってニュースが流れるのよ」
「詳しいことをリオンに聞いた方がいいかもしれないね」
「ええ。明確にわかっていたら、少なからず、あたしにも出来ることはあるはずよ」
あたしはノートを閉じて、棚にしまう。
「今夜はニクスもいるんだろ?」
「アリスもいるわ」
「君に友達が出来て僕は嬉しいよ。成長を感じて涙が出てきそう」
「……ハンカチいる?」
「大丈夫。持ってる」
ドロシーがライオンの絵が描かれたハンカチをポケットから取り出して、そっと目頭を押さえた。扉の奥からアメリの声が聞こえる。
「テリー!! 行くわよー!!」
「ほら、呼ばれてるよ」
「行くわよ。ドロシー」
「にゃあ」
あたしは猫になったドロシーを抱え、部屋の扉を開けた。
(二年後に開かれるはずの舞踏会)
時間軸が歪んでいる。
(……さて、どうなるかしらね。……無事に終わると良いけど)
あたしは赤いヒールをカツン、と鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます