第15話 10月29日(1)
ガガガガガガ、と変な音が聞こえた。
「……チッ」
(うるさい……)
舌打ちして、腕を伸ばす。全力で震える時計を止める。
「……ん」
目を細めて時計を見る。8時。
(……何これ。あたしの時計じゃない……)
周りをきょろりと見回す。
「……」
(ん?)
顔をしかめる。
(……キッドの部屋……)
その瞬間、全部思い出す。
(ああ……)
キッドにごろんさせられて、背中とんとんされて、やっぱり寝てしまったんだ。
(……せっかく28日が終わったのに最悪。さっさと起きよう)
今日は忙しくなる。
(起きないと)
ぐっと伸びをして、心地のいいベッドから抜ける。毛布を少し綺麗に整えてからキッドの部屋から出て、自分の部屋に戻る。クローゼットを開ける。
(今日こそ動きやすい服装ね)
スノウ様に買っていただいた服とパンツを穿いて、動きやすい靴下と靴を履いて、髪の毛を二つのおさげにして、小指に指輪をはめて、ジャケットを持ち、ミックスマックスの帽子とストラップが揺れるリュックを持ち、部屋から出る。廊下を歩いて階段を下りていく。
下に下りれば良い匂い。階段から見下ろせばテーブルには皿が並んである。あたしはリビングに下りた。ソファーにリュックとジャケットを置いて、キッチンを覗く。じいじが朝食を作っている。じいじが振り向いた。
「おや、おはよう。ニコラや」
いつも通りの笑顔を浮かべる。
「……おはよう。じいじ」
いつもの挨拶をして、そっとキッチンから離れて、顔を洗うために洗面所に行く。狭い洗面所で顔を洗い、棚に置いてあるタオルで顔を拭く。
(……今日は混みそう。いや、混むんでしょうね……。……夜ご飯なんだろ……)
そんなことを考えながら、タオルを元の場所に置いてからリビングに戻ると、テーブルに食事が並んでいた。野菜沢山のサラダに、スープ、目玉焼きに、パンに、ジャム。
あたしが椅子に座ると、じいじがあたしの傍にコップを置き、牛乳を注いだ。じいじも自分のコップに水を注いで座る。あたしが手を握る。
「我らが母の祈りに感謝して、いただきます」
手を離して、パンを頬張る。
(……)
ジャムはつけない。正面にいるじいじはジャムをつけた。あたしはそのままいただく。もぐもぐ食べる。じいじも食べる。目の前にじいじがいる。一緒に食べる。
いつもの朝食。
(……なんか……お腹空いてる……)
今日はなんだか食欲がある。28日が終わって安心したのかしら。もぐもぐ。
「今日は忙しくなりそうだな」
「でも、まだ雨が続いてるから、もしかしたらお客さんもあまり来ないかも」
「夜には止むそうだぞ」
「そうなの?」
「らしい」
「ふーん」
雨の中でハロウィン祭の準備。
(大変そう)
「風邪をひかないようにな」
「レインコートを持って来ればよかったわ」
「無いのか?」
「レインコートのことまで、流石に頭になかった」
「スノウめ、買い物に行った時に買えば良かったものを」
「いいのよ。上着があれば寒さは凌げるから」
もぐもぐ二人でサラダを食べる。
「じいじ、お祭りには来る?」
「ああ。キッドに付き添わなくてはな」
「お菓子屋にも来る?」
「ドリーム・キャンディだったな。スノウとキッドが行くだろうさ」
「じいじは来る?」
「行くよ」
「来るの?」
「ああ、行くよ」
「ふーん」
あたしはパンを噛む。
「レジをやってくれるかい?」
「……来るなら」
「ふふっ。そうかい」
じいじが笑う。あたしはパンを食べる。
「商店街中にぎわうんでしょうね」
「だろうな」
「舞踏会みたい」
「ああ。ただ、歩くのは貴族だけではない。平民も貴族もこぞって来るぞ」
「リトルルビィもアリスもいるし、大丈夫よ」
この一ヶ月だって、三人でやってきた。
「混んでも何とかなるわ」
「そうかい」
「ご馳走様」
立ち上がり、皿とコップをキッチンの洗い場に運んで置き、洗面所に行って歯を磨き、うがいをして、あら美人がいるわと思いながら洗面所から出て、時計を確認する。
(……いつも通り)
ジャケットを着て、リュックを背負う。
「行ってきます」
「傘を忘れてはいけないよ」
「はい」
「長靴は?」
「長靴の方がいい?」
「ああ」
「じゃあ履き替える」
リビングの扉を開け、廊下を渡り、玄関に行く。玄関で靴を履き替える。振り向くと、じいじが顔を覗かせていた。
「馬車に気をつけての」
「行ってきます」
「うん」
じいじが微笑んだのを見て家から出る。外に出ると、秋の雨風が顔に当たる。肌寒い。
(確かにちょっと弱まってる。これなら夕方には晴れるかも)
そんなことを思いながら傘を差して、ゆっくりと足を動かす。水溜まりを踏む。一本道を進み、建物が見えてきて、入って、建物を進み、いつもより多くの人が歩いていて、道を進み、人とすれ違い、広場に入って、噴水前に行く。街から見える時計台の時計は、9時30分。
「……」
しばらくすると、赤い傘を差したリトルルビィが歩いてきた。あたしはそれを見つける。目が合う。リトルルビィがあたしを見て、笑顔で手を振った。
「テリー!」
「誰それ?」
「ニコラー!」
「ん」
リトルルビィと合流する。リトルルビィが微笑む。あたしはいつも通り、涼しい顔。
「おはよう!」
「おはよう」
「行こう!」
「ん」
二人でいつもの道を歩き出す。リトルルビィがあたしに顔を向ける。
「今日は何するんだろうね?」
「祭の準備でしょうね。しばらく商店街が閉鎖されてたから」
「休んでた分、取り戻さないと!」
「そうね。サガンさんがイライラしてそう」
「また赤字がどうのこうのって言いそうね!」
リトルルビィが笑う。いつも通り。
「メニーって今日来るのかな?」
「来るんじゃない?」
「じゃあ、サガンさんのところでランチね!」
「そうね」
「メニーから本を借りる約束してるの!」
「ホームズの本でしょ」
「そうよ!」
「メニーが前に持ってきてたわ」
「今日持ってくるかな?」
「持ってくるんじゃない?」
「ニコラも読んだことある?」
「推理小説は長いから嫌いなのよ」
「面白いよ!」
「そうかしら」
「おすすめの本貸してあげる!」
「……遠慮しておく」
「持ってくる!」
「はいはい。分かった。楽しみにしてる」
いつも通りの会話。いつも通りの歩く道。雨が降る。後ろから人が歩いてくる。
「あら、ルビィちゃん、おはよう! ニコラちゃんも!」
「おはよう。エリサ」
「おはよう!」
前から人が歩いてくる。声をかけられる。
「おっす! 二人とも!」
「おはよう。ブライアン」
「おはよう!」
後ろから人が歩いてくる。通りすがりに声をかけられる。
「おはよう。二人とも」
「おはようございます。エリカさん」
「おはようございます!」
レインコートを着た人たちが歩いている。
「よお、リトルルビィ、復活したか!」
「おはようございます!」
「ニコラちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「おはよう。リトルルビィ」
「おはようございます!」
「ニコラちゃん、おはよう」
「おはよう。フィオナ」
「ルビィちゃん、おはよう!」
「おはようございます!」
「うわあああああやべえええ! 忘れ物したぁああ!」
「おいおい、スティーブ、慌てずにな。転ぶぞ」
「いてー!」
「ははははは!」
「おはようございます!」
「おはよう。ルフィーナ」
「おはようございます!」
「おはよう!」
商店街に人が歩く。挨拶をして歩く。派手な足音が聞こえてくる。駆けてくる足音が聞こえてくる。
「おはよー!」
手を振る少女がいる。
「皆おはよーーー!」
ピナフォアドレスを揺らすアリスがいる。
「雨だーーーー!!」
アリスが笑顔で走ってくる。あたしは受け止める準備をする。構える。
アリスが走る。横からサガンが歩いてくる。
「あ?」
「げっ」
サガンとアリスがぶつかる。アリスが転ぶ前にその腕をサガンが掴んで、引っ張った。
「こらっ!!」
「ごめんなさーい!」
「アリス!!」
「あははははは!!」
アリスが走り出す。サガンが呆れてため息をつく。アリスが走ってくる。あたしとリトルルビィの前で止まる。笑顔を浮かべる。
「おはよう! 二人とも!」
「おはよう! アリス!」
「おはよう」
挨拶をする。いつも通りの挨拶を。
アリスは微笑む。元気に笑い、拳を固めた。
「今日はきっと祭の準備よ! ハロウィン祭はもう目の前よ! やったるわよ! リトルルビィ!」
「やったるわよ!」
「やったるわよ! ニコラ!」
アリスがあたしに笑う。あたしはアリスを見つめる。
「そうね。やったりましょう」
微笑んで、肩をすくめる。アリスが笑う。リトルルビィが笑う。ドリーム・キャンディの前で、三人で待ち合わせる。いつも通りの日常。三人で店の扉を開ける。
「おはようございまーす!」
「おはようございます!」
「おはようございます」
アリスとリトルルビィとあたしの三人が声を揃えると、中にいたカリンとジョージが微笑んだ。
「おはよぉ!」
「おはよう! 今日は忙しいぞ!」
ジョージが腰に手を置いた。
「閉鎖されてた商店街が開かれるんだ。大勢の客達が襲い掛かるぞ。その合間にも、僕達は出店の準備をしないと」
「雨降ってるのに大変よねぇ」
「力仕事は男の仕事だ。接客をサボれるのは嬉しいけど、重たいものを持つのは嫌だな」
「サガンさん大変そぉ」
「連休は悪夢を見続けて地獄だったけど、それも終わった。そういえば、忘れてたことをいくつか思い出せたんだ」
「あら、私もよぉ。本当に良かったわぁ」
「ジャックがいなくなったところで、気持ちを新たに、ゆるーく働くぞ」
「頑張りましょぉ」
カリンとジョージが微笑むと、売り場の裏から奥さんが出てきた。
「おやおや、三人とも来たかい」
「おはようございまーす!」
「おはようアリス。復活したかい」
「ばりばりです! 今日も素敵なアリスちゃん笑顔を見せますよ!」
「頼りにしてるよ。頑張ってね」
奥さんがリトルルビィを見た。
「おはよう。リトルルビィ」
「おはようございます!」
「ん。元気そうで良かった」
「お休みしてた分、頑張ります!」
「ああ。頼むよ」
奥さんがあたしを見た。
「おはよう。ニコラ」
「おはようございます」
「体調は?」
「大丈夫です」
「この間は悪かったわね」
「いいえ」
「雇用期間のハロウィン祭までばりばり働いてもらうから、頼むよ」
「はい」
奥さんが手を叩いた。
「さ、忙しくなるよ。カリン、厨房で旦那の手伝いしてあげて」
「はぁい!」
「ジョージ、広場に行っておいで。さっき収集かけてたから」
「まじですか」
「売り場は看板娘達に任せてさ」
奥さんがあたし達を見て、微笑んだ。
「というわけだ。頼むよ」
奥さんがウインクした。
「荷物置いておいで」
「はーい!」
「はい!」
「はい」
三人で荷物置き場へと行く。厨房からは、社長がお菓子を作る音が鳴り響き、カリンが厨房へと入っていく。
「社長、今日は何を作るんですかぁー?」
「……ん」
「きゃぁー! 素敵なロールケーキぃ!」
三人で荷物置きの棚へ上着と鞄を置く。アリスがあたし達に振り向いた。
「今日は商店街閉められてたから絶対混むわよ。気合い入れましょう」
「うん!」
「多分、私達品出しだと思うわ。ニコラ、何かあったら頼むわよ」
あ、それと、
「これ」
アリスが持ってた袋をあたしに差し出す。中には昨日着ていた服が綺麗に畳まれて入っていた。
「返すわね」
「……ありがとう」
アリスがにっと微笑む。あたしも微笑む。リトルルビィがそれを見て眉をひそめる。
「アリス、……珈琲は飲んで来た?」
「私を誰だと思ってるのよ。ばっちりよ」
珈琲を飲めば集中できる。
アリスの言ってたその意味が、今ならよく分かる。
「……私も珈琲飲めるもん」
リトルルビィがあたしとアリスの間に、ぐっと体を割り込ませた。じいっと、あたしを見上げる。顔はなぜかむくれている。
「飲めるもん!」
「どうしたのよ。あんた」
なんで拗ねてるのよ。
「なんだなんだ? ヤキモチか? ヤキモチかね? ルビィ君」
アリスがにやにやして、リトルルビィを抱きしめた。
「しょうがないわね。ほら、私が愛情いっぱいに抱きしめてあげるわよ!」
リトルルビィがむくれている。アリスがあたしを見た。
「ニコラ! ニコラも手伝って!」
「え」
「早く!」
「え……」
アリスに言われ、あたしもアリスの腕の上からリトルルビィを抱きしめる。リトルルビィがあたしを見て、ふにゃりと微笑んだ。
「……へへ」
「ニコラ! やったわ! 魔人ほっぺたブウを仲間にしたわよ!」
てれててっててー。
「三人のパワーがあれば、忙しいのだって何とかなるわよ! 頑張りましょう! えいえいおー!」
「えいえいおー!」
「……おー」
体を離し、リトルルビィはにこにこしたままあたしの手を握り、アリスはそれを笑いながら横目で見て、三人で売り場に戻ると、奥さんが店の外でシャッターを上げていた。扉にかけられたCLOSEの看板をめくって、OPENにする。
「さあ、開店だよ」
雨は降る。しかし客は来る。商店街が開かれる。活発に動き出す。
10時。ドリーム・キャンディ、および、商店街の店が開店される。
10時1分。皆が言っていたように、開店後1分で商店街が大盛り上がりとなった。
10時5分。店内は見事に盛り上がる。
10時10分。棚のものがなくなった。
「おばちゃん! これ下さい!」
「はーい」
奥さんがにこりと微笑む。
「50ワドルです」
「はい!」
「はーい、ありがとう」
奥さんがお金を受け取り、レジを打ち、レシートを子供に渡す。
「はーい。ありがとうございましたー」
「ありがと!!」
「はーい。また来てねー」
優雅に手を振る。次の客が来る。
「これ!」
「はーい。こんにちはー」
奥さんが子供に笑顔を浮かべる。レジを打つ。並ぶ行列。走り回るあたし達。
「アリス! 向こう!!」
「リトルルビィ! 向こうやって! ニコラ!」
「無理!!!!」
「私もこっちが!」
「ひいいいい!!」
「アリス! 落ち着いて!」
「テ……ニコラ、それ向こうの棚だよ!」
「いっ!」
「終わった! こっち終わった! どこ!?」
「アリス、向こう!」
「了解!」
「棚が空っぽーーーー!!」
「リトルルビィ落ち着いて!」
カリンが手作り洋菓子用の棚にロールケーキを置いていく。カリンがはっとする。
「ひゃああああああああ! パックが開けられて味見専用になってるううううぅ!」
「もぐもぐ」
「あああああああ! これぇ、食べちゃいけないやつですよぉ!」
「もぐもぐ」
「ふええええええええええん!」
店内が足音で包まれる。ばたばたばたばた。
箱を持ってきては詰めて、箱を持ってきては詰めて。
(目が回る……!)
ぐるぐる目が回る。そんな中、扉が再び開かれる。客が入ってくる。
(無理無理無理! 何、この忙しさ! ハロウィンは明日でしょ!!)
あたしは必死に棚にお菓子を詰める。
(ぐうううううぅぅうう……!)
ぽん、と肩を叩かれる。
「へっ?」
誰だと思って振り向く。すると、頬に人差し指がふに、と突かれた。
「ふっ!」
その声と、その指で、あたしは完全にキレた。
屈むヘンゼは変わらず、ニコニコしている。
「こんにちは。ベリー・チョコレートちゃん。甘い君に会いに来たよ」
「……」
「今日はなんだかにぎわっているね。ふふっ! 忙しそうにしている君も実に……」
「やって」
「え」
「ここお願い」
ぽんと、肩を叩く。
「え」
「そこ終わったらこっちよ」
「え」
「早く」
「え」
「早く!!」
「あ、はい」
ヘンゼがお菓子を棚に詰める。あたしはお菓子を棚に詰める。アリスが見かける。
「あ、ヘンゼさん! 手伝ってくれてるんですか!」
「あ、いや、お兄さんは……」
「それ終わったらこっちもお願いしますね!」
「あ、いや、あの……」
「仕方がない!!!!」
グレタが仁王立ちで立っていた。
「俺も手伝うぞ!! やるぞ! 兄さん!!」
「え、いや、あの、だから……」
「グレタさん!」
アリスがグレタを呼ぶ。
「こっちお願いします!」
「分かった!!」
「あ、えっと」
「あんたはそっち」
「あ、はい」
ヘンゼとグレタが加わり、棚にお菓子が戻っていく。客が大勢来る。なんでそんなにお菓子を求めるんだと疑問を抱くくらい、やってくる。
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ!!」
「イラッシャイマセ」
アリスとリトルルビィとあたしが声を揃えて叫ぶ。ひたすら叫ぶ。
「すいません、通りまーす!」
「後ろ失礼しますー!」
「……スイマセン」
客の間をくぐりながら品を出していく。ヘンゼとグレタが息を吐いた。
10時30分。
「よし! 品揃えが満ちてきたぞ!!」
「ふっ !人助けは実に気持ちがいい! だけど、お兄さん達もそろそろ……」
扉が開いた。サガンが入ってきた。
「アリス! ニコラ!」
充血した目であたし達を呼ぶ。
「来い!!」
「「無理です!」」
二人で声を揃える。サガンが舌打ちする。
「人手が足りない! リタ!!」
「こっちもいっぱいいっぱいだよ」
奥さんが早口で言って、また客に向き合う。グレタが前に出た。
「仕方がない!! 俺達が手伝うぞ!!」
「え」
「行くぞ、兄さん!!」
「いや、あの、見回り……」
「行くぞ、兄さん!!」
「いや、グレタ、あの……」
ヘンゼがグレタに引きずられ、サガンと共に出ていく。そういえば、前にアリスが言ってた。
今、お祭の準備で皆忙しいから、助け合わないと。
「助け合い精神って素晴らしいわ」
「ニコラ、そっち!」
「分かった」
リトルルビィに指示され、あたしは頷く。
10時45分。
ソフィアと女性司書が来た。ソフィアが微笑み、女性司書が挨拶をした。
「どうもこんにちは」
「はぁい。こちらですねぇ」
バスケットいっぱいに飴が入ったものを、カリンが渡す。
「ありがとうございます」
「持ちますよ」
ソフィアがバスケットをひょいと持った。それを見た女性司書とカリンが胸を押さえる。
「はっ……!」
「ソフィアさん……!」
「「今日も美しい!」」
「くすす」
「ニコラーーーー!!」
アリスに呼ばれる。
「こっち手伝ってーーーー!!」
「今行く!」
あたしがぱたぱた走る。ソフィアの横を通る。ちらりと見たソフィアが手を上げ、あたしが横に来たタイミングで、一瞬、頭をぽんと置いた。
「っ」
ぎろっと睨むと、ソフィアが笑う。
「くすす。頑張って」
無視して、アリスに走る。
「アリス!」
「そっちの棚!」
「分かった!」
棚にお菓子を詰め込む。
(腰痛い……)
棚にお菓子を詰め込む。
11時。
(休憩まだかな……)
時計を見る。あっという間に時間が過ぎたのを感じる。外では大きな音が聞こえる。出店の準備が進んでいた。商店街通りに組み立て式の出店が男性たちによって設置されている。雨で水びだしのジョージが戻ってくる。
「奥さん……炭酸水貰えません……?」
「持ってきな」
「ありがとうございます!」
ジョージが炭酸水を取り、一気に飲んだ。
「やばい。げっぷ出そう……」
外に戻っていった。客も波が引いてきた。
11時45分。
「アリス、ニコラ」
奥さんがあたし達を呼んだ。アリスとあたしが振り向く。
「おつかいに行ってきて。結構量が多いんだ」
奥さんがメモをアリスに渡した。
「どこもばたばただから、やることがあったら10分だけ手伝っておいで」
「はい!」
「……はい」
「ニコラ、嫌そうな顔しないの」
奥さんが笑う。
「じゃ、よろしく」
「はい!」
「はい」
アリスとあたしがお使い用のバスケットを持って店を出る。
11時46分。
「ああ、一時的に解放された」
兎模様の傘をアリスが差しながら呟く。
「うう、こんな天気なのに、なんで来るのかしら……。お客さんって暇なのかしら……。いいわね……」
「今日は小雨だから比較的動きやすいのかも」
「そうそう。夕方には止むって、父さんも言ってた」
アリスの髪がなびく。兎のイヤリングが光る。
11時47分。
「見て、ニコラ、出店の準備が進んでるわ」
バルーンのお化けも笑ってる。
「いいわね。本当に祭が始まるのね」
11時48分。
アリスが不安げな顔を浮かべた。
「ねえ、今日休憩あるわよね……? 大丈夫よね……?」
「取れたとしても一人ずつかも。中も忙しそうだったし」
「連休が取れても、これじゃあ身が持たないわよ……」
11時49分。
「ハロウィンは明後日だっていうのに、皆、気が早すぎると思わない?」
「……ん?」
あたしは顔をしかめた。
11時50分。
「アリス、何言ってるの」
「え?」
「ハロウィンは明日でしょう?」
11時51分。
「やだ、ニコラってば。今日は29日よ」
「え?」
「ふふっ! ねえ、カレンダーちゃんと見た?」
アリスが笑った。
11時52分。
「10月は31日まであるのよ。ハロウィンは10月の最終日。31日よ」
「……30日じゃないの?」
「31日よ! ニコラってばお休みボケしてるのね。うふふ!」
11時53分。
あたしは思い出す。
「あ、そっか。10月って31日まであったわね」
「そうよ。結構勘違いする人いるけど、ハロウィンは10月31日よ」
「あたし、てっきり明日だと思ってた」
「ふふ! 実はね、私も去年それでからかわれたのよ。だから覚えてるの」
「でもハロウィンって、なんか、10月30日って気がする」
「分かる、分かる。でも残念でした。10月は31日まであるのよ。おばけの悪戯ね」
「これで間違えないわ。ありがとう。アリス」
「一日間違えて仮装してくるところだったわね!」
「全くだわ」
……。
「ん? ちょっと待って」
「うん?」
「今日って何日だっけ」
「29日」
11時54分。
「アリス」
「ん?」
「ハロウィンが31日?」
「そうよ?」
「じゃあ」
11時55分。
「ハロウィンの二日前って」
11時56分。
「何日?」
11時57分。
「え? 二日前? 何の問題? 私、算数苦手なのよね」
11時58分。
「えっとね、ハロウィンが31日でしょ」
11時59分。
「だから、一日前が、30日で」
5
「二日前が」
4。
「29」
3。
「だから、二日前っていうのは」
2。
「今日よ! 今日! ハロウィンの二日前は、29日の今日よ!」
1。
「合ってる?」
アリスが微笑んだ。
イルミネーションがきらきら光る。
あたしは目を見開いた。
12時。
爆発した。
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