第13話 10月27日(3)



「……え?」


 目を開けた瞬間、凄まじい音が響いた。あたしを固定していたギロチン台がぶっ壊れた。


「え」


 体が崩れる。顔を上げる。目を開く。


「お待たせ」


 14歳の王子様が、剣でギロチンの木を払った。


「お迎えに参りました。プリンセス」


 キッドが美しく微笑み、剣を握ったまま跪く。地面に座り込むあたしの手を取る。


「さあ、私だけのプリンセス」


 子供のキッドが、大人のあたしをまっすぐ見つめた。


「永遠に、私と共に」

「……何言ってるの。あんた」

「テリー。綺麗だよ。すごく綺麗。お前、年を取ってもこんなに綺麗なんだね。……惚れ直したよ。くくっ」


 キッドがあたしの頭にキスをした。


「このごわごわして固まった髪の毛も美しい。ふけだらけの頭皮にも魅力を感じてしまう。汚れた肌にも、やつれた顔にも。テリー、愛しいテリー、お前、どうしてそんなに綺麗なの? 困っちゃうよ、全く。……くくっ、やっぱり、ショートヘアーが似合うね」

「……ねえ、ギロチンだけじゃなくて、あんたも壊れたの?」

「テリー、触って。俺に触って」


 キッドがあたしの手を自分の頬に触れさせる。


「ほら、温かい。なんて愛おしい手なんだ。もっと感じたい。いっそ、お前の身につける布になりたいくらい。テリー、愛してるよ。年を取ったお前も好き。大好き」

「ちょっと」

「俺と行こう」


 キッドが軽々とあたしを抱えた。


「ちょ」

「約束したもんね?」


 ――あたしを必ず守って。それこそ、あたしが国から死刑宣告を受けて群衆の前でギロチン刑にされそうになっても、必ずそこから助け出して。そこまでしてくれるなら、婚約者でも、結婚相手でも、なんだってなってあげる。


「約束通り、ここからお前をさらっていこう」


 キッドがあたしを抱きしめる。


「一生、守るよ。テリー。だから、ずっと俺といよう。俺をキッドじゃなくて、恋と呼ぶといい。そしたら俺はお前を愛と呼ぶよ。二人が揃えば恋愛になる。ほら、素敵な呼び方だと思わない? そうすれば、ずっと一緒だ。死が二人を分かつまで、肉体が滅びて、魂だけになっても、俺とお前が、ずっと、一緒に、傍に、俺とお前で、ずっと一緒に、永遠に……」

「お前はいないはずだ」


 リオンの声がキッドの臭い口説き文句を遮った。

 リオンが、キッドを睨んだ。

 キッドは微笑んで、あたしを地面に置いた。リオンに振り向く。リオンがキッドを睨んでいる。


「お前はいないはずだ」

「いるよ。いるからここにいるんだ」

「お前は死んだ」

「生きてるよ。生きてるからここにいるんだ」

「お前はいないはずだ」

「ここにいるよ」


 キッドはにやりと笑う。剣をリオンに向けた。


「お手合わせ願おうか! 王子様!!」

「僕は王だ!!!」


 リオンが目を見開く。


「僕が王だ!!」


 リオンの頭から血が流れる。


「お前は消えた存在じゃないか」


 リオンが真っ赤に染まっていく。


「この世から消滅したじゃないか!」


 リオンが真っ黒に染まっていく。


「消えない。消えてるのにお前は消えない。自ら命を投げるような真似をしたくせに。お前は消えなかった。ずっと消えることなんてなかった」


 リオンの体が痙攣する。リオンの目が白くなる。リオンが黒と赤に染まる。リオンの頭に二本の角が生える。


「死んでもお前は生き続けた。ずっと比べられた。キッドがいたらと何度も言われた。僕じゃない。馬鹿王子の僕じゃなくて、キッドがいたらと」


 リオンが鬼に成り代わる。


「母上はお前を求めた。父上はお前を求めた。僕じゃない! お前だ!!!! 誰も僕を認めてなんてくれなかった!! お前のせいだ!!!! 全部お前のせいだ!!! あのまま死ねばよかったのに!!! お前こそ悪夢だ! 僕の悪夢だ!」


 悪夢なら夢から覚めないと。


「夢から覚めたらお前は消えてる」


 リオンが剣を構えた。


「僕に切り裂かれろ」

「くくっ。やれるものならやってごらん」


 王様ねぇ?


「センスの悪い陛下様々だな」


 キッドが笑う。せせ笑う。馬鹿にしたように笑う。鬼が玉座から下りた。マントを脱いだ。剣を強く握る。


「キッド」

「リオン」


 二人が剣を構えた。


「「トリック・オア・トリート!」」


 キッドが走り出した。鬼が走り出した。キッドが剣を振った。鬼が剣を振った。剣が弾いた。鬼が切りこんだ。キッドが剣で受け止めた。鬼が切りこんだ。キッドが剣で受け止めた。鬼が切りこんだ。キッドが笑った。受け止めた。鬼が怒った。剣で突き刺す。キッドが避けた。鬼の腕が伸びた。キッドが鬼の腕を刺した。鬼の腕に穴が開く。鬼が悲鳴をあげた。


「痛イ!」

「痛くないだろ」


 鬼が怒った。剣で突き刺した。キッドが地面を蹴飛ばして、大股で上り、鬼の剣の上に上った。ちっちっちっと舌を鳴らして、鬼を見下ろす。


「ぬるいなあ」

「コノ!」


 鬼が剣を振り回す。キッドがくるんと回って、地面に着地する。


「逃ゲルナ!」

「ぬるいんだよ」


 キッドが涼しい顔で鬼を見る。


「所詮、お前はお前だよ」


 キッドは足を出す。鬼の足がキッドの足に引っかかる。


「ア」


 鬼が転ぶ。キッドが容赦なく鬼に剣を突き刺す。


「えい」


 ぐさりと鬼に剣が刺さった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 血がキッドの顔に飛んだ。キッドが剣を抜き、一歩下がる。鬼がよろけながら立ち上がる。キッドがよろけた鬼の体制を利用して、膝に足をつけ、胸を蹴り、肩を蹴り、上に飛ぶと、鬼の頭に着地する。


「ヒャッ!」

「サッカーボールだ!」


 キッドが鬼の頭を踏んづけた。


「フグッ!」

「あはははは! 楽しいな!」


 キッドが鬼の頭を踏んづける。


「サッカーボールを踏んづけるなんて、なんて楽しいんだ!!」

「ヤメロ!!」


 鬼が手で払った。キッドがくるんと体を回転させて地面に着地した。同じタイミングで鬼の払った風が吹いた。死刑場の壁が壊される。崩れる瓦礫を見て、キッドが楽しげににやけた。


「くくくっ! そうこなくっちゃ!」


 キッドが剣を構え直した。


「ほらほら、このままじゃ悪戯しちゃうよ?もっとすごいのちょうだいよ?」

「キッドォォオオオオオオ……!!!」


 鬼が剣を捨てる。キッドに走ってくる。拳を握って、地面を叩いた。地割れが起きる。


「ほう」


 キッドがぴょんと飛び跳ねた。


「すごい怪力だ。本当に鬼みたい」


 キッドが剣を握る。


「でも甘い。甘ったるい」


 キッドが走る。容赦なく走る。鬼に向かって剣を振り払う。鬼が腕を振り払う。キッドが鬼の股を滑り込んでくぐった。鬼の腕がぱかりと切れた。血が吹き出る。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「あははははははは!! あははははははははははははは!!!」


 鬼が狂ったように叫ぶ。

 キッドが狂ったように笑う。


「オマエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」


 鬼がキッドをめがけて殴りこむ。キッドは避ける。鬼が殴りこむ。キッドは避ける。殴っては避けて殴っては避けて殴っては避けて殴っては避けて殴っては避けて殴っては避けて殴っては避けて。


「サッカーをしてる気分だ」


 キッドがきょろりと探した。だが見つからない。


「うーん」


 キッドがぴこんとひらめいた。


「あ、そうだ。いいものがあった」


 キッドが鬼を見て、にやついた。キッドが走りこむ。鬼がキッドを睨む。キッドを狙って殴りつける。ぎりぎりの場所に当たる。


「おっと、危ない!」


 キッドが即座に横にずれた。


「しかし、残念!」

「ウァアアアア!!」


 鬼がキッドを殴る。キッドがくるりと体を回した。


「俺が求めてるのは、お前の拳じゃないんだよ! 俺はね!」


 キッドが剣の鞘を突き立てた。


「こいつが欲しいの、さ!」


 鬼の腹に突き立てた。


「ッ」


 鬼が腹を押さえた。


「オエ」


 鬼が吐き出した。


「オロロロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!」


 赤と黒の血を吐き出す。その中に、小さな飴があった。


「これこれこれええええ!!」


 キッドが小さな飴を踏んだ。


「サッカーボールだ!!」


 小さな飴玉を、キッドがサッカーボールと呼んだ瞬間、飴がふわふわと膨らんでいく。サッカーボールの大きさに変わる。キッドがサッカーボールを膝で上に蹴って、地面に落として、足で止めた。にやりと鬼を見る。


「ゴールしたら俺の勝ちな!」

「ッ」

「お前守れよ!」

「ッ」

「守れるよなぁ?」


 お前、王様なんだもんな?


「お前の国くらい、お前の世界くらい、お前が守れるよなあ!?」


 いやらしい笑みを浮かべるキッドが足をあげた。鬼が守りの体制になった。


「シュート!!」


 キッドが膨らんだ飴玉を蹴飛ばした。すさまじい勢いで飴玉が飛んできた。鬼が飛びついた。飴玉が鬼の体に当たった。世界を守った。


「ッ」


 しかし、キッドに蹴られた飴は鬼の体を突き破った。


「ッ」


 鬼の体にぽっかり穴が開いた。


「ハッ」


 鬼が鳴いた。


「イタイ」


 鬼が穴を押さえた。


「ヒグウゥゥウウウゥウウウウウウウ……!!」

「可哀想に」


 黄金の目を光らせるソフィアが鬼の肩を抱えた。


「あまり虐めないであげてください。一方的にやられて、なんて可哀想な鬼なんだ」

「ソウダソウダ!!」


 涙目の鬼が強気になった。


「サッキカラ無茶苦茶デ、避ケテバカリデ、蹴ッテバカリ! 何ガサッカーボールダ! 何ガシュートダ! 馬鹿野郎!! オ前ノソウイウトコロガ嫌イナンダ!!」

「しょうがない。貴方に力をあげましょう」


 ソフィアが鬼にチョコレートを渡した。


「これを食べれば力が手に入りますよ」

「何!? 本当カ!?」

「さ、召し上がれ」


 ソフィアが微笑む。黄金の目がキラキラ光っている。鬼の目がきらきら希望に光っている。鬼がチョコレートを食べる。

 そこへ赤い頭巾を被るリトルルビィがスキップをしながら近づいてくる。


「鬼さん鬼さん、こんにちは」

「赤ズキンチャン、コンニチハ。オイラハ、切リ裂キジャック」

「ジャックさんジャックさん、こんにちは」


 小さなリトルルビィが立ち止まり、首を傾げた。


「ねえジャックさん、貴方はどうしてそんなに口が大きいの?」

「ケケッ! ソレハネ! オ菓子ヲ食ベルタメサ!」


 鬼がチョコレートをかみ砕く。


「鬼さん鬼さん、手の鳴る方へ」


 メニーが手を叩いた。


「気をつけて。チョコレートの靴は12時になると溶けてしまうから」

「ナンテコトダ! 急イデ食ベナイト!」


 鬼がチョコレートをかみ砕く。


「チュー」


 可愛い鼠達がお菓子の屑を拾いにきた。


「チュー」

「鼠ダ! ヤメロ! オイラノオ菓子ダゾ!」

「くすす。邪魔な鼠は私が追い出してあげましょう」


 ソフィアが笛を吹くと、ネズミが去っていった。満足した鬼がチョコレートをかみ砕く。


「ジャックよ、ジャック」


 キッドが鬼に質問した。


「この世で一番美味しいお菓子はどーれ?」

「ソレハ、全部ノオ菓子サ!」


 鬼が自信満々に答えた。


「オ菓子ハ全部、オイラノ物! ガラスノ靴ハ、イラナイヨ!」


 鬼はあたしにガラスの靴を差し出した。


「ニコラニアゲル! オイラノ妹ノニコラニアゲル!」

「駄目よ。あたしには入らないわ。サイズが合わないの」

「ソンナコトナイヨ! 似合ウヨ! ニコラニナラ似合ウヨ! オイラノ妹ダモン!

 絶対似合ウヨ! 可愛イ妹! 履イテゴラン! キット似合ウカラ!!」

「そうだ。ガラスの靴にこれを入れるといいわ。ほら、お洒落でしょう?」


 ミックスマックスのストラップを靴に入れると、鬼が喜んだ。


「ワオ! オシャレダネ! キャンディモ入レテシマオウ!」

「いいわね。沢山入れましょう」

「ニコラ! これも入れようよ!」

「ええ。たくさん入れましょう」

「ニコラ! ニコラ! ニコラ!」

「素敵よ。沢山入れましょう」

「あははははは!! アハハハハハ! ハハハハハハハハハ!!」


 あたしとリオンがいかれたようにガラスの靴にミックスマックスのストラップとキャンディを詰めていく。

 あたしと鬼がいかれたようにガラスの靴にミックスマックスのストラップとキャンディを詰めていく。


「モット! モット入レヨウ!」


 思い出をぎゅうぎゅうに詰め込もう。忘れないように。


「モット! モット入レタイ!」


 思い出をぎゅうぎゅうに詰め込もう。忘れないように。


「ニコラ、思イ出ヲ見ツケニ行コウ! 手柄ヲ探シニ行コウ! サァ! お兄ちゃんと一緒に! 今日ハ何処ニ行コウカ!」

「思い出なら、沢山あるじゃない」


 上を見上げれば、飴が降ってくる。鬼が飛び跳ねて喜んだ。


「オ菓子ダ!」


 リトルルビィが飴を投げた。


「オ菓子ダ!」


 ソフィアが飴を投げた。


「オ菓子ダ!」


 メニーが飴を投げた。


「オ菓子ダ!」


 あたしが飴を投げた。


「オ菓子ダ!」


 ジャックが喜んだ。


「いかれたおばけの切り裂きジャック。いかれたお菓子はいかがかな?」


 キッドが投げた。


「ワァイ! オ菓子ダァァァアアアアアアアアア!」


 ジャックが大きく口を開けた。キッドの投げた薬が口の中に入った。ジャックが薬を飲み込んだ。その瞬間、ジャックの体が硬直した。


「ギ」


 ジャックの体がぶるぶる震え出す。


「ヒギギギ」


 ジャックが笑い出す。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ヒギギギギギギギギギ!!!!」


 ジャックの体が痙攣を始める。


「ヒャハハハ! ギャハハハハハハ! ギギギギギギギギヤヤヤヤヤヤヤヤヤママママママママママママママ!!」


 ジャックが悲鳴をあげた。


「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア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 ジャックの口から、砂糖が発射された。カラフルな砂糖の虹が出来た。空がキラキラに輝く。メニーが、リトルルビィが、ソフィアが、キッドが、それを見上げる。虹は美しく、光っていた。


 お菓子の山から、あたしとレオが肩を並べて座り、抹茶のアイスを舐めながら、虹を眺めていた。


「やっぱり、僕は間違えてなかった。君を見た時にピーンときた。僕を正しい道に導いてくれる女の子だって。ほらね、僕の勘は当たってた。すごいだろ?」

「よく言うわよ。あんたが飴を舐めてなかったら、こんな大騒ぎにならなかったのよ」

「ねえ、ニコラ、病気が治るって聞いて、僕がどれだけ喜んだか君には分からないよ」


 目に見えない中身の病気。人は分からない。体験しないと分からない。その辛さ。その苦しみ。その痛み。


「毎日闇の中を歩いていた僕が、唯一見つけた光だった」


 呪いの飴。


「……ろくなものじゃなかったけどね」


 レオの手に持っていた飴が黒く染まり、溶けていった。レオが顔を歪めてお腹をさする。


「はあ、痛い。あいつ、本当に容赦ないんだから」


 アイスのコーンを飲み込んで、レオが立ち上がる。お菓子の山から下りた。キッドが虹を見上げている。レオがキッドの横を通る。


「退けよ。邪魔」

「……」


 キッドが足を出した。レオがその足に引っかかった。


「いって!!」


 メニーの目の前で派手に転んだ。メニーがぽかんとレオを見る。レオが勢いよく起き上がった。


「畜生! 最悪だ! レディの前で! 女の子の前で! 最悪だ!!」


 レオが立ち上がる。とろとろに溶けているジャックの前に歩いていく。


「いたいた」


 レオがしゃがみこむ。


「ジャック」


 とろとろに溶けたジャックはつぶらな瞳でレオを見上げる。


「ごめんな。ジャック」


 溶けかかっているジャックをレオが抱きしめた。


「君を作り出したのは僕だ。僕が欲のままに動いた結果、君が生まれた。ジャック。僕は君で君は僕だ。人の笑顔に喜ぶ僕がいて、人に恐怖を与えて喜ぶ僕がいて、その形が君なんだ。君だけが悪いわけじゃない。全て、結果を生んだ僕も悪いんだ。僕は君を忘れない。この記憶は忘れてはいけない。僕の罪を忘れてはいけない」


 レオがジャックを慈しみ、撫でた。


「ジャック、君だけに、この罪を背負わせないよ」


 ジャックがとろとろする。レオもとろとろになって溶けていく。


「二人でこの闇を背負うんだ」


 レオがジャックを強く抱きしめた。ジャックがレオを見つめる。レオがジャックを見つめる。ジャックが溶ければ思い出す。レオが溶ければ思い出す。みんな思い出す。忘れていた記憶を思い出す。閉ざされていた扉が開けられる。


「さぁ、ニコラ」


 レオがあたしに手を伸ばした。


「お兄ちゃんの手に掴まって」


 あたしはレオの手を握った。


「何も怖くないよ。忘れていたものを思い出すだけだ。大丈夫。君には僕がついている。何も怖くないよ。ニコラ。短い悪夢は終わったんだ」


 レオは微笑む。ジャックは微笑む。レオとジャックが一つになる。リオンは忘れたい記憶を受け入れる。リオンは自分を受け入れる。リオンは二つの自分を受け止める。


「僕はリオン。第二王子」


 人々が拍手をする。リオンに拍手を送る。リオンが勝ち誇ったように笑った。リオンの影になったジャックが歌い出した。


 ジャックジャック切り裂きジャック

 切り裂きジャックを知ってるかい?


 レオが楽しそうに歌う。


 ジャックジャック切り裂きジャック

 切り裂きジャックを知ってるかい?


 一つになったリオンが楽しそうに歌う。


 ジャックジャック切り裂きジャック

 切り裂きジャックを知ってるかい?


 どんどん耳が遠くなっていく。


 どんどん景色が白くなる。


 どんどん景色が消えて行く。






 白になる。

















 ぷしゅ、という音が聞こえた。

 あたしははっとして、目を開けて起き上がる。キッドがうなだれるリオンの首に、注射器を刺していた。


(あ)


「……しょう、どく」


 キッドがふらつき、注射器を抜き、横に座り込んだ。


「はあ」


 リオンがベッドに倒れた。


「世話のかかる弟だ」


 眠そうなキッドがリオンを小突いた。


「くそ、お前なんか大嫌いだ。馬鹿」


 キッドが頭を押さえながら立ち上がる。足元がふらつく。外にいた兵士達が中に入り、キッドの体を支えた。


「キッド様!」

「俺はいいから、他の人達を」


 部屋の中で倒れていたキッドの部下達が起き上がる。皆ぼうっとしている。リトルルビィも起き上がる。ぼうっとしている。ソフィアも起き上がる。ぼうっとしている。メニーがすやすや眠っている。リオンがすやすや眠っている。ドロシーがすやすや眠っている。リオンの指が、ぴくりと動いた。


「……ん」


 リオンの目が開く。メニーの目が開く。ドロシーの目が開く。


「……ふわああ……」


 リオンが欠伸をした。メニーがぼうっとしている。ドロシーがもう一度瞼を閉じた。


「……ニコラ」


 横になったまま、リオンが手を揺らした。


「ニコラ、おいで」

「……立てない」

「こっちにおいで」

「おい」


 キッドがリオンを睨んだ。


「テリーが立てないって言ってるんだよ。お前が起きろ」

「……動けない」

「テリーも同じだ」

「……話がしたい……ニコラ……」

「少し休んだ方がいいわ」


 かすれた声を出す。


「その方が話もまとまる」

「……一時間だ」


 リオンが呟く。


「一時間で起こして」


 リオンが深呼吸をした。静かに、眠りについた。あたしも瞼を閉じる。そして、その場に勢いよく、倒れたのだった。







( ˘ω˘ )








 夢は見ない。ただ、無が広がるだけ。

 感情はない。ただ、無が広がるだけ。









(*'ω'*)






 意識が戻る。戻るが、瞼が重くて開けられない。非常に体がだるい。整った呼吸を繰り返す。頭は柔らかい枕に乗せられていた。


(……あ……この枕、気持ちいい……)


 思わず顔の力が緩んでしまうほど、心地いい。眉間の力が緩む。脱力して、ふにゃりとなる。むにゃむにゃと口を動かすと、頭を撫でられた。優しい手つきで、なでなでと撫でられる。


(……パパ……)


 パパも撫でてくれた。優しく、頭を撫でてくれた。テリーは甘えん坊だなって、笑いながら。


(パパ)


 そっと瞼を上げる。光が反射して、視界が眩しくなる。


(うっ)


 顔をしかめる。目が慣れてくる。あたしの視野に影が映る。逆光で作られた影が見える。どんどんその正体がわかってくる。


(……あ?)


 メニーの美しい青い瞳があたしを見下ろしていた。


(あん?)


 眉間に皺を寄せると、メニーがふふ、と笑って、あたしの眉間の皺を指で崩した。


「お姉ちゃん、おはよう」

「……ん……」


 掠れる声で返事を返して周りを見る。椅子が並んでる。天井が広い。カウンターがある。廊下がある。


「……どこ、ここ……」

「病院のロビー」


 メニーが椅子に座り、あたしは横になっている。メニーに膝枕をしてもらっている。


(……膝枕……)


 柔らかい、気持ちいいと思った自分が恥ずかしい。


(チッ!)


 内側のあたしが舌打ちをした。


(勝手に膝枕なんかしやがって! てめぇの膝にあたしの頭を乗せるなんて、何考えてるのよ! ふわふわな膝しやがって! 畜生! だから嫌いなのよ! お前なんて!)


 内の心を隠して、にっこりと微笑む。


「メニー、看病してくれてたの?」

「うん。心配だったから」

「そう。ありがとう」


 あたしはニコニコする。メニーもニコニコしている。あたしはゆっくりと体を起こす。


(ん)


 ぶわぁ、と視界に白い靄がかかる。


(あ、駄目だ)


 ふらりと、メニーの膝にカムバック。メニーが心配そうにあたしの顔を覗き込んだ。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……寝起きによる目眩よ。すぐ治るわ」

「無理しないで。ゆっくりでいいから」


 メニーがあたしの頭を再び撫でた。


(くそ……。メニーに頭を撫でられるなんて……)


 ぎりぎりと歯を鳴らす。メニーはニコニコしている。あたしは目を逸らす。メニーは微笑む。あたしは頭を整理させる。


 リオンを思い出す。


「……メニー」

「ん?」

「夢を覚えてる?」


 メニーの口角が下がった。


「ううん」


 メニーが首を振る。


「覚えてないの」

「……そう」

「でもお姉ちゃん、私、何か見たはずなの」


 大切な、大切な、これよりも大切なものがないほど大切な、そんな夢を。


「それくらい、大切な夢を、確かに」

「馬鹿ね」


 あたしは鼻で笑った。


「大切な夢なら、忘れないはずよ」


 あたしはメニーに笑う。


「覚えてないってことは、そこまで大切じゃないのよ。だから思い出せないの」

「でも」

「忘れなさい」


 お前は何も見なかった。


「メニーは寝てただけよ。あたし達と一緒に」

「お姉ちゃん」

「ん?」


 メニーに目を向ける。メニーがあたしを見下ろす。メニーの口が開いた。






「中毒者って、何?」








 メニーがあたしを見つめる。

 メニーがあたしに訊く。

 あたしはメニーを見上げる。

 あたしは、にこりと微笑んだ。


「何それ」

「キッドさんが言ってた。中毒者って」

「何それ」

「お姉ちゃん」

「何それ」

「クロシェ先生の時も、リトルルビィの時も、ソフィアさんの時も、今回だって」

「何それ」

「……お姉ちゃんも言ってた。私は、事件のことを知らないからって」

「何それ。よく分かんない」

「……」


 メニーは黙る。あたしを見つめる。

 あたしは黙る。メニーに微笑む。


「何?」


 優しく微笑む。


「それ知って、どうするの?」


 メニーは黙る。


「いらない情報は耳に入れないべきよ。メニー」


 あたしは微笑む。


「覚えてないんでしょ?」


 メニーは黙る。


「あたしも覚えてないの」


 だから、


「分かんない」


 あたしは微笑んでとぼける。

 お前に関係ないことだと説明を拒否する。メニーと中毒者を遠ざける。


 そうすれば、メニーが危険な目に遭うことはない。

 そうすれば、あたしはメニーを守るために動くことはなくなる。

 メニーが大人しくしていれば、あたしも大人しくなる。

 メニーが大人になれば、あたしも大人になる。

 そのまま成長して、運命のまま、リオンと結婚して、勝手に幸せになるといい。


 そして、あたしは、メニーを忘れて、妬むことを忘れて、真っ当な人生を過ごす。


「忘れましょう」


 いらない記憶など、忘れたらいい。


「分かった」


 メニーが頷いた。


「お姉ちゃんがそう言うなら」


 メニーが微笑んだ。


「忘れる」

「ええ」

「私は何も見てない」

「そうよ。夢なんていちいち覚えてられないわ」


 いちいち悪夢なんて覚えていたら、やってられない。


「あんたは、目の前のことに集中しなさい。ピアノや料理、色んなことを覚えないといけないでしょう?」

「うん」

「あたしも目の前のことに集中するわ。帰ったら問題集をやらないと」

「そうだね。終わりそう?」

「……この数日、サボってたからまとめてやる」

「ふふっ。終わるといいね」


 あ、そういえば、


「皆、失った記憶が戻ったみたい」

「……そうなの?」

「さっき兵士さん達が話してたよ。これで彼女さんとの記念日をお祝い出来るって喜んでた」

「……恋人との記念日を消されるなんて、また不幸な人もいたものね」

「思い出せて良かった。うふふ!」


 メニーの手があたしの頭を撫でた。あたしはため息を吐き、ゆっくりと起き上がる。


「あ、お姉ちゃん……」

「もう平気」


 メニーの膝よ。さようなら。今別れの時。飛び出そう。未来を信じて。あたしは旅立つわ。横になってた椅子に尻を向ける。


「リオン殿下は?」

「もう、起きてるみたいなの」

「……あれから何時間経った?」

「一時間くらい」

「そう」

「今、キッドさん達が話してるはずだよ」

「……行きましょうか」


 あたしは立ち上がる。メニーも立つ。あたしの背中と腕を掴んだ支える。


「お姉ちゃん、まだゆっくりしてたら?」

「大袈裟ね。大丈夫よ」


 あたしはメニーを見る。


「リオン殿下から話があるなんて、これ以上ない光栄な出来事よ。メニー。気を張って行くわよ」

「……どうかな」


 メニーは不満そうに呟いた。


「なんで王族の人って、お姉ちゃんを無理矢理連れ出そうとするんだろう。……お姉ちゃん、リオン殿下に会う必要なんてある?」

「そういうこと言わないの。あんたも貴族なのよ。王族にはいい顔しておきなさい」


 メニーが黙る。黙ってあたしの腕に掴まる。


「ほら、行くわよ。……病室どこかしら」

「案内する。教えてもらってるから」

「そう。じゃ、お願い」


 メニーと一緒に歩き出す。てくてく歩いて行く。リオンが話をしたがってる。行こう。


 兄妹として、あたしも言いたいことがある。


 彼と楽しく愉快でおかしな、いかれた話をしよう。


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