第4話 癒しの現実を(2)



 ジャック ジャック 切り裂きジャック

 切り裂きジャックを知ってるかい?

 ジャックはお菓子がだぁいすき!

 ハロウィンの夜に現れる。

 ジャックは恐怖がだぁいすき!

 子供に悪夢を植え付ける!

 回避は出来るよ! よく聞いて。

 ジャックを探せ。見つけ出せ。

 ジャックは皆にこう言うよ。

 お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!

 ジャックは皆にこう言うよ。

 トリック! オア! トリート!

 皆でジャックを怖がろう。

 お菓子があれば、助かるよ。

 皆でジャックを怖がろう。

 お菓子が無ければ、死ぬだけさ。

 ジャック ジャック 切り裂きジャック

 切り裂きジャックを知ってるかい?

 ジャック ジャック 切り裂きジャック

 切り裂きジャックを知ってるかい?









 ベンチに座るあたしが歌う。

 隣に座る鬼の子は黙る。

 あたしは歌う。


「ジャック、ジャック、切り裂きジャック」


 鬼の子は黙っている。

 あたしは鬼の子を見た。


「ねえ、この歌好きなんでしょう?」


 鬼の子は黙る。


「なんで歌わないの?」

「ダッテ」


 鬼の子が口を開けた。


「怖ガルデショ」

「怖がらせるおばけなんでしょ」

「ソウダケド」


 鬼の子は俯いた。


「歌ッタラ、ニコラガ怖ガッテ、泣イチャウ。オイラ、ニコラニソンナコト、シタクナイ」

「じゃあ、どうするの」

「黙ッテル。ニコラガ目ヲ覚マスマデ、オイラ、黙ッテ、ココニイル」

「だとしたら、今日はもう他の家に回れないんじゃない?」

「ココニイル。今夜ハ大人シクシテヤル。黙ッテル」

「そう。じゃあお話しない? 坊や」

「オ話? イイヨ。ニコラト、話、スル」


 あたしと鬼の子が向き合った。


「キッドが会いたがってた」

「知ッテル」

「会いに行かないの?」

「何サレルカ分カラナイモン。行キタクナイ」


 あたしは一瞬苦い顔を浮かべ、また鬼の子を見た。


「あたしの家で大暴れしてくれてるみたいね」

「悪戯シテルダケダヨ」

「妹には手を出さないでくれる? すごく怯えてるから」

「誰?」

「メニー」

「分カッタ。ニコラガ言ウナラ、メニーニハ近ヅカナイ」

「そうして」


 あたしは腕を伸ばした。どこからか、キッドのクッキーを掴んだ。鬼の子に差し出す。


「食べる?」


 鬼の子が首を振る。


「お菓子好きなんでしょう?」

「イラナイ」

「ふーん」


 あたしはクッキーをポケットにしまった。


「ねえ、どうやって記憶を消してるの?」

「消シテナイヨ」

「消してないわけないでしょう。皆忘れてるのよ」

「扉ヲ閉メテルダケ。11月ニナッタラ鍵ガ取レテ扉ガ開イテ、全部思イ出スヨ」

「……10月のお化けだものね」


 鬼の子が微笑んで頷く。

 あたしは足を組んだ。


「で? 11月はどうするの?」

「寝ル」

「寝るの?」

「来年ノ10月ニ向ケテ、マタ悪戯出来ルヨウ、考エナイト」

「悪戯を考えるの? うわ、最悪」

「ニコラモ一緒ニ考エル?」

「遠慮しておく。悪戯して、酷い未来になりたくないもの」

「現実ハ好キ?」

「大嫌い」

「ダッタラ」


 鬼の子があたしの手を掴んだ。


「オイラト、ココデ遊ボウ。ズット」

「何言ってるの」


 あたしは鼻を鳴らした。


「現実を好きな奴なんていないわよ。それでも、あたし達は現実に生きるの。生きるために、自分の暮らしを良くしようと、自分の人生を良くしようと、皆、考えて生きてるの。こんな自分の好きなものばかりが出てくる夢なんて、ひと時だからいいのよ。永遠にこんな所にいたら、頭がいかれるわ」

「大丈夫。ニコラダッタラ、オイラ、面倒見ルヨ。ズット寝テテイイヨ。オイラガ現実ノニコラノオ世話スルカラ」

「結構よ」

「ナンデ?ココニハ好キナモノガ沢山アルヨ」


 金が出てくる。

 銀が出てくる。

 ネックレス。ドレス。靴。着飾るものが出てくる。

 美しい理想の顔の形が出てくる。

 好きな食べ物が出てくる。


「それでも、足りない」


 あたしの心は満たされない。


「坊や、女ってのはね、我儘なのよ。男には分からないほど貪欲で、着飾りたくて、良い思いをしたくて、底を知らなければ知らないほど求めて、もっともっと求めて、我儘を貫き通すのよ。それが全員が全員よ。女っていうのはそういう生き物なのよ。でもね、全員がそうだと困るでしょ。あんた彼女いる?」


 鬼の子が首を振る。


「彼女が貪欲で、プレゼントをしてもしても足りないって言ってきたらどうするの。お金も無くなっちゃうわよ」

「怖イ」

「でしょ? だから制限してるの。お金ってのが制限してるのよ。今月、ここからここまでの範囲で我儘言っていいよって、言ってくれてるの。現実はそういうことが出来る。だからスリルがあって楽しいんじゃない。やりたいことのためにお金を貯めるルビィがいたり、キッドのグッズばかり買って下着を買えないアリスがいたり、料理の材料費にお金を使ってるメニーやソフィアがいたり、夢にはそれがない。だからあたしはここには居座らない。早々に出ていくわ」

「ニコラモ、貪欲?」

「あたしは貪欲よ。全部欲しい」

「全部ッテ?」

「幸せ」


 あたしは呟く。


「全部の幸せが欲しい」

「王子様はいらない」

「宝石もいらない」

「ドレスもいいわ。我慢する」

「だから幸せが欲しい」

「自分の心が満たされる人生が欲しい」

「毎日、毎秒、毎分、毎時、全部心が満たされて仕方がない」

「楽しくてうれしくてわくわくして毎日が充実してる」

「幸せ」

「欲しいわ」

「幸せが欲しい」

「堪らなく欲しい」

「そのためなら何もいらない」

「我慢する」

「ドレスも」

「お金も」

「王子様も」

「幸せだけが欲しい」

「幸せ」

「欲しい」

「幸せになりたい」

「欲しい」

「幸せ、欲しい」


「ココニハアルヨ」


 鬼の子が言った。


「幸セ、ココニハアルヨ。何デモ揃ウヨ」

「馬鹿ね」


 あたしは笑った。


「夢の中で幸せになったって、心は満たされないわ」


 あたしは意地悪く笑った。


「それはあたしの手柄じゃない」


 あたしは悪どく笑った。


「あたしの手柄は、幸せになって、それを見せびらかして、不幸な美人達が悔しいって泣きわめくことよ。あたしは高笑い。それを見た美人は皆悔しがる。こんな女に負けるなんてって遠吠えよ。ほっほっほっ! 負け猫共め! いい気味!」


 鬼の子が眉をひそめた。

 あたしはいやらしく微笑み、鬼の子の顔を覗く。


「呆れた?」

「……」

「あたしはこんな女よ。幸せになって、皆が悔しがるところさえ見れたらいいの」


 でも、


「あたしだけが幸せになるのは違う」


 そうね。


「家族も幸せにならないと」


 そうね。


「友達も幸せにならないと」


 坊や、聞いてくれる?


「友達が出来たの」

「アリスっていう可愛い女の子」

「ただの庶民だけど、あたしにドレスをくれたのよ」

「帽子屋の娘」

「あの子の考える帽子のデザインはすごいの」

「あの子も幸せになってくれないと困るわ」

「ニクスも同じ」

「ニクスは親友」

「アリスとはまた違う友達」

「アリスも好きだし、ニクスも同じくらい好き」

「過ごした日々は少ないけどね」

「でも、付き合いは今でも続いてる」

「ニクスが生きてるから」

「二人とも好き」

「二人とも幸せになってほしい」

「ルビィもそう」

「あの子が不幸になるなら、あたしがあの子を義妹として貰うわ」

「一生面倒見る」

「ソフィアも幸せになるべきよ」

「なんだかんだ、あいつも相当苦労してる。顔に出さないけど」

「皆が幸せになればいい」

「皆で幸せになればいい」

「皆で幸せになれば、あたしの心はようやく満たされる」

「現実でないと」

「夢だと叶えられない」

「あたし一人の問題じゃないもの」

「邪魔するなら」


 あたしは鬼の子を睨んだ。


「容赦も同情もしない。お前をとことん追い詰めて、その可愛いお顔をぱーんって叩いてやる」

「叩カナイデ」


 鬼の子が引いた。


「怖イヨ」

「お前、飴は好き?」

「飴ハ好キ」

「綺麗な色の飴を舐めてない?」

「舐メテルヨ」

「今すぐに舐めるのを止めなさい」

「ドウシテ?」

「それは呪いの飴よ」

「知ッテルヨ」


 鬼の子が微笑んだ。

 あたしは目を見開いた。

 鬼の子が笑った。


「デモ、コレハ呪イジャナイ」

「治療ダ」

「コレハ、治療」

「オイラ、何モ間違エテナイ」


 あたしは眉をひそめた。


「治療? 何の話?」

「ケケケ!」

「ふざけないで。さっさとキッドに会って捕まりなさい」

「ニコラ、ゴメンネ。ソレハ出来ナイ」

「もうやめて。皆怖がってるわ」

「ニコラ、オ菓子ヲ食ベヨウ。コレアゲル」


 鬼の子があたしに抹茶のアイスを差し出した。


「いらない!」


 その手を振り払った。

 アイスが飛んでいく。

 地面にアイスがべちゃりと落ちた。

 鬼の子が悲しそうに俯いた。


「こんなことして何になるのよ! いい加減にしなさい!」


 鬼の子は俯いている。


「キッドに会いたくないなら、リオンに会いに行きなさい。あいつがあんたを見つければ、全部終わりよ! あいつがあんたを必ず見つけ出すわ!」


 そうだ。


「あたしがリオンにこのことを話す。お前に会ったことを話して、何とか見つけるよう声をかけてやる。お前の特徴、あたしは覚えてるわ」

「 扉 ヲ 閉 メ レ バ 、 忘 レ ル ヨ 」


 鬼の子が、あたしを見上げた。

 丸い目が、あたしを見る。


「全部忘レル」


 鬼の子がベンチから下りた。


「言ウナ」

「言うわ」

「言ウナ」

「言ってやる」

「ニコラ」


 鬼の子が唸った。


「ヤメロ」

「あんたがやめたら、やめるわ」

「ヤメロ」

「あんたはどうなの?」

「ニコラ、扉ヲ閉メルヨ」

「あたしの記憶を弄る気?」

「黙ッテイレバ何モシナカッタノニ」

「あたしに魔法は効かないわよ」

「んふふ!」


 笑い声がした。

 あたしは振り向く。


 紫の魔法使いが、笑っていた。


「だったら扉を閉めればいい。一部だけ」

「一部ダケ」

「んふふ! 安心するといい。わらわが扉を塞いでやる。その子は夢から出られはしない」


 紫の魔法使いが笑った。

 あたしは紫の魔法使いを睨んだ。

 紫の魔法使いは、さらに笑った。


「んふふふふ! そんなに睨むな。お嬢さん。たかが、忘れるだけだ」


 あたしは睨む。

 紫の魔法使いは笑う。


「野良猫は主を守るのに必死らしい。んふふ! ジャック、今のうちに」

「ニコラ、ゴメンネ」


 デモ、


「ニコラガ悪インダヨ」


 鬼の子が、歌いだした。


「ジャック ジャック 切リ裂キジャック」


 あたしはポケットに手を入れた。


「切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ?」


 ポケットの中のクッキーはどこにもない。


「ジャックハオ菓子ガダァイスキ!」


 振り返れば、紫の魔法使いがあたしのクッキーを食べていた。


「ハロウィンノ夜ニ現レル」


 あたしは紫の魔法使いに手を伸ばした。


「ジャックハ恐怖ガダァイスキ!」


 紫の魔法使いがあたしを避けた。


「子供ニ悪夢ヲ植エ付ケル!」


 あたしが地面に転び倒れた。


「回避ハ出来ルヨ! ヨク聞イテ」


 んふふ、と紫の魔法使いが笑った。


「ジャックヲ探セ。見ツケ出セ」


 あたしを見下ろした。


「ジャックハ皆にコウ言ウヨ」


 あたしは睨んだ。


「オ菓子ヲクレナキャイタズラスルゾ!」


 紫の魔法使いが笑い、クッキーを飲みこんだ。


「ジャックハ皆ニコウ言ウヨ」


 鬼の子はあたしに手を差し出した。


「トリック! オア! トリート!」






 あたしは黙った。


 鬼の子も黙った。


 答えは分かっているくせに。


 鬼の子は黙った。


 時間が止まったように黙った。



 あたしは睨んだ。



「絶対見つけるわ」


 あたしは言った。


「お前を見つけてやる」


 あたしは言った。


「このままで済むと思わないで」



 鬼の子が歌いだした。



「皆デジャックヲ怖ガロウ」


 白い手があたしに伸びる。


「オ菓子ガアレバ、助カルヨ」


 白い手があたしを引っ張る。


「皆デジャックヲ怖ガロウ」


 ギロチンがそこに見える。


「オ菓子ガ無ケレバ、死ヌダケサ」


 首が固定される。


「ジャック ジャック 切リ裂キジャック」


 仰向けにされる。


「切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ?」


 刃が下りてくる。


「ジャック ジャック 切リ裂キジャック」


 あたしの首に下りてくる。


「切リ裂キジャックヲ知ッテルカイ?」


「お前」





 あたしは見つめた。





「また、あたしを殺すのね」





 言うと、あたしの首が落ちた。






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