第17話 10月12日(4)


 16時。ドリーム・キャンディ。



 今日も、ようやく仕事が終わった。


「はあ」


 一度伸びをしてから、レジにいる奥さんに声をかける。


「お疲れ様です。奥さん」

「お疲れ様。ニコラ。明日は休みかい?」

「はい」

「そうかい。それはいい」


 奥さんがふふっと笑った。


「ゆっくりするんだよ」

「ありがとうございます」

「そういえば、ニコラ、さっき風の噂で聞いたんだけど」


 奥さんが周りをきょろきょろして、ひそりと、あたしに言った。


「午前中くらいかな。スノウ様とキッド様がここら辺を歩いてたそうだよ」

「えっ」

「もしかしたら、変装でもして客の中に紛れ込んでたかもしれないよ? だとしたら、アリス、レジ打ってたかもね」

「おほほほ」


 あたしは棒の笑い声をあげた。


「だとしたら、アリスが気付きますよ」

「ははっ! それもそうだね! 第一、王妃様と王子様が、こんなみすぼらしい店に来るわけないか! あはは!」


 いいえ。来ました。にこにこして二人とも来てました。


「よくよく聞いたらさ、お客さんの娘さんが昔、キッド様の恋人だったらしいよ?」

「えっ」

「ニコラ知ってるかい? キッド様って、舞踏会で名乗るまで、平民のふりしてそこらへんうろついてたんだってさ。いやあ、やっぱり王子様ってのは、やることが違うね」

「……」

「娘さん、でかい魚を逃がしたもんだねえ。まったく」


 奥さんがくすくす笑い、レジカウンターに置いてある雑誌に手をつけた。


(……そのままその娘と恋愛に発展すればよかったのに……)


 内心舌打ちして、奥さんに微笑む。


「流石、王子様ですね。すごーい」

「本当だね。うちの店なんかに来たら、旦那が腰抜かしちまうよ」

「社長も腰抜かすんですか?」

「あの人、照れ屋でシャイだから、王妃様の美しさを見ちまったら、もうアウト。気絶しちまうよ! ふふふっ」


(あの顔で照れ屋でシャイ……)


 今日も自分の手作りした洋菓子が売れるのを、殺す獲物を見つけたような目でじっと見ていたのを思い出す。


(この人、よくあんなのと結婚したわね……)


 アリスとリトルルビィが二階から下りてくる。奥さんとあたしの会話を聞いてたアリスが頷く。


「気持ちは分かります……。私だってキッド様がいらっしゃった時には、どうなるか分からないもん」

「アリスは大興奮だろうね! はっはっはっはっ!」


 奥さんがアリスに笑う。アリスも笑う。そんなアリスを、あたしは横目で見る。


(……変な客って言ってたじゃない。アリス)


「さて、帰りましょうかね。荷物取りに行こうよ」

「うん!」


 アリスが言うと、リトルルビィが頷く。あたしも頷く。三人で店の奥に歩き出す。荷物置き場から鞄を取り、上着を羽織る。それからまた売り場に戻っていく。アリスが奥さんに頭を下げる。


「それじゃ、お疲れさまでした! 奥さん!」

「三人ともお疲れ様!」


 奥さんが手を振る。あたしたちは店から出て行った。


「じゃあ、私、学校あるから!」


 アリスが一歩歩き、くるりとあたしに振り向く。


「ニコラ、明日は……」

「13時に噴水前ね」

「忘れちゃ駄目よ。ジャックが来ても、絶対に忘れちゃ駄目よ!」


 吐き捨てるように、アリスが言って駆けていく。

 その背中を見送りながら、あたしとリトルルビィが反対方向に歩いていく。リトルルビィがあたしを見上げる。


「二人でどこか行くの?」

「ん」


 頷く。


「なんかキッドのグッズの販売イベントがあるんだって」

「……ニコラ……行くの……?」


 あたしとリトルルビィの表情は苦い。


「勘違いしないでちょうだい。あのね、あくまで見張りよ。アリスが余計な買い物をしないためについていくのよ。キッドのTシャツが一枚2000ワドルだって」

「げっ」

「それって高いんでしょう?」

「うん。高い」

「アリスのお小遣いの金額も聞いて、計算したんだけど、そんなことに使うならもっと違う2000ワドルがあると思うのよ」

「2000ワドルもあれば、もっといい服着れるよ……」

「キッドのイラストが描かれてるんでしょう……? ああ……気持ち悪い……」

「ニコラ、本当にそんな所に行くの……?」

「約束しちゃったんだもの。仕方ないわよ。終わってから喫茶店でお茶でもしながら、アリスとキッド以外の楽しい話をしようと思ってるわ」

「うん……。それがいいと思う……」

「……そうよね。あたしもそう思う……」


 はあ、と二人で息を吐く。ふと、リトルルビィが呟いた。


「西区域、二人で歩けば?」

「……妙にこだわるわね」


 朝もそんなこと言ってた。


「あんた、西区域周辺が好きなの?」

「うーん……。そういうわけでもないんだけど……」

「ん?」


 きょとんとすると、リトルルビィが笑う。


「あのね、ふふっ。歩いてたら、いいものが見れるかもよ?」

「いいもの?」

「そう! 明日だけね!」

「明日だけ?」

「うん!」

「へえ。いいものね……?」


 いいものって何なのかしら。


「……ま、イベントが終わった後に、西区域の喫茶店でも探そうかしら」

「うん! それがいいよ!」


 リトルルビィが満足そうに頷いたところで、噴水前にたどり着く。リトルルビィが駆け出す。


「じゃあね、ニコラ! 一週間お疲れ様!」


 ふふっ!


「また来週も、頑張ろうね!」

「ええ。また月曜日ね」


 手を振ると、元気いっぱいに手を振り返される。笑顔のリトルルビィが走る。その背中を見送って、手を下げる。


(子供は元気ね)


 改めて思う。


(三年前とは比べ物にならないほど、元気になったわね。リトルルビィ)


 笑顔が素敵になった。


(西区域ね。何かあるのかしら?)


 あたしのお気に入りのリトルルビィがあれだけこだわって言うんだもの。何かあるのだろう。


(ま、そういうことなら回ってあげないこともないわよ)


 あたしの足が動き出す。


(さあ、行こう)


 あいつの元へ。


(今日こそアリーチェのことを言うわ。レオなら出来る)


 リオンなら出来る。


(あいつなら、事件が起きる前にアリーチェを止められる)

(手柄を取らせてあげる)

(そしたらキッドから解放される)

(あたしは自由の身)


 手柄を欲しがってるあいつには好機会。あたしにとっては好都合。


「くくっ」


 利用してやる。

 沢山利用してやる。

 10月までは良い子になってあんたに協力してあげる。


(あたしが自由の身になるために、せいぜい働き蟻のように働くがいいわ。リオン)


 喉で笑いながら、公園に入る。ガゼボに向かうと、誰もいない。


「ん?」


 思わず、辺りを見渡す。


(まだ来てないみたい)


 先にガゼボの中に入って、湖を眺めながらベンチに座る。


(……いないなら……)


 リュックを開けて、中からハンカチに包んだ、メニーの壊れたブローチを手に取る。テーブルに置き、ハンカチを広げて、壊れたブローチを見下ろした。

 エメラルドの石で作られた小さな四葉のクローバーが、円型にデザインされた輪の周りに飾られた大きめのブローチ。


(クローバーをこの輪から外してペンダントにしようかしら? ……いや、ペンダントにしてはクローバーが小さすぎる。アリスが帽子の飾りにいいかもとか言ってたわね。……いや、金具部分が壊れているんだもの。どうやってつけるの? って話。専門家じゃないし、金具が壊れているんじゃ、ブローチのままでは使えない。……うーん……)


 眉をひそませて考えていると、


「お困りかな?」

「ひっ!!」


 隣で、足を組んで堂々と座るドロシーがあたしに言ってきた。びくっと肩を揺らして、ドロシーに振り向く。緑の目と目が合う。


「ドロシー!」

「ふふ! 幸せを呼ぶ魔法使いの登場さ!」


 ぱんぱかぱーん!


 胸を張るドロシーに、あたしはぎろりと睨んだ。


「誰のせいでこうなってると思ってるの……? このブローチを見て何か思うこと、あたしに言う言葉はないわけ……?」

「テリー」


 ドロシーが真剣な眼差しで、あたしの肩に手を置いた。


「頼んだよ」

「この野郎おおおおおお! よくも面倒くさいことをしてくれたわね! なんであたしがこの世界で『リサイクル』をしないといけないのよ!!」

「これに関しては言い訳をさせてくれ。今朝のことだ。屋敷に訪問してきた君のお母様の客人のちびっこキッズたちがいてね、暇を持て余したのか、僕のハッピー・キュート・プリティ・ベイビーで繊細な尻尾を掴んで遊び回ろうとするから、僕は、そりゃあ、もう、カカシの知恵とブリキの心とライオンの勇気を強く持って、死にものぐるいで逃げて、あ、ようやくメニーの部屋についたぞと思って逃げ込んで、テーブルの上に逃げて、よし、もう大丈夫。と思って足を伸ばしたら、偶然そこに置かれてたブローチを蹴っ飛ばしちゃって、すってんころりんところがどっこい。万有引力の法則の元、床に落ちてしまったというわけさ」

「他の場所に逃げなさいよ……。裏庭とか色々あったでしょ。なんでわざわざメニーの部屋のテーブルなわけ……?」

「一番子供達を近くで見下ろせる場所だったのさ。僕が君達人間を見下ろすのが好きなこと知ってるだろ? なかなかいい眺めなんだよ。いつになってもね」

「悪趣味」

「メニーのブローチを犠牲に、僕は生き延びれたのさ。そのブローチには感謝してるよ」

「気付け! 落とす前に気付け!! 登った時点で気付け!!」

「だって! 足元にブローチが置かれてるなんて、誰が気付くんだよ! こっちは必死に逃げてきたんだよ!? 君だって雪の巨人に襲われた時、目の前しか見えなかっただろ!? 同じだよ! 目の前しか見えなかったんだよ! 視界がこーーーなってたんだよ! まーーっすぐ向いてたんだよ! 視野がこーーんくらいしかなかったんだよ! 魔法使いは、頭の後ろと背中にも目があるなんて思ったら、大間違いだからね! 目は顔にしかないんです! 二つのおめめがここにキラキラ設置されてるだけなんです!! 後ろなんて知らないよ! 下がって伸ばして進んでさ! 一歩下がって二歩下がる! いいないいな魔法はいいな! 歩こう歩こうあなたは元気! 明日は明日の風が吹く! ガキどもやったぜ! ざまあみろ! って思ってたら、とん、ってやっちゃったんだよ。とんって」


 ブローチころころどっぴんしゃん。メニーが叫んで、さあ大変。


「僕の選択肢は一つだけ!」


 そう!


「逃げること!!」

「偉そうに言うな!!」

「知らないの!? 世の中逃げたもん勝ちなんだよ!? ほとぼりが冷めるまで逃げ続けたよ! もうね! メニーと目が合った時の戦慄は、僕は忘れることが出来ないよ! ぞっとしたよ! やってしまったと絶望したよ!」


 でもね!


「ここが君とメニーの、決定的に違うところさ。テリー」


 さっき、こそこそメニーの前に出てきたら、メニーが心配そうな顔で僕を抱き上げて、こう言ってきた。


「ドロシー、探したんだよ? 怪我はない? 痛いところは?」


 にゃあー。


「うふふ。良かった。元気みたいだね。ブローチなら気にしないで。お姉ちゃんが何とかしてくれるから!」


 その瞬間、あたしの背中に、プレッシャーという鉛が空から落ちてきた。


「僕も、テリーなら何とかしてくれると信じているよ!」


 その瞬間、あたしの頭に、プレッシャーという槍が空から落ちてきた。


「だって! 君は今! メニーと城下町の人達への! 罪滅ぼし活動中だからね!」


 その瞬間、あたしの脳天に、プレッシャーという岩が空から落ちてきた。


「頑張りたまえ!! 良きに計らえ! 愛し愛する! さすれば君は? 救われる!」

「……」


 あたしはブローチを見下ろして、顔を青ざめる。


(これ……思った以上に、上手な『リサイクル』が出来ないと、やばいやつじゃ……)


 あたしの脳裏に、リサイクルの完成品を見たメニーの顔が思い浮かべる。


「えー!? 何これ! お姉ちゃん! こんなの作ったの!? 前の方がよかった! ……酷いよぉ……。……私のブローチ、こんな風にして……悲しい……めそめそ……」


 それを見たリトルルビィがこう言うのだ。


「テリー……これはちょっと……酷いんじゃない……?」


 それを見たアリスがこう言うのだ。


「ニコラ、ちょっと妹に対して酷いんじゃない?」


 それを見た裁判長がこう言うのだ。


「我らのプリンセスを悲しませたテリー・ベックスに判決を出す!」


 リオンが立ち上がって叫ぶのだ。


「テリー・ベックスを死刑に!!」

「うがあああああああああああああああ!!!!」


 あたしはテーブルを手で叩いて弾いてまた叩いた。


「てめえら! なんでもかんでもあたしのせいにしやがって!! 悪いのはドロシーよ!! 悪いのはドロシーよ!! 犯人はこのいんちき魔法使いよ!!」

「というわけで、情報共有の時間といこうか。ニコラちゃん」

「くうううううううううううう!!!」


 ぎっ! とドロシーを睨む。

 ふふっ! とドロシーがあたしを見る。


 レオが来ていない今、話し合うチャンスだ。ドロシーがテーブルに肘を置く。


「上手くいっているようだね。リオンとのこと」

「言われた通りにしてるわ」


 あたしはむくれながら腕を組む。


「日曜日……だったかしら。偶然お使いの途中で会ったのよ。あいつに」

「どうやって近づいたんだい? 君達、最近この時間に色々やってるよね?」

「何? 見てたの?」

「時々ね。で、どうだい? リオンとの生活は」

「……ドロシー」


 これは、違和感だ。


「歴史が少し変わってない?」

「ん?」


 ドロシーがきょとんとする。あたしは眉をひそめる。


「リオンは、キッドにコンプレックスを抱いてる。それも、酷いくらいの劣等感を抱いてる」


 あたしは足を組む。


「まだほんの少ししかリオンと行動を共にしてないけど、何となく分かった。あいつ、キッドに比べて相当不器用なのよ」

「ああ。彼って優しくて不器用だよね」

「リオンって、どちらかというと、庶民寄りな気がする。貴族って柄じゃない。キッドも平民のふりして過ごしてただろうけど、思い返してみれば、自分が王族であることを自覚してる感じだった。それに対して、リオンは王族であるにも関わらず、やること為すこと、そこら辺にいる男の子と変わらない」


 多分、


「平民としてなら、彼は相当正義感のあるヒーローだけど、王族ではそれが通用しない。それが当たり前だから。この世界で死ななかったキッドが平然とそれをやり遂げてしまったから。だから彼はヒーローにはなれない。キッドがリオンよりも前に、リオンがやろうとしていたこと、考えもしなかったことを自分から気づいて、全部やってしまったから。だから今のキッドがいる。今や国が求めてるのは、リオンよりもキッド。そのキッドに、リオンは子供の頃からコンプレックスを感じてる」


 今まで、自分が皆の王子様だったのに、馬鹿王子呼ばわりされていると、落ち込むくらい。


「手柄が欲しいらしいわ。街で起きている事件を解決して、城に持ち帰って、11月に開かれるパーティーで証明してみせるんですって。自分がキッドにも劣らない素晴らしい王子様だって」

「……それ、リオンが言ってたの?」

「言ってた」


 ドロシーが眉をひそませるのも分かる。


「あたしだってびっくりしたわよ。何事かと思った」


 で、


「なんでか、どうして、よく分からないけど、あたし、彼に気に入られたのよ」

「気にいられた?」

「彼曰く、会った瞬間にぴーんときたって。あたしが自分を正しい道へ導く人だとか」

「君が? 何を見てそう思ったんだろうね?」

「あたしにも分からないけど」

「でも悪い印象ではないんだね。良かったじゃないか」

「何がいいのよ。あたしはごめんよ。離れられるなら今すぐにだって離れるわ。あいつに何されたと思ってるのよ」


 ドロシーをじっと見る。


「思い出すだけでもおぞましい。お仕置きという名の拷問の提案は全部あいつ発信よ。あたしが8人でやる部屋の掃除を押し付けられて、時間内に終わらせられなかったり、囚人の新人が言うこと聞かなかったり、何かがあれば、関係ないことも、全部あたしのせいにされた。アメリがまだ生きてた時は、二人で拷問を受けたわ。鞭打ち、水責め椅子、街でのさらし者には何度もされた。唯一、鼠達の拷問だけが救いだったわね。鼠を可愛がっていたから、彼らは飢えてても、あたしには何もしなかった。あたしを安心させたかったみたいで、お腹をぺろぺろ舐めてくれてたわ」


 悲鳴をあげて、拷問を受けているふりをしていたけど。


「それらの提案は、全部リオン」


 あいつは正義の味方だった。


「悪女と呼んで、あたしをいたぶっていたぶって、散々なぶり殺して」

「それを愛するメニーのためだと信じて」

「正義の鉄拳を振りかざした」

「このあたしにね」


 そんな奴を、誰が受け入れられる?


「確かに、メニーを散々虐めたわ」

「確かに、メニーを散々馬鹿にして、コケにして、嘲笑ったわ」

「だけど」

「あたしはそこまで、悪いことをしたのかしら」

「だからあそこまで、憎まれたのかしら」


 あたしは罪を犯した。重罪でなければ憎まれない。散々嫌なことをしたからこそ憎まれた。メニーに、リオンに、商店街の人々、国に。皆に。全員に。


「あたしは」


 ただメニーに、


「あたしは」


 ただリオンに、


「あたしは」

「あたしは」

「あたしは」


 何を祈ったか、

 何を願ったか、

 そんなのは、もう、関係ない。

 そんなのは、もう、過去の出来事。

 そんなのは、もう、消えてしまった。

 そんなのは、もう、忘れてしまった。


 あたしが覚えているのは、恐怖と、憎しみと、恨み。


「ふふ」


 あたしは笑った。


「くくくくくくくく!」


 あたしは笑った。


「おほほほほほ!」


 ドロシーが顔をしかめた。


「君が笑う時は、大抵ろくな考えをしていない時だ」


 ドロシーがあたしを見つめる。


「また何を考えてるの?」

「ドロシー。だって、笑えてくるわ。散々あたしを恨んで忌み嫌ってきたリオンが、そのあたしに一緒にいてくれって、あいつから頼みこんできてるのよ? あっははははは!」


 ああ、笑いが止まらない。


「この強運を今使わず、どこで使えって言うの?」


 使用してやる。利用してやる。


「あたしの未来のために、リオンを運用活用使用利用しまくるのよ」


 ドロシー、よく聞くがいいわ。あたしの素晴らしいこの作戦。


「あいつに手柄を取らせれば、王としての期待がリオンに向けられる。そうすればキッドは焦るでしょう? あたしなんかに目を向けなくなるわ! そうなったらどうなる?」


 にやりと笑う。


「そうよ。あたしは自由になるのよ。婚約解消。そしてあたしはリオンの協力者。つまり、あたしはリオンの恩人になるのよ。メニーにも良き姉として扱われる。あたしの信頼は絶対よ。これにて、死刑絶対回避が実現するのよ!」


 拳を握る。


「いける。いけるいけるいける!! あたし! 今度こそいけるわ!! これで自由になれる!! 今度こそ、罪滅ぼし活動を卒業できるのよ!!」

「……。……またひねくれたことを思いついたね……。君」

「だって、何が悪いのよ? あたしはあいつが手柄を取りたいなら、取らせてあげるって言ってるのよ? あたしが導いてあげるわ! あいつの馬鹿な正義感を利用して、利用して、利用しまくってやるんだから!」


 あたしの目には、恨みが映っている。


「あんなのが初恋だったなんて、笑える」


 あたしの目には、憎しみが映っている。


「あんなのに胸をときめかせていたなんて、笑える」


 あたしの目には、哀れな復讐が募っている。


「安心なさいな。ドロシー、別に悪いことなんて考えてない。あくまで、お互いにメリットしかないから、あたしはあいつの傍にいるのよ。分かるでしょう? あんたの小さな子猫ちゃんの脳みそでも理解出来るでしょう? 何も、あたしはメニーとリオンの邪魔をしようとも思ってない。二人はお似合いよ。美男美女。素敵じゃない。うっとりするほどお似合い。ああ、最高。あたしが入る隙間なんて、これっぽっちもない。リオン様大好きって言ってたあたしは、もういない」


 ドロシーを見る。


「これでいいでしょう?」


 ドロシーがあたしを見る。


「これで良かったんでしょう?」


 目が合う。


「これで安心でしょう?」


 断言する。


「11月を過ぎたらあたしは、もう二度とリオンには会わない。あいつは手柄を取って、勝手にメニーと出会って、結婚でも何でもすればいいわ」


 ああ、それと、


「この世界では、ちゃんと子作りするといいわね? あの二人」


 微笑んで言えば、ドロシーが顔をしかめた。


「……またデリケートな話題を……」

「メニーが病気だったわけでもないのよ? リオンも至って健康。なのにメニーとリオンはセックスもせずに、子供は皆、養子。処女を貫いたあいつを、なぜ皆、聖女の王妃だと崇めたの? あたしには理解出来ないわ。いかれてる」

「あの二人にはあの二人の事情があったのさ」

「あんたは知ってるの?」

「親友だからね」

「そう」


 大した事情でもないくせに。詮索はしない。メニーのことなんてどうでもいい。リオンのことなんてどうでもいい。あの夫婦に興味なんてない。むかつくだけだ。


「話を戻すわ」


 夫婦の話から、リオン単体の話へ。


「ドロシー、つまり、今の状況で言うと、リオンの妹役として、あたしは彼の傍にいるの。あいつの部下でもない、そこら辺にいそうな町娘がリオンといることで、彼は街を歩く際、平民として誤魔化すことが出来る。あたしの方が彼よりも城下町について詳しいし、道案内も出来る。彼はその代わり、28日の惨劇を止める協力をしてくれるそうよ」

「……なるほど。そういうことか」

「傍にいるからリオンを見張れる。あたしにとっても都合がいい。分かれ道だらけの歴史がいい流れに繋がるかもしれない」

「……キッドは、王になるために色々してるんだろう? いいのかい? 今回、リオンに手柄を取らせたら、キッドの立場が危うくなる可能性もあるんじゃないの?」

「知らない。王になりたい人は、勝手になればいいんじゃない? 今はとにかく、キッドがあたしよりもそっち優先になるためには、リオンに手柄を取らせる必要があるのよ。だったら28日の件を任せてしまえばいい。一度目で彼が英雄になったように仕向ければ、あたしの作戦が上手くいけば、今度こそ、あたしは全てから解放されるわ」

「……はー……」


 ドロシーがわざとらしいため息をついた。


「これ以上良い手はないわ。お互いにデメリットもない」

「君の悪知恵には毎回うなされるよ」


 ドロシーがこめかみを押さえた。


「リオンを助ける、方じゃなくて、利用する、方になるとは思わなかった」

「あいつが手柄を欲しがってるのよ。丁度いいじゃない」

「だって、君、ファースト・キスも、デートも誰ともしないで牢屋に入るほど、リオンのことが好きだったんだろ?」


 あたしは片目を痙攣させて、鼻で笑い飛ばした。


「若かったのよ。もうそんな感情無いから安心して」

「愛しさ余って憎さ百倍ってやつかな」

「誰が」

「君は一度目の世界で、恋をまともにしなかったんだろ? ずっと一途に恋をしていたから」


 緑の瞳がゆらりと揺れた。


「テリー、君って一つのことによく囚われるよね。この人が好きだと思ったら、ずっと好きだし、友達だって一人一人大切にする。自分とは比べるけど、他人と他人を比べたりしない」

「何が言いたいの?」

「君は想いを抱いたら、深く抱いてしまう。そこが君のいいところでもあるし、悪いところでもある」


 ニクスが好き。アリスが好き。リオンが好き。ずっと好き。大好き。大好き。大好き。お慕いしてます。リオン様。


「君ってつくづく不憫だね」


 ドロシーが微笑んだ。


「どれだけ恋焦がれても、どれだけ愛しても、君の想いは届かなかった。リオンは君の運命の相手ではなかった」


 君は、深くリオンを愛した。愛した。愛したけれど、


「君とリオンは結ばれなかった」

「うるさい」


 あたしはドロシーを睨んだ。


「昔のことなんて覚えてないわ。今のあたしは、あいつに恋の『こ』の字すら浮かべることはないんだから」

「でも、彼に協力するんだ?」

「あたしの未来のために利用してやるのよ」

「君さあ、もうちょっと可愛い考え方出来ないの? 愛し愛する。リオンを愛してメニーを愛する。街の皆を守るために、リオンに協力してもらうのよって」

「はっ!」


 また、鼻から笑った。


「あいつには利用価値しかないわ。見てて。何度も言うけど、あたしは、あの正義感をうまく使ってみせるから」

「ああ……。もう、なんでこうなるかなあ……」

「いいじゃない。これで28日のことは心配ない。別に犯人は中毒者でもないんだから、キッドじゃなくても解決出来るはずよ」


 そしてリオンとはグッバイさよなら! おほほほ!


「ブローチだって、あたしなりに上手いことやってみせるわ。……これで死刑になったら、あんたのせいだからね」

「そんなことくらいで死刑にならないよ……」

「どうだか。メニーの考えていることは理解できないのよ。笑ってると思えば怒ってるし、怒ってると思えば笑ってるし、あの気分屋、本当に許さない。一生許さない」

「でも、メニーのために作るんだ?」

「死刑回避のためよ。いいものを作るわ」

「……応援してるよ。テリー」


 ドロシーが立ち上がる。


「とりあえず、君はリオンの傍にいて、彼に何かがあっても助けられる位置にいる。それを継続だ。リオンとメニーと、そのブローチ、自分のために頑張りたまえ! よし、とっておきの応援の唄を君に与えよう! フレフレ! テリー! がんばーれ!」

「……報告は以上。28日の手掛かりは、特になし。殴られたくなかったらそのぽんぽんをしまいなさい」


 ドロシーが持ってたぽんぽんを捨てた。


「……で? あんたの方は? 何かあった?」

「うーん。あると言えばあるけど……」


 ドロシーが眉をひそめる。


「調査中かな?」

「調査中って、何が?」

「いや、今ちょっと、君のお屋敷でおかしなことが起きててね」

「おかしなことって?」

「実は……」


 ドロシーが言いかけた直後、


「うーん……感動的だ……」


 その声に、はっと振り向く。レオが、難しい顔で、雑誌を眺めながらこちらに歩いてきていた。横を向くと、ドロシーは既にいなかった。


「これは……永久保存だな。いやあ、これは買ってよかった。人生で最高の買い物をした。よし、仕方ない。この雑誌を作ってくれた会社の利益のためにも、もう一冊買ってくるか!」


 ごん!


「いってっ! いって!! 木が! こんな所に木が!! 誰だよ! ここに木を植えた奴! ……わお……。……素晴らしい木だな。うん。立派だ……! なんて立派なんだ……!」


 一人でぶつぶつ呟いて、一人で勝手に感動するレオを、ガゼボからじとっと眺める。


「……あんた何やってるの」


 声をかけると、レオがガゼボにいるあたしに気付いた。表情がぱっと明るくなり、あたしに手を上げる。


「やあ、ニコラ! 今日は君が先に来たんだね」

「……何それ?」

「そうだ。ニコラにあげるよ。僕はもう読んだから」


 ガゼボに入ってきて、雑誌を大切に手渡される。表紙には、『ミックスマックス特集! 今日の君もハイハイミックスのマックステンションだぜ!』と書かれていた。

 あたしの顔が嫌悪に歪む。


「いらない」

「遠慮は不要」

「いらない」

「大丈夫。汚しても怒らないよ」

「いらない」

「君もミックスマックスに触れる機会だ。さあ、恐れずに一緒の一歩を踏み出すんだ」

「いらない」

「そうだ。恐れないで。ミックスマックスのために。ミックスと、マックスだけが、友達さ」

「歌うな」

「帰ってから読むといい」


 レオがそう言って、あたしの横に回り、置いていたリュックのチャックを開けて、雑誌を中に入れて、チャックを締める。


(うっ!!)


 その動き、わずか0.1秒。


(ざ、残像が!)


 リュックを持ってみれば、雑誌の重さがずしっとのしかかる。


(いらない……。何も嬉しくない……)


「さあ、雑誌も渡したところで、今日も手柄探しの冒険に出発だ! 準備はいいか? 妹よ!」

「……今日はどこに行くつもり?」


 ブローチをリュックにしまって、むすっとしながら訊くと、レオが考える。


「そうだな。西区域なんてどうだ?」

「西区域……」


 提案されて、立ちながらあたしも考える。


(明日、アリスと入るかもしれない喫茶店も探しておきたいし……)


「そうね。いいわ。賛成」

「よし、きた! 行こう!」


 レオが明るい声を弾ませ、


「おっと、その前に」


 レオが出入口を通せんぼをし、ガゼボから出ようとしたあたしを出れないようにする。あたしは背の高いレオを、じろりと睨み上げる。


「何?」

「ニコラ、今日こそ呼んでもらうぞ」


 さあ! 言うんだ!


「レオお兄ちゃん、今日も一緒に出かけましょう! はい! 復唱!」


 あたしは空に指差した。


「あ、何あれ」

「え?」


 レオが空を見上げた直後、その片足を思い切り踏んづける。


「ぃだんっ!!!!!!」


 レオが悲鳴をあげ、足を押さえてうずくまる。


「絶対血管切れた! 今の絶対血管切れた! ああ! 血管が切れた! 内出血が起きたかもしれない!」

「先に行くわよ」


 とことことこ、と先に歩くと、レオが立ち上がる。


「待て。ニコラ、ちょっと待って。足が痛いんだよ。いてて、容赦ないんだから、ニコラってば。見てろ。明日絶対青くなるぞ。僕は分かってる。絶対この部分青くなるぞ。明日になったら青くなってるぞ。だってすごく痛かったもん……」


 レオが涙目であたしを追いかけてくる。あたしは気にせず歩く。


 さあ、今日もレオお兄ちゃんと、ニコラちゃんの、手柄探しの冒険の幕開けだ。





 ――利用してやる。








 あたしの口角が、にんまぁりと、上がった。


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