第19話 10月14日(2)


 12時。中央区域。マンション305号室。



 イングリッシュ・マフィンを頬張っていると、ソフィアの視線が痛いほど突き刺さってくる。ちらっと見れば目が合うし、目が合ったら目が合ったで、ソフィアが嬉しそうに微笑む。


(……視線が痛い……)


 じいいいいいいいいいいいいっと見られる。

 じいいいいいいいいいいいいいいいいと見られている。


「ソフィア」


 じろりと、正面にいるソフィアを睨む。


「食べづらい」

「食べづらい?」

「見るな」

「それは無理な頼みだ」


 ソフィアが妖艶に微笑む。


「テリーが私の視線を盗んでしまった。返してくれないと、私は君を見るのをやめることが出来ない」

「返すわ。はい。どうぞ」

「残念。視線が返ってこない。ならば仕方がない。私は一生君を見続けよう」

「結構よ。邪魔」

「テリー、どう? 美味しい?」

「悪くない」


 もぐもぐ。

 食べると、ソフィアが黙ってあたしを見つめる。


「……。……」


 もぐもぐ。

 ソフィアが黙ってあたしの口を見つめる。


「……。……」


 もぐもぐ。もぐもぐ。ごくり。あーん。ぱくり。


「ああ、駄目。我慢出来ない」


 ソフィアがあたしの手に、そっと手を重ねた。なでなでされる。


「すべすべ」


 なでなで。


「柔らかい」


 にぎにぎ。


「はあ……」


 ソフィアがため息を漏らした。


「テリー、いっぱい食べてね」

「ん」


 もぐもぐ。

 ソフィアが皿を差し出した。


「ねえ、テリー、サラダも食べて」

「もぐもぐ」

「ほら、スープも」

「ごくごく」

「マフィンも」

「……そんな一辺に食べれない」


(餌付けされてる気分)


「だって」


 ソフィアがうっとりして、またあたしを見つめる。


「テリーの食べる姿がすごく可愛いんだもの。ほら、ほっぺたが兎みたいに動いて。ああ、可愛い。また動いた。ねえ、恋しい君。ハロウィンの仮装は決まった? 兎? ねえ、兎着るの?」

「薄々気づいてはいたけど、あんた絶対兎好きでしょ。隠れ家でも変な帽子持ってたし」

「君は特に似合うんだよ。ねえ、着るの? 兎の仮装着るの?」

「着ない」


 あたしは眉をひそめる。


「仮装自体、まだ何にするかも決めてないのに」

「へえ?」


 それを聞いたソフィアがにやりとした。


「それは良いことを聞いた。……テリー」

「ん?」

「仮装の衣装、沢山あるんだ。選んでいかない?」

「……衣装?」


 もぐもぐ。


「決まってないんでしょ? なら、ちょうどいい。教会に寄付するつもりだったんだ。どれか一つくらい、君にあげる」

「……くれるなら見ていく」

「あげるよ。恋しい君にぴったりのやつをね」

「食べ終わったら見るわ」

「うん。そうして」


 ソフィアもようやくイングリッシュ・マフィンに口をつける。もぐもぐ。畜生。食べ方まで綺麗じゃない。


「……」


 ソフィアの手に目をやる。ソフィアがあたしの視線に気付く。


「ん? どうしたの? テリー」

「その焦げ痕どうしたの? 火傷?」

「ああ、これ?」


 ソフィアが手を上げて見せた。


「キッド殿下が、突然襲ってきたもんだから」


 ソフィアがいやらしく笑う。


「久しぶりに、お相手をさせていただいた」



 チャキッ。


 ――お前、よくも俺のものに手を出したな。

 ――何の話でしょうか? キッド殿下。

 ――ソフィア、今なら許してやる。ごめんなさいを千回だ。

 ――嫌ですね。剣なんか構えて。怖いじゃないですか。

 ――ソフィア。

 ――何をそんなに睨んでいるのですか? 殿下。

 ――そういう態度なら、俺も容赦しないぞ? ね、ソフィア。俺はさ、平和主義者なんだ。無駄な争いは出来るだけ避けたいんだよ。

 ――ならば、簡単な方法があります。あなたが諦めればいい。

 ――あのさー、ソフィア。……テリーは俺のものだ。手を出したら、本気で怒るぞ。

 ――殿下、一方的な愛は冷めやすいんですよ。

 ――お前に言われたくないね。

 ――女というものは、強引にいけばいくほど、惹かれていくものですよ。

 ――テリーがお前を選ぶとでも?

 ――まさか、恋しい君があなたを選ぶとでも?

 ――選ぶさ。

 ――身の程知らずめ。青二才。テリーは私のものです。そして、私はテリーのもの。あなたのものではない。

 ――……。

 ――くすすすすすす!!

 ――……。……。……。……っ!


 ばこんどかんどどどどしゃきんしゃきんずががががどどどどだだだだしゅしゅしゅしゅどっかん花火の舞ぎゃーーー! 誰かリトルルビィを呼んでくれーーー!



「隣国に行かれてから、さらにお強くなられた。ああ、怖い怖い」


 ソフィアが余裕な顔で手の甲を撫でた。あたしは顔を引き攣らせる。ソフィアがそれを見て、また微笑む。

 

「気にしないで。あの人は自分の思う通りにならないのが気に入らないだけだから」

「……知ってる」

「リトルルビィがいなければ、良いところまでいってたんだけどな。くすすす!」

「……」


 あたしは関係ないわ。知らない知らない。もぐもぐ。牛乳をごくり。ふう。


「……ご馳走様でした」

「お粗末様です」

「お皿、どこに置いたらいい?」

「このままでいいよ」


 紙ナプキンで口元を拭う。ソフィアが首を傾げた。


「衣装見ていく?」

「見る」

「おいで」


 立ったソフィアについていく。部屋の奥にある扉を開けると、服で敷き詰められた服だけの部屋が視界に映る。


(あら)


 昨日の衣装もある。


「それ、昨日の?」

「うん」


 ソフィアが頷く。


「驚いたよ。テリーが西区域にいると思ってなかったから」

「……よくもキッドを止めなかったわね」

「くすす。アレね」

「ソリから下りた時点で止めるべきだわ」

「テリー。言い訳になるけど、私は止めようとしたんだよ」

「……え?」

「私だけじゃない。あの場では、私とリトルルビィが、それはもう今にも動き出そうとしていたよ。だって、キッド殿下が君に向かって歩いてるんだよ?」


 ソフィアの目が、ぎらりと光る。


「リトルルビィと目配せしたんだ。よし行こうって時に、周りに止められた」


 ――盗んでみせよう。殿下の進行を。

 ――ソフィア、駄目だ。今は駄目だ。

 ――ぐるるるる!

 ――リトルルビィ、駄目よ。絶対駄目よ。私達が殺されるわ!


「私のテリーがキスをされなくて良かったよ。はあ。良かった良かった。心から安心した」


(……私の、は余計よ)


「あんた達も大変なのね」

「大変だよ。でもそれが下に立つ者の宿命だから」

「あたしはごめんだわ」

「大丈夫。君の場合は私が抱っこして上に上げてあげるから」

「抱っこはいい」


 衣装だらけの部屋に入る。あたしが部屋の中心に歩けば、ソフィアが扉を閉めて――がちゃりと、鍵を閉めた。


「え」

「くすす」


 ソフィアの背中が笑った。


「くすすすすすすすすす」

「なっ……!」


 あたしはそれを見て、慌てて後ずさる。


「な、何よ! 鍵なんか閉めて、あんた、あたしに何する気!?」

「くすす……。テリーってば……。面白いくらい、君は隙だらけだよ……」


 ソフィアが、ぎろりとした目であたしに振り向く。


「私が何もしないと思ったの?」


 くすすすすすすすすすすすす!!!


「しないはずないでしょう……?」


 テリーが仮装の衣装を選ぶなんて。

 テリーに仮装の衣装を着せてもいいなんて!!


「何もしないはずがない!!」

「ソフィア! あんた、目が燃えてるわよ! めらめら燃えてるわよ!?」

「当たり前だ! こんな素晴らしいチャンス、またと無い!」


 ソフィアがぐっと拳を握り、あたしに微笑む。


「大丈夫。私は恋しい子には優しいんだ。安心して。すごく優しくしてあげる」

「いや、あの……」

「大丈夫」

「いや、あの……!」

「大丈夫!」

「いや、あの!!」

「大丈夫!!!!!」


 ソフィアが断言する。


「さあ、テリー、お着替えの時間だ」


 ソフィアがにやける。


「覚悟はいいね?」


 ソフィアの手が、体を震わせるあたしに伸びた。




(*'ω'*)




 ソフィアの手が、動く。

 あたしの肌に触れる。

 あたしのお腹を触った。



「……っ……んっ……」

「テリー……」



 耳元で、ソフィアの吐息混じりの声が聞こえて、ぴくりと、体が跳ねる。



「ひゃっ」

「くすす。……痛い?」

「……い、たく、ない……けど……」

「それは良かった」



 ソフィアの手が、するりと動いた。



「なら、遠慮なく」

「あっ! そ、そこは、……さっき触ったばかりじゃ……あんっ!」

「くすす……。……ここがイイところなんだよ……。……分かる? ……ここ」

「……あ、だ、だめっ……!」

「大丈夫。全部私に任せて……」

「ぁあっ……、そんな、そこ、は……!」

「可愛いね……。テリー……。恥じらう君は、もっと恋しい……」

「ソフィア……あ、あたし……」


 腰に巻かれたリボンを見て、呟く。


「海賊の格好なんて初めてだわ」

「ひゃーーう!」


 ソフィアが頰をぽっと赤くさせ、カメラを構える。


「可愛い可愛い可愛い可愛い!! テリー!! こっち向いて!」

「こっち?」

「そうそうそうそう! ハッピー! ラッピー! グッドネス!! その角度! そこ! この角度! ここなんです! ここ!!」


 ソフィアがシャッターを切る。


「……テリー、帽子触ってみて」

「こう?」

「そうそうそうそう! それ! そのポーズ! はい来た! これ! シャッターチャンス!!」


 ぱしゃぱしゃ小型カメラで写真を撮るソフィアは活き活きしている。


(普段大人しい分、ソフィアって興奮すると人が変わるわよね。……いい年こいて恥ずかしくないのかしら)


 何着目か分からない衣装を脱ぎ始める。


「ねえ、これでいいんじゃない? 海賊なんて新鮮で面白いかも」

「似合うよ。すごく似合う。でも、君は海賊って柄じゃない。というわけで、次」

「ええ……」


(脱ぐなら、なんでこれを着させたの……? ……あたし、もう疲れてきた……)


 じいっとソフィアを見上げる。


「ソフィア、次で最後にして。そろそろ本気で疲れてきた……」

「何言ってるの? テリー。君が着る仮装なんだよ? 私は責任重大な仕事を担ってしまったんだ。君も頑張って」

「たかが仮装でしょう」

「テリー、仮装をなめちゃいけない」


 一日ずっと、その姿で外に出回るんだよ?


「お化けのテリーなんて、可愛すぎて恋しすぎて、私の胸がはちきれてしまう! しかもそれで、ソフィア、お菓子ちょうだい? なんて言われるんでしょう!? いいよ! あげるよ! 私自身をあげる! テリーならいいよ! 私を盗むがいい!!」

「いらない」

「テリー、これは? これはどう?」


 ソフィアが勝手に持ってきて、また衣装を着る。メイド服に兎耳。


「あんたやっぱり兎好きでしょう」

「か、わ、い、いっ!!!」


 カメラでぱしゃぱしゃ撮られる。


「テリー、背中向けて、こっち振り向いて」

「こう?」

「そうそうそうそう! そこ! この角度! そこを維持でそのポーズ!」


 ソフィアがカメラを構えながらあたしにトレイを渡す。


「テリー、これ持ってこっち向いて首傾げて」

「こう?」

「そうそうそうそう! そのあどけさながいい! 最高! 素晴らしい! 私だけのラビット!!」

「……はあ」

「ああああああああ!! いい! その変態を見てくるような目がいい! 兎耳のメイドのくせに見下してくるその感じ! それ! それが欲しかったんですぅーーーーー!!」


(楽しそうね。ソフィア……)


 キッドが持ってたお古の小型カメラを渡したが最後。ソフィアの趣味はどんどん深くのめりこんでいった。カメラを顔から離して、ソフィアが呼吸を整えて微笑む。


「そういえばね、最近、キッド殿下に写真を現像する部屋を作ってもらったんだ」

「あんた、将来何になりたいの?」

「だって、現像するためにわざわざ専門店に行って、この恋しいテリーのフィルムを見せないといけないんだよ?」

「……そのフィルム、まさかキッドに見せたわけじゃないでしょうね」


 ソフィアがにこにこ微笑む。

 あたしににこにこ微笑む。

 あたしはにこにこした顔を見て、


「え?」


 顔を青ざめた。


「……ソフィア……?」

「テリー」


 カメラを置いたソフィアが微笑む。


「私とキッド殿下、どうやって仲直りをしたと思う?」

「……」

「昨日の敵は、今日の友だ」

「……」

「くすす」


 ソフィアが笑う。


「くすすすすすすすすす!」


 ぞっと、あたしの肌に鳥肌が立つ。


(……そういえばあいつ、前に写真撮影ごっこしようとか言ってたような……)


 どこだ……。あたしのネタはどこだ……。いよー。怒りがぽんぽんぽんぽんぽん。


「と、まあ、ここまで私の趣味に合った服を君に着せていたわけだが」


 ソフィアが一着、手に持ってあたしに見せる。


「君にはこれが一番似合うと思う」

「ん?」

「着てごらん」


 ソフィアに渡されて、兎の耳のカチューシャを外して、メイド服を脱いで、その衣装に着替える。


 猫フード。猫の手。猫の足。揺れる尻尾。首につけられる首枷。大きな作り物の手錠。


(あら、悪くないわね。ハロウィンっぽい)


 お化けの猫ちゃん。


「どう? 似合う?」


 くるりとソフィアに振り向けば、


「っっっっ!!!!」


 ソフィアが脳内をブンブン暴走させ、即座にカメラを構えた。


「テリー! それでにゃんって言うんだ! ソフィア大好きだにゃんって言うんだ!! さあ! 早く!!」

「その反応で理解した。これ、完全にあんたの趣味でしょ」

「あああああああ! 可愛い! 怒った顔も可愛い! テリー! 恋しいよ!!」

「可愛くない。あたしは美しいのよ!」

「可愛い! 可愛い! テリー! くぅああいい!!」


 ゆらゆら。


「はっ! そんな! 尻尾が! 揺れてる! テリー! 尻尾が揺れてる!」

「あ? 尻尾?」


 ゆらゆら。


「ちょっと見えない」


 振り向こうとしても尻尾が逃げる。


 ゆらゆら。


「……」


 ソフィアが口元を押さえて体を震わせた。


「尻尾を追いかけてる……。……本物の猫みたいに……」

「ソフィア、尻尾が見えないんだけど」

「テリー……恋しい……可愛い……恋しい……可愛い……」

「ソフィア?」

「くすすすす……」

「ちょっと、何笑ってるのよ」


 ソフィアが涼しい笑顔を浮かべた。


「テリー、こっちにおいで」

「……今度は何?」

「いいからおいで」

「何よ。情緒不安定な奴ね」


 とことこと歩いて、ソフィアの傍に寄る。


「ん」


 足が止まると、ソフィアの腕が伸びる。ぎゅっと抱き寄せられる。


「わぷっ」

「はーあ」


 ソフィアがあたしを抱きしめたまま、いっぱいの息を吐いた。


「……恋しい君。大好き」


 ぎゅうっと抱きしめられれば、ソフィアのはち切れそうなくらい膨らむ胸が、再びあたしの顔を埋める。


「むぐっ……!」

「このまま閉じ込めてしまいたい」

「……っ! ……っ!!」

「君を私の腕から出さずに、ずっとこのまま、時が止まってしまえばいいのに」

「……。……っ! ……」

「恋しい君。好き。大好き。もう、それ以上に好き。テリー。君だけ……」

「……。……。……」

「……あ、しまった」


 ソフィアが腕の力を緩ませる。あたしのおっぱいから顔が解放された。


「っっは!!!!」

「くすす。恋しい君。愛してる」

「てめ、この、馬鹿! もう少しで窒息するところだったわよ! どうするのよ! 死因がおっぱいに埋もれたなんて、そんな情けない死因絶対に嫌よ!!」

「私はテリーに埋もれて死ねたら本望だよ」

「お前は死ぬ前に家庭を持った方がいいわ」

「テリー……。……私との結婚を考えてくれてたなんて、……嬉しい」

「考えてないわ!」

「私はテリー以外と一緒になる気はない。この心はテリーのものだ」

「なら、返す」

「返品は不可だ」


 抱きしめられて、優しく頭を撫でられる。


「君が盗んだんだよ。私を」

「……よくもこんなでかいの隠して怪盗なんてやってたわね。感心するわ」

「胸は厚着をすれば意外と隠れるものだよ。盗む時なんてほんの一瞬だし」

「一瞬でレディ達にキスしてたの?」

「そうだよ」

「女のくせに?」

「紳士にキスなんて出来ないよ。恥ずかしいじゃない」

「……そこで恥ずかしがるの……?」


 眉をひそめて訊けば、ソフィアが真剣に頷く。


「当然さ。同じ女なら、しかも少女だったらキスをしたところで何ともない。面白かったよ。私を女と知らずに魅了されていくレディ達を見るのは、実に愉快だった」

「最低」

「大丈夫。それは私が悪党だった時の話。悪党って最低だから」

「ああ、そう」

「君に出会ってからは私はテリーだけ。だって、私はテリーのものなんだから」

「拾ったのはキッドでしょ」

「形上はね。でも、心は君のもの」

「ソフィア」

「私はテリーのもの」


 背中を叩けば、ソフィアが笑った。


「だから、何でも言って」


 ソフィアの髪の毛があたしに落ちてくる。


「テリーの望みは私が叶えてあげる」


 ハロウィンの衣装だって用意してあげるし、

 美味しいご飯も作ってあげるし、

 寝泊り出来るところだって作ってあげるし、


「誰よりも、君を愛してあげる」


 黄金の瞳があたしに向けられる。あたしは睨み返す。


「くすす。君はいつでも睨むんだね。でもその目も恋しい。君なら、全部恋しい」

「ソフィア、あんた疲れてるんでしょ。重症よ。そうだ。猫を飼いなさい。もしくは兎でもいいわ。犬でも何でも飼って、癒されなさい」

「ここ、ペット駄目だから」


 ソフィアが屈んだ。


「君が癒して」


(あ)


 ふに、と頬にキスをされる。


「ちょっ……」

「ちゅ」


 あたしの頬に口紅がついていく。


「ソ、ソフィア!」

「暴れない」


 ちゅ。ふに。ちゅ。ふに。


「お、お前、こ、こういうことしないって、言ったじゃな……!」


 むに。ちゅ。むに。ちゅ。


「こ、この、あたしが好き勝手されると思ったら、ちが……!」


 顔を押さえてくる手を握って離そうと力むと、片手が離れる。


(よし、きた!)


 しかし、あたしの手に逆らって、ソフィアの手があたしの腰を掴む。


(ん!?)


 固定される。


(げっ)


 またさらに唇を押し付けられる。


 ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ。


「~~~~っ!」


 羞恥に耐え切れず、目を閉じる。ぎゅっと唇を閉じて、ソフィアのキスに耐える。ふと、ソフィアが頬にキスをする。ソフィアが顎にキスをする。ソフィアが顎下にキスをする。そのまま下に、首に、顎下に、首へ、顎へ、耳へ、耳裏へ。


 ちゅ。


「んぅっ」


 びくりと肩を揺らすと、ソフィアの唇が止まった。腰を押さえていた手が、あたしの背中をなぞり、――優しく、撫で始める。


「……」


 優しく、撫でられる。


「……」


 猫を愛でるように、撫でられる。


「……」


 くたりと、ソフィアに身を預けると、ソフィアが嬉しそうにあたしを抱きしめる。耳元で、優しい声。


「テリー」


 恋しい君。


「君のためなら、この身を滅ぼしたって構わない」

「……そう言ってくれる殿方と付き合いなさい」


 ソフィアの背中を叩く。


「放しなさい」

「嫌なこった」


 ソフィアが微笑む。


「恋する心が満たされるまで、絶対離さない」

「……はあ」


 ため息をつき、ソフィアのされるがままになる。こういう時はね、身を任せた方がいいの。おら、撫でたいなら撫でなさい。優しくしなさいよ。なでなで。


「……」


 おっぱいが柔らかい。


「……」


 ソフィアの胸が、あたしに押し付けられる。


「ソフィア」


 ふと、そんなことを訊いてみる。


「胸って、どうやったら大きくなるの?」

「え?」


 ソフィアがぽかんとして、笑い出す。


「くすす!」

「笑うな」

「くすす! だって……」

「これだけ大きければ殿方だって寄ってくるでしょう? ドレスを着る時だって、とても見栄えが良いじゃない」


 あたしの胸を見下ろす。すとーん。もう一度ソフィアを見上げる。


「ねえ、どうやったら大きくなるの?」

「テリー、上目遣いでそんなこと言わないで。煽ってるの?」

「煽ってるの意味が分からないし、あたしは真剣に訊いてるのよ。見上げられたくなければあたしを抱っこしなさい」

「……」


 ソフィアがあたしを抱っこした。よいしょ。


「するんかい」


 ソフィアが満足したのか、あたしを下ろした。


「下ろすんかい」

「うん。意外と重かった」

「乙女に重いとか言わないでくれる?」

「テリー、胸なんてあっても、肩が凝るだけだよ」


 ソフィアがあたしの肩を撫でた。


「私は、今のままのテリーでも好きだよ」

「あたしの胸が成長しないとでも言いたいの!?」


 あたしの小さな胸。


「あたし、このままじゃ貧乳民になっちゃう! そんなの嫌よ!」

「恋しい君が悩んでる。ということは、私はテリーの願いを叶えなければいけない」


 ソフィアがにこりと微笑んだ。


「一つ、方法を知ってる」

「え?」

「前にも、図書館で言ったでしょう?」

「……メニーに止められて聞けなかったやつね」

「テリー、痛くても我慢出来る?」

「……痛いの?」


 フードの猫耳がへたれた。だけど、ソフィアがあたしの頭を撫でた。


「ほんのちょっとだけ。でも、大きくなるよ」

「大きくなるの?」

「テリー次第でね」

「……」


(……胸が大きくなる……!)


 あたしは目を輝かせて頷く。


「いいわ! そういうことなら我慢する! いくらでも我慢する!」

「よし、分かった。君が覚悟を決めたのなら、私も本気を出そう」


 ソフィアが右手をくわっと開いて、あたしに鋭い視線をぶつける。


「いいんだね? テリー」

「ええ!」

「いくよ」

「ええ!」


 ソフィアの手が、ぐわっと動く。


(うっ!)


 怖くて目を瞑る。


(……)

(……)

(……ん?)


 ちらっと、目を開ける。ソフィアの右手は、あたしの胸。


「ん?」


 きょとんと、瞬き。


「ん?」


 ソフィアの手が動き出した――直後、あたしは悲鳴をあげた。


「ひいいいいいいいやあああああああああああ!!」


 胸が揉まれる。

 女に揉まれる。

 いやらしく揉まれる。

 しつこく揉まれる。

 もみもみされる。


「な、何するのよ! この変態!!」


 体を離そうとすると、ソフィアに抱きしめられながら胸を触られる。


「いやあああああああああああ!!」


 逃げようとソフィアに背を向けると、お腹を抱かれて胸を揉まれる。


「ぎゃああああああああ!!!」

「くすすすす!」

「やめろおおおおおおおお!!」


 悲鳴に悲鳴を重ねて悲鳴を出す。


「いいいいいいいいやあああああああああ!!」

「ここでしょ? ここがいいんでしょ? テリー」

「やめてええええええええ!!!」

「こうしてあーして」

「いやああああああああああ!!」

「そうだともこうしてああして」

「うえええええええええええん!!」


 揉まれる。押される。なぞられる。


「あん!! だめっ! あん! あん!!」

「くすすすすすすすす!!」

「そんな! そこは! あん! だめえ!」

「ここをこうこうこうして」

「あっ! あんっ! いやん! あん!」

「さらにこうしてあーしてこうして」

「いやーーーーー!! ママあああああああああああああああ!!」


 ――5分後。


「はっ!」


 少し膨らんだ胸を見て、気持ちよさそうに汗を拭うソフィアに振り向く。


「何やったの!? ねえ、あんたこれ何やったの!?」

「マッサージ。胸って繊細でしょう? 老廃物を流すことで、膨らんだりするんだよ」

「マ、マッサージ、だと……!?」

「くすす。また今度やってあげようか? 君さえ良ければ」


 ソフィアがウインクした。


(……胸が、大きくなる)


 あたしは目を輝かせて、こくり! と頷いた。


「いいわ! そういうことなら! お前にやらせてあげてもよくってよ!」

「家に泊まってくれたら、もっと効果的なものも出来るんだけどなー?」

「いいわ! そういうことなら! 泊まってあげてもよくってよ!」

「くすす。そう」


 ソフィアが頷き、――黙り、じっとあたしを見下ろす。


「……マッサージには、つられるんだね。テリー」

「胸が大きくなるなら、痛くもかゆくもないわ!」


 プライドなんてぽーい!


「これであたしも巨乳の仲間入りよ! アメリ! メニー! 悪いわね! あたしはベックス家一番の巨乳令嬢になってみせるから! おっほっほっほっほっ! おーーほっほっほっほっほっほっ!」

「……ねえ、テリー。これは忠告。恋しい君は呑気で能天気で隙だらけだ。ちゃんと注意してね」

「麗しい! 美しい! このあたしに巨乳! が揃えば、完璧だわ! おーーーーーーーっほっほっほっほっほっ!!」

「……」


 ソフィアがくすっと笑って、こめかみを押さえた。


「キッド殿下、これは私を怒るわけだ……」


 微笑みながら、ソフィアが何故かため息をついた。


「……テリー、おやつ食べる? プディングがあるんだけど」

「……食べる」

「くすす。準備するから、着替えておいで」

「ん」


 あたしは衣装を脱ぎ始めた。


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