第13話 10月8日(2)

 11時。中央区域。



 言われた通り、三月の兎喫茶で作業するリトルルビィを置いてアリスと抜ける。奥さんから飴玉が入ったバスケットを一人一つ受け取り、傘を差して図書館に向かう。雨で濡れる道を歩きながら、アリスが図書館に因んだ話題をもってきた。


「ニコラ、あそこの図書館行ったことある?」

「あるわ。アリスは?」

「私も行くよ。それでさ」


 傘が雨を弾く。


「金髪の司書の人って知ってる?」

「………」


 あたしは一瞬顔をしかめて、眉間の皺をほぐしてから、アリスに微笑んだ。


「あーーー。……知ってる知ってる。あの、すうっごおおおく綺麗な人でしょ?」

「コートニーさん! ちょーーー美人よね!!」


(外見だけね)


 興奮するアリスに、心の中で呟いた。


「私ね、身長いくつあるんですか、って前に訊いたことがあるの!」

「……へえ。なんて言ってた?」

「182だって! 私も見上げちゃうのよ。でもね、なんて言うか、コートニーさんの場合、ただ見上げてるだけじゃないの。私、尊敬の目で見上げてるの。こんな女性になりたいって!」


(ならない方がいいわよ)


 あたしはアリスの方が好きよ。アリス。あんたの方が何倍も優しくて、笑顔の眩しい女の子よ。ソフィアよりも素敵だわ。


「もうね! 美しい! 体のラインやばいわよ! 見たことある!? もうね、こーーーーなってるの!」


 手の動きで形を表現するアリスに黙って頷く。


「学校でも時々話題になるんだけど、あの人なんて呼ばれてると思う?」

「……」

「そうなの! 図書館の女神って呼ばれてるのよ!」


 アリスの目がぽわんっとした。


「いいなあ……。女神かあ……。私も帽子屋の女神って呼ばれるような存在になりたいもんだわぁ……。ああ、憧れる……」

「……帽子屋の女神が?」

「なかなかハイセンスな呼び方でしょう?」


(ナンセンス……)


 あたしとアリスが水溜まりを踏んでいく。


「父さん、私が跡を継ぐことに関して、すごく心配してるし、諦めさせようともしてるけど、でも、だからこそ働きながら私も勉強してるわけだし。私、絶対認めさせてやるんだから」


 アリスが得意げに微笑み、足を進ませる。


「ニコラは、将来何かやりたいことある?」

「……あたしは」


 少し間を置いて、答える。


「……社長になるの」

「社長? ニコラが?」

「そうよ」

「なんで?」

「お金を稼げるから」

「お金を稼げるから、社長になるの?」

「あたし、やりたいことが沢山あるの。だから、社長になって、稼いで、安定した生活を手に入れたら素敵じゃない?」

「それはニコラがやりたいことなの?」

「そうよ。アリス。あたしはそれがやりたいの」


 パパの代わりに、あたしが家を守る。紹介所の社長として働いて、ママの仕事も全部引き継いで、ベックスの血を守る。破産なんかさせない。貴族としての血筋を守ってみせる。


「それがあたしのやりたいこと」


 皆が幸せになれる。

 あたしも、ママも、アメリも、ベックス家に仕える使用人達だって、生活が安定する。


(メニーはリオンと結婚して屋敷を出ていく)


 全てが残る。思い出も。パパの書斎も。ばあばのアルバムも。オルゴールも。……全部を守ることが出来る。


「すごいわね」


 アリスが純粋に微笑んだ。


「じゃあ将来、私がニコラに建物の中でも被れる帽子を作ってあげるわよ」

「アリス、帽子作れるの?」

「時間はかかるけど、任せて。ニコラにだったら低価格で高級なものを作ってあげるわ」

「へえ。本当に?」

「本当よ」

「それ、可愛い?」

「ええ。可愛いのを作ってあげる! ニコラにぴったりのやつね!」


 雨の雫に当たって、花が揺れた。


「10年後の仮面舞踏会にもそれで行くといいわ。ドレスに似合うの作ってあげるから。そうだ。11月にもお城でパーティーが開かれるんだって。招待状がないと行けないやつ」


(……レオが言ってたやつか)


 あたしの足が水溜まりを踏んだ。水が跳ねる。


「お金持ちばかりが集まるパーティーなんでしょうね」

「キッド様、誰かと踊られるのかしら……。ああ、見たい……。見るだけでいい……。あの美しいキッド様が踊るところをぜひ見たい……!」


(キッドの踊るところなんて見ても時間の無駄よ。アリス。それよりも友達のあたしと喋ってた方が楽しいと思うの。うん。きっと楽しいわ)


 だって、あたしは今の時間、とても楽しいもの。


「アリス、あたし、アリスの作る帽子を見てみたいわ」

「私の帽子? ふふっ! すごいよ? すごすぎて、腰抜かすわよ」


 アリスが胸を張る。


「父さんは認めてくれないけど、私はすごいと思ってるの。私がデザインする帽子は絶対流行るわ。確信もある。だって可愛いもん。好みは分かれると思うけどね。発表したら絶対バカ売れすると思うんだけど、なかなか機会がなくて。……上手くいかないものよね」


 焦っちゃいけない。私はまだ15歳だし、これから先チャンスはいくらでもある。


「そう思うんだけど……」


 アリスが地面を蹴った。


「同い年の子でね、めちゃくちゃドレスのデザインが上手い子がいるの。その子、昼間の学校に通ってる子なんだけど、これが超美人で、才能に溢れてるから、皆に人気があるの」


 それで、


「ドレスって、皆が着るものでしょう? だから、こんなドレスが欲しいって、女の子達が盛り上がるのよ。この間、その噂を聞きつけたドレスメーカーの人がわざわざ学校を訪ねに来たらしいわよ。その子に会うために」


 先生は自慢げに話してた。そんな才能溢れる生徒を持てて誇らしいって。


「でもね」


 アリスが不思議そうな顔をする。


「私には分からないの」


 アリスが首を傾げる。


「可愛い。確かにその子のデザインするドレス、とっても可愛いの。でも、……なんていうか、ありきたりって言うの? よく見るデザインだったりして、私は、そんなに好きじゃないの。好みの問題だと思うんだけど」


 アリスが首を振った。


「別に、その子を否定するつもりもないし、純粋にすごいなって思う。思うけど」


 だったら、


「私のデザインした帽子の方が、すごいと思うの」


 でも誰も認めてくれない。父さんに見せたら奇抜だって言われた。こんなの見たことない。こんなの帽子じゃない。現実的に考えて、作れる代物じゃない。


「その子は良くて、どうして私は駄目なの?」


 雨が降る。


「皆、いかれてるわ」


 アリスがあたしを見た。


「ごめんね。ニコラ。こんな話して。嫌な気分になった?」

「ううん」


 首を振る。


「そんなに可愛いなら、期待出来そう」

「ええ。期待していいわよ。ニコラも手放せなるくらいの帽子、作っちゃうんだから!」


(若いわね。アリス)


 まだ15歳だものね。


(自分の作るものはね、自分好みで作るから、好きだと思えるのよ)


 でも、評価をするのは自分じゃない。他人なの。他人が認めないと、それは作品ではない。商品にもならない、価値のないなんてことのない物になってしまう。


(他人が認めないと意味が無いのよ)


 だから練習したのよ。


(誰かが評価をするから)


 だから腕を動かしたのよ。


(誰かが聴いたら評価を始めるから)


 だから続けたのよ。




 結局、評価なんてされなかったけど。




「今までどんな帽子を作ったの?」

「あのね……」


 その瞬間、乱暴な馬車が道を横切った。


「わっ!」

「ぎゃっ!」


 アリスとあたしが悲鳴をあげた。横切ってきた馬車が水溜まりの水をあたし達に跳ね飛ばしてきた。バスケットは守ったものの、膝から下が泥水で濡れた。


「あー! 姉さんに怒られる!」


 アリスが去っていく馬車に怒鳴った。


「どこ見て馬走らせてるのよ! ばかーーー!!」


(あーあ)


 濡れた足元を見下ろす。


(じいじに怒られる……)


 パンツをつまんで引っ張った直後、横から叫び声。


「君達ぃぃぃぃぃいいいい!!!」

「きゃっ!」

「ぎゃああああ!?」


 再びアリスとあたしが声をあげる。二人で同時に後ずさると、黒馬が乱暴に横切ってきて、あたし達の前で立ち止まり、前足が上がる。


「ヒヒーン!」

「きゃああああ! ニコラ! 真っ黒くろのお馬ちゃんだわ!!」


 黒馬の足が水溜まりに着地した。跳ねた水が上から降ってきた。傘が水を弾いた。アリスとあたしが呆然と見上げると、紳士が黒馬に乗っていた。


「あら」

「あ」


 アリスとあたしが声をあげた。


 黒い髪の強面顔――リオンの部下――警察官のグレーテルが、雨でずぶ濡れになりながらあたし達を見下ろしていた。アリスがあたしに耳打ちをする。


「ニコラ、あの人、店の常連さんだわ」

「……何やってるんだろう」

「何やってるのかしらね」

「君達!!」


 グレーテルが大声をあげた。


「ドリーム・キャンディのお嬢さん方だな!!」

「あ、はい」


 アリスがこくりと頷く。


「そうですけど。……あの、雨の日に傘も被らず、何やってるんですか? びしょ濡れですよ」

「濡れているのは、君達じゃないか!!!」


 グレーテルが、カッ! と目を見開く。


「足元を冷やすと!! 体が冷えるんだ!!」

「ああ、これですか?」


 濡れた足元を見せる。


「さっき、乱暴な馬車が走ってきて、跳ねた水で濡れちゃったんです」

「なんだと!? か弱き乙女になんてことを!! 可哀想に!!」


 一番濡れているグレーテルが黒馬から下り、背負っていた鞄を開け、あたし達に水筒と雨で濡れたタオルをそっと差し出してきた。アリスが水筒を受け取って開けてみると、温かなお茶が入っていた。


「あとで、飲むといい」


 グレーテルがぐっと親指を立てた。


「頑張るんだぞ! 少女達よ!! 大志を抱け!!」

「ニコラ、今飲む?」

「いらない」


 アリスがグレーテルに微笑んだ。


「ありがとうございます」

「タオルもどうぞ!!」

「……ニコラ、いる?」

「いらない」

「……それ、濡れちゃってるので私も結構です」


 アリスが断ると、グレーテルがはっとして、鞄の中を見た。


「しまったああああああ! 全部濡れているうううう!」

「はっはっはっはっ! お前はやっぱり馬鹿だな。グレタ」


 アリスとあたしが顔を向ける。黒馬の後ろから兵士のスーツを着こなした男が、傘を差して歩いてきた。


「ふっ。すまない。マドモワゼル達。仕事中だったかな?」


(……あ)


「やあ」


 昨日、帰り道であたしのバスケットを盗もうとしていた銀髪男が、あたし達に涼しい笑顔を浮かべた。あたしを見て、男が自分の髪をなびかせた。


「ふっ! 可憐な小悪魔ちゃん。昨日はよくも可愛い悪戯をして、お兄さんを困らせてくれたね」

「え? ニコラ、知り合い?」

「アリス、気を付けて。あの人、泥棒よ」

「違う!」


 男が一瞬、くわっ! と目を見開き、すぐに笑顔に戻る。


「ふっ……。だがしかし、昨日は確かに、ちょっと強引だったかもしれない。失礼。まだ蕾のマドモワゼルには、お兄さんが魅力的すぎて、きっと驚いてしまったんだろう。そうなんだろう?」

「何この人。気持ち悪い。アリス、怖い」


 怖がるふりをしてアリスの背中に隠れると、アリスが仁王立ちしてあたしの盾になった。


「ちょっと! 何なんですか! 私の友達を怖がらせないで! 大声で人を呼ぶわよ!」

「ああ! 待った待った! どうか怖がらないで! マドモワゼル達! 大丈夫さ! 俺は国の兵士だよ。立派な兵士。本物の!」


(……ふーん)


 あたしはアリスの背中に隠れながら、男を観察して納得する。


(本物だったのね)


 兵士しか受け取れないバッジがスーツにつけられているし、この男が着ているスーツは、確かに兵士が着るスーツだ。


(ということは、昨日言ってたリオンの部下っていう話も嘘じゃなさそう。ふーん。こんなのが国の兵士ねえ……?)


 つくづく王族の関係者には失望させられる。変わり者が多すぎるのよ。ちょっとはまともな奴出てきなさいよ。あほんだら。


 兵士の男が、ずぶ濡れのグレーテルに傘を向けた。


「グレタ! お前のせいだぞ! お前のせいで俺まで変人扱いだ!」

「兄さん! まるで俺が変人のようじゃないか!」

「グレタ! 自覚がないのか!? お前は変人だよ!」

「兄さん! 何を言うんだ! 俺は変人じゃない! 警察官だ!」

「グレタ! そういうことじゃない! 人としてお前はおかしいと言っているんだ」

「兄さん! 人として俺がおかしいだと!? 何が面白いんだ! 言ってごらん!」

「グレタ! そっちのおかしいじゃない! 何嬉しそうににやにやしてるんだよ! 気持ち悪い!」


 顔を見合わせて言い争う二人を見て、アリスとあたしがきょとんとした。


「あれ?」


(ん?)


 アリスとあたしが瞬きをする。隣で並べば、よく似ているその顔。アリスが驚いたように二人を見比べた。


「あら、ニコラ、私、疲れてるのかしら。兵士さんと常連さんが同じ顔に見えるの」

「ふっ。そうさ。マドモワゼル。俺達は双子なのさ」


 兵士の男が笑いながら胸元に手を置き、ぺこりと頭を下げた。


「ご紹介が遅れました。まだ小さな蕾のマドモワゼル達。お兄さんはヘンゼル・サタラディア。こっちは弟のグレーテル」

「うむ!!」

「俺のことはヘンゼでいいよ。で、こいつのことはグレタでいいよ」

「兄さんは城下町の皆とお友達になることが夢なんだ!」

「弟は城下町の皆が笑顔でいてくれることが夢なんだ」

「そうだとも! だから困っている人達を放っておけない!」

「そうだとも。だから君達とももうお友達さ。仲良くしようね?」


 ヘンゼがにこりと笑い、グレーテルがカッ! と笑い、アリスが微笑んだ。


「なんか悪い人達じゃなさそうよ。ニコラ」

「……そうかしら」


 アリスがヘンゼとグレタに笑顔で一礼した。


「私、アリスです!」

「ふっ! 素敵な名前だ! よろしくアリス!」

「で、こっちがニコラです!」

「……」


 ヘンゼがきょとんと瞬きした。


「ニコラ?」

「はい。私達、中央区の商店街のお菓子屋さんで働いてて、今お使い中なんです」

「兄さん! とっても美味しいお菓子だぞ!」

「いつも買いに来てくださってありがとうございます」

「とんでもない!! いつも素敵な笑顔で挨拶をしてくれて、どうもありがとう!!」

「……ほお?」


 ヘンゼがにやりとした。


「働いてる、ね……?」


 にこっと笑顔。


「よろしく。アリスにニコラ。二人に会えて、お兄さんはとても嬉しいよ」

「兄さん! 不埒な目で二人を見るんじゃない! 実に下品だ!!」

「なんでお前はそういうこと言うかな!? どこが不埒だ!? 俺の美しい目のどこが不埒だ! 挨拶しただけじゃないか!」


(こいつ、不埒な目でアリスを見てるの!?)


 きょとんとするアリスの後ろからヘンゼを睨むと、目が合ったヘンゼがグレタに振り向いた。


「ほれ見ろ! お前のせいだ! 雨の雫ちゃん達が不審いっぱいの目で見てくるじゃないか! 俺のどこが不埒だ! 俺なんかよりもお前の方がずっと不審者なんだよ! 水筒なんか配ったりしやがって!」

「兄さん! 何を言っている! か弱い少女達が体を冷やすなんて駄目だ!! お巡りさんとして、見過ごすわけにはいかない!!」

「今日一日ずっと水筒とそのタオルを女の子達に渡してるだろ。お前、そんな顔してるんだから通報されても文句言えないんだからな!」

「兄さん! 俺はそれでいいんだ! 少女達が健康でいられるなら、背に腹は代えられん!!」

「寝言は寝てから言え!」


 ヘンゼが再びあたし達に振り向き、笑顔を浮かべた。


「ふっ。二人とも、そんなに警戒しなくていい。ハロウィン祭で事件が起きないか、兵士のお兄さんと」

「警察官の俺が!!」

「見張ってるだけなんだからさ」


 困ったことがあったら、いつでもどうぞ。


「しかし、我が弟ながらどうしようもない天然だな。グレタ。ほれ見ろ。タオルが濡れてるじゃないか。普通気づくだろ」

「くそ! 雨め! 俺と勝負をしようと言うのか! 受けてたとう!」

「雨と勝負をするな」

「この少女達は毎日俺のためにお菓子を売ってくれているんだ! その少女達が、足を濡らしている! 黙っておけん!」

「そうそう。実は、お兄さんもお菓子が大好きなんだ。今度、買いに行くよ。ああ、もちろん、買い物はついでで、君達の素敵な笑顔を見るために行くのさ。お兄さんはこの城下町皆とお友達だからね」

「俺は毎日買っている!!」

「知ってる。お前のデスク、お菓子でいっぱいなんだろう? この時期は特に」

「これでジャックが来ても大丈夫だ!!」

「……お前ジャックなんて信じてるのか?」

「兄さん! 怖いと思うから怖いんだ! おばけだってお友達になれる!! 俺はジャックとお菓子を食べて、お友達になるんだ!!」

「それは良い夢だ。さてさて、そんな理想はさておいて」

「本気にしてないな!? 兄さん! 本気になってないな!?」

「本気になるわけないだろ!! 都市伝説のおばけと誰がお友達になるって!?」

「都市伝説だと思うから都市伝説になるんだ! 俺はジャックを信じてるぞ!」

「あのな、ジャックなんてただの子供騙しに過ぎない。……ふっ! アリスとニコラもそう思うだろう?」


 アリスがあたしを見る。


「どう思う? ニコラ」

「アリス、この人絶対に不審者よ。言動がおかしいもん」

「大声出す?」

「出した方がいいかも」

「待った待った待った待った!」


 息を吸い込んだアリスにヘンゼがストップをかけた。


「ほれ見ろ! お前のせいだ! お前の変な発言のせいで、可憐なマドモワゼル達が引いてるじゃないか!」

「兄さん! 俺が水筒を少女達に配ってるからって、ヤキモチを妬くな!」

「ヤキモチ? お前は何を言ってるんだ?」

「兄さん! 認めたらどうだ! 兄さんは俺が少女達に取られて、嫉妬してるんだ!」

「はっはっはっはぁ……。……それ以上怒らせるんじゃないぞ……。グレタ。俺はこれでも我慢しているんだ……」


 怒りで震えるヘンゼがグレタを睨んだ途端、グレタの目がくわっ! と見開かれる。


「オオ! ロミオ!」

「ドントタッチミー!」


 ヘンゼの言葉に、グレタが頭を抱えた。


「オーマイゴッド!」

「ファンタスティック!」

「オー! ジュリエット!」

「ホワイドント!」

「ディス、イズ、ア、ペン!!」

「あら、もうこんな時間」


 アリスが時計台の時計の針を見て、とんちんかんな二人を見上げた。


「すみません。私達お使いの途中だから、もう行かないと」

「ああ。なんてことだ。馬鹿な弟が迷惑をかけてすまなかったね。マドモワゼル達」

「とんでもないです。あとでお茶飲みますね」


 あ。


「この水筒どうしたらいいですか?」

「ふっ。飲み終わったら捨てていいし、再利用してもいいよ」

「ニコラ、水筒いる?」

「いらない」

「じゃあ私貰うわね」

「ふっ。色々あったが……何とか和解したようだ。そんなところで」


 ヘンゼとグレタがあたし達に手を振った。


「道中お気をつけて」

「体を冷やさんようにな!!」

「お菓子の家に誘われても行かないように」

「ジャックの罠かもしれんからな!!」

「魔女の姿のジャックに殺されたりでもしたら、お兄さん達は泣いてしまうよ」

「鳩にも気を付けろ!!」

「パンの耳をどこに落としても、あいつらは食べるぞ」

「そんなわけだ!!」

「「道中お気をつけて!!」」


 二人で声を揃えて、あたしたちを見送る。アリスとあたしは歩き出し、とんちんかんな双子から離れていく。


「変わった人達だったわね。あんな人達、この国にいたのね」


 アリスが笑った。


「国に仕える人って、変わった人が多いのかしら? あはは!」

「……まともな人もいるわよ」


(……パパはまともだったわ)


 雨はまだ降り続く。


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