第12話 10月7日(1)


 のんびりな日曜日の昼時。


 ゆっくり起きて、じいじと部屋の掃除をして、美味しいランチを食べてからリビングでキッドのカードゲームで遊んでいると、黒電話が鳴る。


「ん?」


 あたしが顔を上げると、立ったじいじが手をあたしに向け、出なくていいと指示をする。あたしがまたカードゲームに視線を下ろすと、じいじが電話に出た。


「はい」


 じいじが返事をする。


「ああ、これは。お久しぶりです」


 じいじが敬語で会話する。


「はて、何でしょう」


 じいじが会話する。


「ああ。……ええ。さようです」


 じいじが頷いた。


「そうですか」


 じいじが頷いた。


「かしこまりました」


 じいじが微笑んだ。


「御意」


 電話を置いた。


「ニコラや、お使いに行ってくれんか?」


 じいじがあたしに振り向いた。あたしは再び顔を上げる。


「ん? お使い? 何?」

「今夜はシチューにしよう。材料を買ってきてくれ」


(あたし、今、ゲームの途中なんだけど……)


 不満な目をじいじに向けると、じいじが微笑む。


「頼めるかい?」

「ええ。行ってくる」


 良い子のニコラちゃんが文句も言わず、黙ってカードゲームを箱にしまうと、じいじがメモに買ってくるものを書いてあたしに差し出した。


「暗くならないうちに帰っておいで」

「何言ってるのよ。じいじ。ぱぱっと行って帰ってくるわ」

「ああ、鍵も忘れずにな」

「鍵?」


 きょとんとして、じいじを見る。


「どこか出かけるの?」

「ああ」


 じいじが頷く。


「だからお前に頼むんだよ。ニコラや」

「貴方って日曜日も働いてるの? 大変ね」

「なに、明日になればまた暇になるさ」


 じいじがバスケットと財布をテーブルに置いた。


「頼んだよ」

「はい」

「それと」


 じいじが付け足した。


「今、ロープは切らしてる」

「ロープ?」


 何の話? きょとんと首を傾げる。


「ロープも買ってくる?」

「いいや。メモのものだけ頼むよ」

「分かった」


 あたしは立ち上がる。


「行ってくる」

「馬車に気をつけての」

「はい」


 あたしはジャケットを取りに行くため、二階に上がった。



 罪滅ぼし活動サブミッション、シチューの材料を買ってくる。



(*'ω'*)



 13時。


 広場にたどり着き、中央区域の商店街に入る。


「いらっしゃい! いらっしゃい! 魚が安いよ!」


 魚屋が声を張り上げる。


「いらっしゃい! いらっしゃい! お肉が安いよ!」


 精肉屋が声を張り上げる。


「いらっしゃい! いらっしゃい! 野菜が安いよ!」


 八百屋が声を張り上げる。


(えっと……)


 メモを見る。ちらっと八百屋を見て、向かう。


「すみません」

「はいはいはいはい!」

「じゃがいも、大きいの」

「はいよ! じゃがいも、大きいの!」

「人参、大きいの」

「はいよ! 人参、大きいの!」

「玉ねぎ。普通の」

「はいよ! 玉ねぎ、普通の!」

「キノコ」

「どれがいい!?」

「それ」

「はいよ!」

「トウモロコシありますか?」

「あるよ!」

「お願いします」

「はいよ!」


 お会計! ちゃりん!


「ありあっとしたーーーー!」

「ありがとうございます」


 対応してくれたお礼を言って、次に行く。


(次は……)


 メモを見る。ちらっと肉屋を見て、向かう。


「すみません」

「はいはいはいはい!」

「シチューに使うお肉が欲しいです」

「鶏肉どうだい! いいのが入ってるよ!」

「じゃあ、それをお願いします」

「はいよお!」


 お会計! ちゃりん!


「あざまっしたーーーー!」

「ありがとうございます」


 メモを見る。


(次は……)


 歩いて店を探す。


「えっと……」


 辺りをきょろりと見回すと――突然、後ろから、どん! と突き飛ばされた。


「わっ!」


 悲鳴をあげてその場に膝から倒れると、あたしのバスケットが奪われる。


「あっ」


 黒い服装をした男が、バスケットの中の財布を奪っていく。


「あっ!!」


(ちょ!)


 バスケットを放り投げ、走り出す。


「ちょっと!」


 あたしは叫んだ。


「黒い服の泥棒!」


 叫ぶと、通行人が走る黒い服の男を見た。男は全力で走っていく。


「ま、待て! こら!」


 バスケットをその場に置いて、あたしは追いかける。だが、男に追いつけるほど、あたしの足は速くない。


(ちょっと待ってよ! それはじいじのお金なのに!)


 やばいやばいやばいやばい!


(王家に仕える付き人のお金よ!?)


 やばいやばいやばいやばい!


(殺される!)


 やばい!!


(死刑になる!!)


 あたしの血の気が引いた。


「誰かそいつ捕まえて!!」


 必死に声をあげる。悲鳴にも近い大声。

 お願いだから、

 お願いだから、



(死刑になる!!)



 ――誰か、助けて!!!!!



 次の瞬間、

 誰かが泥棒を突き飛ばし、泥棒が地面に転がった。その隙に突き飛ばした人が泥棒の上に乗り、叫んだ。


「おい、その手に持ってるものを離せ!」

「くそ……!」


 倒れて起き上がれない泥棒が財布を手放し、観念したように大人しくなる。見ていた街の男達もようやく駆け寄り、泥棒を囲んで押さえこむ。あたしがようやくたどり着く。


 息を切らして立ち止まると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、親切そうな女性があたしのバスケットを持っていた。


「お嬢さん、大丈夫?」

「ええ! はあ、ぜえ……はあ……ありがとうございます……」


 バスケットを受け取り、ふう、と息を吐いて――泥棒を睨む。


(この犯罪者がああああああ!!)


 もう少しでお前のせいで、あたしが殺されるところだったじゃないのよ!


(死ね死ね死ね死ね! くたばれくたばれくたばれくたばれ! 牢屋に入れられて一生苦しめ!!)


 ぎいいいいいい! と押さえられる泥棒を睨みつけていると、後ろから声をかけられる。


「君のかい?」


 振り向くと、取られた財布を持つ人。泥棒を捕まえてくれた紳士が立っていた。財布が無事であることを確認したあたしの口角が自然と上がっていく。


「ああ! ありがとうございます! 助かりましたわ!」

「あれ?」


 財布を持った人が、あたしの顔を覗き見た。


「この間のレディじゃないか」


 帽子を浅く被ったリオンが微笑んでいた。


(あ?)


 ぴきっと体が固まる。


(なんでこいつがここにいるの?)


 リオンは気にせず財布を持つ手を揺らして、あたしに微笑んだ。


「なーんだ、君だったのか。大丈夫だった? 怪我は?」

「……返して」

「ああ、お財布? はい」


 リオンが財布をあたしに差し出す。それを受け取ろうと腕を伸ばした瞬間、


「あ、ちょっと待った」


 ひょい、とリオンの腕が上がり、かわされた。


(ああ!?)


 ぎろりと、リオンを睨む。


「何?」

「この間のお詫びをさせていただきたい」

「お詫び?」


 訊き返すと、リオンが微笑んで頷く。


「お昼のパン。台無しにしてしまったから」

「いらない。だから、さっさとそのお財布を返して」

「駄目。お詫びをさせてくれるまでこれは返さない」


 イラっとして、リオンをさらに睨む。


「あんたね、人の財布を取るなんて、そこにいる泥棒と一緒よ」

「お詫びさせてくれたらちゃんと返すよ。約束通り、パンを好きなだけ買ってあげる」

「いらないっつってんでしょ! くたばれ!」

「うわっ……」


 リオンの目が引き攣る。


「これは気難しいレディだ」

「返してよ! おさい……」


 怒鳴りかけると、


「……え? リオン様……?」


 気付いたレディが声を出した。その瞬間、皆が一斉に、リオンを見る。


「あ」


 リオンの顔が青くなった。


「しまった」


 呟くと、泥棒含め、リオンを確認した全員が、悲鳴をあげた。


「わああああああああああああああああああ!!」

「リオン様だーーーーーーーーー!!」

「ひやああああああああ! ハンサムだああああああ!!」

「王子様だ!!」

「王子様だぞ!!」

「恐れ多い!!」

「ぎゃあああああああああ!!」

「かっこいいいいいいいいい!!」

「麗しいいいいいいいいい!!!!!」

「生きてて良かったあああああああ!!!」

「だがしかし、なぜここに!?」

「駄菓子なだけに、なぜここに!?」


(あばばばばばばばばばば)


 騒ぎにびびって一歩下がる。


(こいつのせいで、商店街の一部が大騒動に!!)


「すまない。レディ」

「あ?」


 眉をひそめると、リオンがしゃがみこんだ。


「え」


 あたしを腕に抱きかかえた。


「は!?」

「よいしょ!」


 そして、


「逃げるぞ!」


 全力疾走で走り出す。


(はあああああああああああああ!?)


「きゃああああああ! リオン様だわ!」


 一人の少女が歓声をあげる。


「誰かを抱えてるわよ!」

「あの子、誰!?」

「ずるい!」


(うるせえ! 好きで抱えられてるわけじゃないわあああああ!!)


 抵抗する暇も逃げる暇もない。大人しくバスケットを抱きしめて、ぞっと顔を青く染めて、あたしを抱えて走るリオンを見上げる。


「よいしょ」


 リオンが橋に走った。


「よっと」

「ひっ!」


 飛び降りた。


「ちょおおおおおおおお!!」

「っと」


 大して距離の離れていなかった地面に着地する。


「なっ!」

「しっ」


 口を塞がれる。


「むっ!?」

「黙って」


 小さな橋の下に隠れる。その身を隠す。すると、上からばたばたと音が聞こえた。馬の声も聞こえる。


「グレタ! リオン様の目撃情報があったぞ!」

「兄さん! 俺も追いかけていた途中だ!」

「グレタ! そう遠くには行っていないはずだ! 探すぞ!」

「兄さん! 了解した!」


 ひひーん!


「アレクちゃん! どこに行くんだ!」


 はっ!


「あれは! 人参!」


(え!?)


 あたしはバスケットを見る。人参がなくなっていた。


(あ!!)


「この人参……感じる! 感じるぞ!」

「どうした! グレタ!」

「この人参! 商店街のものだ!」

「ああ! だからどうした!」

「商店街のものだ!」

「だからどうした!」


 ひひーん!


「アレクちゃんが食べたがっている!」

「お前本当に馬鹿だな! リオン様が先だろ!」

「ああ、アレクちゃん、そんなもの拾って食べてはいけないぞ!」


 むしゃむしゃむしゃむしゃ。


「ああ、アレクちゃん! こら! 駄目だぞ! この、キュートプリティな黒馬ちゃんめ!」

「グレタ!」

「なんだ! 兄さん!」

「俺はそっちを探す! お前は向こうに行け!」

「了解した!」

「リオン様ーーーー!」

「リオンさばああああああ!!」


 ひひーん! ぱから、ぱから、ぱから。


 ――音が止んだ。


「ふう」


 リオンが息を吐いた。


「あーあ。どうなることかと思った」


 あたしを見下ろす。


「大丈夫だった? レディ」


 勢いつけてその顔を拳で殴った。


「ぶっ!!」


 リオンが飛ばされる。あたしも飛ばされる。レンガの地面に叩きつけられる。


「いった!」


 腰を打ち、バスケットの中身が散らばる。


「ああ、最低! 本当に最低!」


 野菜と肉を乱暴にバスケットに入れて、頬を押さえるリオンを睨む。


「あんたのせいで、全部めちゃくちゃよ! 人参まで馬に食われるし! 最悪!」

「いってぇ……。……うわ、血が出てる……」


 リオンが口元を手で拭った。


「悪かったよ。僕の部下達がしでかしたことだから人参は弁償しよう。いくら?」

「いらない! もう関わらないで!」


 それと、


「早くお財布返して!」

「人参、弁償させてくれたらね」


 リオンが立ち上がり、帽子を被り直した。


「人参の弁償と、この間のお詫び。全部揃えて返させてよ。そしたらこのお財布、返してあげる」

「あんた馬鹿じゃないの!? 王子様にそんなの頼む町娘がいると思ってるの!? 坊やはとっとと城に戻ってこんな小娘忘れなさい! 詫びも結構よ!」

「駄目だ。僕がもやもやする。ちゃんとお詫びさせて」

「結構だっつってんでしょ! しつこい人って大嫌い! さっさとあたしの前から消えてよ!」

「そう言わずに人参だけでも買いに行こうよ。どちらにしたって必要なんだろ?」


 お使いを頼んできたじいじの顔を思い出す。


「……」


 黙ってリオンを睨む。リオンは微笑んであたしを見つめる。


「ね? 行こうよ」


 キッドとは違う、純粋に優しい笑み。


「お財布もちゃんと返すから。……ね?」


 首を傾げて笑うその顔を睨みながら、あたしの重たい口が動いた。


「……200ワドル」

「ん?」

「人参」

「ああ」

「お金ちょうだい。あたしが買いに行く」

「そうしてくれると助かる」

「それと」

「ん?」

「もっと、帽子深く被って」

「前が見えなくなるよ」

「あんた自分の顔知られてるのよ? もっと深く被りなさいよ」

「ああ、そっか。だからすぐにばれたのか」


 ふふっと、リオンが笑い、帽子を深く被る。


「ねえ、商店街に戻る? どこから行く?」

「……西区域ならこの時間、人が少ないわ。そこで人参買って、さっさと帰る」

「そう」


 リオンがあたしの横をついてくる。


「付き合うよ。レディ」


 財布を空に向かって投げて、キャッチして、投げて、キャッチして、それを繰り返しながらリオンがあたしに微笑む。


「名前は?」

「言わない」

「なんで?」

「もう二度と会わないから」

「そんな寂しいこと言わないでよ」

「本当のことでしょう」

「ねえ、君はどうしてそんなに怒ってるの? 僕がパンを台無しにしたから?」


 あ。


「なるほど、そうか。そういうことか。分かったぞ。僕としたことが、気難しいレディに礼儀知らずもいいところだった」


 リオンが指を鳴らした。


「僕が挨拶をしなかったから怒ってるんだね?」


 リオンがそう言ってあたしの前に出て、通せんぼをする。あたしが立ち止まると、胸に手を当て、微笑みながら頭を下げた。


「ご存知の通り、僕はリオン。リオン・ミスティン・イル・ジ・オースティン・サミュエル・ロード・ウィリアム」


 にかっと、無邪気に笑う。


「リオンでいいよ」

「結構」


 その横を通り過ぎる。


「分かったぞ。君は人見知りなんだろ」


 ふふっと笑って、またあたしの横をついてくる。


「僕も人見知りなんだ。似た者同士だね」


 黙って歩く。


「僕の名前を教えた。ねえ、今度は君の番。君の名前は?」


 黙って歩く。


「分かった。じゃあ、こうしよう」


 リオンが提案した。


「友達になろう」


 あたしの片目が、ぴくりと揺れた。


「友達になりたいから、君の名前を教えて?」

「ごめんなさいねぇ」


 あたしは可愛く微笑んだ。


「王子様とお友達なんて、恐れ多いわ。友達なんてならない。名前も言わない」


 じっと睨む。


「買い物が済んだらおさらばよ。二度と会うもんか」


 ぷいっとそっぽを向くと、リオンが不思議そうにあたしを見て、また微笑んだ。


「恐れ多いなんて考える必要ないさ。たまたま偶然、僕の家族が王族ってだけ。そこら辺にいる男の子と何も変わらない。そう思えば気が楽だろ? さ、名前を教えるんだ」

「言わない」

「僕は名乗った」

「勝手に名乗ったんでしょ」

「ねえ、頼むよ。なんて君を呼んでいいか分からないじゃないか。レディって呼べばいいの?」

「呼びたくないなら関わらなければいいわ」

「でも、お詫びがまだだから」

「結構!」


 西区域の商店街が近づいてくる。リオンはあたしに声をかけ続ける。


「よし、じゃあこうしよう。唄遊びで僕が勝ったら名前を教えて」

「唄遊びは嫌いなの」

「友達になろうよ」

「断ったはずよ」

「僕はしつこい男でね」

「でしょうね。執念深くて嫌な奴よ」

「ん? それ僕のこと言ってる?」

「ええ! お前のことよ! ほら! どう!? あたし嫌な奴でしょ!? さっさと財布をあたしに返してお城に帰った方が、これ以上嫌な思いをしなくて済むわよ!」

「帰る前に友達に名前を尋ねたい。お名前は?」

「しつこい奴ね! 言わないって言ってるでしょ!」


 怒鳴ると、近くから明るい声が聞こえた。


「あれ? ニコラ?」


 ……その声にはっとして振り向くと、バスケットを持ったアリスとダイアンが肩を並べて歩いていた。


(げっ!!!)


 あたしの顔が引き攣る。


(こんな時に!)


「やーだー! ニコラ! 偶然!」


『あたしの友達のアリス』が満面の笑みで駆け寄ってくる。今日も変わらず向日葵のような笑み。バスケットを持つあたしを見て、アリスが首を傾げた。


「あら、ニコラ、お使い中?」

「え!? ああ……、……えっと、……あの、お爺ちゃんに頼まれて……」

「そう!」


 アリスがちらっとあたしの後ろを見る。


「えーっと」


 アリスが帽子を深く被るリオンを見てから、あたしを見る。


「この方は?」

「えっ」


 びくっと肩を揺らすと、


「なんだよ。その反応。ちゃんと紹介しないと。ニコラ」


 リオンがまた帽子を深く被り直しながら、あたしの頭をぽんぽんと撫でた。そして、アリスに微笑む。


「こんにちは。君はニコラの友達?」

「ええ! アリスです!」

「僕はレオ。ニコラのお兄ちゃんさ!」


 は?


(こいつ何言ってるの?)


 ぎいいいいいっと振り向いて睨むと、下から見えるリオンの顔が、悪戯中の子供のようににやけていた。アリスが驚いて口を押さえる。


「えー!? ニコラのお兄さん!?」

「アリス、ニコラのこと頼むよ。この子人見知りでさ」

「やだ! ニコラってば! だからあんた、そんな服ばかりなのね!」


 なーんだ! と笑って、アリスがあたしの肩を叩く。


「私は今ね! ダイアン兄さんとイルミネーションの設置のお手伝いに行くところなの! せっかくだからニコラもどうかと思ったんだけど、お兄さんとお使い中なら仕方ないわね!」

「……」

「西区域の橋よ! ふふ! 今度見に来てよ。ニコラ!」

「こら、アリス。あまりお使いの邪魔しちゃ駄目だよ」


 ダイアンに諭され、アリスがはっとする。


「ああ! そうね! バスケットも重たいだろうし、ごめんなさいね! ニコラ!」

「い、いや……アリス……あの……」

「じゃあ、また明日ね!」

「じゃあね。ニコラちゃん」


 アリスが微笑み、ダイアンがあたしに手を振り、アリスがダイアンの元へ戻っていく。またあたしに振り向いて手を振って歩き出し、あたしも引き攣る顔で手を振り二人の背中を見送った。


 後ろでは、リオンが体を震わせて、笑いを堪えている。


「……」

「へえ! ニコラっていうんだ」


 リオンが笑う。


「くくっ! いい名前じゃないか」


 違う。本当はテリーよ。歴史のある貴族の娘よ。今は、それを隠して生活しなきゃいけないだけで、そのためにニコラって名乗ってるだけで。


(……くそ……)


「ニコラね。ニコラ。さ、これで僕らは友達だ」


 そっとリオンがあたしに手を差し出したが、それを無視して歩き出す。


「ふふっ。せっかちだな。ニコラは」


 商店街の中に入り、八百屋を探す。


「いらっしゃい! いらっしゃい! 野菜が安いよ!」


 八百屋が声を張り上げている。


(あれか)


 ちらっと八百屋を見て、向かう。


「すみません」

「はいはいはいはい!」

「人参、大きいの」

「はいよ! 人参、大きいの!」

「お会計お願いします」

「200ワドルだよ!」


 リオンを睨んで合図すると、リオンが自分の財布を取り出し、あたしに渡した。そのお金を八百屋の店員に渡す。


「はい」

「まいど!」


 お会計! ちゃりん!


「ありあっとしたーーーー!」

「ありがとうございます」


 対応してくれたお礼を言って、人参をバスケットに入れる。


「どうもありがとう」


 リオンも八百屋の店員にお礼を言って、さっさと歩くあたしについてくる。


「ねえ、次はどこに行く?」

「もう帰る」


 あたしの足が湖のある公園に入った。


(……最悪。この公園って)


 だるまさんが転んだ。


(メニーに好かれるために、泥だらけになった場所じゃない)


 だるまさんが転んだ。


(ああ、嫌な思い出。早く行こう)


 中央区域に行くための近道だ。仕方ない。歩こう。さっさと中央区域に行って、財布を返してもらって、後ろをついてくるこいつと早くおさらばしなくちゃ。


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