第2話 光り輝くあなたに会いたい(3)


 会場内で悲鳴が上がる。怪盗と王子様の決闘に喜ぶ者、しかし危険だと悟り慌てふためき、舞踏会の参加者達が我先にと逃げていく。

 会場に残った参加者は、参加者である衣装を脱ぎ、兵士として剣を構えた。廊下から集まった兵士達も、キッドと共にパストリルを囲んだ。完全包囲。


 キッドが剣を振る。パストリルが避ける。

 パストリルが銃を撃つ。キッドが刃で弾く。

 パストリルが軽やかにばく転し、キッドの剣を避け、再び銃を構える。しかし既にキッドが銃を構えていた。撃つ。パストリルが笛を吹く。強大な風が吹き荒れ、キッドが飛ばされた。


「おわっ」

「キッド様!」


 兵士の前にパストリルが下り立った。にこりと笑って黄金の瞳がきらりと輝けば、兵士の脳はパストリルに支配される。


「パストリル様、貴方のために!」


 一人の兵士が暴れ出す。仲間の兵士が止めるが、その間にもパストリルが黄金の目を光らせ、兵士達を洗脳していく。吹き飛ばされたキッドが立ち上がり、叫んだ。


「作戦通りだ! 目を見るな!」


 兵士達が目を瞑り、パストリルの気配だけで剣を振る。しかしそんな優秀な兵士はごく僅かだ。目を開けている兵士に狙いを定めて、パストリルが黄金の瞳を輝かせ、笛を吹き、兵士達を怯ませる。パストリルがくすす、と笑えばようやくキッドが動いた。


 キッドが剣を振り、パストリルが銃で止め、二人の間に火花が飛び散る。


 その光景を、あたしは二階からメロメロで眺めていた。


「ああ…素敵すぎる…。パストリル様…。ああ、イケメンだと思ったのよ…。はあ…」


 あ。


「リトルルビィ、一旦下ろしてちょうだい」

「うん!」


 リトルルビィがあたしを下ろす。あたしは足を出して、ドレスをめくった。


「きゃっ! テリーってば!」


 慌ててリトルルビィが顔を手で隠すが、指の隙間から両方の赤い目であたしの足を舐めるように覗いていた。腿につけたベルトから無線機を取り、スイッチを押す。


「サリア! 大変よ!」

『テリー?』

「あたし…!」


 顔を真っ赤にさせる。


「パストリル様と踊っちゃった!」


 きゃーーーーーー!!


「イケメンって、踊りが上手なのね…。どうぞ…」

『テリー、合流したらお仕置きです』

「サリア! だってパストリル様よ!? 本当にかっこいいのよ! 美しかったのよ! ああ、もう一度抱きしめられたい!!」

『メニー様はいらっしゃいましたか?』

「あ」


 あたしは声を小さくする。


「………いなかったと、思います。…どうぞ」

『こちらもおりませんでした。おそらく、パストリルのアジトにいらっしゃる可能性が高いかと』

「でしょうね」

『テリー、パストリルの目的は、人質解放ではなく、キッド殿下の評判落としです。まだ何か、宝を盗むつもりなのでしょう』

「サリア、心なら盗まれたわ。あたし、もう彼にメロメロなの!」

『テリー』


 無線機から、サリアの冷ややかな声が出た。


『脱出を』

「えーーーー」

『テリー』

「だって、パストリル様がいらっしゃるのよ!」


 ああ、キッドときんこんかんこんやってるわ!

 あたしは声を荒げた。


「やれ! キッドをぶっ倒せ!」

『テリー』

「分かった。逃げる。逃げればいいんでしょう」

『会場の前で待ってます』

「はーい」


 スイッチから指を離す。ふう、とため息を吐いて、リトルルビィに振り向く。


「リトルルビィ、メニーはここにいないみたい。残念だったわ」

「テリー、誰と話してたの?」

「初日に会ったでしょ。サリア」

「サリアのお姉ちゃんとメニーを捜しに来たの? 危ないよ。テリー」

「だって、とっても心配で!」


 およよ、とハンカチを目元に当てる。


「でもメニーはいないって。あたしは早々に脱出するわ」

「それは駄目だ」


 リトルルビィが目を見開く。あたしはきょとんと瞬きする。マントに視界が包まれる。腕があたしをぎゅっと抱きしめ、熱い吐息が耳元で囁かれた。


「行かないで。レディ」

「ひゃっ!!!!!??」


 振り返るとパストリル様。


「あばばばばばばばば……!!!」


 あたしの目はパストリル様に奪われてしまう。黄金の目が、美しく光る。


「私に盗まれてくれるかな? レディ」

「だめ!」


 リトルルビィが牙を見せた。


「テリーは私のなの!!」


 リトルルビィが勢いのままパストリルに飛びついた。


「はっ」


 口を開く。


「がぷ!!」

「っ」


 リトルルビィがパストリルの首に噛みつけば、あたしがパストリルの手から解放された。


「ひぎゃっ!」

「テリー!」


 リトルルビィがパストリルにおんぶされたまま、振り向いた。


「逃げて!」

「くすす」


 リトルルビィがはっとした時には、パストリルが笛を口元に当てていた。ぴゅうと音が鳴る。途端に、ぶわっと、一斉に吹っ飛んだ。


(え?)


「きゃあ!」


 強い風が起きて、リトルルビィが吹っ飛び、兵士が吹っ飛ばされた。しかし、あたしは髪飾りと髪が揺れるだけ。


(あら)


 呆然と、瞬き三回。


(待って、あたしは?)


 あたし、吹き飛ばされてない。


(あ、なるほど。あたしには魔法が効かないから吹き飛ばされないのか)

(………ふーん)


 それってつまり、


(……か弱いあたしが、パストリル様の前に、一人残されるってこと?)


 つまり、


(…………あたし、人質候補?)


 あたしはようやく危険を悟る。よし、逃げよう。


 サリアの言われた通りそそくさと逃げ始めると、あたしの目の前にパストリル様が下りてきた。


「わぎゃっ」

「駄目だよ。逃がさない」


 くすす。


「君は極上の宝だ。絶対盗まないと」


(きゃーーーーー! 笑った顔が超好みのタイプーーー!!)


 目をハートにさせると、銃声。


「駄目!」


 パストリルが避けた。あたしから離れる。


「テリー!」


 一階に残っていたキッドが自分の銃をパストリルに向けていた。あたしに手を差し出す。


「来い!」

「嫌だ」


 即座に断る。


「………テリー」


 キッドが顔をしかめた。


「嫌とか言ってる場合じゃないだろ。下りてこい。受け止めるから」

「嫌よ」


 ぷいっとそっぽを向く。


「お前なんて嫌い」

「おやおや」


 パストリルがにこりと笑った。


「キッド殿下、残念ながら振られてしまいましたね」

「テリー」


 キッドが手を鳴らす。


「おいでってば」

「嫌よ」


 つん。


「テリー」

「ふん!」


 つん。


「テリーちゃーん」

「ふん!」


 つん。


「もう、こんな時にわがまま言っても可愛くないぞ」

「お前、あたしに何したか忘れたわけじゃないでしょうね!」


 上から指を差してやる。


「あたしがお前を求めてると思った? 残念ね。あたし、無能なボディーガードはもう結構なの。もういらないの」

「テリー、守ってあげるから下りておいで」

「嫌よ! お前が上手く受け取れなくて、怪我したらどうするの! そんなことも配慮出来ないなんて! 最低! ふん!」


 つん。


「お前なんて嫌い!」

「くすす。キッド殿下、せっかくですからこのレディを貰ってもいいですか? 私が大切にしますから」

「パストリル、悪いが一旦タイムだ」


 手すりから微笑んで眺めるパストリル様にキッドが腕でTの文字を作って見せ、あたしを見上げる。


「テリー、こっちに注目」

「ふん!」

「何だよ。事情を話す前に逃げたのはお前だろ?」

「だからって城に閉じ込めようとする? 最低よ! あたしは帰りたいって言ったのに!」

「だから落ち着いた頃に帰らせようと思ったの」

「あたし、一晩でも宮殿に泊まるなんて嫌よ。絶対嫌! 言ってるでしょ! 嫌いなのよ! あそこ!!」

「よし分かった。よーく分かった」


 じゃあこうしよう。


「テリー、お前に唄を捧げるよ」

「唄遊び!? こんな時に唄遊びをするわけ? お前は一体何を考えてるの? パストリル様を見習いなさい。にこにこして待ってくれてるのよ!」


 横を見ると、あたしの横で手も出さないでにこにこ微笑んでくれている。あたしはもう一度キッドを見下ろす。


「見習え!! クズ!」

「俺の唄でお前のハートを射止めよう。感じたらそこから飛び降りる。で、俺がお前を受け止める」

「はっ!!」

「いいか?」

「上等よ! 受けて立とうじゃない!!」


 キッドを見下ろす。


「やるがいいわ! 言っておくけどね、あたしはお前に怒りしかないのよ! 恨みしかないのよ! よくもあたしを怖がらせてくれたわね! よくも王族であることを黙ってたわね! いいわよ! 王子様! 聞いてあげるわ!」


 お前の唄。


「聞かせてごらんなさいな!!」

「全く、いつにも増して上から目線なんだから」


 キッドが笑った。


「しょうがない奴だな」


 あたしの左手を見る。


「では、素敵なレディに」


 キッドがすっと息を吸って――――唄う。




 テリー











 会いたかった












 今まで聴いた中で、一番短い唄。


「テリー、話をしよう」


 お互いが納得するまで。


「だから、お願い」


 キッドが手を差し出す。


「来て」

「恋しい君」


 パストリル様があたしの髪の毛に触れた。


「行かないで」


 魅力的な黄金の瞳が、あたしに微笑む。


「人質が君の妹さんなんだっけ? 会わせてあげるよ」


 憧れの美しいパストリル様が目の前にいる。


「私と行こう」


 パストリル様があたしに手を差し出した。


「共に」

「テリー」


 キッドが手を伸ばし続ける。


「俺の傍に」

「私と共に」


 二人が声を揃える。


「「おいで」」


 あたしは振り向いた。





「パストリル様」







 あたしはパストリル様の手を、ぎゅっと握りしめた。


「あの」


 金色の瞳が微笑んで、細められる。


「あの、パストリル様」


 あたしはにやける。


「あたし、貴方が大好きなの」


 パストリル様が瞬きした。


「あたし、貴方の大ファンなの。だって、貴方って素敵。あたし知ってるの。貴方って盗んだものをお金にした後、それを貧乏人に渡してるんでしょう?」


 盗み撮り集に書いてあった。彼は、弱気者を絶対に見捨てはしなかった。誰よりも貧乏人に尽くし、人々を救済した怪盗だと。


 心を盗まれた人は、なぜかボランティア活動に目覚めるらしい。怪盗パストリルが活躍している頃、町からホームレスが消えたらしい。


 怪盗パストリルは、他の犯罪者と違う。


 美しくて、人に優しくて、たくましい王子様。


「貴方は正義の味方のヒーローよ」


 憧れた。


「ここで会えるなんて、とても光栄だわ」


 手の力が緩んでいく。


「でも」


 恋しい手を離して、あたしは一歩下がった。


「あたし」


 一歩下がる。


「やることがあるの」


 憧れの人と握手をしてる暇は無い。


「ごめんなさい」


 あたしは選択する。


「たとえメニーがいたとしても」


 あたし、


「『憧れ』より、『復讐』を選ぶわ」


 そう言って、あたしは背中から身を投げた。


 ふわりと体が宙に浮かぶ。ドレスが揺れる。

 パストリル様が手を伸ばしたが、あたしの体は既に重力により落ちて行き、手は届かない。パストリル様が遠くなる。次第に地面に近づく。あたしは落ちていく。


 けれど、痛くない。目を開ければ、体が優しく受け止められた。


「素晴らしい選択だ」


 微笑むキッドに、お姫様のように抱っこされる。


「テリー、愛してるよ」

「馬鹿」


 筋肉質な胸を押す。


「下ろして。お前に話があるから下りただけよ」

「いいよ。これが終わったら、いくらでもたっぷりと」


 地面に下りて、あたしとキッドが上を見上げる。パストリルは髪をなびかせ、あたし達を見下ろした。


「素晴らしい」


 パストリルが拍手を送る。


「感動的なワンシーンだ。くすす。そうでなくっちゃ」


 ところで、キッド殿下、ご存知ですか?


「私は、大切にしている宝が盗まれた時の、金持ちどもが浮かべる絶望した顔を拝むのが大好きなんです」


 貴方も、素敵な表情を浮かべてくれそうですね。


「テリー。素敵な名前だ」


 キッド殿下のテリーの花を盗めば、貴方はどんな顔をするだろうか。


「よっぽど大切なんでしょうね」


 固く結ばれた見えない糸を感じる。


「おまけに私のファンだそうで」


 結構。余計に欲しくなった。


「貴方の素敵な花。盗ませてもらいますよ。キッド殿下」


 キッドが剣を構える。


「テリー、俺から離れちゃ駄目だよ」

「離れたところで追いかけてくるくせに」


 ぎゅっと、キッドの手を握る。


「お前なんて大嫌いよ!」

「結構!」


 キッドの返事と共に、パストリルが笛を鳴らした。会場中に強い風と音色が響き渡る。

 突然突風のような風が吹き荒れた。

 パストリルがキッドの目の前に現れる。

 キッドがにやけた。

 剣をパストリルに向かって振った。

 あたしはキッドに引っ張られる。

 避けたパストリルが銃を向け、撃った。

 キッドがあたしを投げる。

 あたしはくるりと回る。

 キッドが弾を斬り、パストリルを斬りこんだ。

 しかしパストリルはくるくる回り、キッドの剣を避けた。

 キッドがあたしの腰を掴んで引き寄せた。

 パストリルがくるりと体を三回転させて、また撃った。

 キッドがあたしの手を掴んで、距離を離して、腕をぴーんと伸ばした。

 前に踏み込んで、弾を斬りつける。

 あたしは後ろにのけ反る。それをキッドが引っ張り、引き寄せる。

 パストリルが近づく。

 キッドが近づく。

 銃を構えた。

 剣を構えた。

 刃と銃が交わった。

 ぎりりと音を鳴らして、お互いに押し込んだ。

 キッドが笑った。

 同時にパストリルが笑った。

 お互いに目を見開いた。

 お互いに引いた。

 ダンスのように足が動く。

 三人が踊るように。

 1、2、3、1、2、3、1、2、3、

 ワルツと剣と銃と足と手と膝と肘とキッドとパストリルが動く。


「遅れを取るな!」


 兵士たちが戻ってくる。


「キッド! テリー!」


 リトルルビィが戻ってくる。


「キッド!」


 あたしが叫ぶ。


「終わりだ!」


 キッドが剣を振り下ろした瞬間、鋭い音が響いた。パストリルが、左肩から右の脇腹まで、キッドの剣で斬りつけられてしまった。


「っ」


 パストリルが目を見開き、胸を押さえて、座り込む。血が、ぼたぼたと、こぼれる。

 あたしの顔は真っ青。キッドが勝利顔。


「パストリル様!」

「はっはぁああ!」


 悲鳴をあげるあたしの手をキッドから離して、その手で即座に『注射器』を取り出し、


「俺の勝ちだ!!」


 勝利目前に、キッドが喜びに笑みを浮かべた。




 ――――直後に、



 パストリルが、にんまりと口角を上げ、顔を上げた。


「調子に乗りすぎでは? キッド殿下」


 ぐいっと、近づいたキッドの顔を掴んだ。


「うえっ!」


 キッドがぎょっと目を見開く。


(あっ)


「言ったでしょう」


 パストリルが笑う。


「あなたの王子としての証を盗むと」


 無傷のパストリルが笑う。


「私の勝ちです。キッド殿下」




 金の瞳が、輝いた。







「キッド!!」


 リトルルビィが急いで走り出した。


「この…!」


 リトルルビィがパストリルに向かってジャンプすると、目の色が金色に変わった兵士がリトルルビィの壁になった。男の兵士に、リトルルビィの動きが止まる。


「っ」

「全ては、パストリル様のために!」


 兵士が笑い出し、リトルルビィに襲い掛かる。リトルルビィが後退する。


「あわわ! ちょ! 目を覚ましてください!」

「パストリル様のために! パストリル様のために!」

「きゃー!」


 リトルルビィが逃げるように走り出す。あたしははっとして、周りを見回した。大混乱。いつの間にこれだけの兵士を魅了したのだろう。パストリルは、キッドとの戦闘でくるくる回っている間に、兵士の半分を味方につけていた。黄金の瞳を光らせ、目が合った者の心を支配した。


 兵士と兵士がぶつかりあう。


「おい! やめろ! 目を覚ませ!」

「全ては、パストリル様のために!」

「ひい! やめろ! 来るな! 俺、ホラー駄目なんだ!!」

「全ては、パストリル様のために!」

「きりがない!」

「全ては、パストリル様のために!」

「キッド様!!」


 兵士たちが混乱する。上が崩れたら、下も崩れる。キッドは崩れている。パストリルに顔を押さえられ、動けない。黄金の瞳が絶対に逃がさないとキッドを魅了する。キッドの青い瞳が黄金に染まっていく。魅了される。魅了される。魅了される。魅了される。魅了される。


 大混乱の中で、

 一人だけ、


 あたしは笑っていた。


(よーーーーし!!!!)


 あたしは瞳を輝かせた。


(逃げるわよ!)


 この絶対絶命のピンチを、あたしはチャンスに変えるのよ!


(こいつらがなんかぱたぱたやってる間に、あたしは逃げる!)


 サリアに言われたもの。何があっても、危険を感じたら逃げること優先ですって!


(皆様、ごめんあそばせ!!)


 悪いわね! キッド! あたし、お前を助けられるほど、無敵じゃないの! か弱いレディなの! ひ弱な乙女なの! 相手はパストリル様よ! キッドを離して。お願い。ぷりっ! って言ったところで、離してくれない相手なの。お前が悪いのよ!


(あたしはとっとと逃げよう!)


 だってリトルルビィも追いかけまわされてるし。


(あたしは自力で逃げるのみ!)


 回れ右!

 そう思って一歩踏み出すと、兵士達がきんこんかんこんしながら道を塞いだ。


「ひっ!」

「全ては、パストリル様のために!」

「こいつ! いい加減目を覚ませよ!」


 剣をきんこんかんこん。


(こっちは危ないわね。よし、こっち!)


 回れ右!


「どーーーん!」

「ひっ」

「全ては、パストリル様のために!」

「この! いい加減にしろ!」


 剣をきんこんかんこん。


(こっちも危険だわ。よし、こっち!)


 回れ右!


「しりとり!」

「りんご!」

「ごま!」

「まくら!」

「ライオン!」

「全てはパストリル様のために!」

「お前、それは駄目だって! やり直しだよ! ラが来たら、ライオンに決まってるだろ! ふざけんな! こら!!」


 兵士が剣できんこんかんこん。


「………」


(やっぱり危ないわね)


 回れ右!


「はっ!」


 パストリルとキッドが見つめ合ってる。


(戻ってきちゃったじゃないのよ!)


 ………あ。


 ころころと、笛が転がってくる。あたしの足に、こつんとぶつかる。


(パストリル様、魅了することに必死になって、笛を忘れてるみたい)


 ちらっと見ると、キッドの魅了にかなり時間がかかっているようだ。


(あ、ってことは)


 あたしは笛を拾った。


(これ吹けば、強い風が吹いて、皆吹き飛ばされて)



 ―――テリー様が混乱を治めてくださったぞ! 流石はテリー様だ!

 ―――なんてレディだ! くすす! 君の瞳に完敗。私は逮捕されよう!

 ―――テリー、やるじゃないか! 負けたよ! お前の活躍に免じて、婚約は無しだ!

 ―――お姉ちゃんしゅごい! お姉ちゃんは正義の味方! 私のヒーロー! ギロチンなんて蹴っ飛ばしちゃえ! ていてい!

 ―――テリー! 大好き! 私のテリー!

 ―――テリー! テリー! テリー! テリー! テリー!



 あたしは拳を握り締める。


(手柄は、あたしのもの!!)


 あたしの瞳がきらんと輝く。


(魔法の笛よ、魔法の笛よ、あたしの願いを叶えるのよ!)


 このホールに大きなお風が吹きますように!


「すーーーー」


 息を大きく吸って、


 ぴゅーーーーーーーーーー!!










 笛が鳴った。















 全員が、吹き飛んだ。







 兵士達が吹き飛び、リトルルビィが吹き飛び、パストリルが吹き飛び、キッドが吹き飛ばされ、あたしの足元に転がってきた。


「わっ」


 あたしは笛を口から離す。足元には、キッドが倒れている。


「…………」


 ヒールでつんつんしてみる。キッドの反応は無い。


「…………」


 笛でつんつんしてみる。キッドの反応は無い。


「…………」


 あたしは膝をつき、キッドの肩を叩く。キッドの反応は無い。


「………キッド」


 呼んでみる。キッドの反応は無い。


「……………キッド?」


 うつ伏せになった体を仰向けにする。キッドが目を見開き、カタカタと体を痙攣させていた。


「っ」


 あたしはキッドの肩を揺らした。


「キッド」


 キッドは目を見開き、震えるだけ。


「キッド!」


 頬を叩いてみる。キッドの反応は無い。


「キッド!」


 頬を強めに叩いてみる。キッドの反応は変わらない。


「キッド!!」


 キッドは震えるだけ。


「キッド、一旦起きなさい!」


 キッドは瞳を揺らすだけ。


「キッド!」


 ――――テリー!


 脳裏に、泣きながらニクスがあたしにやったことを思い出す。


「キッド!」


 あたしは手を壮大に上げた。


「歯、食いしばらんかい!!!!」


 思いきり、キッドの頬を叩く。とてもいい音が響く。しかし、キッドは起きない。


「キッド!!」


 あたしはもう一度大きくキッドの頬を叩いた。


「起きるまでやるわよ!」


 あたしはもう一度大きくキッドの頬を叩いた。


「起きろ!」


 あたしはもう一度大きくキッドの頬を叩いた。


「キッド!! 起きなさい!!」


 あたしはもう一度大きくキッドの頬を叩いた。


「キッド!」


 ニクスがやってたように、


「キッド!!」


 目を覚ますまで、


「キッド!!」


 キッドが正気に戻るまで、


「起きんかぁーーーーーーーい!!!!!」


 ばあああちいいいいいいん!!!!!


 とても気持ちのいい音が響くと、キッドの目が大きく開かれ、体がびくりと大きく痙攣し、瞼が静かに下ろされた。キッドが綺麗な顔で整った呼吸をする。


「すう」

「…………」


 あたしはキッドの肩を持ち、がくがくがくがくと揺らした。


「ふんぬ!」

「すう」


 あたしはキッドの脇腹を蹴った。


「ふんぬ!」

「すう」


 あたしはキッドの頬を再びビンタした。


「ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」

「すう」


 キッドはすやすや眠る。頬は腫れている。


「………………」


 あたしはむすっと、頬を膨らませた。


「何寝てるのよ」


 キッドの前に座り込む。


「散々あたしを怖がらせたくせに、あたしの前で安らかに居眠りしようっての?」


 キッドの頬をつねる。


「あんた、最低よ」


 いつもそうよ。


「お前は最低よ」


 小指の指輪が光る。


「あたしを驚かせて」

「怖がらせて」

「強引で」

「自分勝手で」

「腹黒で」

「俺様で」

「何も可愛くない」


 お前の顔を見ると、イライラするのよ。


「清々しい顔で寝やがって」


 あたしはすっと息を吸い込む。一度吐く。


 もう一度吸って―――――唄った。







 キッド

 あたしはお前を許さない

 よくも黙ってたわね

 よくも怖がらせたわね

 お前は最低よ

 何かと強引で

 何かと俺様で

 まるでライオンだわ

 王様気取りね

 あたしを自分の雌扱い

 お前となんてお断り

 お前なんて大嫌い



「…………」



 あたしはもう一度息を吸って、






 唄った。





 ひと時の夢

 貴方に想いを寄せてみた

 貴方を想うと幸福が

 貴方に触れると幸福が

 淡い想いは報われない

 キッド

 一夜だけ

 想いを寄せた

 キッド

 淡い想いの愛しい名を

 お前が知ることはない









「素敵な唄」


 マントが翻る。


「そんな唄も作れるんだ?」


 目の前にパストリル様がしゃがみ、あたしの顔を覗き込んでいた。


「まるでお別れのラブレターみたい」


 パストリル様が微笑んでいる。あたしもにこりと笑う。


「笛、お返しします」

「そう。ありがとう」

「はい」


 あたしが笛を差し出すと共に、手首をパストリル様に掴まれた。


「はい。捕まえた」


 もう一つの手が動いた。


「おっと」


 もう一つの手も簡単に掴まれた。握っていた注射器は、パストリル様に届かない。


「恋しい君、これは?」

「パストリル様」


 あたしは力を入れる。


「お願い。打たせてください」

「どうして?」

「間に合うかもしれないから」

「それなら残念」


 パストリル様が鋭くあたしの手を叩いた。


「後には戻らないと、とっくの昔に決めている」


 あっけなく注射器が地面に落ちた。手を引かれる。パストリル様に抱きしめられる。


「テリー、君をいただく」


 キッドは眠り続ける。


「キッド殿下、貴方の宝、貰っていきますね」


 ご安心を。


「大切にしますから」


 マントが翻る。視界が遮られる。パストリル様が笛を鳴らした。あらま、間接キスだわ。なんて呑気なことを思っていると、




「……テリー」





 ぼそりと、声が聞こえた。





「キッド?」





 振り向く頃には、強い風が吹き、視界が真っ暗になっていた。



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