第14話 孤独な英雄(2)


 ニクスをキッドに任せて、血で汚れてしまったドレスは処分して、キッドの服を着たまま屋敷に帰れば、


 ママから、ギルエドから、それはそれは、今までに無いほどのお叱りを受けた。


「テリイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」

「お嬢様ぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!!!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 頭を下げて、ひたすら、謝る。

 キッドに痛い目に合わされてから、あたしは『ごめんなさい』をきちんと言えるようになった。

 だから、相手が許してくれるまで、頭を下げて、ごめんなさいを言う。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 もうしません。ごめんなさい。反省します。ごめんなさい。


「外出禁止です」

「ごめんなさい」

「お黙り。何なの。その汚い服は! すぐに着替えて反省なさい!」


 ママがあたしを外出禁止にした。

 クロシェ先生がため息をついた。


「テリー、どうして屋敷から抜け出したの」

「ごめんなさい」

「怪我はなかったの?」

「はい」

「なら良かった」

「ごめんなさい」

「シーツを結んで抜け出すなんて、悪知恵が働くんだから。悪い子ね」


 クロシェ先生が優しくあたしの頭を撫でた。

 アメリが話題のネタにした。


「レイチェル、しばらくパーティーには行けないわ。どうしてって、テリーが余計な事して私まで外出禁止になったのよ」

「……ごめんなさい」

「テリー、レイチェルが話したいって」

「……何よ。レイチェル」


 電話でレイチェルと言い争いをするあたしを見て、アメリがため息と共に肩を落とした。

 ケルドが身を屈ませた。


「テリーお嬢様、ニクス坊ちゃんは、その、今度はいつおいでで?」

「ケルド! キャベツの千切りは終わったのか! やい! お嬢様に声をかけてる暇があるなら、同じように手を動かすんだ!」

「ひえ! ごめんなさい! ドリーさん!」

「テリーお嬢様、よろしければ、ケルドが作った三時のおやつです。何。ケルドもだいぶ腕が上がりました。惨事のおやつにはなりませんので、どうぞ、お召し上がりください」


 あたしは三時のおやつを受け取って、メニーの部屋へ向かった。

 扉を開けると、メニーがベッドの上で、ドロシーと戯れていた。


 あたしに気付いて、顔を向ける。


「お姉ちゃん」

「おやつよ」


 トレイを台の上に置く。


「すぐにエレンナが紅茶を持ってくるわ」

「うん」


 ドロシーがメニーの指を甘噛みした。メニーの指がドロシーのお腹をくすぐると、ドロシーが楽しげにメニーの指にじゃれた。あたしはフォークをお皿に乗せる。


「調子はどう?」

「どうなんだろう。私、具合悪い時の記憶があまり無いから、体調がいいのかも、よくわからなくて」


 メニーが微笑んだ。


「なんか、ずっと眠ってた感じがする」


 あ、そうだ。


「夢を見たの」

「夢?」

「うん」


 でもね、


「ちょっと変わった夢」


 メニーが視線をドロシーに落とし、美しく笑う。


「私、ベックス家の三女として、家事を全部してるの」

「サリアとか、リーゼとか、皆いなくて」

「残ってる人は残ってるんだけど」

「でも、使用人の人達、とても少なくて」

「私がね、ほぼ一人で毎日家事をこなしてるの」

「毎日、アメリお姉様や、お母様から、こき使われてて、嫌味まで言われるんだ」

「テリーお姉ちゃんなんか、もっと酷いよ」

「意地悪なの」

「すっごくね」

「お姉ちゃんは、誰よりも意地悪で、理不尽で、すごく私をこき使うの」

「でもね、お姉ちゃん」

「ふふっ」

「それでもお姉ちゃんは、不思議と、なんか優しかった」

「高い所の物が取れなかったらね、お姉ちゃんは、邪魔よ、退いて。あたしはそこに用があるのって言って、椅子を持ってきて、自分で上って、あら、ここにもない、どこいったのかしら、あたしの帽子、って呟いて、椅子だけ置いていくの。でね、私もその椅子に上って、取りたかった物を取るんだ」

「ただの偶然かなって思うんだけど、そうじゃないみたい」

「夢の中にいたお姉ちゃんは、理不尽で意地悪だけど、その中でも、私が困ってたらすぐに助けてくれるの」

「だから、毎日着る服にも困らなかった」

「お姉ちゃんが『リサイクル』してくれるから」

「あのね、お姉ちゃんが『リサイクル』って言ったら、それは私にくれるプレゼントの事なの」

「このドレス、この毛布、このアクセサリー、いらないから『リサイクル』に出して! って怒るの。でも、それは私に全部くれるものだから、私は全部受け取るの。出しておきますねって返事をして」

「それとね、夢の中では、私はお姉ちゃんをお姉ちゃんって呼んでないの」

「テリー、もしくは、テリーお姉様って呼んでるの」

「うふふふ!」

「変な夢だよね」

「楽しかったな」

「ちょっと嫌だったけど」

「でも、なんか、ちょっとだけ、楽しかった」

「私ね、まだ覚えてるんだ」

「『再現』してみるね」


 メニーがお皿を手に取って、あたしに差し出した。


「こんにちは、テリー、おやつの時間だよ。どうぞ。お召し上がりください」


 その姿が、一瞬、ありもしない記憶が重なり、砂嵐のような映像が脳をめぐって、あたしは瞬きをして、黙った。


「……」


 そっと、皿を受け取り、メニーに訊く。


「で、あたしはその後、なんて言うの?」

「おやつをぶちまけるの」


 私におやつを思いきり投げつけて、怒鳴るの。


「部屋から出て行って!」

「せっかくのおやつが台無しね」


 あたしは皿をメニーに差し出す。


「外出禁止期間の楽しみは三時のおやつしか無いのよ。ぶちまけるなんて、そんな勿体ない事、あたしがするわけないじゃない」

「それもそうだね。変な事言ってごめんなさい」


 メニーが皿を受け取った。


「エレンナ遅いから、先に食べちゃおうよ。お姉ちゃん」

「ええ」

「わあ、美味しそう」


 皿に乗ったミルフィーユを見て、メニーがフォークですくった。


「いただきます」


 ぱくりと口に入れると、眉を下げて、口角を上げて、幸せそうに頬を緩ませる。


「あまぁーーーい!」

「にゃー」

「わ、こら、ドロシーは駄目だよ!」

「にゃー」

「うふふ! ドロシーには、また後でビスケットあげるから!」


 あたしもフォークでミルフィーユをすくう。ぱくりと口の中に入れる。


(甘い)


 にこりと微笑む。


(甘い)


 甘いメニーの笑顔を見て、微笑む。


 ――――死ねば良かったのに。


 あたしは微笑む。


(そのまま、死んでしまえば良かったのに)


 そうしたら、あたしは心から笑えただろう。この甘いミルフィーユを、心の底から甘くて美味しいと言えたことだろう。


(メニー)


 お前が死ねば良かったのに。


(ニクスのお父様じゃなくて)


 お前が死ねば良かったのよ。


 ニクスは生きている。

 だからと言って、あたしの恨みが消えるわけじゃない。


 あたしはメニーを恨んでいる。

 あたしはメニーを憎んでいる。


 メニー、メニー、メニー、メニー、メニー。


 許さない。

 絶対に許さない。


 ニクスは違う。ニクスはあたしを守ってくれた。

 でも、お前は何をした。あたしを不幸にした。あたしを死刑にした。


 お前があたしを殺すんだ。


 人を呪わば穴二つ。


(メニーを呪ったら自分に呪いが返ってくる?)

(だからあたしは首を絞められた?)


 あたしは自分の首を撫でる。


(滑稽ね)


 端から見れば、馬鹿だと思われるだろうか。

 ただの自業自得じゃないかと指を差されるだろうか。

 ざまあみろと笑われるだろうか。


(何が悪いわけ?)


 嫌いな奴は嫌いなのよ。


(何が悪いわけ?)


 嫌いな奴を呪って、何が悪いわけ?


(あたしは哀れ?)

(あたしは可哀想?)

(あたしはどうしようもない?)

(あたしは救いようのない馬鹿?)


 あたしだって、苦しいのよ。こんな気持ちに振り回されて。


(でも)


 そうさせたのは、お前じゃない。


(お前が)


 お前が美人だから悪いのよ。


(お前が)


 あたしよりも綺麗だから悪いのよ。


(お前が)


 誰よりも美しいから、悪いのよ。







 あたし、お前だけには『ごめんなさい』を言わないわよ。メニー。

 お前を呪った事、


 絶対に、『ごめんなさい』なんて、言ってやるものか。






「元気になって良かったわ。メニー」


 メニーに微笑む。


「ニクスが、元気なメニーに会いたいって」

「……誰?」

「友達よ」


 あんたも知ってるでしょ。


「パン屋の」

「あー!」

「会いたいって」

「私も会いたい! ニクス君って言うの?」

「ニクスちゃんよ」


 メニーが眉をひそめた。


「……女の子、だっけ?」

「ニクスの顔、覚えてないの?」

「覚えてるけど…」

「だったら分かるでしょ」


 あたしは肩をすくめた。


「どこからどう見ても、可愛い女の子じゃない」


 ここで、メニーの部屋の扉がエレンナによって、ノックされた。









(*'ω'*)





 テリー、



「ざまあみろ」



 ドロシー、



「この役立たず」



 あたしとドロシーが開かずの間で睨み合う。あたしの腕には、『過呼吸を恐れるな』という本が抱かれている。ドロシーがおどけながらあたしを笑い飛ばした。


「悪い子駄目な子テリーちゃん。僕、何度も言ったよね。何度も忠告したはずだ。愛し愛する、さすれば君は救われる。何のために復唱してると思ってるんだい? 全ては君が救われるためだ。だから愛せと何度も何度も、言ったはずだ。それなのに、君は恨みから目を離さない。メニーの死を願った。だから首なんて絞められるんだよ。やーい、ばーか。ざまあみろ!」


 あたしはぎらり! とドロシーを睨み続ける。


「大事な時に出てこなかった役立たずはお前でしょ! だから雪の王に殺されそうになったのよ! 全部お前のせいよ! ドロシー!」

「あのね、君が雪の王の掌で震えあがっている時、僕がなぜ助けに行かなかったと思う? 囲まれてたからさ。人間に。あのキッドとかいう訳の分からないイケメンボーイを慕っている人達が、大勢、森を囲んでた。そんな所に魔法使いが出て来てごらん。大騒ぎじゃないか。僕はね、君を守って、魔法使い達を守ったんだよ」

「魔法使いなんか全滅すればよかったのよ」

「なんてこと言うんだ。君は」

「魔法使いさえいなければ」


 あたしは拳を握った。


「ニクスのお父様が、死ぬ事はなかった」


 ドロシーが黙った。あたしも黙る。椅子に座れば、ドロシーも向かいの椅子に座る。同じタイミングで、溜まった息を吐いた。


「……呪いの飴の、魔法使いの情報は?」

「………それがさ」


 ドロシーが顎をつまんだ。


「無いんだよ」

「情報が?」

「一つもね」

「なんで」

「さあね」

「あんた、何か知らないの?」

「呪いの飴だろ?」

「ええ」

「そんな魔法使う奴、僕だって初めて聞いたんだ」

「誰か知らないの?」

「僕が何のために集会に行ってると思ってるの。訊いてるよ。僕だって訊いて回ってるけど、誰も知らないんだ」

「なんでよ」

「知らないよ」


 ただ、


「キッドの様子を見る限り、結構長い事、この呪いというものは続いているようだね」


 ドロシーが手招きした。本棚から一冊の本が抜かれ、宙に浮き、ドロシーの手の中に納まった。ドロシーが歴史の本のページを開く。


「中毒者ね」


 ドロシーが呟き、足を組んだ。


「………」


 黙って、何かを考え、何かを思い、ドロシーの口が開いた。


「確認したい。今回の件は、まず最初に、ニクスとニクスのパパが、鏡を見つけた事から始まった」

「そうよ」

「鏡は家の前に置かれていた」

「ええ」

「誰が置いたんだ?」

「さあね」

「誰かが魔法の鏡をニクスの家に置いた事から、事は始まった」

「………」


 あたしは眉をひそめる。


「何が言いたいの?」

「そしてその結果、ニクスの父親は呪われ、ニクスは魔法使いから飴を渡される。ニクスは父親に飴を与え、呪いが呪いに重なり、暴走した父親に殺された」


 思い出してみよう。テリー。


「貧乏な兄妹がいた。魔法使いが飴を渡した。まずは兄から。その次は兄を心配した妹。可哀想な兄妹は呪われ、死に至った」


 思い出してみよう。テリー。


「子供好きな男がいた。魔法使いが飴を渡した。男は子供を誘拐し始めた。邪魔をしようとした子供を殺した」


 ドロシーが本のページをめくった。


「まるで作られた物語のようだ」

「非常におかしい」

「非常に不思議」

「非常に不可解」


 だが、一度目の世界でこれが起きていた。


「もし、一度目の世界でも、呪いの飴を渡す魔法使いが存在していたのであれば、この世界でも同じ事が繰り返されているんだろう。魔法使いの狙いは分からないが、少なくとも、人間の不幸に付け込むのが好きな趣味の悪い奴、っていうのは確かだ」

「魔法の鏡を置いたのは、呪いの飴の魔法使い?」

「決めつけるのは良くない。ただ、その可能性は否定出来ないというだけさ」


 だって、あまりにも出来すぎている。


「不幸に見舞われた親子の元に、魔法の鏡だなんて」


 ドロシーが瞼を閉じた。


「………………」


 ドロシーが瞼を上げた。


「『キッド』は誰だ」


 ドロシーが眉をひそめた。


「結局、キッドは何なんだい?」

「……分からない」


 あたしは本をめくる。


「あたし、誰を助けちゃったのかしら」


 ドロシーに目を向ける。


「魔法に打ち勝つ方法が書かれた記録書」

「え?」


 ドロシーがきょとんとした。あたしは続ける。


「キッドが持ってるらしいわよ」

「…………何それ」

「あたしが訊きたい」


 視線を本に戻す。


「キッドは魔法使いの事を信じてる。呪いは存在して、魔法も存在する。そして、魔法使いは生き残ってるって確信してる。呪いの飴を追い続けて、呪われた中毒者の毒を浄化する変な薬まで開発してる」


 本の内容が頭に入ってこない。


「あたし、誰を助けたの?」


 キッドは誰だ?


「敵じゃない」


 キッドは誰だ?


「あいつがいたから、リトルルビィも、クロシェ先生も、ニクスも助かった」


 キッドは誰だ?


「ドロシー」


 ドロシーに顔を上げる。


「あたし、何か間違えたのかしら」

「…………」


 ドロシーが首を振った。


「いや」


 ドロシーが呟く。


「間違いでは無い、と思う」


 ドロシーの目が暖炉の火を見る。


「現に、キッドがいるから、助かってる命がある」


 現に、


「キッドがいなければ、君は同じ過去を繰り返していた」


 キッドを助けたのは正解かもしれない。


「ただ、不思議な子だね。キッド」

「もう関わりたくない」


 あたしは顔をしかめて、首を振った。


「あいつ、なんか好きになれない」

「…………」


 ドロシーが黙りこくる。暖炉の火が鳴る。ドロシーが目を閉じる。何か考える。あたしは本の文章を読み出す。ドロシーが瞼を上げた。


「ねえ、テリー」

「ん」

「キッドってさ」

「ん?」

「可愛い顔してるよね」

「はっ」


 鼻で笑う。


「そうね。顔だけは良いわね。超ドストライクよ。顔だけはね」

「キッドってさ」

「ん?」



「兄弟いる?」



 あたしは思い出してみる。頷く。


「ああ、弟がいるとかいないとか言ってたわね」

「弟」

「ええ」

「そっか」


 ドロシーが指を動かした。本棚から本が抜けて、ドロシーの元へ寄ってくる。ドロシーが本を掴み、開いた。


「急に何? まさか、ドロシー、あいつに惚れた?」

「キッドに興味が湧いて、聞いただけさ」

「あ、そう」

「テリー」


 薪の一本が崩れた。


「キッドは君を気にいってるんだっけ?」

「ああ、なんか知らないけど、よく口説かれるわよ。お前は俺の希望、だって」

「ボディーガードだっけ?」

「そうよ。あたしの騎士様」

「とても良い関係だ」


 テリー、


「キッドと一緒にいるのは、悪くないと思う」

「あたしが不快になるわ」

「別に、これ以上の仲になれとは言わないさ」


 ただ、


「キッドは君の未来にとって、とても重要な人物かも」

「おほほ」


 あたしは笑い飛ばす。


「もっと面白いジョークが言えないの? ドロシー」

「ジョークだと思う?」

「あたしの未来にキッドが欠かせないとでも?」


 嫌よ。そんなの。


「キッドとずっと関わるなんてごめんよ。あたしはね、ニクスみたいに美味しいパンの焼けるイケメンと結婚するのよ。出会ったら、すぐに結婚してやる」


(いつまでもキッドのお遊びに付き合ってられないわ)


 あたしとドロシーが同じタイミングで足を組んだ。


「ニクスみたいなね」

「そうよ。中身がニクスみたいなイケメンよ」

「君、結婚出来るの?」

「……未来が変われば出来る可能性もあるわ」

「君がねえ?」

「うるさいわね」


 本をめくり、あたしは黙る。息を吸い込む。


「………ドロシー」

「ん?」


 あたしは再び顔を上げる。


「今回の罪滅ぼし活動のミッションは、成功に入るのかしら?」

「もちろん、成功さ。そもそもの始まりはニクスとの約束だ。君は『ニクスが約束を破った原因を突き止める』事によって、約束の日にいなくなった『ニクスを見つける』事が出来、全ての元凶だった『魔法の鏡を割って、呪いを解く』事に成功した。君の行動によって、一度目の世界で君が失った、友情というものを取り戻すことが出来たんだ」


 成功だ。


「よくやったよ。テリー。頑張ったね」


 ドロシーがにこりと微笑んだ。


「大切な友達と仲直り出来て、良かったじゃないか」

「………仲直り?」


 あたしは眉をひそめた。


「あたし、別にニクスと仲直りなんてしてないけど。何言ってるの?」


 言うと、ドロシーがきょとんとした。


「え? してないの?」

「なんで仲直りしなくちゃいけないの? 喧嘩したわけでも無いのに」

「え?」


 ドロシーが顔をしかめた。


「君、何言ってるの?」

「あんたこそ何言ってるの?」

「いや、だって、君、ニクスを、憎んでるって…」

「はあ?」


 あたしは眉間に皺を寄せた。


「あたしがニクスを憎んでる? いつそうなったわけ?」

「え、だって、君がそう言って…」

「ニクスはあたしのたった一人の友達なのよ?」


 憎む?


「ニクスをそんな風に思うわけないでしょ。馬鹿じゃないの」

「…え? いや、え? 何言ってるの? テリー? 君、めちゃくちゃ怒ってたじゃん」

「え? いつ?」

「え?」

「あたし、別に怒った覚えなんかないけど」

「え?」

「ニクスに対して怒るわけないじゃない」

「え?」

「ニクスはメニーとは違って、とっても良い子なのよ。怒る? 何言ってるの?」

「いや、だって、約束破られたって…」

「ドロシー」


 あたしは掌を見せて、ストップをかけた。


「いい? ドロシー」


 毅然と、ドロシーを諭す。


「約束は、破るためにあるのよ」


 ドロシーがとうとう切れた。


「君さあ!」


 ドロシーが凄まじい剣幕で、あたしの顔の前に指を差してきた。


「都合が良くなったら記憶をそうやって、ほいもういらなーい! ぽぉいっ! って捨てるの、やめてもらっていいかな!? 言ってただろ!? 裏切者の嘘つきだって!」

「何よそれ! なんてこと言うのよ! 酷い! 本当に人でなしね! ニクスは可哀そうな子なのよ! あたしのたった一人の、女の子の友達なのよ! 分かってる!? 女の子の友達! あたしの大切な友達のニクスの事を、そういう風に言わないでくれる!?」

「君が言ってたんじゃないか!! 僕はね! 君のその怒りを抑えるために何度心を女神にした事かわかってるのかい!?」

「あんた自分が女神だと思ってるの!? はっ! 笑える!」

「何その顔。ねえ、何その顔!」

「うるさいわね! 指差さないでよ! 失礼な奴ね!」

「テリー! ふざけんなあああああああああ!」

「唾飛ばさないで! 汚いでしょ!」

「怒鳴らないでよ!」

「がなり立てないでよ!」

「うるさい!!」

「うるさい!? このあたしに向かってその態度は何よ!」

「その態度ってなんだい!? 態度に関しては君は自分を見るべきだね! 前回の反省を活かして! 集会をさぼって!! ぼくぁチミを助けるためにね!!! チミが死なないためにね!!!! ぼくぁね!!! ぼくぁあね!!!」


 ぎゃんぎゃんと、幼稚で醜い言い争いが始まる。

 いつもの言い争いが始まる。

 地震はもう起きない。

 平和な日常が戻ってくる。


 ただ、


 不安だけが残る。

 呪いだけが残る。

 死刑への未来だけが残る。



 中毒者の謎だけが、雪と共に残される。









(*'ω'*)





 忘れるところだった。


「サリア」


 サリアがあたしに振り向く。にこりと、笑みを浮かべる。


「ご機嫌よう。テリー」

「…正解よ」

「はい?」

「巨人は正解だった」


 それだけ言うと、サリアは、にんまりと、いやらしく口角を上げ、


「何のことだか、わかりません」


 すっきりと、満足そうに、仕事に戻っていった。





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