第3話 半年ぶりの再会


 翌日。


 計画通り、朝からみすぼらしいボロ服を着て街へ出向く。あまり行ったことのない区域の広場へ向かい、歩く人々を見つめる。


(よし)



 罪滅ぼし活動サブミッション、ホワイト企業を見つけ出す。



(ミッション開始よ)


 まず、高級な布を使った服を着ている人を見つけ出す。金持ちの可能性が高い。そして、このぼろぼろなドレスのまま、ぼろぼろなストールを羽織って、可哀想な子どもを装って声をかけるのだ。


「あの、お願いします。どうかこのあたしを雇ってください。行くところがないの!」

「ごめんね、使用人なら間に合っているんだ」


(次よ)


「あの、お願いします。どうかこのあたしを雇ってください。行くところがないの!」

「申し訳ないけど子どもは雇えないよ。これでなにか美味しいものでも買うといい」


(……チッ。次よ)


「あの、お願いします。どうかこのあたしを雇ってください。行くところがないの!」

「近づくんじゃない! 汚いものは見たくないんだ!」


(うるせえ! てめえの頭の方が汚ぇわよ!! このバーコード!!)


「あの、お願いします。どうかこのあたしを雇ってください。行くところがないの!」

「孤児院なら向こうにあったよ。神のご加護がありますように」


(そうじゃない!!)


 だんだんだんだんだんだん! と地団太を踏む。


(畜生! どいつもこいつも! クソ野郎どもが!!)


 噴水の縁に座り、一休みする。


(くそぉ……! イライラする……! ここで止まってる暇はないのよ……! あたしはね、ただてめえらの家の労働と給与が割に合ってるか、それを知りたいだけなのよ!)


 ポケットに隠し持った金の時計を見れば二時間近く経っていた。


(ああ! あたし、二時間も頑張ってる!)


 我が家の使用人のために、二時間も費やしてる!!


(なんて良い子ちゃんなの! あたし! 罪を滅ぼしてるわ! あたし! とっても良い子!!)


 ぐう。

 お腹の下品な音に、イラっとして、舌打ちする。


「チッ」


(下品な音ね……)


 今日はみすぼらしい格好をしなきゃいけなかったから、鞄もお財布も持ってきてない。


(お腹空いた……)


 本当に無一文のホームレスに戻った気分。

 寒い風の中、噴水の音が響く。人々の足音が響く。声が響く。馬の足音と声が響く。車輪の音が響く。風が吹く。果物屋からリンゴが落ちて転がる。


(あ)


 ころころ、リンゴが転がる。


(あ)


 真っ赤な、赤いリンゴ。


(馬鹿よね)


 リンゴを見ると、思い出す。


(アメリが、リンゴを盗んだ)


 果物屋に並べられた大量のリンゴ。リンゴ一つあれば、一日を凌ぐことが出来る。アメリはそう考えたのだろう。


 アメリがリンゴを盗んだせいで、あたしたち家族は捕まった。


 たったの一個だった。ぼろぼろの手に、たった一個。アメリが逃げてきたの。果物屋の店員に発見されて、石を投げられた。あたしも巻き込まれた。兵士たちが取り押さえてきた。ホームレスだからすぐに解放されるかと思った。


 解放はされなかった。


(くだらないことで捕まった)


 その際に、メニーが言ったのだ。彼女たちはベックス一族。わたしを養子として引き取り、酷い目に遭わせた人たちだと。怒った王子さまはあたしたちを裁判にかけた。すると、みるみる罪が明るみになった。リンゴだけじゃない。あたしもママも、生きるために盗みを働いた。それが公になった。そして、元使用人たちからは嘘出まかせの証言をされて、罪が重くなった。


 もうそこからは出られない。あたしたちは、国一番の悪者になった。


「ごめん」


 アメリが謝った。


「ごめんなさい……」


 アメリが泣いていた。


「わたしのせいで……」


 アメリが、自分の足を押さえた。






「やあ、お嬢さん」


 優しそうな笑顔が、目の前に映し出された。きょとんと瞬きをする。老人があたしの顔を覗き込んでいた。おそらく70代。長いシルクハットを被り、高そうなスーツを着ている。


(鞄も杖も、スーツジャケット、シルクハット、ブランド品だわ)


 成金の老人だ。


(いけるかも)


 あたしはにっこりと微笑んだ。


「こんにちは! おじいさん!」

「こんなところでどうしたんだい? ママは?」

「ママはいないの。お家もないわ。あたし、働けるところを探してるの。できればお屋敷の使用人として働きたいんだけど、誰も雇ってくれなくて」

「君のようなお嬢さんに仕事を渡さないのは世の中の理不尽さを感じるね。それならば、この私が雇ってあげよう」


(おっしゃ! きたぁーーーーーーーーーー!!)


 あたしは内心の感情を押し殺し、両手を握り、11歳の少女の瞳を輝かせた。


「まあ、本当ですか!」

「もちろんさ。うちの使用人として雇ってあげよう。一ヶ月50万ワドル契約。どうだい」

「まあ、あたし、まだ子どもなのに、そんなに頂いていいの?」

「ああ、君にぴったりの仕事があるんだ。さあ、こんな寒空の中、外にいてはいけない。暖かい私の屋敷へ行こう」


(よっしゃあああああああああ!)


 ぐっと、あたしの拳が握られた。


(11歳に50万ワドルだなんて、どれだけ気前がいいの!? これこそ、ホワイトよ!)



 罪滅ぼし活動サブミッション、ホワイト企業を見つけ出す。



(ふふっ! あたし、また一つやり遂げてしまうのね!)


 老人があたしの肩にそっと手を添え、優しく微笑む。


「さあ、馬車へ」


 優しい声であたしを案内する。あたしも頷いて導かれるままに歩き出した。


 ――その時だった。


「見つけましたよー!! お嬢さまああああああ!!!!」


(……ん?)


 後ろを振り向けば、真っ青な顔で笑いながら全力疾走してくる知らない男が、老人に叫んだ。


「そこの紳士さま! 少々お待ちを!」

「なんですかな?」


 男は老人の前で立ち止まり、老人の手からあたしの肩を掴み、自分の方へあたしを引き寄せた。


「失礼。あなたのような立派な方にお声をかけることをお許しください。わたくし、サタラディアと申します」

「なにっ、あの名家の? これは、また、おお、初めまして!」


(……サタラディア? 誰?)


 知らない若い男が銀の髪の毛を輝かせて、にこにこ微笑み続ける。


「こちらのお嬢さまは、我々の親戚にあたるご令嬢でございまして、ご両親と喧嘩をされ、家を飛び出していたところなのです」

「ほう。なるほど、そうでしたか。いやぁ、……私はこのような恰好をされていたので、てっきり、お金のない可哀想な子かと……」

「ははっ! 全く、カモフラージュもいいところだ! この度はご迷惑をおかけして大変失礼致しました」


 銀の髪の男が、あたしを見下ろし、微笑む。


「さあ、お嬢さま、帰りましょう」


 はあ?


「あんた、誰?」


 訊けば、微笑んでいた男の顔が芝居がかかったように大袈裟に歪み、また芝居がかかったように大袈裟に頭を抱えて、ため息をついた。


「ああ、全く! お嬢さまは困ったものですね! ご両親さまももう怒っておりませんので行きましょう! 紳士さま、誠に申し訳ございませんでした!」

「いえいえ、いいのですよ。では、わたしはこれで」


 老人がぺこりと頭を下げる。


(え)


 自分の馬車に乗りこむ。


「え、ちょ、まっ……!」


 馬車が動き出す。そのまま行ってしまう。あたしを置いて。


(ああああああ!)


 あたしは手を伸ばす。


(畜生! せっかくのチャンスが……!)


「ちょっと! あんた、なにするのよ!」


 暴れてみる。離れない。


(え?)


 もう一度暴れてみる。離れない。


(え?)


 あたしはもがいてみる。離れない。


「……」


 もがいて暴れてみる。全く離れない。


「……」


 どんなに抵抗しても、あたしの肩を掴む手が離れない。だけど痛くもない。でも離れない。


「……」


 あたしはそっと振り向く。見上げる。先ほどまで情けない顔をしていた男はまた何事もなかったかのように、にこにこと微笑み、じっとあたしを見下ろしていた。――冷たい視線と目が合う。


(え、誰?)


 知らない人。


(でも、あたしを掴んで離さない)


 不気味な笑顔の男。


 ――こいつ、やばい!


 長年の貴族経験から察した瞬間、体が無意識に必殺技を決めた。


「びえええええええええええん!!!」


 テリーさま必殺、泣き落とし。


「このおじちゃん怖いよぉー! ふええええええん!!」


 噴水前を歩く人々の視線があたしと男に向けられる。男の目がきらんと輝き、笑い出す。


「ふっ! 怖がらないでください! お嬢さま! ほら! こんなところに苺ちゃん味の飴ちゃんが! 甘くてフルーティちゃんな飴ちゃんが! これを可憐なあなたに差し上げましょう!」


 その手を叩く。あたしはぎろりと男を睨んだ。


「うるさい! 触るな! 変態! このロリコン! あんた誰よ! 何者よ! よくも邪魔してくれたわね! 離してよ! 叫ぶわよ!!」

「ふっ! その豹変ぶり! 間違いない! テリー・ベックスさまですね!?」

「なんで名前知ってるのよ! いいこと!? 身元特定は犯罪なのよ! 警察、もしくは、通りすがりの強くてたくましい騎士に突き出してやるから!」

「はっはっはっ! 警察に騎士ですか。ほーう! それは、怖い怖い!」


 にこにこにこにこ、笑い続ける。その笑みが気持ち悪い。


(何を笑ってるの!? この男、本当にヤバい奴なんだわ……!)


 人々の視線が集まる中、あたしは必死にもがく。しかし、誰も助けてはくれないし、男の手が離れることはない。


(ぐぅうううう!)


「くそ! なんなのよ、あんた! 気持ち悪いのよ! 離して! この、無礼者!」

「まあ! こんなところにいたのですね! お嬢さま!」


 突然、横から知らない女性があたしに声をかけてくる。あたしはきょとんとする。


「は? 誰……」

「お嬢さま! ああ、見つかってよかった!」

「いやいや、安心しましたぞ!」


 また横から知らない男たちがあたしに声をかけてくる。あたしは困惑する。


(え? え?)


 こんな使用人の顔は知らない。あたしは後ずさる。


「え、だ、誰? なんなの……?」

「お嬢さま! 心配していたんですよ!」

「全く! お嬢さまはお転婆なんですから! はっはっはっ!」


 あたしが声を出せば、大人たちがあたしの声をかき消すように笑い声や世間話などを始めた。


 ――そして気が付けば――、


(え……? ……囲まれてる…?)


「では、帰りましょうか。お姫さま」


 銀髪男が不気味なほど微笑し、あたしの手を握り、そのままゆっくり歩き出した。後ろから男が銀髪男に肘で小突いた。


「お前、馬鹿。そこはおんぶだろう?」

「いや、駄目だ。おんぶだと怒ると言われている」

「抱きかかえるのもダメだったか」

「その通り」

「ぬぬ……。……このままではお足が汚れてしまうぞ」

「なんでも、抱えるのは自分じゃないと嫌だそうだ。だから、我々はお手を繋いで案内するだけ。ふっ。流石あの方だ。独占欲もお強い……」


(何の話をしてるの……?)


「テリーさま、あなたを待っている方がいます。我々は、その方の元へ案内するだけです」


 横にいた女性が、目が点になったまま誘導されるあたしに説明をする。あたしは首を傾げた。


「一体、誰が?」

「それは秘密だと言われておりますので」


 女性は、悪気のない笑みを浮かべる。


(……なんなの、こいつら……)


 怪しい集団。大人たち。


(なによ、どこに連れて行こうってのよ……)


 あたしは大人しくついていく。囲まれながら、大人たちと一緒にてくてく歩いていく。


(……ここ、どこ……)


 どんどん人気がなくなっていく。


(……)


 あたしは黙っててくてく歩く。大人たちを観察する。


(悪い人たちじゃなさそうだけど……)


 なにが目的なのかわからない。あたしはてくてく歩く。


「……」


(なんか、ここら辺の景色、見たことあるわね……)


 この薄暗い裏路地。


(どこかで見たわね……)


 人気が少なくて、店がだんだんなくなってきて、街のはずなのに、街のはずれ。裏路地に入れば、見覚えのある二階建ての木造の小さな家。その家を見て――あたしを囲む数人の大人たちを見て――あたしの足が止まる。


「っ」


 息を呑んだ。足が止まった。男があたしの手を優しく引いた。あたしは慌てて後ずさる。


「いっ!」


 後ろにいた女性があたしの背中を押した。


「やっ! やめろ!!」


 あたしは暴れ出す。ぐーーーーっと後ろに体を引っ張ると、銀髪男が笑いだす。


「ふっ! 照れているんですね! お嬢さま! 大丈夫! あの方が心よりお待ちですよ!」

「照れてない! やめろ! 引っ張るな!!」

「さあ! 再会のひと時を!」

「えい!!」


 あたしは足を上げ、銀髪男の股間を思いきり蹴り上げる。


「っ」


 銀髪男が白目を剥いて股間を押さえる。あたしの手が解放された。


「あ!」


 大人たちが声を出すと同時に、あたしは囲まれた枠から抜け出し、必死に走り出した。


「しまった!」

「お嬢さま!」

「テリーさま!」

「お待ちを!」

「誰が待つか!!」


 あたしは全力で走る。


(あの家はまずい!!)


 あの家には見覚えがある。


(ずっと避けてきたのよ!)


 あの家に行きたくなくて、会いたくなくて、


(街を避けてきたのに!)


 ここで諦めてなるものか!


(あたしは、逃げる!!)


 地面を踏み込んで、一歩前に出ると、木の後ろから影がぬるっと出てきて、あたしにぶつかってきた。


「げふっ!」


 その拍子に体を抱えられる。


「ひゃ!?」

「よいしょー」


 お姫様抱っこをされる。


(……)


 あたしの体が、拘束状態となる。


(あ、やばい……)


 あたしの血の気が下がる。


(これ、やばい……)


「くくっ」


 聞きたくなかった笑い声が、目の前から聞こえる。


「会いたかったよ。ハニー」


 上から見下ろしてくるそいつ。


「久しぶりだね」


 天使のような悪魔の声。


「会えなかった分、愛を語り合おうじゃないか」


 ね?


「半年も避けられて、寂しかったよ。テリー?」


(助けて! ドロシーーーーー!!)


 あたしは青髪の悪魔を目の前に、顔を真っ青にさせ、頭の中で、必死に叫んだのだった。

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