第19話 第十のミッション、クリア
あたしはアメリと屋敷に戻るや否や、ママから怒鳴られ、ギルエドに叱られ、ママがこの世の終わりだというように泣きじゃくり、ギルエドがハンカチを目頭に押し当て、ママが目にいっぱい涙を溜めて、あたしとアメリを強く抱きしめた。
「無事でよかった……!」
ママがあたしを抱きしめる。
ママがアメリを抱きしめる。
あたしはママの背中を撫でる。
アメリがママの背中を撫でる。
ママがすすり泣く。アメリがすすり泣く。あたしは涙を浮かべる。
ギルエドはハンカチで鼻をかみながら、そっと部屋を抜ける。
三人で抱きしめ合う。家族が集まる。
だが、どんなに抱きしめ合っても、まだ、あたしたち家族には、問題が残っている。片付けなければいけない大きな問題が、一つ、残っている。
(あたしはドロシーの提案の元、罪滅ぼし活動でのミッションをこなしてきた)
その中で見つけた、家族の壁。家族の距離。避けていたその出来事。
(やっぱり、避けられない)
これは、あたしたち家族の問題だ。
(避けてはいけない)
あたしは、ママの背中とアメリの背中を撫でる。
(ママだけじゃない)
(アメリだけじゃない)
(あたしも向き合わないといけない)
三人で、向き合うのよ。
罪滅ぼし活動ミッションその十、家族を説得する。
「ママ、アメリ」
あたしは涙ぐむ二人に、声をかける。
「あたしは、仲のいい家族が好きよ。ママもアメリも大好き。二人のこと、愛してる」
ママとアメリがあたしの声を聞く。
「でも、ある日から、二人と壁を感じ始めた」
ママが再婚した。
新しいパパが出来た。
メニーが屋敷に来た。
新しいパパが死んだ。
メニーが一人残された。
あたしたち三人と、メニーが、この屋敷に残った。
「メニーのお父さまが亡くなってから、まるで、家族が家族じゃなくなったみたい。空気が冷たくなって、ピリピリしだして、その中で」
アメリが誘拐された。
「ねえ、二人ともどうだった?」
どう思った?
「メニーとあたしと、アメリが喧嘩して、その中で、アメリが誘拐されて」
どう思った?
「あたしは嫌だった」
アメリは死ぬ可能性もあった。無事じゃない可能性もあった。
「喧嘩したのが最後の会話だったなんて」
そんなの嫌だ。
「ママ、アメリ、あたしは、もう二人と喧嘩したくない。言い争いも真っ平。元に戻りたい」
仲良しだった家族に。
「でも、戻ることは出来ない」
あたしたち家族には、新しい生活が待っている。
「メニーが家族に加わった生活」
「メニーがベックス家の三女としての生活」
「お願い、ママ。メニーを受け入れて」
お願い、ママ。
「メニーと向き合って」
別に、好きになれなんて言ってない。
「嫌いじゃない、でいいから」
ほんの少しでいい。
「メニーを、少しでいいから、娘として愛してあげて」
「お願いだから、メニーを家族として認めて」
ママさえ認めれば、もう喧嘩にはならない。もう、あんな言い争いにはならない。
「ママ……」
あたしは俯くママを見つめる。
「お願い。あたしを愛してるなら……」
もう喧嘩も、言い争いもしたくない。
「ママ……」
あたしは目に涙を溜める。ママを見つめる。
「……ママ……」
ママは黙る。涙を目に溜めて、黙りこくる。すると、アメリが横から、ぼそりと呟いた。
「……、……ママ、あの」
アメリが唇を震わす。
「あの、わたし、……わたしも、……別に、……メニーのこと、嫌いじゃないわ」
喧嘩したけど、
「メニーのヘアピン、わたしにも悪いところがあったわ。メニーは悪くない」
ママが眉を寄せて、黙る。
「メニー一人くらい、家族にしたっていいわ。わたしの妹が一人増えたって、わたし、平気よ。元々、テリーがいたんだから」
アメリが俯いた。
「地下室に、いる時に、兄弟もいたの」
兄と弟が、すごく仲良しで、励まし合ってた。
「いいなあって思った」
「あんな妹、いたらよかったのにって」
「そしたら、メニーに、悪いことしたって、わたし、ずっと考えてた」
「ママ……」
「わたしもテリーに賛成よ」
「メニーの一人くらい家族に増えたって、どうってことないわ」
家族が四人に増えるだけ。
「わたしも、もう喧嘩したくない」
アメリが震える声で訴える。あたしがママを見つめる。
「ママ」
「ママ」
あたしとアメリが涙目でママを見つめる。
ママが俯いて、あたしとアメリを抱きしめる。
「アメリアヌ」
ママが伝える。
「愛してるわ」
ママが抱きしめる。
「テリー」
ママが伝える。
「愛してるわ」
あたしたちをしっかり、抱きしめる。
「そうね」
ママが頷く。
「お母さまも、もう怒鳴るのは真っ平よ」
ママが息を吐く。
「いいわ」
ママがあたし達を抱きしめる。
「メニーを、本格的に家族として迎えましょう」
ただ、
「お願い。お母さまにも、時間をちょうだい」
ママが再び俯く。
「大人には、片を付けることがたくさん残っているのよ」
ママがあたしとアメリを抱きしめ続ける。鼻をすする。
アメリがあたしとママを抱きしめる。鼻をすする。
あたしはママとアメリを抱きしめる。鼻をすする。
三人で受け入れる。
三人で向き合う。
メニー一人に向き合う。
小さなことのように感じる。だけど、すごく大変。
(メニーを家族にするだけ)
なんて、大変なんだろう。
(ああ)
それでも、やっとメニーが家族に迎え入れられる。
(あたしは、やり遂げたのよ)
罪滅ぼし活動ミッションその十、家族を説得する。
(ようやく、メニーが家族になる)
(ようやく、メニーがベックスの名前を持つ)
(あたしの妹になる)
(ママが受け入れる)
(アメリが認める)
あたしたち家族は、メニーに向き合うことを決めた。
これで、ようやく平和が訪れる。
――訪れる、のだが、
そもそも、メニーがいなければ、あたしたちはこんなに悩まずに済んだのだ。
(メニー)
そもそも、メニーがいなければ、あたしは死刑になど、ならなかったのだ。
(メニー)
そもそも、メニーがいなければ、あたしはこんなに、嫉妬心に苦しむことは無かったのだ。
(メニー)
そもそも、お前がいなければ、
(メニー)
ガラスの靴も、
(メニー)
王子さまも、
(メニー)
リオンさまは、
( お 前 さ え い な け れ ば )
ママは、受け入れることを決めた。
アメリは、受け入れることを決めた。
あたしは、心の奥では、まだ決めかねている。
憎い相手を好きになる時間は、永遠のように長いことをあたしは知っている。
そして、あたしには、一生かけてもメニーを許すことが出来ないことも、自覚している。
二人に偉そうに話して、痛い所を突かれているのは自分だった。
二人にメニーを愛してと言っておきながら、一番愛が足りないのはあたしだ。
あたしは、メニーを愛していない。
あたしは、これからも、愛せなどしない。
あたしは、これからも、許せなどしない。
あたしは、これからも、憎しみ続ける。
あたしは、これからも、憎しみを抱き続ける。
許さない。
メニーだけは、許さない。
まるで呪いのように、憎しみが、恨みが、あたしの中にまとわりつく。
(メニー)
憎い。
憎い。
憎い。
(メニーが、憎い)
なによ。
結局、説得できてないのは自分自身じゃない。
あたしが一番、メニーを憎んでいるじゃない。
(愛してるなんて嘘)
(好きだなんて嘘)
お前なんて、大嫌いよ。
これからも、この先も、ずっと、ずっと――。
ママとアメリが覚悟を決める中、あたしだけは、まだ、憎しみの海に、取り残されていた。
(*'ω'*)
アメリを連れて部屋に戻る。アメリの部屋の前に、メニーが座りこんでいた。
「あ」
メニーが立ち上がる。ドレスのしわを伸ばして、アメリに微笑む。
「アメリお姉さま」
メニーがアメリに近づく。
「これ、あの、これ……」
膨らんだ封筒をアメリに渡す。アメリが黙って受け取る。
「開けてみて」
メニーに促され、アメリが封筒を開ける。アメリが目を見開いた。
「わ……」
ブレスレットを見る。
「可愛い……」
アメリが目を輝かせた。
「どうしたの? これ……」
「作ったの!」
メニーがもじもじしながら、アメリを見る。
「ヘアピン、貸せなかったから……その、お詫びに……」
「……可愛い」
アメリがブレスレットを見て、微笑む。
「ありがとう、メニー……」
弱々しく、微笑む。
「大事にするから」
「えへへ、うん」
「つけてもいい?」
「うん! つけてあげる」
アメリが手首を差し出す。メニーがブレスレットをアメリにつける。アメリの手首に、ブレスレットが巻かれる。
「痛くない?」
「大丈夫」
アメリが手首を見つめる。
「ふふ、なかなかいいわね」
アメリがメニーに微笑む。
「どう?」
「似合ってる!」
「当然よね」
アメリが笑う。
メニーが笑う。
あたしは、笑顔の仮面をつける。
(お前の笑顔を見たところで、憎しみしか湧かないのよ)
あたしはにこにこ微笑む。
(くたばればいいのに)
あたしはにこにこ微笑む。
(お前が誘拐されて、死ねばよかったんだ)
アメリじゃなくて、あたしじゃなくて、
(お前が)
誘拐されてたら、
「この封筒ね、テリーお姉ちゃんがくれたの」
「へえ、可愛い封筒、あんた、こんなの持ってたのね」
あたしはにこにこ微笑む。アメリがメニーに笑った。
「ねえ、メニー、わたしも悪かったわ。本当にごめんね」
「ううん。いいの」
「わたしのリボン、貸してあげるわ。見ていかない?」
「いいの?」
「ええ」
「やった!」
メニーが嬉しそうに笑う。
「テリーお姉ちゃんも来る?」
「あたしはいいや」
あたしはにこにこ微笑む。
「二人で改めて、ゆっくり話して」
「そうね」
アメリが頷いた。
「メニー、ちょっと話そうよ」
「うん」
アメリとメニーがアメリの部屋に歩き出す。ドアを開ける。アメリが部屋に入る。メニーが部屋に入る前に、あたしに振り向く。
「お姉ちゃん、封筒、ありがとう」
青い目がにこりと笑う。
「また後でね!」
あたしはにこにこ笑う。
メニーがドアを閉める。
あたしは廊下に残される。
罪滅ぼし活動ミッションその九、プレゼントを使ってアメリと仲直りする。
コンプリート。
今、やらなければいけないミッションは、全てやり遂げた。
もう、あたしの自由時間。
静かになる。
あたしは隣に歩いていく。ドアを開ける。自分の部屋に入る。ドアを閉める。あたしは歩く。ベッドに歩く。靴を脱ぐ。ベッドに走る。飛び込む。枕を抱きしめる。枕に口を押し当て――、
叫んだ。
(メェェェエェェエエエエエニイイィィィィィイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!!)
あたしは叫んだ。
(死ね! 死ね!)
あたしは叫ぶ。
(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!)
あたしは叫ぶ。
(地獄に堕ちろ!!)
あたしは叫ぶ。
(お前のせいだ!!)
あたしは叫ぶ。
(お前がいなければ、こんなに苦労せず済むのよ!!)
あたしは叫ぶ。
(お前がいなければ、ママとアメリが泣くことはなかったのよ!!)
あたしは叫ぶ。
(お前がいなければ、アメリの足から指がなくなることはなかったのよ!!)
あたしは叫ぶ。
(お前がいなければ、ママは発狂せずに済んだのよ!!)
あたしは叫ぶ。
(許すものか! 許すものか! 許すものか! 許すものか! 許すものか!)
あたしは叫ぶ。
(許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない! 許さない!)
あたしは叫ぶ。
(よくもあたしを死刑にしたわね!!!!!)
あたしは叫ぶ。
(メニー!!)
あたしは叫ぶ。
(くたばれ!!)
あたしは叫ぶ。
(くーーーーーたーーーーーばーーーーーれーーーーーーーーーーーーーーぇええええええ!!!!!)
体が震える。
目が充血する。
言葉を枕が吸い取って、息だけが吐かれる。
「……。……。……。……」
あたしの息だけが漏れる。
「……。……。……。……」
あたしのすさまじい恨み言葉が、ただの空気となって、消えていく。
「……。……。……。……。……。……」
あたしの息が、切れる。それでも、まだ足りなくて、枕に息を吐く。
「……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……。……」
恨みが、憎しみが、まだ、まだ、あたしの体から、出てくる。出てくる。出てくる。
(苦しい)
出てくる。出てくる。出てくる。
(痛い)
出てくる。出てくる。出てくる。
(苦しい)
窒息してしまう。
(助けて)
助けなど来ない。
(助けて)
(苦しい)
まだまだ足りない。出てくる。出てくる。出てくる。出てくる。
(息が持たない)
言葉がまだ足りない。
(息が)
あたしの目がぐるりと上を向いた。
(いき)
ふわりと、意識が飛んでいく。
(い、き、が)
あたしは、そのままベッドに倒れた。
( ˘ω˘ )
「テリー」
あたしはベッドで呆然とする。
「テリー」
駆け寄ってくる。
「大丈夫、テリー?」
頬を撫でられる。
「怖かったでしょう」
抱き締められる。
「テリー」
「人が」
黙る。
「人が、死んだの」
あたしの頭を撫でてきた。
「あたしのこと見てた」
「テリー」
「あたし、人を殺したのよ」
「テリー、大丈夫」
「あたしが、足、滑らなければ、転ばなければ、あの人、助かったのよ」
「テリー、テリーのせいじゃないよ」
「だって、あたしのこと」
「テリー」
「あたし」
「テリー」
「どうしよう、メニー」
「テリーは悪くないよ」
「メニー」
「大丈夫」
メニーがあたしを抱きしめる。
「お姉さまは、何も悪くないよ」
メニーが笑顔で、あたしを抱きしめた。
「無事でよかった。お姉さま」
メニーがあたしの腕を掴んだ。
「よかった」
強く、抱きしめた。
「テリー」
(*'ω'*)
あたしははっと目を覚ます。視界には、微笑むサリアの顔。
「お眠りのところ申し訳ございません。夜ご飯が出来ましたよ」
「……」
「ドレスのままで眠ってしまうなんて、皺になります。また奥さまに怒られても、知りませんよ」
サリアがあたしの体を起こす。
「さあ、テリー」
「……サリア」
「はい」
「ちょっといい?」
サリアを見上げる。サリアがあたしを見る。微笑んだまま眉を下げる。
「お顔の色が悪いですね」
サリアがベッドに座り込む。
「悪夢でも見ましたか?」
「……うん」
「そうですか」
サリアが微笑み続ける。あたしは視線を落とした。
「サリア」
「はい」
「憎悪って、どうやったら消える?」
「憎悪?」
「うん」
「そうですねえ」
サリアが考えて答える。
「手っ取り早いのが、捨てること」
サリアが付け足す。
「もしくは許すこと」
サリアが付け足す。
「もしくは、忘れること」
サリアが付け足す。
「自分の成長の糧にすること」
サリアが俯く。
「でも、テリー、憎悪を消す、というのは、それぞれ解決方法が違うんです」
人それぞれ、違う憎悪を持っていますから。
「捨てたくても捨てられない」
「忘れたくても忘れられない」
「許したくても許せない」
「糧にしたくても出来ない」
「それが、憎しみというものです」
「いくら忘れても、消しても、ある日、突然思い出す」
「嫌なことってそういうものです」
「結局、忘れられないんです」
だから、
「嫌な記憶なんて、塗りつぶしてしまいましょう」
「……え?」
「テリー」
さて問題です。
「今夜の晩ご飯はなんでしょう?」
サリアがおどけた声で問題を出す。あたしは眉をひそめてサリアを見る。サリアは微笑む。
「……それ、正解しないと連れていってもらえないやつ……?」
「ふふ。正解です。さあ、テリー、お腹がすいたのであれば、答えてくださいな」
「それだけじゃわからないわ」
「大丈夫です。ヒントを与えますから。5つ質問してください」
あたしは唸って考える。
「……パン?」
「はい。パンもあります」
「スープはある?」
「はい。ございます」
「メインはスープ?」
「はい。スープです」
「シチュー系?」
「いいえ。違います」
「お肉は入ってる?」
「はい、入ってます」
「ビーフシチュー」
「不正解です」
「サリア、お腹空いてきた」
「ふふ。行けますか?」
「……大丈夫そう」
「そうですか」
サリアが微笑む。
「それは良かった」
サリアが立ち上がる。あたしの頭には、サリアから出された問題で埋め尽くされる。
「正解は、ご自分の目でご確認を」
「うん」
今夜の晩ご飯は、なんだろう。
「アメリの好きなもの?」
「ふふ。どうでしょうね。見てからのお楽しみです」
あたしはベッドから抜ける。サリアに手を伸ばすと、サリアが優しく、あたしの手を握り締めた。
その瞬間、あたしのお腹の虫が、ぐう、と鳴き出す。
「……下品な音」
そう言うと、サリアがくすくすと、おかしそうに笑い出した。
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