第20話 貴族令嬢は罪滅ぼし活動に忙しい
「お疲れさま。テリー」
裏庭に行くと、ドロシーが待っていた。あたしは階段に座る。ドロシーは箒に乗り、ふわふわと浮かぶ。なびく風を受けて、微笑む。
「うん。今日は良い風」
安定している。
「涼しくて、平和で、丁度いい風だ」
「ドロシー」
あたしは視線を足元に落とす。
「これで良かったのかしら」
「なにが?」
「歴史が変わった」
「もうすでに変わってるじゃないか」
「……そうね」
あたしは屋敷を見上げる。
「ママとアメリが、今回の事件をきっかけに、喧嘩をしないために、メニーを家族として受け入れてくれることを認めたわ」
「でかした。テリー」
ドロシーが微笑む。
「無事にアメリアヌも見つかった。靴も役に立ったみたいで良かったよ」
「あの靴、なにも役に立たなかったわよ!」
あたしはむくれながらドロシーを睨む。
「結局、導きなんてどこにもなかったわ!」
「え?」
ドロシーがきょとんとする。
「そんなはずないよ」
「無かった! だって、赤い靴はなにも動かなかったのよ!」
あたしは靴を見下ろす。染まった赤色は落ちて、あたしの靴は茶色の靴に戻っている。
「でも……」
ドロシーがじっとあたしの靴を見る。
「ううん。そんなはずない。だって、魔力がかすかに残ってるもの。魔法が発動したんだ」
「いつ?」
「それは、ボクにもわからないよ」
ドロシーが唇を尖らせる。
「君の知らない間に、赤い靴が君を導いたに違いない。それを君は無意識に、てくてく歩いてたってわけさ」
「……どうだかね」
あたしは靴を睨む。
「導いて、これなわけ?」
ろくな目に合わなかった。
「ドロシー、かけるならもっとマシな魔法かけてよ。役に立たないわね」
「かけてあげたじゃないか! すっごくまともな魔法だよ!? すっごくマシな魔法だよ!? 君って本当に恩を仇で返すよね! すっごく良い魔法をかけてあげたのに感謝も無し! ありがとうも無し! はーーーー! ボクは悲しいよ!!」
ドロシーがハンカチで鼻をかんだ。
「罪滅ぼし活動のミッションをこなしていけば、そのひねくれた性格も軌道修正すると思ったのに、全くならない! はーーーー! 呆れるね! 全く、君のその根っこはどうなってるんだい! 全く! はーーーー!! 呆れるね!!」
ドロシーがハンカチをポケットにしまった。
「で、今回の件で、君の心境は、ちょっとでも変わった?」
「なにも変わらない」
あたしは憎い。
「結局、メニーが憎いのは変わらない」
歴史が変わっても、時間が繰り返されても、
「メニーがいなければ」
アメリは誘拐されなかったかも。
「メニーさえ、いなければ」
あんな契約だって、しなくて済んだのに。
「……。……。……」
あたしは黙る。ドロシーが夜風に当たる。
「ドロシー」
「なに?」
「今日、だいぶ歴史が変わったわ」
誘拐犯は捕まった。
アメリは無事だった。
子どもたちは、みんな解放された。
「死人は出なかった」
「素晴らしいことじゃないか」
ドロシーが呑気に微笑む。
「あの、助けにきたって子は、どう?」
「……死ななかった」
「それは知ってる」
あたしはきょとんとする。ドロシーがにんまりと笑う。
「心配だったからね」
ドロシーが両手を広げた。両手の間からヒビの割れた水晶玉が現れた。
「死人が出るって聞いていたから、ほんの少しだけ、覗かせてもらってた」
「……見てたの?」
「ほんの一部だけ」
「どこ?」
「彼が、返り血まみれになったところ」
あたしは眉をひそめる。ドロシーも口角を下げる。
「あの子、誰?」
ドロシーが水晶玉を見下ろす。だが、水晶玉にはなにも映っていない。あたしは思い出す。ドロシーは思い出す。キッドのことを、思い出す。
「本物の剣を使ってた」
「ええ」
「ベルトに、もう一つ、銃があったね」
「あれも本物かしら」
「あの子、いくつ?」
「……本人は、14歳って言ってた」
「14歳であの剣捌き?」
ドロシーが苦い顔をした。
「おかしいよ」
あたしもそう思う。ドロシーは続ける。
「返り血を浴びてたってのに、あの子、息を吸ってるみたいに当たり前の顔してた」
「……そうね。涼しい顔してた」
でも、それだけ。
「いいわよ、あいつのことは。あたし、別に興味ない」
「……興味ない?」
なぜか、ドロシーが反応した。
そして、慎重に、静かに、確認するように、またあたしに訊き返した。
「それ、『本当』?」
「……あいつに関わるとろくなことが起きないのよ。今日だけじゃない。あたし、前にもあいつに何度か会ってたのよ」
「え」
ドロシーが顔を引き攣らせる。
「知り合いだったってこと?」
「あんな最低な奴、知り合いなもんか。メニーへのプレゼントの本を馬鹿にされたのよ!」
「まーーーあ、……あのセンスは、ボクもどうかと思ったけどね!」
「なによ! 8歳にしてはいい絵本だったじゃない! なのに幼稚って言われたのよ!」
「うん。あの、……テリー、あの本はさ、その、8歳が見る分には、ちょーーーっと子供すぎると、ボクも見てて、思ったかなーーーー?」
「出かけた時もそうよ。メニーに景品を渡すために参加したゲームで、あたしの勝ちを横取りされたのよ」
「え、それは酷いね……」
「おまけに、全身泥だらけ!」
「ああ、あの時か」
「酷い目にあったわ」
「そっか。あれは、あの子のせいだったんだね」
「その後も、ほら、薬」
「ああ。メニーの?」
「あの薬草を探してる時に、たまたま出くわしたと思ったら、テリーの花を小馬鹿にしてきたのよ」
テリーの花と聞いた瞬間、ドロシーが怒りに顔を歪めた。
「それは良くないね!!」
「そうでしょう!!」
「テリーの花を馬鹿にするのは良くないよ!」
「そうでしょう!!」
「神話に出てくる花やぞ!!」
「舐めてるんじゃないわよ!!」
「舐めたらあかんぜよ!!」
「綺麗な花じゃない!!」
「いいじゃないか! テリーの花!」
「そうよね! 綺麗な花よね!」
「テリーの花は駄目だよ! もっと大切にしないと!」
「ドロシー……!!」
あたしは感激の目をドロシーに向ける。
「あんた、意外と良い奴なのね……!」
「テリーの花は昔からある花だからね、思い出深いんだよ」
(……あんた、何歳よ……)
怪訝な目を向けるが、ドロシーはあたしの視線に気付かないまま、うんうんと頷く。
「そんな酷い奴とよく手を組めたね。一緒に乗り込んだわけ?」
「なんかね、あいつ、顔見知りが多い街の子みたいで」
あたしは呆れた目で言う。
「街の事件を解決して、人気者になりたいんだって」
「ははっ」
ドロシーも笑った。あたしも笑う。
「わかる。呆れるわよね。ほほほ」
「いや、呆れるというか……」
ドロシーがくすっと笑う。
「とても『似た人』を知っていてさ」
なんか、
「懐かしくなっちゃった」
ドロシーが微笑む。
「今度、様子を見に行こうかな」
「なに? メニー以外の友達?」
ドロシーがあたしを見下ろす。あたしの顔を見る。ドロシーがにこりと微笑む。
「うん。そんなところ」
「意外と魔法使いに会ってる人間っているのね」
「まあ、メニーと同様、ちょっと特別ってところかな。君だってそうだろ?」
「特別ね……」
そんな特別は、あまり嬉しくない気がする。
「で? テリー、これからも彼に会うわけ?」
「会うわけないでしょう。あんな奴」
あたしはふん! と鼻を鳴らす。
「あたし、しばらく広場には行かないことにするわ。商店街にも行かない。行くなら隣町まで行く」
「んん? どうして?」
「あいつ、町中歩いてるの。てくてく歩いてたら見つかるわ」
もう関わりたくない。
「あいつ、あたしが今回の事件の情報を提供したら、あたしのボディーガードになるとか言ったのよ」
「え? いいじゃないか」
「嫌よ。気持ち悪い」
「君、どれだけ彼のこと嫌いなんだい……?」
「ドロシーはあいつのこと知らないの?」
「うーん。似た人なら知ってるけど、『あの少年』は初めて見たね。いやいや、あんな子いたんだね」
そして、本来ならば、亡くなってたんだ。
「……ふーん」
ドロシーがなにか考える。
「この時期に、亡くなったのか……」
「そうよ」
でも、あいつは死ななかった。死ななかったどころか、
――俺の将来の、お嫁さんになる約束をしてくれないか?
あたしは契約をした。
あの人はあたしのボディーガードになった。
あたしは、あの人の婚約者になった。
そんなことを言われたのも、初めて。
そんな約束をしたのも、初めて。
あたしは、今日、体験したことのない一日を過ごしたのだ。そのことによって、歴史が大きく変わった。
「ドロシー、これがなにか、この先の未来に影響するのかしら」
「さあてね。凶と出るか吉と出るか、それは誰にもわからないよ」
「あたし、今日一日で、なにかを背負い過ぎた気がする」
「それは、自分で測ることさ。テリー」
ドロシーの帽子が、風で揺れる。
「背負ったものが軽いと思えばそれはとても軽いものだし、重いものだと思えば、それは酷く重いものに変貌する。それが将来良い結果になるか悪い結果になるか、時間が経過しないとわからない」
ドロシーがぐっと伸びをした。
「せっかくの二度目の世界なんだ。ゆるーく、背負い込もうよ」
「あんた、あたしにそんな暇あると思ってるの……?」
あと六年しかないのよ?
じいいいいっとドロシーを睨むと、ドロシーが顔を引き攣らせた。
「あのさあ、テリー、こう言うのもなんだけど、人生は一度きりだ。君は十分努力している。それは認めるよ。だから歴史だって変わったんだ。未来が変わってきている証拠だ。ね、もうちょっと気を休めてさ、子ども心を思い出して、遊んでみてもいいんじゃない?」
「……遊んでみる、ね……」
(呑気ね)
「遊んで、なにが変わるのよ」
またメニーとお人形さんごっこでもしろっての?
「はっ」
あたしは鼻で笑い飛ばす。
「ごめんよ」
遊んだって、なにも変わらない。
気を休めたって、なにも変わらない。
針は進むし、時間は進む。未来に向かって時計は進んでいる。
(それでも)
あたしはまだ、メニーを恨んでる。
(どうして)
ここまでミッションをやったのに。
(あたしの心は、なにも変わらない)
あたしだって嫌よ。
(こんなの苦しいわよ)
だって、メニーの顔を見るだけで、気分がムカムカしてくるのよ。
(あたしだって嫌よ。こんなの)
でも、抜け出せない。
(どうして)
どうして、あたしは変われないの。
どうして、ここまで考えなくてはいけないの。
死刑にならないため。
死にたくないだけ。
幸せになりたいだけ。
幸せになりたいだけなのに。
苦しい。
痛い。
首が絞められてるみたい。
あたしばかり。
あたしばかり、苦しい。
どうして。
どうして。
どうして。
あたしは、いつになったら、解放されるの。
あたしは、
どうして、こんなにも満たされないのだろう?
「ドロシー」
ドロシーがあたしを見下ろす。
「あたしはどうやったら、メニーを好きになれる?」
「そうだねえ。そのひねくれた根っこ部分を捨てることかな」
「……。……。……」
「怖い顔しないの!」
ドロシーに叱られる。あたしはぶすっと頬を膨らませる。
「そうだねえ。もっと愛を知れば、メニーのことも愛せるようになるかもね」
「愛なら知ってるわ。ママもアメリも、あたしを愛してるし、あたしも家族を愛してる。ね、愛なら知ってる」
「テリーの場合は、どうかな。君は、若くして牢獄入りだったから、家族愛は、確かに強いかもね」
でもね、テリー。
「愛が足りないと人はどんどん枯れていく。愛が満ちれば満ちるほど人は潤っていく。植物と同じさ。君には愛情っていう水が足りなかった。愛情を与えてくれる人が少なかった。君は愛情を与えられなかった。愛情を与えるほど潤いのある魂にならなかった。だから、君はそのまま枯れた」
「……」
「そうだろう?」
一度目の世界の家族を思い出すんだ。
「こんなに、温かったかい?」
あたしは視線を逸らす。
「……それでも、愛してたわ」
それも、あたしの家族よ。
「あたしの大切な家族よ」
死んでしまったけど。
「あたしは愛してた」
だから怖いのよ。
「あの未来が、またもう一度降りかかるんじゃないかって」
メニーが憎い。
思い出せば出すほど、メニーが憎い。
「君は、もうしばらく、罪滅ぼし活動を続行する必要があるね」
ドロシーが足を組んで、銀のパンプスをゆらゆらと揺らす。
「……そうだなあ」
ドロシーがにこりと、笑った。
「もしも、……本当にもしも、将来、同じような結末に近づいたら、ボクが君を拾ってあげるよ」
「……はあ?」
「ボクと一緒に旅をしよう! 世界中を歩き回るんだ。死刑になるよりはいいだろ?」
「魔法使いと旅なんて、死刑になるようなもんだわ」
「テリーにはボクの身の回りの世話をお願いするよ。その代わり、ボクはテリーをどんな害悪からも守ってあげる!」
「なによ、それ。変なの」
肩をすくめると、ドロシーがおかしそうに笑った。
「えー? いい提案だと思ったんだけどなあ」
「他の提案を思いついたわ。メニーから離れてしまえばいいのよ。あたしが大人になったら、農家の息子と結婚して田舎に引っ込めばいい。ハーブでも育てて、気長に暮らす。それで死刑回避の未来があるならそれも一つの手だわ」
「王子さまに憧れる君が、農家の息子ねえ」
「王子さまに憧れる?」
あたしはせせ笑った。
「王子さまなんて、ちゃんちゃらおかしい」
あたしは肩から笑う。
「王子さまに憧れなんて、あたし、別に持ってないわ!」
あははははは!
「あんたも馬鹿なこと言うのね! ドロシー!」
王子さまに憧れなんて持って、なにが楽しいわけ?
「そんなの、なにも楽しくない」
絶望を見るだけよ。
「だって、結局」
どんなに想ったって、
「王子さまと結婚されるのは」
この国のプリンセスになる女。
「ガラスの靴が似合う、たった一人のレディだけ」
あたしが大嫌いな女。
「あんたの親友」
あたしはその名を言う。
「メニー」
「なに? テリーお姉ちゃん」
その声に息を呑みこむ。ぎょっとする。慌てて振り返ると――青い瞳がランプに反射されて光った。メニーがあたしの後ろのドアの前に立ち、きょとんとしている。前に振り返ると、ドロシーはどこにもいなかった。
「……どうかした?」
あたしは首を振り、再びメニーに振り向いた。
「なんでもない」
メニーに微笑む。
「びっくりした。あんたがいると思わなかった」
「わたしもびっくりした。いきなり名前呼ばれるから」
メニーが微笑みながら階段を下りた。
「なにしてたの?」
あたしは足元にあった草をむしった。
「草占い!」
草をぴらっと薄く剥く。
「これでね、明日幸せになる人はアメリか、メニーか、あたしか、誰になるかを占ってたのよ!」
「お姉ちゃん、そういうのって、お花でやるんじゃないの?」
「だって、お花がなかったから!」
「手が汚れるから、やめたら?」
「そうね! おほほほほ!」
(うるせえ! てめえが急に来るからいけないんじゃない!!)
あたしはむしった草を捨てた。
(植物ちゃん、悪く思わないで)
あたしはにこにこ微笑む。メニーがあたしの横に座った。青い瞳が周りを見渡す。
「……裏庭、夜はこんなに暗いんだね」
「今日は夜風が冷たいから、戻りましょう」
「ううん。わたし、平気」
メニーがここにいたいというように、あたしの誘いを断る。
(チッ)
あたしはてめえとこんなところで、二人でいたくないのよ。
(くそメニー)
くたばれ。
あたしはにこにこ微笑む。メニーが夜風を感じる。メニーの美しい髪が揺れる。
「……夜は風が冷たいけど、落ち着くね」
「……アメリにでも虐められた?」
訊けば、メニーは首を振った。
「ううん。アメリお姉さまとちゃんと仲直り出来たよ」
「そう」
「見て、これ」
メニーが手首を見せてきた。リボンが巻かれている。
「アメリお姉さまが貸してくれたの」
「それ、髪を結ぶんじゃないの?」
「いいの。手首の方が可愛いもん」
「貸して」
リボンを解く。
「じっとしてて」
メニーがじっとする。あたしはメニーの髪を掴む。ふわふわな髪の毛を握り、――鋭く、睨む。
(引っ張ったらどんな反応するかしら)
――痛い!!
(そう言って泣く?)
信頼を築き上げるのは時間がかかる。でも、信頼を壊すのは一瞬だ。
(……)
あたしは息を漏らす。
(しんどい……)
いつになったらメニーから解放されるのかしら。
(もう、うんざりよ)
あたしはリボンを結ぶ。メニーの髪型がハーフアップになる。メニーが髪の毛に触れる。
「お姉ちゃん、可愛い?」
「可愛い」
にこにこ微笑む。
「似合ってるわよ。メニー」
「えへへ」
メニーが嬉しそうに微笑む。あたしもにこにこ微笑む。
「……アメリお姉さまと、仲直り出来て良かった」
メニーが膝を抱えた。
「お姉ちゃん、わたしね、仲良くできない人はこの世の中いないと思うの。話せば、みんな、わかり合えると思うんだ。話す時間が少ないから、お互いを理解できないんじゃないかと思って。だから、アメリお姉さまと仲良くなれて、わたし、すごく嬉しいの」
メニーはあたしに微笑む。
「お姉ちゃんのおかげだね。本当にありがとう」
綺麗事を嘘のように饒舌に並べるメニーが、あたしにお礼をその口で吐き出す。あたしはにこにこ微笑む。こいつ、まじかと思って微笑む。だが、本音は出さずに、にこにこ微笑む。
「少しでも、メニーの役に立てて良かったわ」
「うん、本当に、お姉ちゃんがいて良かった」
メニーが屋敷を見上げる。
「わたし、不安だった。この先、お父さんがいなくて、やっていけるのかなって、不安だったけど」
でも、
「テリーお姉ちゃんがいてくれたから」
やめろ。
「お姉ちゃん」
やめろ。
「あのね」
やめろ。
「ふふ、お姉ちゃん」
やめろ。
「これ」
やめろ。
「作ってきたんだ」
赤いブレスレット。
「ほら、お姉ちゃんの髪の色に似てるでしょう?」
あたしの笑顔が引き攣る。
「アメリお姉さまと、サリアと、一緒に作ったの!」
あたしは必死に、口角を上げる。
「つけてあげる!」
あたしは手首を差し出す。メニーがブレスレットをあたしにつけた。手首についた違和感。寒気。虫唾が走る感覚。だけど、それを堪えて、あたしは口角を上げ続ける。メニーが喜んだ。
「可愛い!」
メニーが笑う。
「お姉ちゃん、どう?」
「はは」
あたしは笑う。
「すごく可愛い」
あたしの声が震えた気がした。
「ほら、見て、あたしの美しい手首に、よく似合ってる」
でも、
「大切にしたいから、今は外すわね」
「そんな、汚してもいいんだよ。また作るから」
「せっかくのメニーからの贈り物なのよ。大切にしたいのよ」
あたしは手早くブレスレットを外した。
「ふふ、ありがとう! メニー」
あたしはポケットに入れた。
「また今度」
もう二度と、
「つけるわね」
つけるか!!!!
「メニーは将来有望ね」
あたしは微笑み続ける。
「あんた、いい女になるわよ」
どんな時でも人に優しく、思いやりに溢れて、だから愛されて、愛に満ち溢れて。
「将来が楽しみね」
風が吹く。あたしの髪が揺れる。あたしは横髪を耳にかけた。青い瞳があたしを見た。あたしはちらっとメニーを見た。
「……なに?」
お前、なに人の顔見てるのよ。
「あたしの顔に、なにかついてる?」
「葉っぱ」
メニーが手を伸ばした。
「じっとしてて」
「ええ」
メニーがあたしの頬に手を伸ばす。あたしの頬を、優しく撫でた。
「取れた」
メニーが手を引っ込めた。あたしはにこにこ微笑む。
「ありがとう、メニー」
よくもあたしの頬に、汚い指をつけてきたわね。
「ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「お姉ちゃんは将来、どうなりたいかとか、考えてる?」
「んー」
死刑が回避された未来になったら、
(とりあえず、遊ぶわね)
(たくさん世界のお酒を飲むわ)
(ギャンブルもやりたい)
(パーティー三昧)
(イケメンに囲まれたい)
「そうねえ。田舎に引っ込むかしらねえー」
あたしの適当な言葉に、メニーがぽかんとした。
「え?」
「田舎に行きたい」
「田舎?」
「田んぼに囲まれて暮らすのよ」
「お姉ちゃんが?」
「そうよー。あたし、のーんびり、暮らすのよー」
田舎か。
「そうね」
適当に言ったけど。
「田舎、いいかもね」
遠くに行けば、見たくないものを見なくていいし、知らなくていい情報は知らないままで幸せになれる。
王子さまがメニーを迎えに来るあの瞬間を、思い出しただけでも、あたしの胸が憎悪で騒がしくなる。
あたしがもっと子どもの頃から憧れていたシチュエーション。
あたしが純粋に夢を見ていた夢のひと時。
それを、昔、確かに憧れていた王子さまと、義妹が、あたしの目の前で披露し、あたしの夢が崩れて、あたしは一生王子さまのお姫さまになることはないと実感させられ、満たされない心が、永遠に、新しい夢を作る気力もなく、永遠に、永遠に、あたしに、妬み、僻み、嫉み、恨み、憎悪、自己嫌悪という名の鎖をつけていく。
王子さまが大好きだった。
プリンセス、という肩書きに憧れていた。
なんでもよかったのかもしれない。
国の、王家の、イケメンの王子さまじゃなくたってよかったのかもしれない。
ただ、あの頃は、それしか考えられなかっただけ。
リオンさましか見えなかっただけ。
あたしを迎えに来てくれる王子さまのプリンセスになれたら、それで、あたしは幸せだったのかもしれない。
でも、現実は、迎えになんて来てくれなかった。
出会うこともなかった。
その結果、
あたしは、
××を願っていた、
義妹と、
憧れていた、
王子さまに、
死刑判決を受けた。
知らなくていい話には、耳をふさぐ。
見なくていい景色には、目をふさぐ。
そうすれば、あの光景を見ることも、聞くこともなかった。
メニーの幸せそうなお城の暮らしを想像するだけで、はらわたが煮えくり返ることもなかった。
あたしの夢を、あたしではなく、義妹が叶えた。
その真実を知らなければ、あたしは、ここまでひねくれることはなかったのかもしれない。
(これは、あたしがひねくれた言い訳になるのかしら)
(いいわ。言い訳でも)
(理由が欲しい)
(自分のせいにしたくないのよ)
あたしが不幸なのは、メニーのせい。
(あたしは逃げたいの)
(自己責任から、逃げたいのよ)
メニーに責任を押し付ける。
(だって、メニーが嫌いなんだもの)
嫌いな奴に押し付けて、なにが悪いの。
あたしにとってメニーの情報は、負が連鎖する。だったらメニーの情報など、知らない方がいい。
(お互いのためだわ)
大人になって、少しでも、メニーを見なくて済むのなら、あたしは、この家族から、メニーから、この国から、離れたってかまわない。
それが、みんなにとって、あたしにとって、幸せになる一番の方法ではないだろうか?
(今のところ)
(この問1についての答え)
問1、どうしたらあたしは幸せになるか。
答えは、
これが、あたしの答えだ。
なによりも正しい答えのはずだ。
A、メニーに関わらない。
関わらなければ、あたしは、幸せになれる。
「田舎かぁ……」
メニーは呟いて、純粋な青い目を、あたしに向けた。
「わたしも、一緒に行く!」
あたしは、微笑み続ける。
「……メニーは、ここにいなさいよ」
お前は、あたしが憧れていた王子さまと結婚する。
そういう運命よ。
おめでとう。プリンセス。幸せになりなさい。
メニーが首を振った。
「駄目。わたし、お姉ちゃんと一緒にいたいもん。お姉ちゃんが田舎に行くならわたしも一緒に行って、畑仕事でも、牧場でも、なんでもお手伝いする!」
「ちょっと、それじゃあ、意味ないじゃない。あたしは一人がいいの」
「駄目だよ。お姉ちゃんが出て行ったら、わたし、すごく寂しいもん。わたしね、テリー……お姉ちゃんが大好きだから、お姉ちゃんと一緒に行く!」
「……そう。だったら、」
あたしは、全力で、どんな手を使ってでも、お前から逃げるだろう。
「楽しそうね。メニーと一緒に、田舎暮らしなんて」
「ふふふ! わたしも、お姉ちゃんと田舎で暮らすことを考えたら、すごくわくわくしてきた! ねえ、今度計画表作ろうよ! 駄目?」
「時間のある時にね」
「明日は?」
「暇だったらね」
「作ろうよ!」
「暇だったらね」
「わたし、紙用意しておくよ。お姉ちゃんの部屋でいい?」
「暇だったらね」
覚えておいて。テリー。
言葉は嘘ばかりよ。
どんな言葉を吐かれても、信じられるのはテリー、あたしだけよ。
あたしだけしか、信じちゃいけない。
メニーの言葉を真に受けるな。
こいつはまだ子どもなのよ。
なにもわかってないのよ。
だからそんなこと言えるのよ。
落ち着いて。テリー。大丈夫。
本気にしなさんな。
一々本気にしてたら、恨みが倍増するだけよ。
この気持ち、この心、この精神、この思考、この考え、この感情、この身、この枯れた愛、この苦しみ、この痛み、他人なんかにわかるもんか。
あたしの理解者は、あたしだけよ。テリー。
「わあ、お姉ちゃん、見て」
メニーが夜空に指を差す。
「綺麗な星空」
月の冷たい光が、あたし達を照らす。
月の周りには、星々が自ら輝く。
月と星の光によって、暗い空には光が出来る。
メニーが月だとすれば、あたしは見えない程度に光る星。
誰にも見向きもされない。気づいてもらえない。どんどん、月が大きくなるにつれて、あたしの存在が、消えていく。
自ら輝こうとするからこそ、隕石となり、流れ星となり、他の星をぶち当たり、そして、あたしも、その星も、消えてなくなる。
そうならないために。
消えてなくならないために、
自らを消そう。
この気持ちをしばらく封印して、
この憎悪をばれることなくやり通して、
月に良い顔をする。
「ご機嫌よう。お月さま」
そう言うように声をかけよう、
「ご機嫌よう。メニーちゃん」
そうやって声をかけよう。
機嫌を取り続けよう。
そうすれば、
この痛みさえやり通せば、
この苦しみさえやり通せば、
あたしが、この闇を見えないように隠していれば、
あたしは、こいつに、殺されることはない。
「お姉ちゃん、流れ星流れてこないかな? お願いごとが沢山あるの」
「あら、どんなお願いごと? あたしが叶えてあげるわ」
「うふふ! 駄目だよ。恥ずかしい!」
「言ってみて。どんな願いごと?」
「あのね」
ふふっ。
「お姉ちゃんと、いつまでもいられますように!」
ふふっ。
「なによ。素敵な願いごとじゃない」
純粋なメニーと、
惨めなあたしが、
本気で笑って、
空っぽに笑って、
真っ暗な輝く夜空の下で、微笑み合った。
一章:貴族令嬢は罪滅ぼし活動に忙しい END
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