二人静の庭 Nirvana
杜崎 結
1
単身の旅行はほとんどしたことがなかったため、団体旅行を探した。出会い目的に間違われないよう、『古都探訪の旅』的な奥ゆかしいネーミングのものをルートと照らし合わせながら必死に探して、駅ナカで申し込んだ。メジャーな場所を巡るものだったが、知識がないため、不満はなかった。
参加して分かったのは、寺社仏閣巡りツアーと言うのは想像以上に年齢層が幅広いということだ。由来生き字引、マナー生き字引、仏像マニア、パワースポットめぐりに大きく分類され、大体は順に年齢が低くなっていること、大勢の中にいても、自分は一人だということ。
去年の誕生日に将平からもらったカメラを提げ、ただ、うろうろとぎこちなく、自由行動をした。それも、ここでは、当たり前の光景をつくる一部にしか過ぎないようだ。案内された寺で、願掛けのために切った髪を奉納した。信じるには、心許ない長さだった。
地元の出版社に入社してから三年が経ち、バレンタイン内示で、隣県の印刷所への出向が決まった。同期の総合職では自分一人だけ配置転換である。会社の人間関係による左遷の意味合いがないと信じたかったが、そのようだった。仕事面ではまずまずだと自己評価できるが、上司との折り合いが悪かった。入社一年目から、総務部の上司に迫られることがあり、それをやんわりと断り続けてきたからだ。
直属の上司への相談も、日和見主義の性格から上手くいかなかった。他部署経由の訴えは握りつぶされているように感じた。それでも、仕事は楽しく、さして不満はなかった。二年目には、企画会議にも出席できるようになり、仕事のやりがいが苦労に勝るようになった。担当するタウン誌の売り上げが堅調で、会社を支える社員としての自負があった。加えて、想像した程の残業や理不尽な営業目標もなく、相変わらず聞こえる多少の陰口は、届いても聞き流すようになっていった。今になって思えば、妥協していたのだろう。
去年になって、しつこく業務以外の連絡や個人的な食事の誘いが増えた。携帯への連絡こそなかったが、顔を合わせれば、せがまれた。周りに同期や女子社員のいる時を狙い、彼らを巻き込もうとしているのが分かった。
実里はその様子を将平に逐一報告していた。嘘をつきたくなかったからだ。彼は、報告に対して一つ一つアドバイスをくれた。仲の良い同僚と口裏を合わせて先約を入れること、自分がプレゼントしたものを身につけてそれとなくアピールすることなど…。学生ながら、社会人の苦悩の本質をそれなりに見極め、現実的で、繊細なアイディアをひねり出していた。
部署内の飲み会や歓送迎会の季節などは断り切れず、上司がいる場に出席せざるを得ないこともあった。そういう日には将平が拗ねることもあった。その様子はおとなげなくも、かわいくもあり、何より愛おしかった。怒って自分に背を向けて眠っている時は、腕をまわして抱きしめて眠った。傷ついていることも分かっていた。それでも、普段、照れて見せない気持ちをコントロール出来なくなる様子が、ひそかに気に入っていた。
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