10話 オシロイハナVSキムラユウコ
一瞬頭の中が真っ白になる。
これ、私詰んだのではないでしょうか。
葵さんの危機に動転して、部屋を飛び出してしまったという軽率な行為を後悔する。
彼女が葵さんの家の前に居る限り、部屋へ入る事は出来ない。
……神代さんの機器は全て破棄した。その時点で私の目的は完遂している。しかも葵さんはゆかりさんと神代さんを自分の部屋に入れる事はしない、という趣旨の事も言っていた。
ならばここは一度この場面は回避して、後日、日を改めて片付けや私の機器類を設置すればいいだけの事。
《僕の部屋にカメラが? 何故そんな事を知っている? 盗聴器とも言っていたな。物騒な話だ。何のことか、それを教えてくれと言っている》
イヤホンからは葵さんが神代さんを詰めている言葉が尚も聞こえてきている。
彼は時間稼ぎをしてくれている。
……駄目。
彼が折角作ってくれているこの貴重な時間を無駄にするわけにはいかない。
葵さんは二人もストーカーを言葉だけで足止めしている。
そう、彼は『二人』だ。
対して私は一人。
ここでまた後日、と言って逃げるのは簡単。
しかし、今逃げて何になる? それに後日また部屋へ入れる、なんて保証は何処にもない。
──彼を救う。
そう決めた。ここは私一人の力で切り抜けてみせる。
「優子さん、こんにちは。それを言うのなら貴女もですよ。何故葵さんの家の前に居るのですか?」
「華先輩には別に関係ない」
「関係なくないですよ。何故ここにいるのか、それは私が彼に呼び出されたから来ただけです。貴女は何故ここに?」
「葵は今家にいないですよ。嘘吐き女」
イラッとしてしまったが、なるべく冷静に。
「証拠がありますよ、彼からの着信履歴。どうぞご覧になって下さって構いません」
先程の着信がこんな所で役立つとは思わなかった。
「なんでも、火急の用事とかで直ぐに来て欲しいと言われたんです」
画面を見せる私。それを念入りにチェックする木村優子。
「うん、番号も合ってる。日付も時間も……嘘じゃないみたいですね」
ケータイ番号を暗記しているのですか。流石ストーカー。
まあ、私も暗記していますが。因みに彼の家の住所は番地まで覚えていますが。
《……あの、ね。繭墨くんの部屋に盗聴器が仕込まれてて……》
《そんな訳ないだろ。仮にあったとしても何故それをお前が知っている?》
ずっと聞こえてきているイヤホンの会話と、このサイコパス女との会話で私の頭は爆発寸前ですよ。私は聖徳太子ではないんです!
これはこちらを短期決戦に持ち込んで速攻で論破して帰らせるしかない。
「それで、何故優子さんはここへ? 先程から私の質問に答えないのは理由があるんですか? 貴女も彼に呼び出されたという事でしょうか」
「違いますけど」
「では何故ここに? それに彼が家にいないと何故知っているのですか? 居ないと知っていてここに居る理由は? 貴女こそ彼に私を合わせたくないが為に嘘を言っているのでは?」
質問責めだ。
全ての質問に整合性の取れた回答が出来ないのであれば、そこに付け込ませて貰いますよ。
今の精神状態の彼女にそんな事が出来るわけがないと踏んでの戦法だ。
会話が成立している今の内に、質問、揚げ足取り、質問、揚げ足取りを繰り返す。
会話の上で大事なのは、どちらが会話の主導権を握っているのか。完膚なきまでに論破し続けて、主導権を握らせて貰います。
仮に質問に答えられなくなったら、会話ではなく実力行使に出られる可能性を孕んだ大博打だけれど、彼はそんな綱渡りを何度もこなしてきた。
私にも出来るはず。
いや──出来る出来ないじゃない。やるんだ。
「うっざいですね、華先輩。先輩には関係ないでしょ」
優子さんはうんざりしたようにそう言う。
思考放棄をしたようだった。
そうはさせませんよ、木村優子。
理詰めで論破するという予定を変更し、思考を切り替える。こういう時は一つの目的に対して固執するのではなく、事態に柔軟に対応していくことが大事。
思考を放棄した人間には何を言っても無駄である事は百も承知。
むしろ、思考を放棄させる事でこれから動きやすくなった。
ここから私は彼女に何を言われても「貴女には関係ない」で押し通る。
「では葵さんに会ってきます」
そう言って彼の部屋へ向かう私。
「だーかーらー! 葵は今いないって言いましたよね?」
「それ、嘘ですよね? それに貴女には関係ありませんし。何なら今から葵さんに電話で聞いてみましょうか?」
「いや、それはちょっと……」
途端に目に見えるほど焦り出す優子さん。
本当は彼の部屋に行き、インターホンを押して不在を確認すればいいだけ。これはパフォーマンスだ。
「何ですか?」
「……葵に今連絡されるは、困ります」
「知りませんよ、貴女の事情なんて」
「待って下さい。あたしのこと話すんですよね?」
「当たり前です」
先程葵さんを怒らせてしまった事を気にしているのだろう。それを直接謝る為にここにいる、そんな所か。
確か『今日は帰る』と言ってましたもんね。それなのにも関わらず家の前で待ち伏せをしている。
それを葵さんに知られたくないのだと考察する。
スマホを取り出して電話を掛けているよう見せかける様に操作した。
これは勿論フェイク。
修羅場真っ最中の彼に電話なんて出来ない。こちらで起きている事を聞かせても彼の負担になるだけ。
「あたしのこと、話さないで下さい先輩」
「意味がわかりません。先程からの私の質問に何一つ答えない貴女に先程の言葉を再度返しましょう。貴女には関係ない」
チッと、舌打ちをしてから優子さんは言う。
「あー! 華先輩、本当にうざい! マジでウザすぎ!イライラする! じゃあ一つ教えてあげるよ! 葵に呼び出されたって事は、華先輩は葵に嘘をつかれたって事ですよ! だって葵は今本当に出掛けてるもん!」
血走った瞳で叫ぶ優子さん。
沸点を超えましたか。
でもこれでいい。この流れで問題ない。
《盗聴器とカメラ、か。つまり神代、お前が僕の部屋に取り付けたと言うことか? 友人だから、ゲームだからと多少目を瞑ってきたが、そればっかりは流石の僕も容認できない》
《……ちがっ》
《違うッスよ、葵先輩。多分華先輩が──》
《ゆかり、これは犯罪行為だ。今すぐ警察に突き出してやっても僕は一向に構わない。それに僕はさっきお前に黙ってろと言ったよな?》
《…………》
《僕の目を見ろ、目を逸らすな》
あちらも問題滞りなく切り抜けることができそう。
こちらもそろそろ畳み込む。
「であれば私は帰るだけです。優子さん、貴女がここに居た事も黙っていてあげましょう」
そう言って彼女に見えるようスマホを鞄にしまう。
「ウザッ! もういい! 帰る!!」
そう言って踵を返してその場を後にする優子さん。
彼女が本当に帰るのか確かめる為、少し尾行する。本当に帰っているようなので走って葵さんの家へ戻り、十分周囲を警戒しながら部屋へ入った。
──勝った。
葵さん。私、やりましたよ。
後は作業を続行するだけです。
申し訳ありませんが、葵さん、そちらはお任せします。
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