報酬

 タイミングを見計らったグリステルの一撃は、狙い通り大蛇の頭骨のすぐ後ろ、脛骨との継ぎ目に突き刺さった。だが斧刃の入りは甘く、それを断つに至らなかったのは手応えから分かった。彼女は持ち手を地面に押し付るようにして身を翻し、刃に体重が掛かるようにその長い柄の中程を思い切り強く踏み付けた。


 ずきゃ、


 と鈍い音がして、穂先の斧は脛骨の継ぎ目に潜り込み、組織と神経が繋ぐその構成を完全に断ち切った。

 大蛇は一度ビクンと強く痙攣するとぎゅぎゅぎゅ、と縮むように身を竦めて、そのまま動かなくなった。


 グリステルは荒い息をして疲れ切っている自分を意識した。

 彼女は、ほーっ、と深く息を吐くとふらふらと大蛇の死骸から離れ、後ろの台にもたれ掛かろうとした。そこには何かレバーがあったが、疲れて何もかもどうでも良くなっていた彼女は構わずそのまま崩れるように座り込んだ。


 ばきん、とどこかで掛け金が外れるような音がして、横倒しになったトロッコの荷台が積荷をゴロゴロと吐き出した。

 だがそれも、疲れ切ったグリステルの関心は引かなかった。彼女は暫く休むと決めて、その場で目を閉じた。


***


「グリステルーッ!」


 闇の中に微睡まどろみ、そのまま寝入ってしまおうかとしていたグリステルの耳を、必死な様子の少女の声が打った。


「こっちだ」


 グリステルは自分が無事であることを示す為に声のした方に返事をした。


「どこです⁉︎ 無事ですか⁉︎」

「無事だよティタ。大蛇は仕留めた」


 グリステルの返答が終わるか終わらないかの内に、地下工房の入り口に明かりが揺れ始め、すぐにザジに肩を貸して彼を支えながら松明を掲げるティタが現れた。


 彼女はまず大蛇の死骸を見てヒッと息を飲んだが、すぐに気を取り直してグリステルの姿を求めたようだった。ティタの振る舞いの気丈な様子に、グリステルは思わず頬を緩めた。


『生きてるか? 春光の亡霊』

「亡霊ってものは死んでるから亡霊と呼ばれるんじゃないのか?」

 ザジの軽口に、グリステルが面倒くさそうに答えた瞬間、ティタが泣きながらグリステルに抱きついた。

「良かった! グリステル! 無事で! 本当に! 本当に!」

 そこから先は言葉にならず、ティタは泣きじゃくるばかり。グリステルはティタを優しく抱きしめると、そのまま彼女が落ち着くのを待とうとした。ザジは、ティタが放り投げた松明を拾い上げ大蛇の死骸を松明の明かりで確認し、口笛を吹いた。


『完全に死んでるぜ。やったな相棒。これでお前は世にも珍しい生きた亡霊で、ドラゴンスレイヤーだ』

「エルフの毒のお陰だ。あの様子なら、私が手を下さなくても死んだだろう」

『関係ねえよ。トドメを刺した奴の手柄さ』

「そうだな。だがその名声はティタに譲ろう」

「私に……?」

 余りに意外な申し出に、ティタは泣きながらも顔を上げた。

「そうとも。きみはこれから魔窟の邪竜の首と、叛逆の首謀者の首を携え、正体不明の人間とオークの戦士を従えて、女王として凱旋するんだ」

『成る程な。確かにそんな劇的な帰還なら、存外流す血は少なくても混乱は収まるかも知れねえな』

「そう言えばオベルはどうした?」

『あの足では縦穴は降りれなかったんだとよ。縦穴の口で留守番さ』

 ザジは物珍しそうに辺りを照らして見回っていたが、一箇所で立ち止まると再び口笛を吹いて笑った。


『見てみろよ。二人とも』


 グリステルは立ち上がってティタと共にザジが示すものを確かめに行った。


『こりゃあきんだぜ』


 ザジが示す崩れたトロッコの積荷は、溶けて固まっただけの成形前の金塊だった。


『ってことはグリシー、ここはマジに金鉱だ。俺たちは一生金いっしょうかねには困らねえぜ!』

「竜を倒して財宝を得る、か。吟遊詩人がいないのが残念だ」

『俺が歌ってやるよ! 竜殺しの春光の亡霊のサーガをな!』

「いいのかティタ?」

「ご随意に。元々エルフに取ってここは忌むべき魔窟。主人あるじは邪竜です。それを倒した者が、新しい主人でしょう。そして私はそれが誰だかを知っている」

 グリステルは天を仰いで、少しだけ考えた。そして二人に向き直って言った。

「色々片付いてからだ。もう一働きするぞザジ。ティタと一緒にエルフの国へ行く」

『ああそうだな、嬢ちゃんに女王になって貰って人手を借りよう。鉱石を掘るにも、精錬するにも人手がいるからな』

「その前に蛇の首を斬り落とし、腹を割いてバーブレフェンの死体を取り出す。蛇の首はザジが担げ」

『いぃ〜〜』


 ザジの不満の返事に、グリステルは、ふふっ、と笑った。

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